上 下
109 / 189
ミッション9 学園と文具用品

316 怖過ぎる

しおりを挟む
セイスフィア商会の契約は、誰もがおかしいと思うらしい。だが、試してみればそれが最適だと理解できる。

「食事も美味いし、住む場所も用意されてる……最初は怖かったんですよ?」
「あははっ。それ、後で結構言われるんだよな~。もう、騙されても良いと思ってたとか」

一般的に家業がない家の者達は、冒険者ではない安定した仕事を探そうと思うと、かなり難しいらしい。

「彼女に聞いたことがあるんです。家業を持たない男の働き口は、ほぼ親族の伝手で決まるって」
「あ~、それが普通なら確かに怖いだろうなあ。全く新しい所だし? 飛び込んでみたら、やった事ねえことばっかだし?」
「やった事ないって言うか……」

青年達は顔を見合わせる。

「うん。見た事ないのも多いし……」
「家を貸してもらえるとかも有り得ない。食事付きで給料も普通に出るなんてことも有り得ない」
「大分慣れましたけど、外に出たくなくなるんですよね。というか、怖い。良い暮らしし過ぎてる気がして怖いです」

有り得ないも怖いも二回ずつ。強調すべきところらしい。

「実際、セイスフィア商会で働いてるって言うと、すごい羨ましいと妬まれますから」
「「そうそうっ」」

エリートじゃない一般の人なのに、そういう成功者を見るような目で見られるらしい。だが、羨まれて妬まれるのは怖いかもしれない。

「中での待遇のことは、本気で知られると怖いんで、ほとんど喋りませんけどね!」
「新作パンとか食事の時に食べ放題なの知られたら……怖過ぎる」
「「うんうんっ」」

ミリアリアと居る女性達も聞こえたらしく、真面目な顔で頷いていた。もちろん、ミリアリアもだ。彼女は家族だが、今や従業員でもある。昼食なども職員と一緒に食堂で取っていたりする。そこでの交流で、かなりミリアリアも外の常識を知ったようだ。

貴族令嬢としては、優れた所を外に自慢するのは当たり前のこと。しかし、ここで自慢げに外で話せば、嫉妬などで恐ろしいことになると理解していた。

「福利厚生はしっかりしてねえとな。従業員が一番のお客でもあると思ってるからさ」
「え……あ、確かに、買い物はもうほぼここで済ませてしまいますね」
「だろ? 新商品とか、店の商品を一番見て、知ってるのが従業員なんだと思うんだよ。それでこうしたらどうかって改良点とかもすぐ伝えられるし、考えられる。だから、良い店って、従業員を大事にできる店なんじゃないかって思うんだ」
「なるほど……」
「そうですね……」
「食べようと思えなかったうちのパンって……良い店なわけねえよな」

三人とも納得していた。

「誰かが欲しいと思える物を売るから商売として成立するんだ。客にもなる従業員が欲しいと思えないなら他の人が欲しがるわけがないだろ?」
「そうですね。うん。なら、俺が食べたいと思えるパンを作らないといけないってことですね!」
「色々と食べるのも勉強って聞きました。ここに居る間にも色んなものを食べて考えてみます」
「うちで売りたいと思えるものを作ってみせます!」
「おう。親父さんのことで、もしもを考えてウジウジするより、そっちのが良い」
「「「はいっ」」」

彼らはこれでようやく父親のことも吹っ切れただろう。前向きになったことで、表情も変わる。そんな青年達に、フィルズは計画していたことを一つ進めることに決めた。

「なあ。新しいパン、作ってみるか?」
「っ! どんなパンですか!?」
「ぜひ!」
「作りたいです! お願いします!」

食い気味に来た三人。こちらを見た女性達やミリアリアも目がキラキラしていた。

「そんじゃあ、昼メシ用に作ってみようぜ」
「「「はい!!」」」
「じゃあ、決まりだ。パン屋の朝の営業もあるし……十一時にここに集合な」
「分かりました!」
「その時間なら店も落ち着きますもんねっ」
「楽しみ過ぎるっ」

パン屋の客が一番多いのが、開店から十時過ぎ頃までだ。その後は多少ゆったりする。とはいえ、普通の店よりは間違いなく忙しいのだが、彼らが店を手伝わなくてもいい余裕はできる。

「では! 朝の営業に行って来ます!」
「ちゃんと軽く食ってから行けよ?」
「はい。忙しくて目が回りますもんね……」
「メシ食わずに行ったら、倒れそうになったもんな……腹が減って目が回るって、はじめて知ったし」

セイスフィア商会の従業員は、一度はこれをやる。忙しく、楽し過ぎて忘れるのだ。クマ達が注意をするが、これも経験だと一度は見過ごすことにしている。

「食ってすぐ動くんじゃねえぞ」
「「「はいっ!」」」
《すぐに用意します》
「「「お願いします!」」」
「「「お願いします」」」

青年も女性達も、リョクにそろって頭を下げた。朝早いスープ屋台などの従業員達の朝食は、リョクが一人で作ったものだ。魔導人形は夜の数時間だけスリープモードに入り、前日のデータを処理するが、それ以外はずっと動いている。

リョクが朝食をセットするのに向かって行くのを見守っていれば、ミリアリアが窯の様子を見てからフィルズの隣にやってくる。

「手伝うわ」
「おう。これ、むしってくれ」
「っ、ええ」

フィルズはミリアリアの前に洗い終わった野菜を置く。水切り用のザルも手渡した。水洗いなどの仕事は、さりげなくフィルズはミリアリアにさせないようにしている。それに、最近ミリアリアは気付いたらしい。

「っ……」

他の事でも、本当に自然に、ミリアリアを気遣うようにサポートするフィルズ。それが嬉しくて、ミリアリアは涙を滲ませていた。

これに気付いたフィルズが声をかける。

「ん? どうした?」
「っ、ううん。なんでもないの。水が飛んだみたい」
「そっか。ほれ、タオル」
「うん……っ」

腰に付けた小さなマジックバッグからフィルズは小さめのタオルを取り出して差し出した。それで顔をというか、目元を拭くミリアリア。そして、その柔らかい手触りに驚いて、涙が引っ込んだ。

「え? こ、これっ」
「ん~? ああ。フワフワだろ? ようやく織り機が完成してさあ。まだ試作だからちっさいのしか織れねえけど。どうだ? 前のよりふわふわじゃね?」
「すっごく、いい!」
「吸水性も上がってるから、是非ともバスタオルを作りたいんだがなあ」
「いいわねっ」
「おやっさん達が頑張ってるから、楽しみにしといてよ」
「もちろんよ!」

こんな感じが普通になりつつあるミリアリアは、日々幸せを感じていた。

鼻歌も歌いながら野菜をむしりだすミリアリアを横目で見ていれば、リョクが戻って来てフィルズにパンのことを尋ねた。相当気になっていたらしい。

《ご主人。新しいパンってどんなパンなんです?》
「ああ。コッペパンだよ。やっぱ、売店には焼きそばパンがねえとなっ」
《やきそばパン?》
「おう。だから、リョク。焼きそば作ろうぜ」
《……それが何か知りませんが、美味しそうな響きなので是非!》

そう。これが日常なのだ。







***********
読んでくださりありがとうございます◎
第5巻!おかげさまで大好評です!
ありがとうございます!
遅ればせながらいつも通りSSも
BOOKSえみたすにてお渡しできます。
もしかしたら発売に間に合っていないかもしれません。
その場合は書店の方にお問い合わせください。
店によっては少し時間がかかるかもしれないので、時間に余裕のある時にお越しください◎
お渡しできると思います。
今回のSSは後ろから二枚目の挿し絵を思い浮かべながらご覧いただければ一層楽しめると思います(笑)

今後ともよろしくお願いします!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

【完結済】病弱な姉に婚約者を寝取られたので、我慢するのをやめる事にしました。

夜乃トバリ
恋愛
 シシュリカ・レーンには姉がいる。儚げで美しい姉――病弱で、家族に愛される姉、使用人に慕われる聖女のような姉がいる――。    優しい優しいエウリカは、私が家族に可愛がられそうになるとすぐに体調を崩す。  今までは、気のせいだと思っていた。あんな場面を見るまでは……。      ※他の作品と書き方が違います※  『メリヌの結末』と言う、おまけの話(補足)を追加しました。この後、当日中に『レウリオ』を投稿予定です。一時的に完結から外れますが、本日中に完結設定に戻します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。