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ミッション9 学園と文具用品
333 座りなよ
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令嬢達の表情には、気まずさと怯えが見えた。セルジュは、普段穏やかに話す。そして、誰もに平等に相手をする。伯爵家の子も、子爵家や男爵より下の家の子どもにも、声をかける。何かトラブルがあれば、その解決のために先に立つ。そして、喧嘩の仲裁も平等に相手をして解決してしまう。だから、優しい人だという認識があったのだろう。その印象が崩れたことで、酷く動揺しているようだ。
都合よく、自分たちの主張が正しいと擁護してくれると思っていたのだ。不安げに、けれど、媚びを売る姿勢は崩さず令嬢達はセルジュを見る。
「っ、せ、セルジュ様……?」
「セルジュ様は騙されているのですわ!」
「誰に?」
「そっ、それはっ……っ」
呆れた表情を向けるセルジュに、令嬢達は半歩後ろに下がる者もいた。その令嬢達に首を傾げて見せる。
「そもそも、君たちに、名を呼ぶことを許した覚えはないのだけれど? 本当に礼儀を知らないようだな」
「っ、え、あ、だって私っ」
「ほら。先ず、言い訳が先にくるとか、授業で何を聞いていたんだ?」
「あ、え? でも……」
カリュエルとリサーナとの付き合いは、学年も違うことで、あまりその姿を見せなかった。だから、こうして一緒に居るのも、ただ公爵家の子息と王子、王女としての付き合いだと思っていたようだ。まさか、親友と呼べるほど付き合いがあるとは思わないだろう。
子息子女が顔を合わせる場としては、お茶会くらいしかない。王子と王女が公爵領に滞在していたことは、知られていないのだ。何より、王子や王女をどこかの家に預けるなど、あり得ないと思われているため、数ヶ月一緒に生活していたなんてことを知る由などない。
それは、第一王子にも知られていない事だ。王妃には先王夫妻の下で、体の弱った祖父母の話し相手になっていたと伝えていたらしい。フィルズに任せたことで、王妃側の諜報員は押さえられ、きちんと情報も偽装させていた。
他国や王家に使えていた諜報員の知識も得た隠密ウサギだけでなく、王妃がせっせと送ってきていた暗殺者達もフィルズが手懐けて使っているのだ。ここ半年は王妃にほぼ正しい情報は届かなくなっている。
「そうだな……立たせておくのも何だし……」
「っ、セルジュ様っ……」
席をすすめてくれようとしている。やはり優しいのだと、十二人居る令嬢達は、喜色を浮かべる。だから、次に言われた言葉が咄嗟に理解出来なかった。
「絨毯も分厚いし、体を冷やすこともないだろう」
足の底でその分厚さを確認して、セルジュは頷く。
「うん。私は優しいよね? さあ、もう少しこっちに来て、床に座りなよ」
「……え……?」
「ゆ、ゆか……?」
床ってなんだっけと、目まぐるしく思考することで、令嬢達の目が泳ぐ。
「何してるの? ほら、もう三歩ずつこちらに来ることを許そう。それで、そんな密集していては正座出来ないからね。こう、手を上げて隣同士が当たらないくらいの距離は取ってね」
和かに笑って、片腕を横に広げて見せる。そんなセルジュからは、ゆっくりと威圧感が高まっていた。
令嬢達は足が震えていることに気づけない。そして、その場で腰を抜かして座り込んだ。
「あれ? 聞こえなかった? そこじゃなくて、もっとこっちだよ。そこでは、扉を開ける時に邪魔になるじゃないか。それと、正座だと言ったよ?」
「っ、ひっ」
「ううっ」
声もなく、涙まで流し出した。その顔を隠しもしない。
「え? 泣き落としは効かないって分からなかった? 学習能力も低いのかな?」
セルジュは呆れた様子で、見苦しくなった令嬢達を見下ろす。これには、さすがのリサーナも同情したようだ。
「セルジュさん……威圧が出ていますわ。あれは、腰が抜けたのですわよ」
「殺気もね。確かに貴族の令嬢達は強かで意地が悪いし、醜いけど、盗賊や下町で悪さして来た女達とは違うからね?」
カリュエルは地位目当てで纏わりついて来る貴族令嬢達にはうんざりしていることもあって、言いたいことは多いようだが、さすがに世の中の荒波に揉まれながら生きてきた女性達とは違うだろうと意見する。以前、こうして捕らえた女盗賊達を威圧して説教していたフィルズの姿を見ているようだった。しかし、同情的な思いも、すぐに覆されることになる。
「え? 同じでしょ? フィルも言ってたよ? 人の物を取っても、自分が欲しかったから当然だって思ってるし、自分が楽しければ、他人の不幸は笑いの種だし? あと、男は装飾品か鞄だと思ってるってのも変わらないって」
「……その通りですわね。違いが感じられませんでしたわ。貴族令嬢の根本は盗賊と同じでしたのねっ」
「……どうしよう……思い当たる事が多すぎて、否定が出来ない……」
《……毒され過ぎでは? 苦労されて来たのですね……》
「「言わないで……」」
貴族令嬢の悪い所をリサーナもカリュエルも知り過ぎているようだ。クルフィもさすがに二人へ同情した。
揃って頭を抱えて、撃沈したところで、セルジュは再び令嬢達へと目を向ける。
「それで? 何を考えて……いや、指示を受けた女からどうしたいって言われたんだ? お前達はどうしたかったんだ?」
「っ……そ、それ……っ、は……っ」
「それは?」
「っ……」
ひくっと喉を鳴らし、恐怖で表情は更に歪んでいる令嬢達。そこに、扉が少しだけ開いて思いもよらなかった人が顔を出した。
「あれ? まだ終わってねえの?」
「っ、え?」
「フィルさん!?」
「フィルくん!?」
「よっす。リサ、カリュも元気か? 先週は留守にしてて悪かったな」
「……フィル?」
セルジュが先ほどまでの様子から一変、目を瞬かせていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
都合よく、自分たちの主張が正しいと擁護してくれると思っていたのだ。不安げに、けれど、媚びを売る姿勢は崩さず令嬢達はセルジュを見る。
「っ、せ、セルジュ様……?」
「セルジュ様は騙されているのですわ!」
「誰に?」
「そっ、それはっ……っ」
呆れた表情を向けるセルジュに、令嬢達は半歩後ろに下がる者もいた。その令嬢達に首を傾げて見せる。
「そもそも、君たちに、名を呼ぶことを許した覚えはないのだけれど? 本当に礼儀を知らないようだな」
「っ、え、あ、だって私っ」
「ほら。先ず、言い訳が先にくるとか、授業で何を聞いていたんだ?」
「あ、え? でも……」
カリュエルとリサーナとの付き合いは、学年も違うことで、あまりその姿を見せなかった。だから、こうして一緒に居るのも、ただ公爵家の子息と王子、王女としての付き合いだと思っていたようだ。まさか、親友と呼べるほど付き合いがあるとは思わないだろう。
子息子女が顔を合わせる場としては、お茶会くらいしかない。王子と王女が公爵領に滞在していたことは、知られていないのだ。何より、王子や王女をどこかの家に預けるなど、あり得ないと思われているため、数ヶ月一緒に生活していたなんてことを知る由などない。
それは、第一王子にも知られていない事だ。王妃には先王夫妻の下で、体の弱った祖父母の話し相手になっていたと伝えていたらしい。フィルズに任せたことで、王妃側の諜報員は押さえられ、きちんと情報も偽装させていた。
他国や王家に使えていた諜報員の知識も得た隠密ウサギだけでなく、王妃がせっせと送ってきていた暗殺者達もフィルズが手懐けて使っているのだ。ここ半年は王妃にほぼ正しい情報は届かなくなっている。
「そうだな……立たせておくのも何だし……」
「っ、セルジュ様っ……」
席をすすめてくれようとしている。やはり優しいのだと、十二人居る令嬢達は、喜色を浮かべる。だから、次に言われた言葉が咄嗟に理解出来なかった。
「絨毯も分厚いし、体を冷やすこともないだろう」
足の底でその分厚さを確認して、セルジュは頷く。
「うん。私は優しいよね? さあ、もう少しこっちに来て、床に座りなよ」
「……え……?」
「ゆ、ゆか……?」
床ってなんだっけと、目まぐるしく思考することで、令嬢達の目が泳ぐ。
「何してるの? ほら、もう三歩ずつこちらに来ることを許そう。それで、そんな密集していては正座出来ないからね。こう、手を上げて隣同士が当たらないくらいの距離は取ってね」
和かに笑って、片腕を横に広げて見せる。そんなセルジュからは、ゆっくりと威圧感が高まっていた。
令嬢達は足が震えていることに気づけない。そして、その場で腰を抜かして座り込んだ。
「あれ? 聞こえなかった? そこじゃなくて、もっとこっちだよ。そこでは、扉を開ける時に邪魔になるじゃないか。それと、正座だと言ったよ?」
「っ、ひっ」
「ううっ」
声もなく、涙まで流し出した。その顔を隠しもしない。
「え? 泣き落としは効かないって分からなかった? 学習能力も低いのかな?」
セルジュは呆れた様子で、見苦しくなった令嬢達を見下ろす。これには、さすがのリサーナも同情したようだ。
「セルジュさん……威圧が出ていますわ。あれは、腰が抜けたのですわよ」
「殺気もね。確かに貴族の令嬢達は強かで意地が悪いし、醜いけど、盗賊や下町で悪さして来た女達とは違うからね?」
カリュエルは地位目当てで纏わりついて来る貴族令嬢達にはうんざりしていることもあって、言いたいことは多いようだが、さすがに世の中の荒波に揉まれながら生きてきた女性達とは違うだろうと意見する。以前、こうして捕らえた女盗賊達を威圧して説教していたフィルズの姿を見ているようだった。しかし、同情的な思いも、すぐに覆されることになる。
「え? 同じでしょ? フィルも言ってたよ? 人の物を取っても、自分が欲しかったから当然だって思ってるし、自分が楽しければ、他人の不幸は笑いの種だし? あと、男は装飾品か鞄だと思ってるってのも変わらないって」
「……その通りですわね。違いが感じられませんでしたわ。貴族令嬢の根本は盗賊と同じでしたのねっ」
「……どうしよう……思い当たる事が多すぎて、否定が出来ない……」
《……毒され過ぎでは? 苦労されて来たのですね……》
「「言わないで……」」
貴族令嬢の悪い所をリサーナもカリュエルも知り過ぎているようだ。クルフィもさすがに二人へ同情した。
揃って頭を抱えて、撃沈したところで、セルジュは再び令嬢達へと目を向ける。
「それで? 何を考えて……いや、指示を受けた女からどうしたいって言われたんだ? お前達はどうしたかったんだ?」
「っ……そ、それ……っ、は……っ」
「それは?」
「っ……」
ひくっと喉を鳴らし、恐怖で表情は更に歪んでいる令嬢達。そこに、扉が少しだけ開いて思いもよらなかった人が顔を出した。
「あれ? まだ終わってねえの?」
「っ、え?」
「フィルさん!?」
「フィルくん!?」
「よっす。リサ、カリュも元気か? 先週は留守にしてて悪かったな」
「……フィル?」
セルジュが先ほどまでの様子から一変、目を瞬かせていた。
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