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ミッション9 学園と文具用品
316 怖過ぎる
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セイスフィア商会の契約は、誰もがおかしいと思うらしい。だが、試してみればそれが最適だと理解できる。
「食事も美味いし、住む場所も用意されてる……最初は怖かったんですよ?」
「あははっ。それ、後で結構言われるんだよな~。もう、騙されても良いと思ってたとか」
一般的に家業がない家の者達は、冒険者ではない安定した仕事を探そうと思うと、かなり難しいらしい。
「彼女に聞いたことがあるんです。家業を持たない男の働き口は、ほぼ親族の伝手で決まるって」
「あ~、それが普通なら確かに怖いだろうなあ。全く新しい所だし? 飛び込んでみたら、やった事ねえことばっかだし?」
「やった事ないって言うか……」
青年達は顔を見合わせる。
「うん。見た事ないのも多いし……」
「家を貸してもらえるとかも有り得ない。食事付きで給料も普通に出るなんてことも有り得ない」
「大分慣れましたけど、外に出たくなくなるんですよね。というか、怖い。良い暮らしし過ぎてる気がして怖いです」
有り得ないも怖いも二回ずつ。強調すべきところらしい。
「実際、セイスフィア商会で働いてるって言うと、すごい羨ましいと妬まれますから」
「「そうそうっ」」
エリートじゃない一般の人なのに、そういう成功者を見るような目で見られるらしい。だが、羨まれて妬まれるのは怖いかもしれない。
「中での待遇のことは、本気で知られると怖いんで、ほとんど喋りませんけどね!」
「新作パンとか食事の時に食べ放題なの知られたら……怖過ぎる」
「「うんうんっ」」
ミリアリアと居る女性達も聞こえたらしく、真面目な顔で頷いていた。もちろん、ミリアリアもだ。彼女は家族だが、今や従業員でもある。昼食なども職員と一緒に食堂で取っていたりする。そこでの交流で、かなりミリアリアも外の常識を知ったようだ。
貴族令嬢としては、優れた所を外に自慢するのは当たり前のこと。しかし、ここで自慢げに外で話せば、嫉妬などで恐ろしいことになると理解していた。
「福利厚生はしっかりしてねえとな。従業員が一番のお客でもあると思ってるからさ」
「え……あ、確かに、買い物はもうほぼここで済ませてしまいますね」
「だろ? 新商品とか、店の商品を一番見て、知ってるのが従業員なんだと思うんだよ。それでこうしたらどうかって改良点とかもすぐ伝えられるし、考えられる。だから、良い店って、従業員を大事にできる店なんじゃないかって思うんだ」
「なるほど……」
「そうですね……」
「食べようと思えなかったうちのパンって……良い店なわけねえよな」
三人とも納得していた。
「誰かが欲しいと思える物を売るから商売として成立するんだ。客にもなる従業員が欲しいと思えないなら他の人が欲しがるわけがないだろ?」
「そうですね。うん。なら、俺が食べたいと思えるパンを作らないといけないってことですね!」
「色々と食べるのも勉強って聞きました。ここに居る間にも色んなものを食べて考えてみます」
「うちで売りたいと思えるものを作ってみせます!」
「おう。親父さんのことで、もしもを考えてウジウジするより、そっちのが良い」
「「「はいっ」」」
彼らはこれでようやく父親のことも吹っ切れただろう。前向きになったことで、表情も変わる。そんな青年達に、フィルズは計画していたことを一つ進めることに決めた。
「なあ。新しいパン、作ってみるか?」
「っ! どんなパンですか!?」
「ぜひ!」
「作りたいです! お願いします!」
食い気味に来た三人。こちらを見た女性達やミリアリアも目がキラキラしていた。
「そんじゃあ、昼メシ用に作ってみようぜ」
「「「はい!!」」」
「じゃあ、決まりだ。パン屋の朝の営業もあるし……十一時にここに集合な」
「分かりました!」
「その時間なら店も落ち着きますもんねっ」
「楽しみ過ぎるっ」
パン屋の客が一番多いのが、開店から十時過ぎ頃までだ。その後は多少ゆったりする。とはいえ、普通の店よりは間違いなく忙しいのだが、彼らが店を手伝わなくてもいい余裕はできる。
「では! 朝の営業に行って来ます!」
「ちゃんと軽く食ってから行けよ?」
「はい。忙しくて目が回りますもんね……」
「メシ食わずに行ったら、倒れそうになったもんな……腹が減って目が回るって、はじめて知ったし」
セイスフィア商会の従業員は、一度はこれをやる。忙しく、楽し過ぎて忘れるのだ。クマ達が注意をするが、これも経験だと一度は見過ごすことにしている。
「食ってすぐ動くんじゃねえぞ」
「「「はいっ!」」」
《すぐに用意します》
「「「お願いします!」」」
「「「お願いします」」」
青年も女性達も、リョクにそろって頭を下げた。朝早いスープ屋台などの従業員達の朝食は、リョクが一人で作ったものだ。魔導人形は夜の数時間だけスリープモードに入り、前日のデータを処理するが、それ以外はずっと動いている。
リョクが朝食をセットするのに向かって行くのを見守っていれば、ミリアリアが窯の様子を見てからフィルズの隣にやってくる。
「手伝うわ」
「おう。これ、むしってくれ」
「っ、ええ」
フィルズはミリアリアの前に洗い終わった野菜を置く。水切り用のザルも手渡した。水洗いなどの仕事は、さりげなくフィルズはミリアリアにさせないようにしている。それに、最近ミリアリアは気付いたらしい。
「っ……」
他の事でも、本当に自然に、ミリアリアを気遣うようにサポートするフィルズ。それが嬉しくて、ミリアリアは涙を滲ませていた。
これに気付いたフィルズが声をかける。
「ん? どうした?」
「っ、ううん。なんでもないの。水が飛んだみたい」
「そっか。ほれ、タオル」
「うん……っ」
腰に付けた小さなマジックバッグからフィルズは小さめのタオルを取り出して差し出した。それで顔をというか、目元を拭くミリアリア。そして、その柔らかい手触りに驚いて、涙が引っ込んだ。
「え? こ、これっ」
「ん~? ああ。フワフワだろ? ようやく織り機が完成してさあ。まだ試作だからちっさいのしか織れねえけど。どうだ? 前のよりふわふわじゃね?」
「すっごく、いい!」
「吸水性も上がってるから、是非ともバスタオルを作りたいんだがなあ」
「いいわねっ」
「おやっさん達が頑張ってるから、楽しみにしといてよ」
「もちろんよ!」
こんな感じが普通になりつつあるミリアリアは、日々幸せを感じていた。
鼻歌も歌いながら野菜をむしりだすミリアリアを横目で見ていれば、リョクが戻って来てフィルズにパンのことを尋ねた。相当気になっていたらしい。
《ご主人。新しいパンってどんなパンなんです?》
「ああ。コッペパンだよ。やっぱ、売店には焼きそばパンがねえとなっ」
《やきそばパン?》
「おう。だから、リョク。焼きそば作ろうぜ」
《……それが何か知りませんが、美味しそうな響きなので是非!》
そう。これが日常なのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
第5巻!おかげさまで大好評です!
ありがとうございます!
遅ればせながらいつも通りSSも
BOOKSえみたすにてお渡しできます。
もしかしたら発売に間に合っていないかもしれません。
その場合は書店の方にお問い合わせください。
店によっては少し時間がかかるかもしれないので、時間に余裕のある時にお越しください◎
お渡しできると思います。
今回のSSは後ろから二枚目の挿し絵を思い浮かべながらご覧いただければ一層楽しめると思います(笑)
今後ともよろしくお願いします!
「食事も美味いし、住む場所も用意されてる……最初は怖かったんですよ?」
「あははっ。それ、後で結構言われるんだよな~。もう、騙されても良いと思ってたとか」
一般的に家業がない家の者達は、冒険者ではない安定した仕事を探そうと思うと、かなり難しいらしい。
「彼女に聞いたことがあるんです。家業を持たない男の働き口は、ほぼ親族の伝手で決まるって」
「あ~、それが普通なら確かに怖いだろうなあ。全く新しい所だし? 飛び込んでみたら、やった事ねえことばっかだし?」
「やった事ないって言うか……」
青年達は顔を見合わせる。
「うん。見た事ないのも多いし……」
「家を貸してもらえるとかも有り得ない。食事付きで給料も普通に出るなんてことも有り得ない」
「大分慣れましたけど、外に出たくなくなるんですよね。というか、怖い。良い暮らしし過ぎてる気がして怖いです」
有り得ないも怖いも二回ずつ。強調すべきところらしい。
「実際、セイスフィア商会で働いてるって言うと、すごい羨ましいと妬まれますから」
「「そうそうっ」」
エリートじゃない一般の人なのに、そういう成功者を見るような目で見られるらしい。だが、羨まれて妬まれるのは怖いかもしれない。
「中での待遇のことは、本気で知られると怖いんで、ほとんど喋りませんけどね!」
「新作パンとか食事の時に食べ放題なの知られたら……怖過ぎる」
「「うんうんっ」」
ミリアリアと居る女性達も聞こえたらしく、真面目な顔で頷いていた。もちろん、ミリアリアもだ。彼女は家族だが、今や従業員でもある。昼食なども職員と一緒に食堂で取っていたりする。そこでの交流で、かなりミリアリアも外の常識を知ったようだ。
貴族令嬢としては、優れた所を外に自慢するのは当たり前のこと。しかし、ここで自慢げに外で話せば、嫉妬などで恐ろしいことになると理解していた。
「福利厚生はしっかりしてねえとな。従業員が一番のお客でもあると思ってるからさ」
「え……あ、確かに、買い物はもうほぼここで済ませてしまいますね」
「だろ? 新商品とか、店の商品を一番見て、知ってるのが従業員なんだと思うんだよ。それでこうしたらどうかって改良点とかもすぐ伝えられるし、考えられる。だから、良い店って、従業員を大事にできる店なんじゃないかって思うんだ」
「なるほど……」
「そうですね……」
「食べようと思えなかったうちのパンって……良い店なわけねえよな」
三人とも納得していた。
「誰かが欲しいと思える物を売るから商売として成立するんだ。客にもなる従業員が欲しいと思えないなら他の人が欲しがるわけがないだろ?」
「そうですね。うん。なら、俺が食べたいと思えるパンを作らないといけないってことですね!」
「色々と食べるのも勉強って聞きました。ここに居る間にも色んなものを食べて考えてみます」
「うちで売りたいと思えるものを作ってみせます!」
「おう。親父さんのことで、もしもを考えてウジウジするより、そっちのが良い」
「「「はいっ」」」
彼らはこれでようやく父親のことも吹っ切れただろう。前向きになったことで、表情も変わる。そんな青年達に、フィルズは計画していたことを一つ進めることに決めた。
「なあ。新しいパン、作ってみるか?」
「っ! どんなパンですか!?」
「ぜひ!」
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「「「はい!!」」」
「じゃあ、決まりだ。パン屋の朝の営業もあるし……十一時にここに集合な」
「分かりました!」
「その時間なら店も落ち着きますもんねっ」
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「っ、ええ」
フィルズはミリアリアの前に洗い終わった野菜を置く。水切り用のザルも手渡した。水洗いなどの仕事は、さりげなくフィルズはミリアリアにさせないようにしている。それに、最近ミリアリアは気付いたらしい。
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「え? こ、これっ」
「ん~? ああ。フワフワだろ? ようやく織り機が完成してさあ。まだ試作だからちっさいのしか織れねえけど。どうだ? 前のよりふわふわじゃね?」
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「いいわねっ」
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「もちろんよ!」
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鼻歌も歌いながら野菜をむしりだすミリアリアを横目で見ていれば、リョクが戻って来てフィルズにパンのことを尋ねた。相当気になっていたらしい。
《ご主人。新しいパンってどんなパンなんです?》
「ああ。コッペパンだよ。やっぱ、売店には焼きそばパンがねえとなっ」
《やきそばパン?》
「おう。だから、リョク。焼きそば作ろうぜ」
《……それが何か知りませんが、美味しそうな響きなので是非!》
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第5巻!おかげさまで大好評です!
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