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ミッション9 学園と文具用品

337 サービスさせていただきます

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午後の授業が始まってしばらくした頃、フィルズは学園長室に来ていた。

「どうなりました?」
「ああ。ご苦労様です。これでどうですか?」

学園長の年齢は不詳。だが、五十は過ぎているらしい。見た目は三十後半くらいだろうか。まだ若いように見られる。そして、かなり女生徒から人気がある。フィルズからすれば腹黒そうに感じるが、一見して清廉なという言葉が似合いそうな綺麗で落ち着いた雰囲気の大人な男性だ。

伯爵家の三男で、継ぐ家もないなら気楽だと、本人は生涯独身を貫くと決めているらしい。古い固定観念の強い先代が、つい最近まで学園のことに口出しをして来ていたが、ファスター王の働きによってそれがなくなり、ようやく息が吐けると言っていた。

この学園が、大人になる手前の、最後の指導をする場所なのだ。色々と変えたいと思っていたらしい。自身は独身をと言っていることもあり、令嬢達の現状に問題があると思っていた。今の男性と女性で結婚に関する認識が違い過ぎることを問題視出来る人なのだ。お陰で、フィルズとも話が合った。

常に柔らかく微笑む表情で、人当たりの良さそうな学園長から差し出されたのは、今回の令嬢達がリサーナに仕掛けて来たことについての客観的な報告書のようなものだ。密告書とも言うかもしれない。

最後には『このように王族と公爵家の関係に口を出したようですが、把握されておられるのでしょうか』と書かれている。含まれる意味としては『家の指示じゃねえだろうなあ?』というものがある。これにより、確実に令嬢達の説教案件になるだろう。

「すごい……副音声が聞こえる。こういう言い回しがあるのか……」

思わず感心してしまうほど、自然に責めるような文章になっていた。

「ふふふ。まあ、年の功というものですよ」
「良く言うよ……年齢不詳の顔して……」
「これはっ。最高の褒め言葉ですねっ」

特に彼は、若い頃から美容に対しての興味があったと言う。そのせいもあり、女顔で肌や髪の手入れも商品開発の折に欠かさないフィルズに対して、最初からとても好意的だった。実は、自分が綺麗になれば、美しさを売りに寄ってくる女性達を上手くあしらえると思って始めたことらしい。そして、今はその見た目を上手く使って、貴族社会の面倒な人間関係をかわしているようだ。

「よろしければ、時間がある時にお教えしますよ」
「えっ。いや、学園の生徒でもないし……」
「構いませんよ。そうですね……授業料と言うわけではありませんが、セイスフィア商会で開発された最新の化粧品類を優先的に紹介していただけるならそれで」
「それは構わないが……本当に良いのか?」
「もちろん」
「っ、ならそれでよろしく頼む。文具類も融通する!」
「ええ。素晴らしい取引ですねっ。では、商会で忙しいでしょうから、時間は応相談ということで」
「助かる」

ファスター王には定型文などを教えてもらったが、次のステップとしては良いだろう。

「ところで……本当にこの一枚で良いのですか? 十二人居ましたが」

あの時、リサーナに喧嘩を売りに来た令嬢は十二人。本来ならば、十二枚書く必要がある。しかし、フィルズに頼まれたのは、一枚だけだった。

「問題ない。これが、ウチの新商品だ」
「……鞄……?」

それは、トランクバッグ。A3サイズの物が入る大きさだ。それを、応接セットの低いテーブルの上に、横にして置く。

「これは、【転写機】で、開いて……この中板を上げて一番底に写し取る紙を枚数分入れる。紙を揃えるのに、仕切りが動くようになっているから、横と縦を固定します」
「ふむ。スライドするんだね。羊皮紙はダメなのかな?」
「羊皮紙は三枚までは可能。紙は、これくらいの薄さの紙ならば三十枚までは問題ない」
「ほお……先日、この紙を買わせていただいて思いましたが、恐ろしく正確に厚みと大きさが揃えられている紙ですね……」
「そこが売りなんで」
「なるほど」

紙を十二枚入れ、上げていた中間の板を下げる。

「この板の上に、シートがあるので、下の紙の真上になるように原稿となる紙を文字を上にして挟む」

透明の板だけかと思いきや、薄いシートが上にくっ付いており、それに原稿を挟む。下の紙を置いた時の仕切りがガイドラインになり、原稿も置きやすい。

「ふむ……」
「蓋の方に引っ掛けてあるもう一つの板を下げて、原稿を挟んだら……」

黒い板を下げると、そこに魔法陣と中心に小さな魔石があった。

「これは魔導具なのですね。発動させてみても?」
「どうぞ」
「では」

好奇心の強い様子を見せるこの学園長は、こうして楽しそうに新商品を試してくれるので、フィルズとしても付き合いやすい人だった。

「魔力もほとんど感じないくらいの少量ですね。枚数によっても変わりますか?」
「いや。最大数でも最小数でも変わりません」
「それはすごいっ。あ、もう開けても?」
「ええ。見てみてください」

そして、板を上げていく。一番底に置かれた十二枚の紙には、原稿の一枚と同じものがきちんと同じ濃さで印刷されたように写されていた。一度に数枚が出来上がるというのが、フィルズとしては誇らしい所だった。だが、コピー機を知らないこの世界の人には、これに感動はないだろう。とはいえ、同じ文書が一気にできるというのは、この世界でも画期的だ。

「……すごい……」
「どうです? これなら、テスト問題を用意するのも楽になりますよ。写す人が要らなくなるので、問題の漏洩の心配もなくなります」
「っ、知っていましたか……」

印刷機がないのだ。テスト問題も、教師達だけでなく学園の事務に関わる者が総出で書き写し、作り上げていた。テストの半分は、問題文の読み上げだった。

「ええ。どうですか? 三つほど」
「買いましょう! いえ、六つお願いします」
「一つは学園長のですか?」
「そうです」

これに、フィルズはしっかりと営業用の笑顔を見せた。

「外装の色や装飾デザインのオーダーもお受けしております。あっ、もちろん、このデザインについての費用は、サービスさせていただきますっ」
「是非是非っ!」

そんな調子で、午後の授業時間いっぱいを、学園長と過ごした。その間に、ペンやファイルの注文なども取り、良いお得意様になった。









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読んでくださりありがとうございます◎
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