106 / 200
ミッション9 学園と文具用品
313 幸せを作っている
しおりを挟む
フィルズはまだ早い時間とはいえ、朝食の準備でも始めようと手を洗い、タオルで拭きながら壁に掛けてある一週間分の献立表を確認する。
今日の朝食はハムエッグと葉物野菜のサラダ、クルフのスープだ。朝は卵とハムなどの軽い塩味の効いた肉類と、サラダにスープと決まっている。そこにパンが数種類選べるので十分なようだ。
そこでふと、成形したパンの生地を鉄板に並べていたリョクが、疑問が浮かんだらしく、首を傾げた。
《パンだけを卸すことは可能なのですか?》
「ん? ああ。食堂は、元城の料理人とか、貴族家で雇っていたヤツらで運営されているし、貴族と太いパイプがある商会が食材を卸してるから、入れない」
《なら、どうするつもりで?》
「売店を作ろうと思ってさ」
フィルズは、リョクの方を振り向くことなく、サラダ用の野菜を洗おうと籠に入っていた葉物の野菜を手に取る。
《ばいてん……?》
「そう。専門の店じゃなく、色んな物をまとめて一つの店で売るんだよ。パンも置いて、文房具やちょっとした怪我や病気の時に使う薬とか、休憩時間に摘める菓子とか色々」
貴族の子息子女達が通う学園だ。彼らは、買い物などは全て侍女や侍従に任せる。注文ということで届けさせるのが普通だ。簡単に受け入れられるとは思っていないが、是非とも試してみたい。
因みに、食堂でもメニューは選べない。席につくと勝手に給仕の者が運んで来て並べるスタイルだ。
《それを……どこに?》
「学園内の余ってる教室とか使ったらいいだろ」
「そういえば、使っていない教室は多かったかも……」
ミリアリアが昔を思い出して口にする。
「やっぱり? 生徒数、減ってそうだもんなあ」
「ええ……昔は、商家とかお金に余裕のある家の子ども達も沢山居たとか聞いたことがあるけど……」
「最近はほぼ居ないらしいからな……」
「……」
フィルズの言い方から、良くない傾向なんだろうと予想できたのだろう。ミリアリアが肩を落とす。
「仕方ねえよ。その代わり、庶子とか第二子以降も特例以外は学園に入れる決まりだ」
「特例?」
「知らねえの?」
「ええ……初めて聞いたわ」
「まあ、詳しく調べないと知らないかもな」
「……調べたの?」
鉄板にクロワッサンを並べ終わり、ミリアリアが顔を上げた。
「おう。あまりにも兄さんが行きたくないって言うもんだからさあ」
「……ごめんなさいね……」
「気にすんな。カリュやリサも言ってたからな」
フィルズは、背を向けたまま、レタスのような薄く赤い色をした野菜の葉を一枚ずつめくっていきながら答えた。
「学園は、卒業が認められるだけの知識や技能を持っていることを証明できれば、通わなくていいらしい。それ用の試験があるんだ」
「それは、ダンスや剣術も?」
「そう。全部。筆記試験は各学年のテストをまとめて受けるんだってさ」
分かりやすい方法だろう。三年分の試験を全部やるだけだ。
「時間がかかりそうね」
「丸一日かかるらしい。試験の日も、入学試験とは違う。卒業試験のすぐ後にあるらしい。それも、国の方から申請する必要があるんだと」
「……父親が認めなければ、受けることも出来なさそうね」
「ああ。だから、ほぼ形骸化してる。確実に受かるって確証がないと、落ちた時に恥をかくだろうしな。下手したら、家門から追い出される」
「……誰も受けたがらないわね……」
「受かったら、これ以上ない誉れだけどな」
「そうね……」
リスクが大き過ぎる。それに、受かるほどに成績が良ければ、その家は王家の覚えも良くなるだろう。それを面白く思わない者は多いため、不正は出来ない。注目されるものだ。妨害もしにくくなる。結果、正しい判定が下されるので、良い事ではある。
「まあ、そんな事だったから、兄さん達は諦めてくれたけどな」
「よかったわ……」
「だから、なんとか兄さん達の不満を一つでも解消したくてさ。やっぱ、『食』って大事だと思うんだよ」
「そうね。クーがよく言っているわ。美味しいと思うことは幸せを感じることでもあるって」
次はと、ロールパンの生地を鉄板に並べていくミリアリア。三組の夫婦は丸め終わり、満足げな顔をしていた。
ここで、ようやく彼らも周りの声が耳に入ったようだ。
「それって、僕たちは幸せを作っているってことですか!?」
「ふふふっ。そうだと思うわ」
ミリアリアが微笑ましそうに答えると、他の者達も嬉しそうに口を開く。
「絶対、美味しいですもんねっ」
「今まで食べていたパンが食べられなくなりますもん!」
「パンだけで生きていけそうな気がする!」
「それはダメだからな?」
《それはダメですよ?》
パン狂いは、やはり危険だ。
「本当にこのパンは美味しいもんな……中途半端な知識だけで作ったパンをここのパンだって言って売り捌いてた親父には、失望したぜ……」
「正しい知識って本当に大事なんですね……アレとは全くの別ものです」
そう後悔を口にするのは、王都の商業ギルド長によって中途半端にパンの作り方を教えられ、公爵領発祥の特別なパンを作れると言って営業していたパン屋の息子夫婦だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
第5巻の予約がそろそろ始まります!
よろしくお願いします!
書影公開します♪
今日の朝食はハムエッグと葉物野菜のサラダ、クルフのスープだ。朝は卵とハムなどの軽い塩味の効いた肉類と、サラダにスープと決まっている。そこにパンが数種類選べるので十分なようだ。
そこでふと、成形したパンの生地を鉄板に並べていたリョクが、疑問が浮かんだらしく、首を傾げた。
《パンだけを卸すことは可能なのですか?》
「ん? ああ。食堂は、元城の料理人とか、貴族家で雇っていたヤツらで運営されているし、貴族と太いパイプがある商会が食材を卸してるから、入れない」
《なら、どうするつもりで?》
「売店を作ろうと思ってさ」
フィルズは、リョクの方を振り向くことなく、サラダ用の野菜を洗おうと籠に入っていた葉物の野菜を手に取る。
《ばいてん……?》
「そう。専門の店じゃなく、色んな物をまとめて一つの店で売るんだよ。パンも置いて、文房具やちょっとした怪我や病気の時に使う薬とか、休憩時間に摘める菓子とか色々」
貴族の子息子女達が通う学園だ。彼らは、買い物などは全て侍女や侍従に任せる。注文ということで届けさせるのが普通だ。簡単に受け入れられるとは思っていないが、是非とも試してみたい。
因みに、食堂でもメニューは選べない。席につくと勝手に給仕の者が運んで来て並べるスタイルだ。
《それを……どこに?》
「学園内の余ってる教室とか使ったらいいだろ」
「そういえば、使っていない教室は多かったかも……」
ミリアリアが昔を思い出して口にする。
「やっぱり? 生徒数、減ってそうだもんなあ」
「ええ……昔は、商家とかお金に余裕のある家の子ども達も沢山居たとか聞いたことがあるけど……」
「最近はほぼ居ないらしいからな……」
「……」
フィルズの言い方から、良くない傾向なんだろうと予想できたのだろう。ミリアリアが肩を落とす。
「仕方ねえよ。その代わり、庶子とか第二子以降も特例以外は学園に入れる決まりだ」
「特例?」
「知らねえの?」
「ええ……初めて聞いたわ」
「まあ、詳しく調べないと知らないかもな」
「……調べたの?」
鉄板にクロワッサンを並べ終わり、ミリアリアが顔を上げた。
「おう。あまりにも兄さんが行きたくないって言うもんだからさあ」
「……ごめんなさいね……」
「気にすんな。カリュやリサも言ってたからな」
フィルズは、背を向けたまま、レタスのような薄く赤い色をした野菜の葉を一枚ずつめくっていきながら答えた。
「学園は、卒業が認められるだけの知識や技能を持っていることを証明できれば、通わなくていいらしい。それ用の試験があるんだ」
「それは、ダンスや剣術も?」
「そう。全部。筆記試験は各学年のテストをまとめて受けるんだってさ」
分かりやすい方法だろう。三年分の試験を全部やるだけだ。
「時間がかかりそうね」
「丸一日かかるらしい。試験の日も、入学試験とは違う。卒業試験のすぐ後にあるらしい。それも、国の方から申請する必要があるんだと」
「……父親が認めなければ、受けることも出来なさそうね」
「ああ。だから、ほぼ形骸化してる。確実に受かるって確証がないと、落ちた時に恥をかくだろうしな。下手したら、家門から追い出される」
「……誰も受けたがらないわね……」
「受かったら、これ以上ない誉れだけどな」
「そうね……」
リスクが大き過ぎる。それに、受かるほどに成績が良ければ、その家は王家の覚えも良くなるだろう。それを面白く思わない者は多いため、不正は出来ない。注目されるものだ。妨害もしにくくなる。結果、正しい判定が下されるので、良い事ではある。
「まあ、そんな事だったから、兄さん達は諦めてくれたけどな」
「よかったわ……」
「だから、なんとか兄さん達の不満を一つでも解消したくてさ。やっぱ、『食』って大事だと思うんだよ」
「そうね。クーがよく言っているわ。美味しいと思うことは幸せを感じることでもあるって」
次はと、ロールパンの生地を鉄板に並べていくミリアリア。三組の夫婦は丸め終わり、満足げな顔をしていた。
ここで、ようやく彼らも周りの声が耳に入ったようだ。
「それって、僕たちは幸せを作っているってことですか!?」
「ふふふっ。そうだと思うわ」
ミリアリアが微笑ましそうに答えると、他の者達も嬉しそうに口を開く。
「絶対、美味しいですもんねっ」
「今まで食べていたパンが食べられなくなりますもん!」
「パンだけで生きていけそうな気がする!」
「それはダメだからな?」
《それはダメですよ?》
パン狂いは、やはり危険だ。
「本当にこのパンは美味しいもんな……中途半端な知識だけで作ったパンをここのパンだって言って売り捌いてた親父には、失望したぜ……」
「正しい知識って本当に大事なんですね……アレとは全くの別ものです」
そう後悔を口にするのは、王都の商業ギルド長によって中途半端にパンの作り方を教えられ、公爵領発祥の特別なパンを作れると言って営業していたパン屋の息子夫婦だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
第5巻の予約がそろそろ始まります!
よろしくお願いします!
書影公開します♪
1,598
お気に入りに追加
14,451
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。