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ミッション9 学園と文具用品
305 応援してるけどな
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肩で息をしながら、やって来たリゼンフィアの後ろからは、学園が始まっても週末は必ずここに滞在するセルジュが顔を出す。
息が整わないリゼンフィアの代わりというように、 セルジュが口を開いた。
「メイド長が、トールさんと婚約したって報告は、フィルならもう受けてるよね」
「ああ」
「え!?」
リゼンフィアが反応するが、構わずセルジュもフィルズも会話を続ける。
「カナルがルマンに襲われてるのは?」
ルマンはメイド長の娘で、母親の幸せをずっと願っていた。
「やるだろうなとは予想してた。少し前からアピール凄かっただろ」
「あ~、うん。カナルがすごく動揺してた」
「俺は応援してるけどな」
公爵領都にある屋敷の家令であるカナルは、メイド長の婚約が成立した事で、現在、危機に陥っていた。
「うん。私も。クーちゃんが味方に付いた時点でカナルに逃げ道はないしね」
「そういうことだ。それで? 宰相さんはどうしたんだ?」
「っ……か、カナルが襲われて……大丈夫なのか?」
「ちょっと、若い女に結婚迫られてるだけだよ」
「結婚!? カナルが!?」
この頃、五十を迎えたカナルは、優秀な男だが、女性との縁がなかった。本来ならば、家令になる者には、結婚もし身辺が落ち着いているのが好ましい。だが、この国の現状では、中々難しい問題がある。
主人と夫人の関係が歪で、そのフォローに回っていると、先ず家令は婚期を逃すのだ。主人は夫人に会いたくなくて屋敷を留守がちになり、夫人は第二夫人や外にいる愛人を思って荒れる。それを宥めるのも屋敷を任されている家令の仕事。この時点で少し女性不信になるらしい。
夫婦の間を取り持つとまではいかないが、家令は雇われている使用人達を守る役目も持っている。そのために日々奔走する。
若い貴族の女性は、矜持が高く苛烈な者が多い。しかし、流石に見た目に自信がなくなる頃には、夫の気持ちにも気付き落ち着いてくる。そうして、家庭内が冷え切った頃。ふと気付けば家令達は自身の婚期を逃しているのだ。
それと同時に、結婚するならば落ち着いた女性が良いと思うようになる。よって、家令達が結婚するのはかなり遅くだ。大きな主人夫婦という子どもを育てきった後のセカンドライフ的な雰囲気がある。
そして思うのだ。もし子どもが出来ても、家令にはしないと。だから、子どもを持たない者も多い。年上の、落ち着いた女性を娶る事が多かった。
「カナルだって結婚しても良いだろ?」
世間一般からすれば、今回公爵家は比較的早く、それらの問題が片付いたと言える状況。カナルもまだ五十と若い方である。
「もちろん! え? 若い女に迫られてる!?」
「ああ。メイド長の娘のルマンに。初恋から一貫して諦めない一途な女の子って、どうよ」
「え、あ、羨ましい……っ、いや! それは怖い?」
「押してダメなら、不意打ちでも後ろからでも、押し倒せるまで当たりまくれ! って精神で頑張ってる女の子だけど」
「怖いなっ!」
「うちのメイドですけどね」
「そんなっ……」
そんなメイドが居たなんてと、リゼンフィアは少し衝撃を受けたらしい。カナルに迫っているメイドがいるなんてことは、初耳だったようだ。
「大丈夫だ。カナル以外には全く興味のないクールビューティーだから。フラれた男は星の数って言われてるくらいの」
「……大丈夫の部分がどこか分からない……」
大分混乱しているようだ。
「綺麗な人だよね」
「メイド長も美人だもんな~。けど、ルマンはどっちかって言ったら可愛い系じゃね?」
「小柄だしね」
「気が強いけどな。カナルを、年上の男を養うなら体力と生活力が必要だとか言って、休みの日に冒険者になるくらい」
「しっかり肉を食べさせるんだって言ってたね。それに、ランクも五級。女性の中では結構な実力者だよね?」
「ヴィランズ仕込みだからな」
「えっ! そうだったの!?」
「ああ。カナルに安心して寄りかかってもらえるようになるなら、騎士団長に弟子入りするくらいじゃないとダメだって」
「本当にカナルのためだけに頑張ってきたんだね……」
「そう。だから、女はルマンの味方しかいねえの」
「じゃあ、もう決まりだね」
「そういうこと」
「……き、決まりって言うのは……」
「カナルはルマンと結婚するしか道がねえ」
「結婚式は夏期の休みにお願いしようかな」
「そうだな」
「……」
カナルがルマンの手から逃れられることはないと、フィルズもセルジュも確信していた。
その夜、フィルズは、ゴルドからの連絡で、カナルがルマンとの婚約を了承したとの報告をもらった。
公爵邸では完全にお祝いムードで、フィルズの屋敷の厨房担当のクマからもお菓子を届けて祝ったらしい。
当のカナル本人には誰も何も言えないという異様な様子であったというのは、後から隠密ウサギから聞くことになる。
やはり早い内に帰る必要がありそうだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
息が整わないリゼンフィアの代わりというように、 セルジュが口を開いた。
「メイド長が、トールさんと婚約したって報告は、フィルならもう受けてるよね」
「ああ」
「え!?」
リゼンフィアが反応するが、構わずセルジュもフィルズも会話を続ける。
「カナルがルマンに襲われてるのは?」
ルマンはメイド長の娘で、母親の幸せをずっと願っていた。
「やるだろうなとは予想してた。少し前からアピール凄かっただろ」
「あ~、うん。カナルがすごく動揺してた」
「俺は応援してるけどな」
公爵領都にある屋敷の家令であるカナルは、メイド長の婚約が成立した事で、現在、危機に陥っていた。
「うん。私も。クーちゃんが味方に付いた時点でカナルに逃げ道はないしね」
「そういうことだ。それで? 宰相さんはどうしたんだ?」
「っ……か、カナルが襲われて……大丈夫なのか?」
「ちょっと、若い女に結婚迫られてるだけだよ」
「結婚!? カナルが!?」
この頃、五十を迎えたカナルは、優秀な男だが、女性との縁がなかった。本来ならば、家令になる者には、結婚もし身辺が落ち着いているのが好ましい。だが、この国の現状では、中々難しい問題がある。
主人と夫人の関係が歪で、そのフォローに回っていると、先ず家令は婚期を逃すのだ。主人は夫人に会いたくなくて屋敷を留守がちになり、夫人は第二夫人や外にいる愛人を思って荒れる。それを宥めるのも屋敷を任されている家令の仕事。この時点で少し女性不信になるらしい。
夫婦の間を取り持つとまではいかないが、家令は雇われている使用人達を守る役目も持っている。そのために日々奔走する。
若い貴族の女性は、矜持が高く苛烈な者が多い。しかし、流石に見た目に自信がなくなる頃には、夫の気持ちにも気付き落ち着いてくる。そうして、家庭内が冷え切った頃。ふと気付けば家令達は自身の婚期を逃しているのだ。
それと同時に、結婚するならば落ち着いた女性が良いと思うようになる。よって、家令達が結婚するのはかなり遅くだ。大きな主人夫婦という子どもを育てきった後のセカンドライフ的な雰囲気がある。
そして思うのだ。もし子どもが出来ても、家令にはしないと。だから、子どもを持たない者も多い。年上の、落ち着いた女性を娶る事が多かった。
「カナルだって結婚しても良いだろ?」
世間一般からすれば、今回公爵家は比較的早く、それらの問題が片付いたと言える状況。カナルもまだ五十と若い方である。
「もちろん! え? 若い女に迫られてる!?」
「ああ。メイド長の娘のルマンに。初恋から一貫して諦めない一途な女の子って、どうよ」
「え、あ、羨ましい……っ、いや! それは怖い?」
「押してダメなら、不意打ちでも後ろからでも、押し倒せるまで当たりまくれ! って精神で頑張ってる女の子だけど」
「怖いなっ!」
「うちのメイドですけどね」
「そんなっ……」
そんなメイドが居たなんてと、リゼンフィアは少し衝撃を受けたらしい。カナルに迫っているメイドがいるなんてことは、初耳だったようだ。
「大丈夫だ。カナル以外には全く興味のないクールビューティーだから。フラれた男は星の数って言われてるくらいの」
「……大丈夫の部分がどこか分からない……」
大分混乱しているようだ。
「綺麗な人だよね」
「メイド長も美人だもんな~。けど、ルマンはどっちかって言ったら可愛い系じゃね?」
「小柄だしね」
「気が強いけどな。カナルを、年上の男を養うなら体力と生活力が必要だとか言って、休みの日に冒険者になるくらい」
「しっかり肉を食べさせるんだって言ってたね。それに、ランクも五級。女性の中では結構な実力者だよね?」
「ヴィランズ仕込みだからな」
「えっ! そうだったの!?」
「ああ。カナルに安心して寄りかかってもらえるようになるなら、騎士団長に弟子入りするくらいじゃないとダメだって」
「本当にカナルのためだけに頑張ってきたんだね……」
「そう。だから、女はルマンの味方しかいねえの」
「じゃあ、もう決まりだね」
「そういうこと」
「……き、決まりって言うのは……」
「カナルはルマンと結婚するしか道がねえ」
「結婚式は夏期の休みにお願いしようかな」
「そうだな」
「……」
カナルがルマンの手から逃れられることはないと、フィルズもセルジュも確信していた。
その夜、フィルズは、ゴルドからの連絡で、カナルがルマンとの婚約を了承したとの報告をもらった。
公爵邸では完全にお祝いムードで、フィルズの屋敷の厨房担当のクマからもお菓子を届けて祝ったらしい。
当のカナル本人には誰も何も言えないという異様な様子であったというのは、後から隠密ウサギから聞くことになる。
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