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ミッション9 学園と文具用品
340 社会科見学?
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売店の開店準備は、多少の遅れは出ているが順調に進んでいた。遅れている理由としては、想定内でもある。
「そんな持ち方では、持ち上がらないに決まっているでしょう。そのままでは、腰を痛めますよ」
セイスフィア商会の職員として、自らも商品を並べているセラは、その片端らで問題児である学園の女生徒達に仕事を教えていた。
「さあ、こう持つのです」
女生徒達は、放課後や休憩時間にやって来ては、手伝っている。
「っ、こんなの、持てるわけないわっ」
「そうよっ。こんなもの、どうやって持つかも分からないわっ。そもそも、どうして私達が……」
商品の入った【コンテナ収納ボックス】は、取っ手があるので幾分か持ち運びしやすいが、普段の手荷物も侍女に持たせている令嬢達にとっては、勝手のわからないものだった。
「職業体験をしているのですから、ここにいる間、あなた方は何もしない令嬢ではなく、職場で働く者の一人です」
セラは元貴族令嬢。それも高位貴族の令嬢だった。商品を並べる姿勢や歩き方一つ取っても美しく見える。だから、文句は言っているが、ただの平民とは思えず、完全に上から目線で拒否するということが出来ないようだ。こうした話も、不貞腐れた表情を見せながらも聞いている。
「普段は何も考えずに侍女や周りの者に丸投げしても許されているかもしれませんが、働く者としては、常に考え、挑戦し、出来ないことは教えを乞い、行動に移していかねばなりません」
「でも……っ、こんなことに何の意味が……っ」
「ここで知るべきは、意味ではなく、意義です。手を動かしなさい。そして、考えなさい」
「意味が分かりませんわ……」
そう文句を言いながらも、きちんと手は動かしていた。彼女達は、嫌だと言っても口だけで放り出すような行動に移すだけの度胸はなかった。
そこに、リサーナが顔を出した。
「セラ。問題はありませんか?」
リサーナはこうして半数以上の令嬢達に罰という奉仕活動にも似た職業体験をさせている現状、学内の他の令嬢達の様子を確認するようにフィルズから頼まれていた。そのため、ここに顔を出すことも放課後にしかできない。
「大丈夫ですよ。皆さん、とても素直ですし。もう少し文句を言う口ではなくて、手を真剣に動かしてもらいたいですけれどね」
「「「っ……」」」
「仕方ありませんわよ。セラもご存知でしょう? 女は口数の多さで戦いますのよ?」
「分かっております。ですが、会長からすると、中身を詰めていかに短時間で、数回の会話で相手を黙らせるかが、美しく気高い令嬢の戦い方だとか……」
「っ、確かにそれは理想ですわねっ」
それが出来たらいいのにという思いは、リサーナも強い。一方、セラはうっとりと頬に手を当て空中を見つめながら続けた。
「クラルス様やレヴィ様との実践訓練でそれを見せていただきましたのっ。それはそれは、見事なものでしたわ……相手の話の粗を突き、優雅に微笑みながらそれを柔らかく問い詰めるっ……言葉を失くした時の相手の顔が、また見ものですのよっ」
「なにそれっ。私も見てみたいわっ。クー様ったら、叔母様とそんなことをっ。就職したセラが羨ましいわっ」
「ふふふっ。あれは仕方がありませんわよ。私達の実力が知りたいと申されたのです。試験のようなものですわ。ですが……ご一緒していた会長の令嬢姿が美しすぎてっ……そちらも眼福でしたのっ」
「それもズルいっ。あの姿の時のフィルさんは、理想の気高く美しい令嬢そのものですものっ」
そんな話をしたからか、フィルズが顔を覗かせた。
「なんだ? リサーナとセラがそんな興奮してんの珍しいなあ」
「会長っ!」
「っ、フィルさんっ」
顔を赤くして恥ずかしそうに縮こまる二人に、手伝っている令嬢達はポカーンと口を半ば開けて呆けていた。二人して楽しそうに話す様子もそうだが、彼女達が見ていた二人とは、印象が違いすぎたのだ。そんな令嬢達など気にせず、フィルズはリサーナとセラに歩み寄りながら告げる。
「明日、明後日の話だけど」
学園では五日連続で授業があり、その後二日は休みだ。その休みが明日と明後日だった。
「あっ、彼女達の社会科見学ですねっ。こちら、計画書の見直し案です」
「社会科見学?」
セラは心得ていると頷き、斜めに下げていた鞄から、クリップボードを一つ取り出してフィルズに手渡す。薄いが固い板の上部にクリップが付いているものだ。そのクリップボードにはペンが付いており、数枚の書類がクリップに挟まれている。
渡されたクリップボードに目を向けながら、リサーナが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
フィルズは書類を確認しながら説明した。
「クリーンリングの仕事を見せたり、商店の店を見学しながら各職業を体験させて、民達の暮らし方なんかも教えるんだ」
「……彼女達にですか?」
「そう。ここもほぼ完成だろ? で、本格的に外に出てもらおうと思ってさ。ついでに職業体験事業のマニュアル作りも進めたいんだ」
「ああ……子ども達や、職に就けない人たちに体験させるという……」
「それだ。将来的には、商業ギルドが主体になってもらって、他の商会にも広げていきたくてな」
前世の記憶があるフィルズとしては、中学生の時にあった職場体験学習を、もっと実践的にと思っただけのことだ。この世界では、早くから働くことを意識する。だからその分、実感を持って本当の意味で身になる体験になるのではないかと思ったのだ。
自分のことではなく、この国の人々の未来を見据えていることに、セラとリサーナは感動したようだ。
「……素敵です……っ」
「素晴らしい試みですわっ」
「っ、そうか? ありがとな……っ」
真っ直ぐに、キラキラとした目を向けられながらの賞賛に、フィルズは後ろ頭を掻きながら目を逸らしてお礼を言った。珍しくも照れたフィルズの様子に、リサーナとセラは撃沈した。
「「うっ」」
「「「「「ふぐっ」」」」」
「ん?」
おかしな呻めき声が聞こえたと周りを見れば、他の令嬢達も顔を赤くして口元を押さえたり、胸を押さえたりして身を屈ませていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「そんな持ち方では、持ち上がらないに決まっているでしょう。そのままでは、腰を痛めますよ」
セイスフィア商会の職員として、自らも商品を並べているセラは、その片端らで問題児である学園の女生徒達に仕事を教えていた。
「さあ、こう持つのです」
女生徒達は、放課後や休憩時間にやって来ては、手伝っている。
「っ、こんなの、持てるわけないわっ」
「そうよっ。こんなもの、どうやって持つかも分からないわっ。そもそも、どうして私達が……」
商品の入った【コンテナ収納ボックス】は、取っ手があるので幾分か持ち運びしやすいが、普段の手荷物も侍女に持たせている令嬢達にとっては、勝手のわからないものだった。
「職業体験をしているのですから、ここにいる間、あなた方は何もしない令嬢ではなく、職場で働く者の一人です」
セラは元貴族令嬢。それも高位貴族の令嬢だった。商品を並べる姿勢や歩き方一つ取っても美しく見える。だから、文句は言っているが、ただの平民とは思えず、完全に上から目線で拒否するということが出来ないようだ。こうした話も、不貞腐れた表情を見せながらも聞いている。
「普段は何も考えずに侍女や周りの者に丸投げしても許されているかもしれませんが、働く者としては、常に考え、挑戦し、出来ないことは教えを乞い、行動に移していかねばなりません」
「でも……っ、こんなことに何の意味が……っ」
「ここで知るべきは、意味ではなく、意義です。手を動かしなさい。そして、考えなさい」
「意味が分かりませんわ……」
そう文句を言いながらも、きちんと手は動かしていた。彼女達は、嫌だと言っても口だけで放り出すような行動に移すだけの度胸はなかった。
そこに、リサーナが顔を出した。
「セラ。問題はありませんか?」
リサーナはこうして半数以上の令嬢達に罰という奉仕活動にも似た職業体験をさせている現状、学内の他の令嬢達の様子を確認するようにフィルズから頼まれていた。そのため、ここに顔を出すことも放課後にしかできない。
「大丈夫ですよ。皆さん、とても素直ですし。もう少し文句を言う口ではなくて、手を真剣に動かしてもらいたいですけれどね」
「「「っ……」」」
「仕方ありませんわよ。セラもご存知でしょう? 女は口数の多さで戦いますのよ?」
「分かっております。ですが、会長からすると、中身を詰めていかに短時間で、数回の会話で相手を黙らせるかが、美しく気高い令嬢の戦い方だとか……」
「っ、確かにそれは理想ですわねっ」
それが出来たらいいのにという思いは、リサーナも強い。一方、セラはうっとりと頬に手を当て空中を見つめながら続けた。
「クラルス様やレヴィ様との実践訓練でそれを見せていただきましたのっ。それはそれは、見事なものでしたわ……相手の話の粗を突き、優雅に微笑みながらそれを柔らかく問い詰めるっ……言葉を失くした時の相手の顔が、また見ものですのよっ」
「なにそれっ。私も見てみたいわっ。クー様ったら、叔母様とそんなことをっ。就職したセラが羨ましいわっ」
「ふふふっ。あれは仕方がありませんわよ。私達の実力が知りたいと申されたのです。試験のようなものですわ。ですが……ご一緒していた会長の令嬢姿が美しすぎてっ……そちらも眼福でしたのっ」
「それもズルいっ。あの姿の時のフィルさんは、理想の気高く美しい令嬢そのものですものっ」
そんな話をしたからか、フィルズが顔を覗かせた。
「なんだ? リサーナとセラがそんな興奮してんの珍しいなあ」
「会長っ!」
「っ、フィルさんっ」
顔を赤くして恥ずかしそうに縮こまる二人に、手伝っている令嬢達はポカーンと口を半ば開けて呆けていた。二人して楽しそうに話す様子もそうだが、彼女達が見ていた二人とは、印象が違いすぎたのだ。そんな令嬢達など気にせず、フィルズはリサーナとセラに歩み寄りながら告げる。
「明日、明後日の話だけど」
学園では五日連続で授業があり、その後二日は休みだ。その休みが明日と明後日だった。
「あっ、彼女達の社会科見学ですねっ。こちら、計画書の見直し案です」
「社会科見学?」
セラは心得ていると頷き、斜めに下げていた鞄から、クリップボードを一つ取り出してフィルズに手渡す。薄いが固い板の上部にクリップが付いているものだ。そのクリップボードにはペンが付いており、数枚の書類がクリップに挟まれている。
渡されたクリップボードに目を向けながら、リサーナが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
フィルズは書類を確認しながら説明した。
「クリーンリングの仕事を見せたり、商店の店を見学しながら各職業を体験させて、民達の暮らし方なんかも教えるんだ」
「……彼女達にですか?」
「そう。ここもほぼ完成だろ? で、本格的に外に出てもらおうと思ってさ。ついでに職業体験事業のマニュアル作りも進めたいんだ」
「ああ……子ども達や、職に就けない人たちに体験させるという……」
「それだ。将来的には、商業ギルドが主体になってもらって、他の商会にも広げていきたくてな」
前世の記憶があるフィルズとしては、中学生の時にあった職場体験学習を、もっと実践的にと思っただけのことだ。この世界では、早くから働くことを意識する。だからその分、実感を持って本当の意味で身になる体験になるのではないかと思ったのだ。
自分のことではなく、この国の人々の未来を見据えていることに、セラとリサーナは感動したようだ。
「……素敵です……っ」
「素晴らしい試みですわっ」
「っ、そうか? ありがとな……っ」
真っ直ぐに、キラキラとした目を向けられながらの賞賛に、フィルズは後ろ頭を掻きながら目を逸らしてお礼を言った。珍しくも照れたフィルズの様子に、リサーナとセラは撃沈した。
「「うっ」」
「「「「「ふぐっ」」」」」
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