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3巻
3-2
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「え……水が出た……?」
「あんな形の魔導具、初めて見ますよね?」
そこに子ども達が通りかかり、不思議そうな顔をする。
「おじさんたち、ここはじめて?」
「え、ああ……さっき着いたばかりだ」
「そっか。あのね、あれはうらの井戸につながってるから、『魔導具』じゃないんだよ? 同じ形でもとなりのは赤い石がついてるでしょう? あっちが『魔導具』なの。あらいもの用とかは、井戸の水をつかうから」
水道の蛇口は全部で五つ。内三つは魔石が付いている。
「井戸の水が、あんなに簡単に?」
「うん。カラクリなんだって。あのハンドルを回すと水をくみ上げて、タンク? に水をためるんだって。この町の井戸はほとんどアレだから、つかい方が分からなかったら近くの人に聞くといいよ。子どもでも知ってる」
「……それはすごい……あのハンドル? は、水を汲み上げるなら、重たいのかな?」
商人の息子の青年が尋ねれば、子ども達は首を横に振った。
「わたしたちでもできるよ~」
「あそこに子ども用の台があるでしょ? それにのってやるんだっ」
「子どもでも回せる……それが本当ならすごい……」
「ウソじゃないよ?」
子ども達がムッとする。それを見て慌てて青年は謝った。
「あっ、ごめん! だって、普通の井戸なら、君達には難しいだろうから」
「前のはアブナイからって、母さんとじゃないとできなかったし、すごくおもかった」
「だよね……それができるって……すごいよ」
その言葉が心からの感心だと気付いた子ども達は、気を良くして、誇らしく告げた。
「でしょ! フィル兄ちゃんはすごいんだ!」
「なんてったって、『大商会』をつくる人なんだから!」
「フィル兄ちゃん? 大商会って……商人なの?」
「そうだよ! 『セイスフィア商会』の会長さんなんだ!」
「セイスフィア……あっ、さっきのっ」
衝撃的過ぎて、逆に必死でキーワードとなる言葉は覚えたのだ。そこは、日頃から商機を逃さないようにと気を付けている商人としての習性だった。
「セイルブロードに行くとね、すっごくたのしいよ!」
「でも、今からだとまだお店が全部開いてないから、商人さんなら、まず商業ギルドへ行ってからじゃないかな」
「そうそうっ。あっ、今日の宿はまだ決まってない?」
「商人さん用のお宿に案内しようか?」
「商人用? そんな宿があるのかい?」
そんな話は聞いたことがなかった。青年は、父親に確認するように目を向けたが、知らないと首を横に振られる。護衛達もそうだ。
「ギルドに行っても、そこをススメられるよ。あの『蛇口』とか、色んな『魔導具』の商品が使えるようになってる宿なんだって。ぼくらが案内しようか」
「おじさん達、それ食べるでしょ? 私たちもこれから食べるから、食べ終わったら一緒に行こうよ」
「あ、ああ……いいの?」
「うん! あんないするとねっ、オヤドが『お駄賃』くれるのっ」
「案内しますって、スープ屋のおじちゃんに報告しないといけないけどね」
「なるほど……規則もあるんだ……」
きちんと決まりもあるものだと知り、安心する。もちろん、この規則は子ども達の安全のためのものだった。
「うん。『主要な施設』へのあんないは、『冒険者ギルド』か『商業ギルド』でこのメダルを『発行』してもらえたら、おしごととしてできるんだ。十歳までだけど」
コレ、と言って少年が首から下げていた木の板を見せる。それは、六角形のメダルのような形をしている。そこには、冒険者ギルドのマークと商業ギルドのマークがそれぞれの面に彫られていた。
側面には、子どもの名が彫られているため、誰の物かすぐに分かる。
「このメダル、もって『魔力』をこめると、『防御』のまほうがつかえるんだよ! ちゃんとおしごとできたら、十歳になってコレをかえすときに、『防御の指輪』か『防御の腕輪』がもらえるんだ!」
そこには、子ども達が遊びの一環として魔力を込めることで魔力操作が鍛えられ、十歳になる頃には、それらが自然にできるようになるという狙いがあった。
『防御の指輪』も『防御の腕輪』も一般に流通しているが、値段は高めだ。中堅になる頃の冒険者がようやく余裕が出来て買うようなものだった。なぜなら魔力操作の技術もそれなりに必要になるからである。それが貰えるのだ。冒険者を目指すならば、これほど嬉しい贈り物はないだろう。
「すごい……」
青年が素直に感心する中、父親の方は冷静に子ども達の言葉を分析していた。
「もしや、それを考えたのも、セイスフィア商会の?」
「そうだよ! フィル兄ちゃん!」
「なるほど……子ども達への投資か……商人らしい上に……」
この町のことまで考えたやり方。それに気付いて、父親は『フィル兄ちゃん』に心から会ってみたいと思った。
「なら、食べ終わったら案内を頼めるかな。できれば……宿の後に、先に『くすりやさん』? だったか? そこへの案内はできるだろうか? あ……主要施設ではないか……」
そこは無理かと父親は考え込む。しかし、子ども達は笑顔で答えた。
「いいよ! セイルブロードにあるお店だし! お店の『紹介』もできるよ!」
「そうか。なら、頼んでいいかな」
「うん! でも、あそこは『混む』から、お店の『案内役』は三人までなのっ。こっちできめておくねっ」
「よろしく頼む」
「「「「「は~い」」」」」
子ども達がスープ屋へ向かっていくのを見送っていると、その一人が振り返った。
「おじさんたち、またさめちゃうよ?」
「「「「あ……」」」」
再びスープを温めることになってしまった。
「賢い子ども達だな……」
「というか、驚き疲れました」
「俺は、この後の方が心配ですけど」
「俺もです」
「「「「……はあ……」」」」
そうして、ようやく口をつけたスープは今まで口にしてきたどのスープよりも美味しく、衝撃を受けた。
商人親子とその護衛の四人は二種類を分け合ってワイワイと話し合う。彼らにとって、今日は人生で最も衝撃的で疲れる日になるのだが、誰も忠告することはできなかった。
朝八時。セイルブロードでは、惣菜店が開店する。
農耕地を持つ住民は朝の収穫などの畑仕事をこなし、そうでない者達は家のことを済ませたり、出勤したりする時間だ。
貴族ではない一般の人達の食事は一日二回。朝食兼昼食は十時頃から十二時まで、人によって取るタイミングが異なる。そして、夕食は六時から八時頃。これに合わせて惣菜店はゆっくりと開店し、閉店は八時になる。
「今日のおススメは、ホーレ草とベーコンの玉子和えです!」
「日替わり弁当も販売中です!」
ここでは、専用の器や弁当箱を買ってもらう。十回の回数券で分割払いも可能だ。住民ではない者は、三回払いまで可能だった。ルール違反は、戦闘もお手の物なクマが直々に出向いて注意するため、今のところ問題になっていない。
専用の器は、冷却のできる魔法陣を使った魔導具で、売る時に一日は効くように発動させた状態で渡すため、魔石や魔力の消費はない。食べる時は、サラダ系以外は、お鍋で少し温めて食べてもらうのをオススメしている。
「ホーレ草か……あんま好きじゃねえんだよな……」
ホーレ草は、ほうれん草だ。採れる時は一気に沢山採れるため、どうしても値段が安くなる。あまり売る方には得がない野菜だった。
買う方にしてみれば、安い野菜は有り難くもあるが、そればかりになって飽きる。よって、大人ほど嫌いな者は多かった。
「でもさあ、塩で食うしかないと思ってたんだけど、違うっぽくね?」
「あっちの玉子和えってやつ、何か色んな色で可愛い」
ホーレ草の玉子和えには、フワフワの玉子とピンクのベーコン、赤とオレンジ色のトマトが入っている。見た目がとても可愛らしい。
「あの赤いの、トマトだってさ」
「え? トマト? トマトが入ってるってことは、酸っぱいのかな?」
ホーレ草に限らず、進んで野菜を食べたがる者はあまりいない。それもこれも、味付けの種類が塩ぐらいしかないからだ。よって、食べず嫌いが意外にも多い。
ただ、お金の関係で嫌々でも食べているらしい。後は、昔からの言い伝えだ。『野菜を食べないと病気になりやすい』という言葉を信じて、数日に一度は食べるように努力しているのだとか。
農家では『野菜を作ることで、土が元気になる』、商家では『健康な客がいなければ商売は成り立たない』……ということで、野菜は低価格になっても売るべきだと言われている。
客達が苦手な野菜に戸惑っているのは、いつも通り。この惣菜店では、人々の野菜嫌いを少しでも緩和するため、新しい味付けと料理法で提供しているのだ。
「あっ! クーちゃんとリョク君だ!」
「ってことは……っ」
エプロン姿のクラルスと、コックの制服を着た淡い緑色のクマのリョクが、惣菜店の前のスペースにワゴンを引いてやって来る。そして、その後から、コックの制服を着た二人の青年が、小さな屋台を引いてやって来た。
この青年達は、この国の第三王子であるリュブランの騎士団の元メンバーだ。リュブランや彼らは、自身の母親が彼らの立場を利用して自分勝手をしたり、他の兄妹達を害そうとするなど、家庭や国に不和を起こすことに嫌気が差していた。
そこで、せめてもの贖罪として、素行不良な貴族家の問題児達を密かに罰する騎士団を作り、国を放浪することになった。そして、自分達をも処分しようとしていたところをフィルズに助けられ、紆余曲折あり、このセイスフィア商会で働くことになったのだ。
その青年達が前に出る。
「『やさいの庭』にご来店ありがとうございます。担当のジフスです」
「同じく担当のバラクです。ホーレ草の時期がやって来ました。本日は、ホーレ草の新しい料理をご紹介します」
このジフスとバラクは、料理に興味を持ち、この惣菜店『やさいの庭』の担当になった。リョクと共に、毎日店の商品を作っている。
店の店員は他の雇い入れた者がするため、彼らの仕事は、途中で品薄になった商品の補充と、新しい料理の研究である。
そして、今一番の仕事は、この場で数日おきに行われる実演販売だった。
クラルスは司会進行役と、最後の試食会での配膳をする。
彼女が魔導具である四角いマイクを持って、ニッコリと笑ったら始まりだ。
『みなさん、ごきげんよう』
「「「「「っ、ごきげんよう‼」」」」」
これはもうクラルスが話す時のお決まりの挨拶だ。
『ただいまより、実演販売を行いま~す。本日のメニューは【ホーレ草とベーコンの玉子和え】になります!』
この間に、屋台の方で準備が始まる。その屋台には色んなアングルから撮れるように、いくつものカメラが仕掛けられている。それらの映像を屋敷の中で編集し、そのままスクリーンに映すことができた。
『では、中央スクリーンへ移動しま~す。調理法の質問など、リョクくんが受け付けますので、是非興味のある方は移動してくださ~い♪』
クラルスとリョクが、店の前に広がる中央のイートインスペースへ向かう。すると、料理に興味のある奥様達がゾロゾロとついて行く。
奥には、周囲より一段高くなっている舞台があった。そこにスクリーンもある。ここにあるそれは、液晶画面なので晴れていてもよく見える。
舞台にクラルスが上がれば、スタートだ。
『それじゃあ、始めますよ~。せ~のっ。調理~!』
「「「「「『スタート‼』」」」」」
もう一種のショーだなと、それらを屋敷の屋上から見ていたフィルズが笑っているのに気付く者はいない。
フィルズは、この町の住民達にすっかり受け入れられたセイルブロードを見下ろす。
そこに白いクマ、ホワイトがやって来た。
《ごしゅじんさま~。スーからのれんらくです。モリのようすがおかしいとのこと》
「前のは予想より規模が小さかったからな……警戒しておいて正解だったか」
《はい。ケトルーアさまにもおつたえしてますっ》
「分かった」
エントラール公爵領の隣は、ウォールガン辺境伯領だ。その辺境伯領は隣国と接しており、丁度その境に位置するのが、一年ごとの周期で小さな氾濫を起こす『不可侵の森』。
ひと月ほど前にも、小規模な魔物の暴走行動、所謂氾濫があった。これは繁殖による生存競争や、縄張りの取り合いなどの関係で起こるため、長い間森を見守ってきた辺境では、既に発生時期の予想が立てやすくなっていた。
しかし、その予想が今回、少しばかりズレた。氾濫の規模も予想とは違いかなり小規模だったため、何かあるのではと警戒していたのだ。
《やっぱり『隣国』のえいきょうですか?》
ホワイトは、自分で考えて推察することも覚え出していた。
「あの国が手を出していたら、前回の時にもっと大事になったはずだ。小規模にはならない気がする……」
《彼らが『頭が足りない奴ら』というのはほんとうで?》
隣国の国を挙げての間抜けぶりは、辺境では有名だ。
「国境を守っている将軍一人で保ってるようなものって聞いたな。指揮官はへっぽこで、兵士達はカカシだそうだ」
《……その『将軍』がスゴイのはわかりました!》
「十分だ」
実際、将軍を知るこちら側の誰もが、その事実を認めている。
何の義理があるのか知らないが、なぜ将軍が一人で頭の足りない国のために戦っているのかは謎だ。
「一度会ってみたいな……」
是非とも話を聞いてみたいものだ。あわよくば、こちら側に引き込みたい。辺境伯夫妻も、フィルズと会った時はそんなことを毎回話していた。
フィルズは今一度、セイルブロードを見下ろす。そこで、子ども達に案内されて来た男達を確認した。歩き方や目の配り方を見て、フィルズは彼らが行商人だと判断する。
明らかに冒険者ではなく、貴族でもない。護衛らしき者がいることからも予想できる。
「ホワイト、留守中の取り引きはマニュアル通りに。コランは必ず同席させろ」
リュブランの騎士団の元メンバーであるコランには、取り引きの仕方などを教えている最中だ。彼がまだ十五歳と成人前の少年であることもあり、これまでフィルズが留守にする時は、商業ギルドから借りている人材に取り引きを任せていた。
しかし、もうそろそろコランを現場に出しても良い頃だ。同席することで気付くことも多いだろう。
「商品を見てもこちらを下に見る奴らなら丁重に門の外に放り出せ。第一印象が悪い商人は性根が腐ってる証拠だ。その判断はコランにしてもらえ。しばらく、お前達にはデータの収集が必要だろう」
《はい。しょうちしました♪》
コラン達は、王宮の黒い部分も見てきたため、人の顔色や声音で本心を探るのが上手い。正式な商会として存在しているのに、フィルズを子どもと見て、馬鹿げた取り引きを持ちかけて来る者もいる。
そのような商人達はきっちりブラックリストに載せ、お帰りいただいている。門の外への送迎は、クマ達や遊びに来ている騎士や冒険者がしていた。今のところ、二度目のチャンスは与えていない。
既にセイスフィア商会は、大聖女の持つ大商会との取り引きをしているため、無理に他に取り引き先を持つ必要がないのだ。
更には、この国の王宮とも先日契約を結んだ。
大々的に発表はしていないが、『王宮御用達』の看板を掲げても良い商会になっているのだ。
誠意を見せない商人とは最初から取り引きするつもりはなかった。
「リュブランやマグナも参加したいと言えば、してもらっていい。母さんには、後で連絡すると伝えてくれ。任せたぞ」
《おまかせください》
クラルスの楽しそうな声と、子どもや大人達の質問する声が聞こえてくる。
「あいつらも、連れてきてやらんとな……」
フィルズは森の洞窟で丸まっているだろう三匹の守護獣達のことを思った。
「丁度良い。そろそろ実戦経験をさせるか」
幼い守護獣達も、三歳になる頃。本格的な狩りを始めるには十分な頃合いだった。
フィルズは屋敷を出ると、相棒であるバイコーンのビズを連れ出した。
馬具を纏った状態で外門に向かって町を歩くビズだが、横を歩くフィルズは手綱を持ってはいない。それでも、ビズはきちんとフィルズの隣を同じ歩幅で歩く。彼女が賢い守護獣であるからだ。守護獣とは、神の加護を得た魔獣の亜種。土地を守って栄えさせるという守り神的な存在で、強さが抜きん出ていることもあり、王侯貴族が欲しがるものだった。
このビズは既に主人をフィルズと定めており、相互に助け合い、共存することを誓約しているため、攫われでもすれば思いっきり反撃するだろう。本来、誓約した主人と守護獣は離してはならないとされているのだ。普通、手を出すバカはいない。
冒険者達が駆け寄って来る。
「おはようございます! ビズの姐さん!」
「また差し入れしますね!」
「今日も美しいです!」
人々の間でのビズの人気は高い。その強さを知って慕っている冒険者達が、徐々に情報を広めているのもある。だが、誓約者が三級冒険者も目前のフィルズだ。貴族さえも手を出し渋るのに、一介の冒険者が手を出そうなどとは思うはずもなかった。
しかし、中には当然、そんな道理も何も理解せずに、舐めてかかってくる者もいる。例えば今傍にやって来た二人組の男がそうだ。
「どこに行くんで?」
「俺らと一緒にどうです?」
《ブルル……》
フィルズが手綱を持たないからというのもあるが、一見したところ主人に見えないらしい。だから外から来た冒険者の中には、少々フィルズを軽視する者がいる。この二人もそのくちだった。
「おい、お前ら。ビズが鬱陶しがってるだろ。下がれ」
「なんだと? ガキがなっ」
《フン!》
ビズが鼻を鳴らすと、角が青く光った。
バチバチッ!
次の瞬間、青い電撃が男達の周りに走った。
「っ、にぃぃぃっ……っ!」
「うぎゃぁっ!」
フィルズをバカにした男と、ビズを手懐けようと近付いてきた男は、酷く感電して倒れた。気絶するギリギリをビズに見極められている。
「ほらみろ……」
《ブルルッ》
ビズは、おとといきやがれと言わんばかりに顔を振る。
「……あ……その……こいつらは、処分しときます!」
「クマ様に通報しておきます!」
「きちんと言い聞かせときますんで!」
フィルズよりも、守護獣であるビズに目を付けられる方が怖いのか、見ていた冒険者達は全員ビズに向かって説明していた。フィルズもそれで構わない。
《ブルル》
「よろしくってさ」
「はい‼」
見た目で判断すると必ず痛い目に遭うと、それなりに経験のある冒険者は分かっている。それらを教え込むのは同業者として当然のことだと思い、躾を引き受けてくれるようだ。
「このバカども! ビズの姐さんをどうこうしようなんて、三百年は早いわ‼」
「ビリビリなご褒美をもらおうなんて思うんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!」
「おい……変な言い掛かり……いや、いい。頼んだ」
「「「任せとけ!」」」
電撃をご褒美と呼ぶのはどうかと思ったが、フィルズはそれ以上言及しない。多少行き過ぎてはいるものの、ビズのファンだという認識で良さそうだ。アイドル的存在に対してはお触り禁止がお約束だろう。
「か弱くて可愛く見えてもなあっ、フィルに勝てると思うなよ! この領の騎士団長とギルド長のお墨付きだぞ!」
「いいかっ。いくら可愛くってもだぞ!」
「クーちゃんそっくりでも可愛いだけじゃないんだからな!」
さすがのフィルズもこれは聞き流せなかった。
「お前ら! 可愛い、可愛い言うな‼」
「「「他に何て言えば……」」」
本気で分からないという顔を向けられ、フィルズは唖然とした。
これに、冒険者達は手をポンと打つ。
「分かった! 将来きっと美人だぞと言うべきだったな!」
「そうだな! きっと美人だ!」
「美女になるからって、舐めてかかるなよ!」
話がおかしな方向に向かっているのに気付き、フィルズは肩を落とした。
「……もういい。そいつら、次はないから」
これはこちらでしっかりと釘を刺しておくべきだと判断した。
フィルズは、ビシっと指をさす。
「お前らの顔覚えたからな! 精々、夜道に気を付けろよ!」
「「……うわ~、そりゃないわ……」」
呆れられた。しかし、一人はきちんと察したらしい。
「フィル、言ってみたかっただけだろ」
「よく分かったな。けど、俺はこういう時に冗談は言わない」
「だな……」
「ふんっ。行こう、ビズ」
《ヒヒィィン》
「分かった。乗ってく」
ビズとしても、フィルズが軽んじられるのは許せるものではないらしい。乗っていれば主人に見えなかったなんてこともないだろう。
そうしてフィルズはビズに乗って外門へ向かった。
残された冒険者達は、痺れがようやく取れたらしい男達に同情の声をかけた。
「お前ら、本当に夜道に気を付けろよ……」
「夜はちゃんとした所で寝ろ。外ではダメだ。まったく、ちゃんと謝らないから……」
「クマさまも怖いけど、もっと怖いウサさまが来るんだろうな……これに懲りたら、しばらく大人しくしとけ。というか、今度フィルに会ったら真っ先に謝れ!」
「「……」」
全く意味が理解できない様子の男達。しかし、彼らはこの日の夜、知ることになる。冒険者達の言っていた『ウサさま』という恐ろしい存在がいることを。
喧嘩を売ってはならなかったということを。そして、セイルブロードに入れなくなったことを。
翌日から、この男達はフィルズに謝ろうとずっとソワソワと町を歩き回ることになる。だが、残念ながら、フィルズは辺境に行き、数日帰って来ないとは、彼らは知る由もない。
彼らのお陰でこれ以降、非を認めて謝ることの大切さを町の子ども達が知ることになった。
「あんな形の魔導具、初めて見ますよね?」
そこに子ども達が通りかかり、不思議そうな顔をする。
「おじさんたち、ここはじめて?」
「え、ああ……さっき着いたばかりだ」
「そっか。あのね、あれはうらの井戸につながってるから、『魔導具』じゃないんだよ? 同じ形でもとなりのは赤い石がついてるでしょう? あっちが『魔導具』なの。あらいもの用とかは、井戸の水をつかうから」
水道の蛇口は全部で五つ。内三つは魔石が付いている。
「井戸の水が、あんなに簡単に?」
「うん。カラクリなんだって。あのハンドルを回すと水をくみ上げて、タンク? に水をためるんだって。この町の井戸はほとんどアレだから、つかい方が分からなかったら近くの人に聞くといいよ。子どもでも知ってる」
「……それはすごい……あのハンドル? は、水を汲み上げるなら、重たいのかな?」
商人の息子の青年が尋ねれば、子ども達は首を横に振った。
「わたしたちでもできるよ~」
「あそこに子ども用の台があるでしょ? それにのってやるんだっ」
「子どもでも回せる……それが本当ならすごい……」
「ウソじゃないよ?」
子ども達がムッとする。それを見て慌てて青年は謝った。
「あっ、ごめん! だって、普通の井戸なら、君達には難しいだろうから」
「前のはアブナイからって、母さんとじゃないとできなかったし、すごくおもかった」
「だよね……それができるって……すごいよ」
その言葉が心からの感心だと気付いた子ども達は、気を良くして、誇らしく告げた。
「でしょ! フィル兄ちゃんはすごいんだ!」
「なんてったって、『大商会』をつくる人なんだから!」
「フィル兄ちゃん? 大商会って……商人なの?」
「そうだよ! 『セイスフィア商会』の会長さんなんだ!」
「セイスフィア……あっ、さっきのっ」
衝撃的過ぎて、逆に必死でキーワードとなる言葉は覚えたのだ。そこは、日頃から商機を逃さないようにと気を付けている商人としての習性だった。
「セイルブロードに行くとね、すっごくたのしいよ!」
「でも、今からだとまだお店が全部開いてないから、商人さんなら、まず商業ギルドへ行ってからじゃないかな」
「そうそうっ。あっ、今日の宿はまだ決まってない?」
「商人さん用のお宿に案内しようか?」
「商人用? そんな宿があるのかい?」
そんな話は聞いたことがなかった。青年は、父親に確認するように目を向けたが、知らないと首を横に振られる。護衛達もそうだ。
「ギルドに行っても、そこをススメられるよ。あの『蛇口』とか、色んな『魔導具』の商品が使えるようになってる宿なんだって。ぼくらが案内しようか」
「おじさん達、それ食べるでしょ? 私たちもこれから食べるから、食べ終わったら一緒に行こうよ」
「あ、ああ……いいの?」
「うん! あんないするとねっ、オヤドが『お駄賃』くれるのっ」
「案内しますって、スープ屋のおじちゃんに報告しないといけないけどね」
「なるほど……規則もあるんだ……」
きちんと決まりもあるものだと知り、安心する。もちろん、この規則は子ども達の安全のためのものだった。
「うん。『主要な施設』へのあんないは、『冒険者ギルド』か『商業ギルド』でこのメダルを『発行』してもらえたら、おしごととしてできるんだ。十歳までだけど」
コレ、と言って少年が首から下げていた木の板を見せる。それは、六角形のメダルのような形をしている。そこには、冒険者ギルドのマークと商業ギルドのマークがそれぞれの面に彫られていた。
側面には、子どもの名が彫られているため、誰の物かすぐに分かる。
「このメダル、もって『魔力』をこめると、『防御』のまほうがつかえるんだよ! ちゃんとおしごとできたら、十歳になってコレをかえすときに、『防御の指輪』か『防御の腕輪』がもらえるんだ!」
そこには、子ども達が遊びの一環として魔力を込めることで魔力操作が鍛えられ、十歳になる頃には、それらが自然にできるようになるという狙いがあった。
『防御の指輪』も『防御の腕輪』も一般に流通しているが、値段は高めだ。中堅になる頃の冒険者がようやく余裕が出来て買うようなものだった。なぜなら魔力操作の技術もそれなりに必要になるからである。それが貰えるのだ。冒険者を目指すならば、これほど嬉しい贈り物はないだろう。
「すごい……」
青年が素直に感心する中、父親の方は冷静に子ども達の言葉を分析していた。
「もしや、それを考えたのも、セイスフィア商会の?」
「そうだよ! フィル兄ちゃん!」
「なるほど……子ども達への投資か……商人らしい上に……」
この町のことまで考えたやり方。それに気付いて、父親は『フィル兄ちゃん』に心から会ってみたいと思った。
「なら、食べ終わったら案内を頼めるかな。できれば……宿の後に、先に『くすりやさん』? だったか? そこへの案内はできるだろうか? あ……主要施設ではないか……」
そこは無理かと父親は考え込む。しかし、子ども達は笑顔で答えた。
「いいよ! セイルブロードにあるお店だし! お店の『紹介』もできるよ!」
「そうか。なら、頼んでいいかな」
「うん! でも、あそこは『混む』から、お店の『案内役』は三人までなのっ。こっちできめておくねっ」
「よろしく頼む」
「「「「「は~い」」」」」
子ども達がスープ屋へ向かっていくのを見送っていると、その一人が振り返った。
「おじさんたち、またさめちゃうよ?」
「「「「あ……」」」」
再びスープを温めることになってしまった。
「賢い子ども達だな……」
「というか、驚き疲れました」
「俺は、この後の方が心配ですけど」
「俺もです」
「「「「……はあ……」」」」
そうして、ようやく口をつけたスープは今まで口にしてきたどのスープよりも美味しく、衝撃を受けた。
商人親子とその護衛の四人は二種類を分け合ってワイワイと話し合う。彼らにとって、今日は人生で最も衝撃的で疲れる日になるのだが、誰も忠告することはできなかった。
朝八時。セイルブロードでは、惣菜店が開店する。
農耕地を持つ住民は朝の収穫などの畑仕事をこなし、そうでない者達は家のことを済ませたり、出勤したりする時間だ。
貴族ではない一般の人達の食事は一日二回。朝食兼昼食は十時頃から十二時まで、人によって取るタイミングが異なる。そして、夕食は六時から八時頃。これに合わせて惣菜店はゆっくりと開店し、閉店は八時になる。
「今日のおススメは、ホーレ草とベーコンの玉子和えです!」
「日替わり弁当も販売中です!」
ここでは、専用の器や弁当箱を買ってもらう。十回の回数券で分割払いも可能だ。住民ではない者は、三回払いまで可能だった。ルール違反は、戦闘もお手の物なクマが直々に出向いて注意するため、今のところ問題になっていない。
専用の器は、冷却のできる魔法陣を使った魔導具で、売る時に一日は効くように発動させた状態で渡すため、魔石や魔力の消費はない。食べる時は、サラダ系以外は、お鍋で少し温めて食べてもらうのをオススメしている。
「ホーレ草か……あんま好きじゃねえんだよな……」
ホーレ草は、ほうれん草だ。採れる時は一気に沢山採れるため、どうしても値段が安くなる。あまり売る方には得がない野菜だった。
買う方にしてみれば、安い野菜は有り難くもあるが、そればかりになって飽きる。よって、大人ほど嫌いな者は多かった。
「でもさあ、塩で食うしかないと思ってたんだけど、違うっぽくね?」
「あっちの玉子和えってやつ、何か色んな色で可愛い」
ホーレ草の玉子和えには、フワフワの玉子とピンクのベーコン、赤とオレンジ色のトマトが入っている。見た目がとても可愛らしい。
「あの赤いの、トマトだってさ」
「え? トマト? トマトが入ってるってことは、酸っぱいのかな?」
ホーレ草に限らず、進んで野菜を食べたがる者はあまりいない。それもこれも、味付けの種類が塩ぐらいしかないからだ。よって、食べず嫌いが意外にも多い。
ただ、お金の関係で嫌々でも食べているらしい。後は、昔からの言い伝えだ。『野菜を食べないと病気になりやすい』という言葉を信じて、数日に一度は食べるように努力しているのだとか。
農家では『野菜を作ることで、土が元気になる』、商家では『健康な客がいなければ商売は成り立たない』……ということで、野菜は低価格になっても売るべきだと言われている。
客達が苦手な野菜に戸惑っているのは、いつも通り。この惣菜店では、人々の野菜嫌いを少しでも緩和するため、新しい味付けと料理法で提供しているのだ。
「あっ! クーちゃんとリョク君だ!」
「ってことは……っ」
エプロン姿のクラルスと、コックの制服を着た淡い緑色のクマのリョクが、惣菜店の前のスペースにワゴンを引いてやって来る。そして、その後から、コックの制服を着た二人の青年が、小さな屋台を引いてやって来た。
この青年達は、この国の第三王子であるリュブランの騎士団の元メンバーだ。リュブランや彼らは、自身の母親が彼らの立場を利用して自分勝手をしたり、他の兄妹達を害そうとするなど、家庭や国に不和を起こすことに嫌気が差していた。
そこで、せめてもの贖罪として、素行不良な貴族家の問題児達を密かに罰する騎士団を作り、国を放浪することになった。そして、自分達をも処分しようとしていたところをフィルズに助けられ、紆余曲折あり、このセイスフィア商会で働くことになったのだ。
その青年達が前に出る。
「『やさいの庭』にご来店ありがとうございます。担当のジフスです」
「同じく担当のバラクです。ホーレ草の時期がやって来ました。本日は、ホーレ草の新しい料理をご紹介します」
このジフスとバラクは、料理に興味を持ち、この惣菜店『やさいの庭』の担当になった。リョクと共に、毎日店の商品を作っている。
店の店員は他の雇い入れた者がするため、彼らの仕事は、途中で品薄になった商品の補充と、新しい料理の研究である。
そして、今一番の仕事は、この場で数日おきに行われる実演販売だった。
クラルスは司会進行役と、最後の試食会での配膳をする。
彼女が魔導具である四角いマイクを持って、ニッコリと笑ったら始まりだ。
『みなさん、ごきげんよう』
「「「「「っ、ごきげんよう‼」」」」」
これはもうクラルスが話す時のお決まりの挨拶だ。
『ただいまより、実演販売を行いま~す。本日のメニューは【ホーレ草とベーコンの玉子和え】になります!』
この間に、屋台の方で準備が始まる。その屋台には色んなアングルから撮れるように、いくつものカメラが仕掛けられている。それらの映像を屋敷の中で編集し、そのままスクリーンに映すことができた。
『では、中央スクリーンへ移動しま~す。調理法の質問など、リョクくんが受け付けますので、是非興味のある方は移動してくださ~い♪』
クラルスとリョクが、店の前に広がる中央のイートインスペースへ向かう。すると、料理に興味のある奥様達がゾロゾロとついて行く。
奥には、周囲より一段高くなっている舞台があった。そこにスクリーンもある。ここにあるそれは、液晶画面なので晴れていてもよく見える。
舞台にクラルスが上がれば、スタートだ。
『それじゃあ、始めますよ~。せ~のっ。調理~!』
「「「「「『スタート‼』」」」」」
もう一種のショーだなと、それらを屋敷の屋上から見ていたフィルズが笑っているのに気付く者はいない。
フィルズは、この町の住民達にすっかり受け入れられたセイルブロードを見下ろす。
そこに白いクマ、ホワイトがやって来た。
《ごしゅじんさま~。スーからのれんらくです。モリのようすがおかしいとのこと》
「前のは予想より規模が小さかったからな……警戒しておいて正解だったか」
《はい。ケトルーアさまにもおつたえしてますっ》
「分かった」
エントラール公爵領の隣は、ウォールガン辺境伯領だ。その辺境伯領は隣国と接しており、丁度その境に位置するのが、一年ごとの周期で小さな氾濫を起こす『不可侵の森』。
ひと月ほど前にも、小規模な魔物の暴走行動、所謂氾濫があった。これは繁殖による生存競争や、縄張りの取り合いなどの関係で起こるため、長い間森を見守ってきた辺境では、既に発生時期の予想が立てやすくなっていた。
しかし、その予想が今回、少しばかりズレた。氾濫の規模も予想とは違いかなり小規模だったため、何かあるのではと警戒していたのだ。
《やっぱり『隣国』のえいきょうですか?》
ホワイトは、自分で考えて推察することも覚え出していた。
「あの国が手を出していたら、前回の時にもっと大事になったはずだ。小規模にはならない気がする……」
《彼らが『頭が足りない奴ら』というのはほんとうで?》
隣国の国を挙げての間抜けぶりは、辺境では有名だ。
「国境を守っている将軍一人で保ってるようなものって聞いたな。指揮官はへっぽこで、兵士達はカカシだそうだ」
《……その『将軍』がスゴイのはわかりました!》
「十分だ」
実際、将軍を知るこちら側の誰もが、その事実を認めている。
何の義理があるのか知らないが、なぜ将軍が一人で頭の足りない国のために戦っているのかは謎だ。
「一度会ってみたいな……」
是非とも話を聞いてみたいものだ。あわよくば、こちら側に引き込みたい。辺境伯夫妻も、フィルズと会った時はそんなことを毎回話していた。
フィルズは今一度、セイルブロードを見下ろす。そこで、子ども達に案内されて来た男達を確認した。歩き方や目の配り方を見て、フィルズは彼らが行商人だと判断する。
明らかに冒険者ではなく、貴族でもない。護衛らしき者がいることからも予想できる。
「ホワイト、留守中の取り引きはマニュアル通りに。コランは必ず同席させろ」
リュブランの騎士団の元メンバーであるコランには、取り引きの仕方などを教えている最中だ。彼がまだ十五歳と成人前の少年であることもあり、これまでフィルズが留守にする時は、商業ギルドから借りている人材に取り引きを任せていた。
しかし、もうそろそろコランを現場に出しても良い頃だ。同席することで気付くことも多いだろう。
「商品を見てもこちらを下に見る奴らなら丁重に門の外に放り出せ。第一印象が悪い商人は性根が腐ってる証拠だ。その判断はコランにしてもらえ。しばらく、お前達にはデータの収集が必要だろう」
《はい。しょうちしました♪》
コラン達は、王宮の黒い部分も見てきたため、人の顔色や声音で本心を探るのが上手い。正式な商会として存在しているのに、フィルズを子どもと見て、馬鹿げた取り引きを持ちかけて来る者もいる。
そのような商人達はきっちりブラックリストに載せ、お帰りいただいている。門の外への送迎は、クマ達や遊びに来ている騎士や冒険者がしていた。今のところ、二度目のチャンスは与えていない。
既にセイスフィア商会は、大聖女の持つ大商会との取り引きをしているため、無理に他に取り引き先を持つ必要がないのだ。
更には、この国の王宮とも先日契約を結んだ。
大々的に発表はしていないが、『王宮御用達』の看板を掲げても良い商会になっているのだ。
誠意を見せない商人とは最初から取り引きするつもりはなかった。
「リュブランやマグナも参加したいと言えば、してもらっていい。母さんには、後で連絡すると伝えてくれ。任せたぞ」
《おまかせください》
クラルスの楽しそうな声と、子どもや大人達の質問する声が聞こえてくる。
「あいつらも、連れてきてやらんとな……」
フィルズは森の洞窟で丸まっているだろう三匹の守護獣達のことを思った。
「丁度良い。そろそろ実戦経験をさせるか」
幼い守護獣達も、三歳になる頃。本格的な狩りを始めるには十分な頃合いだった。
フィルズは屋敷を出ると、相棒であるバイコーンのビズを連れ出した。
馬具を纏った状態で外門に向かって町を歩くビズだが、横を歩くフィルズは手綱を持ってはいない。それでも、ビズはきちんとフィルズの隣を同じ歩幅で歩く。彼女が賢い守護獣であるからだ。守護獣とは、神の加護を得た魔獣の亜種。土地を守って栄えさせるという守り神的な存在で、強さが抜きん出ていることもあり、王侯貴族が欲しがるものだった。
このビズは既に主人をフィルズと定めており、相互に助け合い、共存することを誓約しているため、攫われでもすれば思いっきり反撃するだろう。本来、誓約した主人と守護獣は離してはならないとされているのだ。普通、手を出すバカはいない。
冒険者達が駆け寄って来る。
「おはようございます! ビズの姐さん!」
「また差し入れしますね!」
「今日も美しいです!」
人々の間でのビズの人気は高い。その強さを知って慕っている冒険者達が、徐々に情報を広めているのもある。だが、誓約者が三級冒険者も目前のフィルズだ。貴族さえも手を出し渋るのに、一介の冒険者が手を出そうなどとは思うはずもなかった。
しかし、中には当然、そんな道理も何も理解せずに、舐めてかかってくる者もいる。例えば今傍にやって来た二人組の男がそうだ。
「どこに行くんで?」
「俺らと一緒にどうです?」
《ブルル……》
フィルズが手綱を持たないからというのもあるが、一見したところ主人に見えないらしい。だから外から来た冒険者の中には、少々フィルズを軽視する者がいる。この二人もそのくちだった。
「おい、お前ら。ビズが鬱陶しがってるだろ。下がれ」
「なんだと? ガキがなっ」
《フン!》
ビズが鼻を鳴らすと、角が青く光った。
バチバチッ!
次の瞬間、青い電撃が男達の周りに走った。
「っ、にぃぃぃっ……っ!」
「うぎゃぁっ!」
フィルズをバカにした男と、ビズを手懐けようと近付いてきた男は、酷く感電して倒れた。気絶するギリギリをビズに見極められている。
「ほらみろ……」
《ブルルッ》
ビズは、おとといきやがれと言わんばかりに顔を振る。
「……あ……その……こいつらは、処分しときます!」
「クマ様に通報しておきます!」
「きちんと言い聞かせときますんで!」
フィルズよりも、守護獣であるビズに目を付けられる方が怖いのか、見ていた冒険者達は全員ビズに向かって説明していた。フィルズもそれで構わない。
《ブルル》
「よろしくってさ」
「はい‼」
見た目で判断すると必ず痛い目に遭うと、それなりに経験のある冒険者は分かっている。それらを教え込むのは同業者として当然のことだと思い、躾を引き受けてくれるようだ。
「このバカども! ビズの姐さんをどうこうしようなんて、三百年は早いわ‼」
「ビリビリなご褒美をもらおうなんて思うんじゃねえぞ!」
「そうだそうだ!」
「おい……変な言い掛かり……いや、いい。頼んだ」
「「「任せとけ!」」」
電撃をご褒美と呼ぶのはどうかと思ったが、フィルズはそれ以上言及しない。多少行き過ぎてはいるものの、ビズのファンだという認識で良さそうだ。アイドル的存在に対してはお触り禁止がお約束だろう。
「か弱くて可愛く見えてもなあっ、フィルに勝てると思うなよ! この領の騎士団長とギルド長のお墨付きだぞ!」
「いいかっ。いくら可愛くってもだぞ!」
「クーちゃんそっくりでも可愛いだけじゃないんだからな!」
さすがのフィルズもこれは聞き流せなかった。
「お前ら! 可愛い、可愛い言うな‼」
「「「他に何て言えば……」」」
本気で分からないという顔を向けられ、フィルズは唖然とした。
これに、冒険者達は手をポンと打つ。
「分かった! 将来きっと美人だぞと言うべきだったな!」
「そうだな! きっと美人だ!」
「美女になるからって、舐めてかかるなよ!」
話がおかしな方向に向かっているのに気付き、フィルズは肩を落とした。
「……もういい。そいつら、次はないから」
これはこちらでしっかりと釘を刺しておくべきだと判断した。
フィルズは、ビシっと指をさす。
「お前らの顔覚えたからな! 精々、夜道に気を付けろよ!」
「「……うわ~、そりゃないわ……」」
呆れられた。しかし、一人はきちんと察したらしい。
「フィル、言ってみたかっただけだろ」
「よく分かったな。けど、俺はこういう時に冗談は言わない」
「だな……」
「ふんっ。行こう、ビズ」
《ヒヒィィン》
「分かった。乗ってく」
ビズとしても、フィルズが軽んじられるのは許せるものではないらしい。乗っていれば主人に見えなかったなんてこともないだろう。
そうしてフィルズはビズに乗って外門へ向かった。
残された冒険者達は、痺れがようやく取れたらしい男達に同情の声をかけた。
「お前ら、本当に夜道に気を付けろよ……」
「夜はちゃんとした所で寝ろ。外ではダメだ。まったく、ちゃんと謝らないから……」
「クマさまも怖いけど、もっと怖いウサさまが来るんだろうな……これに懲りたら、しばらく大人しくしとけ。というか、今度フィルに会ったら真っ先に謝れ!」
「「……」」
全く意味が理解できない様子の男達。しかし、彼らはこの日の夜、知ることになる。冒険者達の言っていた『ウサさま』という恐ろしい存在がいることを。
喧嘩を売ってはならなかったということを。そして、セイルブロードに入れなくなったことを。
翌日から、この男達はフィルズに謝ろうとずっとソワソワと町を歩き回ることになる。だが、残念ながら、フィルズは辺境に行き、数日帰って来ないとは、彼らは知る由もない。
彼らのお陰でこれ以降、非を認めて謝ることの大切さを町の子ども達が知ることになった。
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