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4巻

4-3

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「さてと。二人にも話があったんだ」

 フィルズは二人に向き直った。そして、今度は部屋の入り口の扉のある方へと声を掛ける。

「トマ、ユマ、入って来い」


 やって来たのは、二体の二足歩行するウサギのぬいぐるみ。護衛の魔導人形だ。
 フィルズは二体を前に進ませ、手で示す。

「こっちの灰色の方がトマで、カリュエルにつける」
《どうぞよろしく》

 トマは片手を胸に当て、優雅ゆうがに一礼する。耳がピョコンと上下するところがクラルスのお気に入りだ。

「で、こっちの薄茶色の方がユマで、リサーナに」
《よろしくおねがいします》

 こちらは女らしい。片足を少し下げてカーテシーを決める。二体はどちらも騎士の制服のような紺色のジャケットを着ており、短パンを穿いている。そして、それぞれの腰には剣があった。

「「……え……」」

 リサーナとカリュエルは目を丸くし、これにフィルズが首を傾げる。

「ん? 聞いてなかったのか? お前達の護衛の魔導人形を王に頼まれてたんだ。護衛だけじゃなく、給仕きゅうじもできるし、話し相手にもなる」
「っ、クマ様と同じ?」
「っ、クマ殿と同じなのか?」

 二人はここで暮らすことで、クマ達の有能さを理解している。呼び方も敬意がこもっていた。

「ああ。ちょい違うのは、剣とか武器も使えるってことかな」

 クマ達は基本、身一つの体術を使う。ウサギは警護することに重きを置いているため、短剣やレイピアなど、武器を扱えるようにもしている。もちろん、体術も問題なくできるが、あえて武器が使えると見せることにした。

「腰についてるポーチはマジックバッグだから、必要のない時は、そこに武器もしまえる。大事な物とかも預けられるぞ。動いて自衛もできる金庫にもなるってことだ」
「「……国宝級では……?」」
「ん? けど、特別仕様じゃないぞ? これが通常。兄さんのクルフィもそうだし」
「……そうか……」
「……そうですか……」

 このすごさがフィルズには伝わらないのだなと、二人は熱意を心の内に押し込めた。

「今日からこいつらと行動してくれな。俺はリュブランやマグナ達を連れて出掛けて来るから」
「「どこへ?」」

 これに、フィルズは何でもないことのように続けた。

「ほら、先王達が来るだろう? その途中に厄介やっかい盗賊とうぞくが出るって聞いてさ。リュブラン達と迎えに行きがてら、討伐して来るわ」

 ひらひらっと手を振って部屋を出て行こうとするフィルズ。その背中を見ながら、二人は聞いた言葉を頭が理解するのを待っていた。

「「……へ?……」」
「ってことで、留守番よろしく。何かあったら、そいつらで通信もできるし、母さんも居るから大丈夫だろ。じゃあな~」
「「…………ええっ⁉」」

 危ないとか、リュブランも一緒なのかとか、色々と言いたいことはあっても口から出て来ないらしく、二人は戸惑いの声を上げただけ。
 それに背を押されるように、フィルズはゆったりとした足取りで部屋を出て行った。



 ミッション② 盗賊退治に出発しよう



 フィルズは、商会長としての仕事をしながらも、定期的に冒険者としての活動もしている。
 上級である四級冒険者となり、相棒あいぼうである守護獣しゅごじゅうでバイコーンのビズや、フェンリルの三兄妹であるエン達を守れる立場を手に入れたから、それで終わりというわけにはいかない。当然、体は動かさなければなまる。そして、現場に出ない日が続けば、それだけ感覚も鈍るのだ。
 それは、大袈裟おおげさかもしれないが、冒険者にとっては命に関わることとなる。よって、フィルズは数日に一度は、冒険者として活動することにしていた。
 もちろん、毎日の訓練は欠かしていない。商会が軌道きどうに乗ってからだったが、元々あった訓練場の休憩所に地下への入り口を作り、新たに地下訓練場を用意した。お陰で、雨の日も問題なく剣を振れるというわけだ。
 それまでは、雨の日はビズやエン達に提供した住処すみかの片隅を借りていた。そこは半地下になっていたのだ。そうして、感覚が鈍らないように気を付けていた。
 話はさかのぼり、リサーナ達に会う数時間前、フィルズは冒険者ギルドを訪れていた。フィルズの姿を見て、冒険者達が声を掛けて来る。

「おっ、フィル。今日は一人か?」
「どんな依頼受けるんだ?」
「っ、ビズのあねさん来てる⁉」
「エンちゃん達は?」
「ジュエルちゃんは留守番か?」

 答える前に、次から次へと問い掛けられ、フィルズは顔をしかめた。

「一気に聞くな……今日はリュブラン達も連れて来てねえよ。ビズは外。エン達は留守番だ。いい依頼あるか?」

 これだけ言えば、ビズに会いたい者や、挨拶せずにはいられない者達が外に出て行くし、帰りにエン達に会いに行こうと計画する者も居る。そして、フィルズの実力を知っている冒険者達は、オススメの依頼を教えてくれる。ついでに、フィルズに知っておいてもらった方が良いと思う情報も口にした。

「またトレント狩りの依頼があるぜ。あと、隣の男爵領だんしゃくりょう……いや、元男爵領か。なんか、鉱山でゴーレムが出たとか聞いた」
「それそれっ。俺も聞いた。けど、見たって話はあったけど、未だに倒したって話がねえんだよ。まだ他がゴタゴタしてるから、調査ができてねえんだと」
「へえ……」

 フィルズは良い素材が手に入るゴーレムは是非とも狩りたいと思っているため、これに頭の中でチェックを入れる。そして、次の情報。

「こっから王都方面の街道で、厄介な盗賊が出るらしい。大きめの商隊と貴族を専門にしてる」
「そうそう。アレだろ? 西の国から来たってやつ」
「私らはそれ、義賊ぎぞくだってのを聞いたよ? 実際は知らないけどさ」
「フィルも商隊とか組むこともあるんだろ? 気を付けろよ?」

 それを聞いて、フィルズは考え込む。

「ああ……貴族も狙うのか……」

 フィルズの頭に浮かぶのは、数日後に来るという先王夫妻と父である公爵のこと。フィルズが王家に献上した馬車と公爵の持つ馬車ならば、魔獣にも強いため、盗賊が襲って来ても安心して籠城ろうじょうできる。緊急の連絡ボタンまで付いているため、それがホワイトとゴルドに繋がり、すぐに近くの冒険者や騎士に応援を頼むこともできるのだ。
 よって、安全性のあるその馬車を二台連ねて来るならば、問題はないと言っても良い。しかし、王家が本当にその馬車を貸すか分からないし、荷物だってそれなりにあるだろう。更に、その夫妻は身体的な弱さも出ている。ならば、連れて来る人数も多いはずだ。
 考え込んでしまったフィルズに、近くに居た冒険者が心配そうに声を掛ける。

「フィル? なんか気になるのか?」
「知り合いの貴族が、近々こっちに来るんだよ」
「お得意様ってやつか? そりゃあ心配だな……」

 商会長として、貴族の顧客こきゃくも持っていることは、冒険者達もすぐに予想できる。フィルズが客として認めているのなら、問題を起こさない貴族なのだという信頼もある。冒険者達は揃って心配顔をした。そして、一人が提案する。

「討伐に出るんなら、俺も手伝うぜ」

 すると、これに何人も呼応する者達が居た。

「俺も手伝う」
「私も」
「じゃあ、俺も」

 次々に手が挙がるのを見て、フィルズが目をまたたかせた。

「いいのか? 厄介な奴らなんだろ? それに、王都までの間って結構あるから、場所の特定も面倒だぞ?」

 この公爵領内ではない可能性が高いのだ。遠出になる。それは、その日だけでケリを付けられるかも予想できない仕事だ。
 五級以下の冒険者は、その日その日でのかせぎを当てにして生活する者も多い。多くの冒険者にとっては、割に合わない仕事になるのは間違いなかった。だが、手を挙げた冒険者達はそれで構わないと笑う。

「いいんだよ。だって、フィルには世話になってるしよ」
「そうそう。ちょっと前から、俺らで領内の盗賊だけでも殲滅せんめつしようかって話してたところだ」
「あっ、それ言うなよっ。内緒だったのに……」
「ははっ。いいじゃんか。ってことで、先に場所を絞り込むか」
「だな。フィル、こっちは任せてくれ。なあに、俺らの情報網を使えばすぐだ」
「その間、お前はトレント狩りとかを頼むわ」

 そうして、トントン拍子に色々と決まっていく。職員達も心得たと、ギルド長のルイリに報告に行ったり、フィルズに任せる討伐系の依頼を整理して紹介したりと動き出す。

「……ったく……」

 フィルズは思わずふっと笑う。そして、小さく呟いた。

「……ありがとな……」

 聞こえないが、フィルズが嬉しそうに笑っているのは見える。冒険者達は更にやる気をみなぎらせ、出掛けて行った。

「よっしゃー! やるぜ!」
「「「「「おおっ!」」」」」

 国内でも、ここまで冒険者がまとまるのは、この冒険者ギルドと辺境伯領都にある冒険者ギルドだけだろう。そして、何より優秀な冒険者達が集まっている。
 元特級の冒険者だったルイリに憧れて来る者も多いし、ここ最近は特に自主的に、己を鍛えようと訓練をする者が多かった。その理由は明らかだ。

「是非ともクマ様達との訓練の成果を見せねば!」
「イリー教官に報告しねえと!」
「俺も、俺もっ。やったるぜ!」

 フィルズは少し呆れ顔になる。イリーとは、子ども達にも武術を教えているクマの一体。普段は店の警備担当だ。
 二階の執務室から降りて来たギルド長のルイリが、この騒ぎに気付いてフィルズの肩を叩く。

「イリーのお陰であいつら、確実に強くなってるから、こっちに文句はないぞ」
「……教官とか呼ばれてんだけど……」

 子ども達のついでに、冒険者にもちょっと稽古を付けてやっているとは聞いていたが、そこまでは知らないとフィルズはため息を吐く。だが、良い傾向ではあるのかもしれない。

「まあ……クマ達が受け入れられてるって思えば……いいのか?」
「いいんだろ」

 ルイリも同意したので、まあいいかとフィルズも納得した。この後、盗賊のことは冒険者達に任せて、フィルズはまだまだ施設しせつを増やす可能性もあるため、役に立つトレント素材を求めて狩りに出掛けたのだ。
 そして、翌々日。盗賊の情報が出揃い、出没する場所も大方の見当が付いたことで、リュブラン達も連れて盗賊退治に出掛けることになった。


 フィルズは、冒険者達が集めてくれた情報を元に、更に情報の確度を上げるべく、隠密ウサギを放っていた。これにより、より正確に盗賊の居場所や情報が今現在も、集まって来ている。
 この日、フィルズが商会から連れて行った人間は、リュブラン、マグナ、義足を付けた少年フレバー、彼の父であり隣国から追放された元将軍リフタールの四人。
 そこにビズ、フェンリルの三つ子のエン、ギン、ハナ、ドラゴンのジュエルも加えて、盗賊退治に出掛けることになった。
 更に、今回の移動手段として長距離遠征えんせい用の魔導車を用意した。これの運転手はイワトビペンギン型の魔導人形ペルタだ。この大所帯で冒険者ギルドに向かった。
 手伝うと言って一緒に行くことになった冒険者は、所属パーティも違う五人の男女。この五人は、冒険者の中で選ばれた者達らしい。周りには見送りのために集まった冒険者達がおり、その中心でほこらしげにしていた。
 そこに、なぜかこの領都の騎士団長であるヴィランズが交ざっていたのだ。フィルズが提供した動く義手を嬉しげに嵌めている。その傍には申し訳なさそうな顔のギルド長、ルイリが居た。

「……何してんだヴィランズ……」

 明らかに見送る側ではなく、待ち構えていたというていのヴィランズを見つけて、フィルズは思わず呟く。

「おうっ。俺も行く♪」
「いや、冒険者ギルドに来た依頼だぞ。騎士団長が領を出て活動するのはダメだろ……」

 そうして、説明を求めるべく、視線をヴィランズからルイリへと移す。
 諦めた様子で、ルイリが一歩前に出て来た。

「俺もどうかと思うが、向かう先には、公爵も居るんだろう……そこの対応は、コイツが居れば多少は楽になる……かもしれん」
「微妙にルイリの親父が納得してねえのは分かった」
「……おう。ありがとな……」

 ルイリ自身も、騎士団長は出て行ってはダメだろうと思っているようだ。しかし、彼としてはフィルズのことも心配だし、出会う可能性のある貴族というのが、フィルズの実の父親と先王夫妻であるため、フィルズだけでは手に余る相手だろうと思っていた。
 ルイリは、国王とフィルズが親しくしていることを知らない。お忍びで以前、王が来ていたことは知っているが、その時は公爵も居たし、王侯貴族との付き合い方も知っているクラルスも傍に居たため問題はないと思っていた。
 しかし、今回はフィルズがリーダーだ。公爵が実の父親とはいえ、対応するのはフィルズになる。貴族相手に、それも先王相手にきちんと対応できるかを心配していた。
 その不安を解決したのがヴィランズだ。突然、参加すると言って今朝方やって来た。本来なら冒険者ギルドの仕事に騎士が介入するのは良いことではない。
 だが、ヴィランズは元王国騎士団長で、先王とも顔を合わせたことがあった。王国騎士団長として、貴族への対応の仕方も知っている。よって、これを許可したというわけだ。

「ヴィランズは、中央で顔も知られている。貴族への面倒な対応は全部任せてしまえ。お前は、盗賊にだけ集中すればいい」

 心から、ルイリがフィルズを心配しているのが分かった。これは当然かもしれない。盗賊退治をフィルズはあまりしたことがなかった。とはいえ、やったことがないわけではない。
 皆、実力があると知ってはいても、まだ十代の少年に、人を傷付けさせることに戸惑っているのだ。それが、息子のように思っている者ならば尚更だろう。
 他の冒険者達も、それを思ったから彼らの方でいつも盗賊退治を優先して受け、今回も数人を選抜してフィルズに付けたのだ。見送りに来たのも、この気持ちの表れだった。この町の人々の多くが、フィルズを息子や弟のように思っている。
 その気持ちを察し、フィルズは苦笑する。だが、好意であることは分かっているのだ。ならばと笑顔に変えた。

「分かった。手に余るようなら、貴族の方はヴィランズに任せるよ。そっちより、親父達に付いて来てる騎士達の方が面倒そうだし」
「確かに……バカにされたら、遠慮なくやれ。ヴィランズが居るから問題ない」
「分かった」
「っ、いやいやっ、何で騎士をボコるの推奨すいしょうしてんの⁉」

 うんうん任せろと聞いていたヴィランズがすかさずツッコんできた。だが、一度決まった方針を変える気はフィルズとルイリにはない。
 二人は揃ってヴィランズに当然だろうという顔を向けると口を開く。

「「任せていいんだろ?」」
「そういうとこ……そういうとこ似てる……分かりました!」
「「よし」」

 二人で満足げに頷いた。そして、出発となったのだが、その時にひと騒動あった。

「ずりい!」
「ペルタさんの魔導車ぁぁぁ。私も乗りたいぃぃぃ」
「ペルタさんっ。道中お気を付けて!」
「いいなぁ……いいな……今からでもあいつを再起不能にして交代……」
「エンちゃん達と遠征っ。羨ましいぃぃぃ‼」
「ジュエルちゃぁぁん」
「ビズ姐さん! お気を付けて!」
「「「「「お気を付けて‼」」」」」

 見送りが騒がしかった。それも、人への言葉がほとんどない。

「……まあ、いいけどさ……」

 そろそろ出発したいなとフィルズは考えながら、一部の冒険者が不穏な気配を漂わせ、遠征に参加する者達を取り囲み出したのを見て動く。

「お前ら先に乗ってろ」
「「「「「喜んで!」」」」」

 魔導車に放り込まれた遠征組の五人は、ちょっと涙目だった。そして、フィルズは商会長らしく、残された冒険者相手に営業をする。

「ペルタの運転とはいかねえが、公爵領内を巡る定期魔導車を用意してるんだ。近々、お披露目ひろめするからよろしくな」
「「「「「え……乗る!」」」」」
「おう。ペルタと同型のペンギンが運転手だから……」
「「「「「乗る‼」」」」」
「……わ、分かった。じゃあ、後日な」
「「「「「やったー‼」」」」」

 これは、魔導車に乗りたいのか、ペンギンを気に入ったのかどちらか分からないが、何にせよ上手くいきそうだった。

「そんじゃ。出発するぞ」

 そうして、ようやく出発となったのだった。


 今回の魔導車は、人数が多いこともあり、二台を連結している。運転手はリュブランと補佐のペルタだ。
 一台の大きさは、小型のトラックくらい。見た目も似ている。ただ、先頭の部分も四角張っていて、おもちゃのようだ。塗装は濃い茶色で全て統一してある。中は当然のように空間拡張の魔法陣を利用しており、二段になった寝台ベッドが、前方の壁際に二つずつと、それに挟まれて真ん中に一つ。
 車の中央には大きなテーブルが一つと、小さなテーブルが二つ横に並んでいる。後続の二号車の方にもベッドとテーブルが同じように入っている。
 そして、トイレとシャワー室付き。持ち運び式のキッチンセットも乗せているが、一号車にだけは立派なカウンター付きのオープンキッチンが付いている。更には、中と外に梯子はしごがあり、屋上に登ることが可能。これは見張り用だ。
 連結部には、移動中も渡って来られるよう、短い木の橋がかかっている。今は前方の一台に全員が乗っていた。
 この魔導車に乗り込んで数分。五人の冒険者達は椅子に座り、ガチガチに緊張した様子を見せている。五人の内訳は男三人に女二人だ。年齢は四十に差し掛かろうというくらい。彼らは中を見て驚いたようだ。床に絨毯じゅうたんが敷いてあるため、貴族の屋敷の一室に居るような気分なのだろう。
 そして、ついにヴィランズが口を開いた。

「……フィル坊……これはちょいやり過ぎじゃね? ベッドもあるとか意味不明なんだけど」
「だって、遠征用の車だし。母さんが乗るかもしれんだろ? 旅慣れしてて、野営も問題ないって聞いてても心配」
「うん。俺もそれは心配。クーちゃんを外で寝かせるとかないわ~」
「だろ?」

 クラルスは流民で、過去には旅の生活をしていた。当然、野営も問題なくして来ている。だが、今の天真爛漫てんしんらんまんなクラルスからは想像できないのだ。ただの心配性、過保護と言われても、できれば快適な寝所と移動手段を用意してあげたい、と息子なりに思ったのだ。
 フワフワ、キラキラしたクラルスに、野営させるなんて以ての外と思う気持ちは、ヴィランズや冒険者達の方が強かった。女性達にとっては、クラルスは可愛い妹ポジションらしい。緊張して、背筋を伸ばして座っている冒険者達もうんうんと頷いている。

「それに、戦いとは無縁の従業員も中には居るし、義手や義足の需要じゅようも高まってる。その内、出張もありそうだから、さすがに、毎回営業車出すのもと思ってさ。小型のを用意したんだよ」
「……これ、小型……?」
「そうだけど?」
「……そうなんだ……」

 ヴィランズは、ツッコむのをやめた。フィルズが当然という顔をしていたためだ。どのみち、作ってしまったのだからどうにもならない。
 そうして、大分移動にも慣れて来た頃。フィルズは昼食を作り始める。
 車を停めることなく食事の用意ができるのは、それだけでかなり移動時間を短縮することになる。これだけでも、冒険者達や騎士団にとっては、とても有益なこと。用意された食事は、彼らにはそれこそ貴族が食べるのではないかというメニューに見えた。
 昼食は、四角い三つの部屋に分かれたプレートに用意された。右上には、オイルドレッシングのかかった花束のような新鮮なサラダ(野菜が花の形になっていたりする)。その隣、左上にはヴィランズが好きな一口サイズになったコロイモの素揚すあげ。軽く揚げた後に、カリッと焼き上げた物が積み上がっている。端にトマトのケチャップも付けた。
 メインはやはり肉。鶏肉の照り焼きだ。胸肉だが、火の通り方が絶妙なため、とても柔らかくてプリプリだ。パンはかごに入っていて、テーブルの真ん中に三籠。中にはロールパンが入っている。これで腹を満たせということだ。

「スープもお代わりあるから、好きにしろ。おかずが足りんとか言うのは受け付けん。足りなければパンを食え。後、今日の夜営予定の場所の近くに、別の盗賊団のアジトがあるから、ついでにそれも潰すぞ」

 フィルズは、わざとその盗賊団のアジトの近くで夜営するつもりなのだ。対人戦に慣れないリュブランやマグナの練習にもなるという目論見もくろみだった。こちらには、元将軍や騎士団長が居るのだ。不利になることはない。

「今の内にゆっくりしとけよ」
「「「「「……了解……食べていいですか」」」」」
「おう」

 お許しが出ると、黙々もくもくと食べ始める面々。なぜか、冒険者達もお上品に食べる。味わって食べているらしい。運転手をしているリュブランも、昼食は一緒に食べる。ペルタだけでも運転可能だからだ。
 贅沢ぜいたくな食事を堪能たんのうした一同は、魔導車にも慣れ、見張り台に上がってみたり、外を走るビズに乗せてもらったり、後続車に乗っているエンやジュエル達と遊んだりして過ごした。
 そして、本日の夜営地に着く。外で食事やテントを準備する必要がないので、一般的に夜営地として使われる広い場所を選ぶ必要がない。車を、街道を避けて停められれば、どこでも問題なかった。これなら他の夜営者達を気にする必要もない。
 隠密ウサギの情報が正確なのは、冒険者達も分かっているため、ここに盗賊が来るということを疑ったりはしない。フィルズが来ると言うなら来るのだ。
 そこで、冒険者達やリュブラン達は体をほぐし始める。リュブランとマグナは、移動中に対人戦における心構えなどを、冒険者達やヴィランズ達から聞いており、それを確認していた。
 そして、一時間もしない内に、怪しげな気配が近付いて来たのに気付いた。間違いなく、前哨戦ぜんしょうせんとして予定している盗賊達のものだった。
 夕日が沈みかけ、魔導車からのあわい光が辺りを明るく照らす中、フィルズは始めようかと、ニヤリと笑った。


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