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ミッション9 学園と文具用品
315 キツかっただろ
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青年達は、はっきりとした声で伝えてきた。
「会長には感謝しています。俺達……あのままだったら、親父を殺してた……」
「「うん……」」
「……え?」
《へ?》
本気の雰囲気を感じて、リョクまでも驚いて顔を上げた。しかし、青年達はまだ頭を下げたままだ。
「商業ギルド長に呼ばれて、あのパンを売るようになってから、親父は今までのパンも値段を上げていた……その値段では買えないと言った客は、客じゃないって言って追い返してた……っ」
「私の父は、それを聞いて商業ギルド長にレシピをもらえるよう、掛け合うと言って、有り金を全部持って行きました。あのままでは生活なんてできなかった……」
「うちも……おふくろが内職で貯めていた金も全部取り上げて出て行った。けど、持って帰って来たレシピを見ても、分からないことが多くて、それでも、中途半端に作ったやつを、高い値段で売りはじめていた」
「……」
他の二人のパン屋も、公爵領都発祥のパンとして、闇ギルドが潰れる少し前くらいから、高い値段を付けて、自分たちのパンを売り出していたのだ。
しかし、この『公爵領都発祥のパン』というのを知っている者は王都では多く、訴えられてもいた。放っておいても潰れるかなと思ったため、フィルズも調べてすぐに放置を通達した。
だが、どうせならばタルブと一緒に摘発して欲しいとフィルズが伝えたことで、文句を言った客達も見回りの騎士達に説得されて引き下がったのだ。
もちろん、そうしたことがあったため、彼らの店から客足は遠のいていた。住民達は、しばらくパンを食べずに過ごしていたようだ。見るのも気分が悪いと言って。今までの不満も溜まっていたのだろう。
「他のパン屋の方々にも、迷惑をかけました……」
王都の平民街にはパン屋が十店舗あるが、彼ら三人のパン屋以外は、商業ギルド長であったタルブと折り合いが悪かったり、後を継ぐはずだった者が父親に反発し、家を出て行ってしまったりしていた。そうした事情から、経営も細々としかできず、義務的に近所の人達が何とか手に入れるだけのパンしか焼いていなかったようだ。
そこに、件の三店舗がパンを非常識な値段で売り始めたとあり、パン屋への不信感が住民達の中で爆発し、心が折れてしまったらしい。三店舗が摘発された時には、既に店を閉めていた。精神的にも参っていたため、彼らは現在、家族で教会の世話になっている。
「そうだな……もうお前達の家しか、パン屋として残ってねえからな」
「「「……はい……」」」
「おいおい。お前らがそんな責任感じることねえよ」
「ですが! 王都のパン屋が全部っ……っ」
「潰れてねえからな?」
「え?」
彼らは、自分たちの父親のせいで、他のパン屋が全て潰れてしまったと思っていたらしい。
「けど、セイスフィア商会にしか……」
「パンはここでしか買えないって王都の支部で……」
「確かにそう聞いた……」
町の人々は、王都支部にあるパン屋にパンを買いに来る。少しばかり高いが、パン専用の保存箱も売り出した事で、半月分近くを一度に買いだめできるようになった。そのため、毎日のようにパン屋に通うことはないが、王都の全ての住民がセイスフィア商会に押しかけている。それを彼らは知っていた。
「ああ。まあ、他のパン屋もお前達の研修が終わったら、状態を見て次に研修に入ることになってる。その間は、教会で世話になりながら、うちの商会を手伝ったり、パスタを売ってるんだよ」
「パスタ……っ、あ、スープ屋台の!」
「そうそう。だから、潰れたわけじゃねえよ。ただ……うちのパン屋見て、怖気付いてはいるみたいだけどな」
何が怖いって、行列が出来るほどの繁盛具合だ。王都でも、店で行列なんてまず見たことがないのだから。
「……ああ……お客の入りが怖いですよね……」
「あんな人数で来られたらっ……」
「数の暴力って、本当にあるんだなって……」
セイスフィア商会の店は、各店ごとでも行列が出来る。そして、王都にはこんなに人が居るのかと改めて思うくらいにすごい人が来る。
ひっきりなしに会計をするなんてことも、経験したことなどないだろう。店番といえば、子どもでも座っていれば良かったのだ。お客が来たら呼んでくれと言って、他事が出来るくらいの余裕があった。
それは誰もが利用するパン屋であっても変わらない。その認識が、セイルブロードの店では通用しなかった。
「あははっ。行列とか、ひっきりなしに接客とか想定したこともないんだってなあ」
「当たり前ですよっ。だから、店の研修の時、二時間区切りで休憩まであるとか……意味がわかりませんでした」
「二時間でもキツかっただろ」
「はい……」
「忙し過ぎて目が回るとか、普通はないです」
「最後の方、走ってるみたいな息苦しさもあったよなっ」
「「うん」」
セイスフィア商会の店では、一般の従業員達は三時間働いた後、一時間から二時間の休憩で、その後三時間から二時間の労働。お昼休憩で家に帰る人や、午前中だけ、午後からだけの一日に二、三時間だけ働く人もいる。
数分の昼休憩で朝から晩まで働くのが普通のこの世界では、珍しい雇用形態だ。正確な時間で動く人が少ないのだ。時計が傍にない生活をしているためだろう。
一時間ごとに町の中央にある時計塔の鐘で時間は分かる。だが、ぴったりその時間から行動するということも少ないし、鐘の音など気にせず、日の傾きで行動するらしい。
日が昇ったら起きて暗くなってきたら終わり。日が高くなったら昼食時という感覚で動く人は多い。
「労働時間が明確に決まってるなんて……有り得ませんから」
これが常識らしい。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
お待たせしました!
第5巻 好評発売中です!
本の帯にはお待ちかねの発表も。
そして、表紙もですが
挿し絵もとってもステキです!
必見なのは後半の方……っ
最後の2枚は額に入れて飾りたい!
是非見てください!
今回もよろしくお願いします!
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「「うん……」」
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「うちも……おふくろが内職で貯めていた金も全部取り上げて出て行った。けど、持って帰って来たレシピを見ても、分からないことが多くて、それでも、中途半端に作ったやつを、高い値段で売りはじめていた」
「……」
他の二人のパン屋も、公爵領都発祥のパンとして、闇ギルドが潰れる少し前くらいから、高い値段を付けて、自分たちのパンを売り出していたのだ。
しかし、この『公爵領都発祥のパン』というのを知っている者は王都では多く、訴えられてもいた。放っておいても潰れるかなと思ったため、フィルズも調べてすぐに放置を通達した。
だが、どうせならばタルブと一緒に摘発して欲しいとフィルズが伝えたことで、文句を言った客達も見回りの騎士達に説得されて引き下がったのだ。
もちろん、そうしたことがあったため、彼らの店から客足は遠のいていた。住民達は、しばらくパンを食べずに過ごしていたようだ。見るのも気分が悪いと言って。今までの不満も溜まっていたのだろう。
「他のパン屋の方々にも、迷惑をかけました……」
王都の平民街にはパン屋が十店舗あるが、彼ら三人のパン屋以外は、商業ギルド長であったタルブと折り合いが悪かったり、後を継ぐはずだった者が父親に反発し、家を出て行ってしまったりしていた。そうした事情から、経営も細々としかできず、義務的に近所の人達が何とか手に入れるだけのパンしか焼いていなかったようだ。
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「パスタ……っ、あ、スープ屋台の!」
「そうそう。だから、潰れたわけじゃねえよ。ただ……うちのパン屋見て、怖気付いてはいるみたいだけどな」
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「……ああ……お客の入りが怖いですよね……」
「あんな人数で来られたらっ……」
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セイスフィア商会の店は、各店ごとでも行列が出来る。そして、王都にはこんなに人が居るのかと改めて思うくらいにすごい人が来る。
ひっきりなしに会計をするなんてことも、経験したことなどないだろう。店番といえば、子どもでも座っていれば良かったのだ。お客が来たら呼んでくれと言って、他事が出来るくらいの余裕があった。
それは誰もが利用するパン屋であっても変わらない。その認識が、セイルブロードの店では通用しなかった。
「あははっ。行列とか、ひっきりなしに接客とか想定したこともないんだってなあ」
「当たり前ですよっ。だから、店の研修の時、二時間区切りで休憩まであるとか……意味がわかりませんでした」
「二時間でもキツかっただろ」
「はい……」
「忙し過ぎて目が回るとか、普通はないです」
「最後の方、走ってるみたいな息苦しさもあったよなっ」
「「うん」」
セイスフィア商会の店では、一般の従業員達は三時間働いた後、一時間から二時間の休憩で、その後三時間から二時間の労働。お昼休憩で家に帰る人や、午前中だけ、午後からだけの一日に二、三時間だけ働く人もいる。
数分の昼休憩で朝から晩まで働くのが普通のこの世界では、珍しい雇用形態だ。正確な時間で動く人が少ないのだ。時計が傍にない生活をしているためだろう。
一時間ごとに町の中央にある時計塔の鐘で時間は分かる。だが、ぴったりその時間から行動するということも少ないし、鐘の音など気にせず、日の傾きで行動するらしい。
日が昇ったら起きて暗くなってきたら終わり。日が高くなったら昼食時という感覚で動く人は多い。
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