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5巻
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しおりを挟むミッション① 二つの憩いの場を開放しよう
この世界の多くの民達が、王侯貴族の振る舞いや、痩せ細った土地のために苦しい生活を強いられている中で、急激に発展し、子ども達の元気な笑い声と活気に満ちた町があった。
多くの国々に囲まれる大国カルヴィア、その唯一の公爵が治める領都エントラール。そこに突如として現れた商会が全ての源だった。名をセイスフィア商会と言う。古代語で『賢者の魂』という意味があるこの商会は、まだ設立されて一年ほどしか経っていない。
かつて、神々はこの世界の発展を目的として、賢者と呼ばれる、異世界の革新的な知識を持った者達を転生させていた。しかし、それらの知識や発明は、権力者達によって搾取され、やがて人々は扱いきれずに廃れさせてしまった。
それを見かねた神々により、この世界の改革を願われて転生して来たのが、この商会の商会長であるエントラール公爵の次男、第二夫人の子であるフィルズ・エントラールだった。
「今日も早いなあ」
フィルズは、自身の屋敷の前で商店街となっているセイルブロードを横目に見ながら、その隣の屋敷に朝早くから来ていた。領主邸の屋敷や敷地よりは狭いが、かなりの広さがある。そこは所謂病院とリハビリ施設を兼ね備えた場所、『健康ランド』であった。
時間としては、まだ朝早い時間。セイルブロードで最も営業の早いスープ屋台が出発してまだそれほど経っていない。
だが既に、両親が早くから出稼ぎに出かけている家の子ども達が、ここにあるアスレチックで遊び始めていた。一番早いのは、教会から繋がる通路を通ってやって来る孤児院の子ども達だ。神官達が乳幼児達の世話を始める時間のため、邪魔にならないように出て来るのだ。その子ども達の中に、フィルズが少し気にしている者達が交ざっていた。
少し前のカルヴィア国では、いくつかある隣国のうち、その一国から貧困のために食い詰めた多くの民が流れ込み、盗賊となって勢力を作っていた。
そして二ヶ月前。盗賊達はカルヴィアの王妹の命を狙う計画を企てた。母国を乱して自分達を苦しめたのは彼女だと思い込み、それ故の復讐だったのだ。
彼らの怒りには誤解も含まれていたが、王妹が隣国で起きた騒乱に関わっていたのは事実だ。国王はその事情を慮り、教会が仲立ちとなって、盗賊達は罪を償うことになったのだが、その時に彼らが連れていた子ども達を保護していた。
栄養失調気味だった彼らは全員、教会の孤児院に入れられて、今や他の子ども達と共にアスレチックで朝から夕方まで遊べるくらい元気になっていた。
そんな子ども達が遊ぶのを、フィルズが目を細めて見ていると、久し振りに帰領した父のリゼンフィアがやって来て目を丸くしていた。彼は宰相の地位に就いていることもあり、中々領地に戻ることができないのだ。そうして、たまに帰領すると、息子であるフィルズとの交流を持とうと積極的に関わって来る。
今日は特に、重大イベントがあるため、執務で疲れていても、こうして朝からフィルズに張り付いていた。
「あの子ども達があんなに……」
「元から孤児院に居る子どもらは、魔力の扱いも上手くなってるから、自然に身体強化も使ってんだけど、大分あいつらもできるようになって来たみたいだな」
「っ、だからあんな動きを……大丈夫なのか?」
目を向けている先には、垂直な丸太の壁をロープでよじ登る遊具が立っている。そこには、一番上までほぼロープを使わずに駆け上って行く十歳くらいの子ども達の姿があった。
「目付け役のクマも居るし、異常なことがあればフーマ爺に報告が行くから、そこで指導もできる。今のところ、問題はないよ」
「そうか……」
子ども達から一歩離れた所にクマのぬいぐるみが立っている。それは彼が作った魔導人形のうちの一体で、自分で思考し動くことができた。フーマというのは老人の姿をした医術神で、主に医療方面で商会に協力してくれている。
「うーん。まあ、あの遊具はあいつらにはそろそろ危ないから、新しいやつ作ってるけど」
「アレか?」
フィルズが目を向け、リゼンフィアも目を留めるのは、四角く細かい網で囲ってあるもの。新しい遊具を作っている時は、そうして囲って分かりやすくしているため、子ども達も近付かない。近付けば、これを作る職人達に怒られるのを知っているからというのもある。
今二人が見ているそれは、新たな壁登りの遊具だ。
「あれは斜面と湾曲した壁を駆け上って行くやつ。一番上に手を付くと、音が鳴るんだ。しかも、表面が滑るしちょい柔らかいから、素足でやることになる」
失敗して転んでも、柔らかく受け止めてくれる仕様。そのため、足腰が更に鍛えられる。踏ん張りが微妙に利かないのだ。素早く走り抜ければ沈まないが、立ち止まると沈んでいく。前世で言うところの低反発素材だった。
遊具の頂上を見てリゼンフィアは尋ねる。
「あそこ、高くないか?」
「まあ、大人二人分とちょいくらい? 後ろ側に作った滑り台を高くしたかったし、アレくらいじゃないと、子どもらが簡単にできるようになるんだよ」
「……確かに……」
現に、垂直の壁登りは大人一人分の二メートルくらいの高さを軽く駆け上がり、何人も一番上に座って手を振っている。この世界では、これくらいはできて当たり前だ。
よって、今作っている方は一番上が五メートル近くなるようにしてある。身体強化を使えば、三階分の高さから飛び降りても受け身を取るのは容易いので、落下による怪我の心配も少なかった。
「けど、そろそろ手狭になって来たから、困ってる。早いとこあっちを完成させねえと」
「あっち……大公園のことか」
「そう」
現在、多くの職人達を導入し、更に隣国から来た元盗賊達も働かせて、今では公爵領となった元男爵領に大公園を作っている。
ここのアスレチックなども参考にして作る大公園には、この健康ランドから送迎バスを出す計画だ。
テイクアウト可能な食事処も作り、芝生のような物を植えた上で、レジャーシートを貸し出すなどして、ピクニックができるようにする。花を植えた散歩道も広めに作り、目指すのは、誰もが『家族で一日中遊べて休暇を楽しめる公園』だ。
「午後からあの土地に視察に行くが、フィルも……」
リゼンフィアは、フィルズには何かと下手に出る。これでは親子の立場が全く逆だなというのが、周りの感想だ。
公爵家はリゼンフィアが家庭を放っておいたことによって、離散の危機に陥っていた。それをフィルズに突きつけられ、リゼンフィアはようやく家族と向き合う道を選んだ。
フィルズに父と認められるためには、破綻した家庭環境を整えなくてはならない。
「ああ。確認したいこともあるし、車出すよ。じいちゃんも行きたいって言ってたからな」
「義父上が……?」
「公園に興味あるんだと。あれだけ拓けた場所が町の中にあるってのが珍しいらしくてさ」
「そうだな。確かに、安全な町の中では、ないな……」
「だろ? で、吟遊詩人とか旅人達が気楽に泊まれる場所も作って欲しいとか言ってるんだ。だから、ちょい計画練り直しの所があってさ」
フィルズのイメージとしては、キャンプ場だ。だが、今それを作ってしまうと、間違いなく家をなくした者達が住み着く。そうなると無法地帯になって、スラムのようなものになってしまうだろう。それでは困るのだ。
フィルズの祖父で母クラルスの父であるリーリルは『幻想の吟遊詩人』と呼ばれている。彼は男だが、女装して別人になりすましながら旅をしていた。普段から女性にしか見えない美しい男性だ。
彼のような流民は見た目通りの年ではなく、とても若く見える。『じいちゃん』と呼べば、十人中十人が首を傾げて周りを見回すだろう。
「じいちゃんとしては、あそこで夜の星を眺めたいとか思ってるみたいだし。でもそうなると警備とか難しくなるじゃん?」
「……確かに……」
あの美しいリーリルを一人、夜に公園に行かせるなんて危な過ぎる、とは誰もが思うこと。
「広い空の下で寝るとか、確かに気持ちいいんだけどな……今は屋敷の屋上で満足してくれてるからいいけど」
町の外の拓けた場所であっても、この世界には魔獣が居る。気楽に過ごせる場所ではない。野営しやすい場所では、木々の合間から見える空の広さに限界がある。だから、この世界の人にとって、視界いっぱい、何にも遮られることなく空が見える場所などあり得なかったのだ。
そんな中、商会のフィルズの屋敷は、この世界にはない特殊な造りで、屋上がある。それ以前に、魔導車の屋根の上から見る空も知ったことで、リーリルはその魅力に取り憑かれたらしい。
教会に保護され、セイスフィア商会の職員として働いているこの国の第三王子であるリュブランやその仲間達も、天気の良い日は昼も夜も屋上に上がって景色を楽しんだりしているため、彼らもその魅力を知っている。
「この前連れて行った時に、明らかに目が輝いてたから、何したいのかと思ったら……母さんが聞き出してくれて良かったよ……」
「それは本当に良かった……」
リーリルは勝手に夜に芝生の上で寝転んでそうな勢いだったのだ。先に分かって良かったと心底ほっとしたのが数日前のことだった。
そうして、心臓に悪いことを思い出し、父子で胸を撫で下ろしているところに先王夫妻が歩いてやって来た。
先王夫妻はとても晴れやかで健康そうな顔色をしていた。彼らは、隠居してから体の不調を訴えていた。そんな時に、フィルズが作った車椅子を使うようになったことで、動ける範囲が広がり、是非ともお礼が言いたいと、お忍びで二ヶ月前に公爵領にやって来た。
「やあ。良い朝だな」
「子ども達は今日も元気ねえ」
この『健康ランド』を任されている元十神の医術神フーマと薬神ゼセラによって、健康指導を受けた先王夫妻は、ついに車椅子が必要ないほど元気になっていた。
「おはよう。今日は杖もなしか?」
先王夫妻は、フィルズを孫のように可愛がっており、話し方も気安いものに落ち着いた。
「ああ。数日前から、本当に調子が良くてなあ」
「本当に。魔力にこんな弊害があったなんて驚いたわ。まだまだ動けそうですもの」
前王妃の言う通り、魔力の流れが滞っていたことが不調の原因であった。
笑う二人の所に、フーマとゼセラがやって来る。
「おいおい。あんま無理はすんじゃねえぞ。何事もゆっくりな」
「若返ったとは違うのですよ? 本来の機能を取り戻しただけですからね。年齢相応の動き方でお願いしますよ」
「「はい」」
フーマとゼセラには頭が上がらないというのが、先王夫妻の口癖だ。
「フーマ爺、セラ婆。今日、正式オープンだけど、準備はいいか?」
「おう。まあ……ちょい緊張してはいるがな」
「そうですねえ。とってもワクワクしていますよ」
子ども達だけはここの出入りを許していたが、今日、正式に『健康ランド』をオープンする。この立ち会いのためにリゼンフィアもこの日に合わせて帰領したのだ。
今日オープンとはいえ、町の中で問題のあった患者は、試験的に運び入れて既に治療を開始していた。先王夫妻のように、魔力の関係で体の調子を壊していた者達が多い。義手や義足の店も、今日からこちらに移しリハビリ施設などを利用してもらうことになっている。
「一緒に大浴場もオープンできると良かったんだが、早くここに来たいって奴らが多いみたいだから」
「期待されてんのは嬉しいぜ」
「私も心配な子達が居ましたから、問題ありませんよ」
フーマもゼセラも、ここに来てからトラの魔導人形達を連れて町を出歩き、住民達と交流していたのだ。往診というほどのものではないが、多くの人の相談相手になっていた。やはり神だからか、すぐに人々にも受け入れられ、既に『大先生』と呼ばれて慕われている。
「そりゃ良かった。そんじゃあ、そろそろ開けるか」
「おうっ」
「ええ」
トラ達も出迎えのために屋敷の前に出て来ている。それを確認し、フィルズは拡声器を手に取った。その声は、門の所や敷地内にあるスピーカーから聞こえるようになっている。セイルブロードと繋がる通路も新たに作っており、そちらにも聞こえるはずだ。
「よし。じゃあいくぞ、『お待たせしました! 本日、これより「健康ランド」開店いたします!』」
「「「「「おお~っ‼」」」」」
ゆっくりと門が開き、遊歩道を楽しみながら多くの人々が入って来た。
「『この健康ランドは、皆様の健康的な生活のため、様々な施設を用意しております。古傷が痛むという方。最近、寝付けない、体力が落ちたという方が家族に居ましたら、是非ともまずはご相談を。建物は右手側です』」
入って来る人々の中には、調子の悪そうな老人を背負っている者も居る。そうした者は、トラ達によって連れて行かれる。
もうフーマとゼセラはそれぞれの持ち場についたようだ。問題のある人々が予想よりも多く運び込まれて来ている。しっかりとこれまでの施設の説明や声掛けが伝わっていたようだ。
「『もちろん、体の調子が悪くない方もご利用できます。鍛え方が分からないという方。効果的なトレーニングの仕方を教えてくれる施設があります。そちらも是非覗いていってください。建物はアスレチックのある左側へ』」
トレーニングジムのような施設も作ってある。今日はちょっと外に行く気分じゃないなという冒険者達が通うのを狙っている。実際、使い勝手を見てもらうために、まず公爵家の護衛や騎士団の者達に試してもらったのだが、まんまとこれにハマった。
室内なので、雨の日も関係なく使えるのも良いと、試験期間中に、目一杯楽しんで使っていた。その話を聞いたのだろう。早速とばかりに冒険者達がこぞってその建物に向かって行った。
「『最近、腰が痛い。足が痛い。など、体に痛みがあって困っている方は、同じく左側の建物へ。ぎっくり腰の痛みも和らぎますよ。送迎も可能ですのでご相談ください』」
この世界にも、ぎっくり腰やヘルニアがある。フィルズの宣伝を聞くなり目を丸くして取って返す者も居た。どうやら家族にそうした者が居て、連れて来るつもりのようだ。
「ふう。これくらいか」
後はトラ達や雇った職員達が上手くやるだろう。
「どれ、私も手伝おう」
「では私も」
「え⁉」
先王夫妻の呟きに、リゼンフィアが青ざめる。
「ははっ。そんな驚くことはない。この二ヶ月、治療を受けながら施設の説明も受けていてなあ。試験的に使うところも体験しているのだ」
「お陰でこんなに調子が良くて。肌の調子まで見てくれるんですよ? あら。フィルさん。これは大事でしたわ」
夫人に指摘されて思い出す。
「本当だっ。『肌荒れが気になる方もご相談ください。薬局では手に入らない専用の薬の調合も行っておりますよ』……って感じでいいか」
「ええ。ふふっ。あの辺のお嬢さん達の目の色が変わったわ。私が説明に向かいましょうか」
「おお。あそこに足を引きずっておる者が居るな。案内しよう」
そうして先王夫妻が案内に立つ。これはいけないと、案内用の職員の腕章を着けた侍従と侍女が走って行った。
「だ、大丈夫なのか?」
「ああ。まあ、隠密ウサギは居るから」
「そうか……」
「それに、まさか先王夫妻だとは思わんし」
「……確かに……」
リゼンフィアは心配しながらも、納得するしかない。陰から見守ってくれるウサギ型魔導人形の優秀さは彼もよく知るところだ。
「さてと。こっちはもう任せるって決めてるし。神官達も手伝いに来るって言ってたからさ。飯食って、元男爵領に出かける用意するか」
「……」
完全に丸投げするらしいフィルズに、リゼンフィアは目を丸くする。
屋敷に戻ろうとしていたフィルズは、動かないリゼンフィアに気付いて振り向く。
「ん? なに? 飯行かねえの?」
「っ、い、いや。その……本当にこのまま……見ていなくていいのか?」
「当たり前だろ。大丈夫だって。それなりに色々想定して用意してたし。ここまで来たら俺が出る幕ねえよ。それに、信頼して任せたんだ。別に放置するわけじゃねえ。報告は聞くし、問題があれば相談に乗る。上手く回るように差配したら、上のもんは下手に口も手も出さないのがいいんだよ。適材適所って言うだろ?」
「……そうだな……そうだ」
その表情の動きを見て、フィルズは目をすがめる。
「ふ~ん。アレだ。あんた全部抱え込む質だろ。全部自分で確かめないと気が済まないんだろ」
「っ……まあ……そうだな。間違いがあってはいけない」
「それはそうだが……それで、一度信頼した人は疑わないってやつだ。そんで裏切られて、次はこういうことがないようにって、更に意固地に仕事抱え込むタイプ」
「うっ……」
図星らしい。
「面倒くせ~。仕事できるのに要領悪い奴の典型的なやつじゃん……はあ……まあ、貴族って面倒くせえ生き物だしな。こっちと勝手は違うんだろうが……いつか潰れるぞ。そういう奴が倒れると、一番下までガタガタくるから厄介なんだよ……でもこればっかりはな~、性格もあるし」
そんなことを話しながらも歩き始めたフィルズを、リゼンフィアは慌てて追いかける。
「私のやり方は良くないんだろうか……」
「そっちの仕事知らんから、俺も偉そうなこと言えねえけど、無理しそうだなって思うだけ。昨日、あんたが来た時に母さんが顔色見て気にしてたし」
「く、クラルスがっ……」
心配してくれてるんだと知って、頬を緩ませるリゼンフィア。それをチラリと見て笑う。
「嬉しそうな顔しやがって。まったく、母さんに心配させんな。もうすぐばあちゃんも帰って来るし、そうしたら一発喰らうかもよ?」
「うっ……努力する……」
「そうしろ。まあ、当たり前になってた仕事も、たまには見直すといいぜ。あとはやっぱ、誰かに相談したりしてみることだな。現場の話聞くとかさ。そういう時間も作れるように頑張れ。これ、商業ギルド長や神殿長からの受け売り」
「なるほど……」
「あと、賢者や神とかな~……」
「ん?」
「いや。何かまた、辺境の方が落ち着かないみたいだし、俺も頑張るか~」
「フィルは頑張り過ぎだと思う……」
カルヴィア国と隣り合う国々は問題を抱えてばかりだ。
盗賊達の母国だけでなく、辺境伯領と接する軍事国家もまた不穏な動きを見せていた。
父の心配そうな言葉を背中に受けながら、フィルズは家族の待つ屋敷へと向かう。
◆ ◆ ◆
そして、健康ランドがオープンしてから三ヶ月後。セイスフィア商会監修の大衆浴場がオープンした。
領主であるリゼンフィアが、提案したフィルズに少しでも喜んで欲しいと気合いを入れて土地を確保した結果、最新鋭で最高の浴場が出来上がった。提案してすぐにフィルズは粗方設計図を引いており、土地が決定してからは、『異世界にスーパー銭湯を!』という名の、異常なほど熱意のこもった賢者の残した資料にも目を通して書き上げた。
一般的な様式の銭湯はもちろん、ジャグジー系のものから、水質を変えたもの、二階建ての屋上には、夜空を見上げられる露天風呂まで。更には女性にも大人気の岩盤浴やサウナも完備。中身は間違いなく地球のスーパー銭湯だ。
軽食ができる喫茶店のような食事処も作ったため、休日は家族で一日中居られると評判だ。ついでにプールも地下に作った。リハビリに使えるだろうという目論みがあったのだ。温水を使った、少し温かい流水プールがメインだ。浅めに作ったので子ども達にも人気だった。
今日のフィルズは、この浴場を視察しがてら、ようやく整備が完了した競泳用のプールでの水泳指導をすることになっている。流水プールの客達も興味深そうに見ている。
海や湖、大きな川などが近くになければ、この世界では泳ぐという経験をまずしない。なので、競泳用の深いプールを、利用客も職員もどう使えば良いのか分からなかったのだ。
それを踏まえて、事故がないよう、今日まで水も入れずにいたというわけだった。そして今日、泳ぎ方を教える。指導者はフィルズで、騎士団の半数と、冒険者数名が参加することになった。
「それじゃあ、準備体操から」
「「「「「おうっ」」」」」
既に、このプール施設に通っていた者達は、準備体操というのが何か知っている。
一時間ごとにラジオ体操的な、『休憩と体操をしましょう』という放送がかかるのだ。当然のように音楽付き。
お陰で、毎日のように通っている子ども達が、これを鼻歌で歌って歩く姿が見られるようになった。洗脳され気味に体操しながら町を散歩するので、大人達はちょっと心配になっている。
一方で、朝起きてからこれをすると気分が良いとの評判もあり、町の休憩所で朝と昼に流しても良いかもしれないという話も出ていた。
♪~
『手を広げてゆっくり間隔を取っていこう』♪~、♪~
『前後も当たらないように』♪~
『では、まずは軽く跳躍から。高く跳ねなくていい。足下にも気を付けて。さん、はいっ』
♪っ、♪っ、♪っ、♪っ~
因みに、この解説の声の主は、フィルズの母方の祖母であるファリマスだ。
この間、プールの奥の壁に、三匹のクマ達がお手本を演じる映像が流れている。
子ども達は、これを観るのも飽きないらしい。
『小さな子達は、できるものだけやりましょうね~♪』
「「「「「はーいっ」」」」」
間にクラルスの声も入る。それに応えるのも楽しいとのことだ。
『足の筋を伸ばすように、右足だけを曲げ、左足を伸ばしたまま伸脚』
♪~、♪~
『ゆっくり伸ばすだけでも大丈夫よ~♪』
こうして体操をしていると、騎士団長ヴィランズが同じように体操しながら話しかけて来る。
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