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3巻

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 ミッション① 守護獣しゅごじゅう達と辺境へんきょう遠征えんせいする



 大陸にある国の中でも、戦乱からはここ数年遠のいているカルヴィア国。辺境と接する隣国との小競こぜいは日常的にあるが、大きな戦争や内乱もなくなって久しい。
 そんな国で今、大きな変化をもたらす商会があった。

「フィルく~んっ。おっはよ~っ」

 朝日が窓から射し込むという頃。起きてすぐとは思えないほどの元気な声で息子の部屋に突入するのは、めずらしい深い藍色あいいろの髪と瞳をした妙齢みょうれいの女性。名をクラルスという。息子と並んで町を歩けば、十人中九人は彼女を姉と思うだろう。残り一人は親戚のお姉さんと言う。とても十二歳の息子がいるとは思わないらしい。
 その息子のフィルズは、今まさに朝の身支度みじたくを終えようと、姿見すがたみで身なりを確認しているところだった。髪色や髪質は母親のクラルスにそっくりで、長く伸ばしたまま一つにっている。瞳だけは父親の色を受け継ぎ、翡翠色ひすいいろをしていた。

「やだっ。もう服も着替えてるっ。ダメじゃないっ、フィル君っ。母さんがちゃんと起こしに来るって言ったでしょ?」

 頬を膨らませ、腰に手を当てて怒って見せるクラルス。彼女は元流民りゅうみんで、吟遊詩人ぎんゆうしじんの父とおどの母の才能を受け継いでいる。仕草一つ一つが少し大げさで分かりやすいのは、彼女の個性のようなものだった。こうした様子が、実年齢よりも若く見せているのだろう。天真爛漫てんしんらんまんでいつでもクルクルと表情を変えて反応する。
 息子であるフィルズからしても、まあ可愛らしい人だなと感想が出て来るのが常だ。とはいえ、毎日不満をぶつけられると嫌にもなる。

「……母さん……毎朝起こしに来なくていいって」
「もうっ。フィル君には分からないの? これは、母子おやこの大事な朝の儀式なのよ? グズグズしてお布団ふとんから出られない、起きられない息子をね? 優しく、優しく、叩き起こすのっ」
「……優しくの意味がどっか行ってる」
「え~、なんで分かんないの~?」

 日頃から演じることを意識するクラルスが、こうしたわけの分からない遊び半分の態度でからんでくるのにはフィルズも慣れている。よって、矛先ほこさきを変えることも可能だ。

「分からん。分からんが……リュブラン達にもやるんじゃないのか?」
「はっ。そうだったわっ。カワイイ息子達を優しく叩き起こすのよっ」

 この国の第三王子で従業員でもあるリュブランを起こしに、部屋を飛び出していくクラルスを見送り、フィルズは苦笑する。

「まったく、あんなんで、よくも何年も一人で閉じこもっていられたもんだな……」

 クラルスは、この国の宰相さいしょう公爵こうしゃくくらいを持つリゼンフィア・ラト・エントラールの第二夫人だ。現在は完全別居となっているが、夫婦関係は継続中。
 この国には長く根深い問題がある。
 それが、貴族の家族問題だ。一夫多妻が一般的で、それが問題をややこしくしていた。
 第一夫人に迎えられる貴族の令嬢れいじょう達は、夫となる者に愛されていると盲目的もうもくてきに信じ、何をやっても許されると思っているところがある。よって、とてもままな令嬢気質のまま妻になり、母親になる。結果、夫となった者と彼女達の間には夢と現実ほどのへだたりが出来ていた。
 そんな中で、男達は本当に心から愛する者を第二、第三夫人として迎えるのだ。第一夫人が反発するのは目に見えているだろう。
 夫と衝突するのならまだ良いが、大抵の場合、第一夫人の不満は第二夫人へと向かう。男達はそれを女の問題として見ない振りをしてしまうため、関係が泥沼化どろぬまかしていく。
 エントラール公爵家もこの例に漏れず、家庭は崩壊寸前だった。
 第二夫人であるクラルスと共に、その息子であるフィルズは離れの屋敷でなかば閉じ込められるようにして育った。しかし、ここで誤算ごさんだったのは、クラルスが演じる者として、他者への共感力が高かったことだろう。第一夫人の孤独に共感し過ぎて、彼女は正気を失っていった。そうして一人、部屋に閉じこもってしまったクラルスを、フィルズはとある者の助言を受けたことをきっかけにして連れ出したのだ。今は公爵家を出て、新しくフィルズが建てた屋敷に一緒に住んでいる。

「神に感謝……するべきなんだろうな……」

 フィルズが行動に移せたのは、幼い頃から前世の夢を見ていたことが大きいだろう。そこで違う人生を知ったからこそ、現在の自分の家がおかしいことに気付けたのだ。
 地球で生きた前世を持つフィルズは、神々に気に入られて『神のいと』としてこの世界に転生したらしい。なんでも、前世の趣味であった物作りやパズルなどの細かく面倒なこともいとわずにやり続けられるその精神が、神々のお気に召したようだ。
 今世では、その趣味を生かして魔導具まどうぐなどを作り、この世界を発展させ、改革して欲しいと言われている。それが全く嫌ではないので、目下もっか、様々な物を考案中である。
 階下からにぎやかな声が聞こえ始めた頃。一体の白い愛らしいクマが部屋に顔を出す。

《おめざめですか?》

 パクパクと小さく動く口元。身長は大人の太ももくらいだろうか。それなりに大きな、二足歩行するクマだ。表情も豊かなソレは、ぬいぐるみで出来た魔導人形で、日々の会話や行動で成長し、思考能力を持つ。古代の賢者けんじゃの作り上げた魔導具を元にフィルズが作り上げたものだ。
 この屋敷では、何体ものこのクマ達が、各々おのおの決められた役目を持って活動中だ。この白いクマは屋敷を管理するリーダー的存在の一体だった。

「ああ。ホワイトおはよう」
《あいっ。おはようございますっ。リゼンフィアさまからでんごんです。『今度、馬車を買いたい』だそうです。『王だけずるい』と、すねてましたよ~》
「そんなこと、手紙で書けばいいだろうに、まったく……」

 父親のリゼンフィアは、第一夫人を避けるために屋敷に寄り付かず、更には病気の者には近付いてはならないというこの世界の迷信のために、十年近く、クラルスとフィルズに全く顔を見せることがなかった。 
 第一夫人側の妨害ぼうがいもあり、フィルズが家を出ると決意したことも知らずにいたのだ。
 クラルスの離婚届とフィルズの絶縁状が用意されていたと知った時のリゼンフィアの顔は見物だった、と兄のセルジュから聞いて笑ったものだ。
 紆余曲折うよきょくせつあり、リゼンフィアも家庭の問題に向き合うことになったのだが、同じような事情を抱えていたこの国の国王、ファスター王と共にフィルズや神に仕える神殿長しんでんちょうさとされ、解決策を現在も模索中もさくちゅうである。

《イヤフィスへのリゼンフィアさまのとうろくは、まだまだ、さきですものね?》
「課題がそう簡単に片付くとは思えんからな。数年は先だろ」
《あら~》

『イヤフィス』とは、前世で言うところの携帯電話けいたいでんわのようなもの。今もフィルズの左耳に付けられている。あまり目立たないのは、耳に引っかけるイヤーカフのような耳飾りの形状だからだ。もちろん、しょうなフィルズによるデザインなので、それなりの見た目にはなっている。光を反射しないようにつや消しされ、蔦草つたくさと花をあしらっていた。
 これを付けたまま戦闘をする冒険者達がいることも想定して、耳たぶのところで固定される仕様になっており、骨伝導こつでんどうを利用し、動力は魔石ませきで補っている。操作用の端末は名刺めいしサイズのタブレットだ。
 そして、通信相手とは直接会って、互いの魔力波動を登録しなくてはつながらない。
 リゼンフィアとは、親子関係を改善するにあたって、手紙でやり取りするという言質げんちをとっていたこともあり、敢えてこのイヤフィスの登録をしなかったのだ。
 ただし、イヤフィスと同じ機能を持つホワイトとは魔力波動を登録し合っていたので、こうして伝言がたまに来るというわけだ。
 フィルズは部屋を出て、ホワイトを引き連れて一階にある食堂へ向かう。

「開店作業に問題は?」
《ないです。スープもさきほどできあがって、つみこみをはじめてます》
「パン屋は?」
《しょうひんのちんれつが、はんぶんほどおわったところです》
「ん。順調だな」

 確認したのは、この屋敷の前に作られた商店街の開店準備の状況。
 フィルズが母クラルスと共に家を出て立ち上げたのは『セイスフィア商会』。セイスフィアとは、古代語で『賢者のたましい』という意味だ。神の望みを叶えるためにも、ここから様々な物を発信していく。

「そんじゃあ、朝飯食って、母さん達には今日も張り切って働いてもらうかな」

 フィルズが住む屋敷の一階は、従業員のりょうにもなっている。開店の早い店以外の従業員はこれから朝食だ。もう十分もすれば、食堂に集まってくるだろう。
 そして、その後一時間ほどすれば、屋敷の前に作られた商店街、古代語で知識ちしき路地ろじという意味を持つ『セイルブロード』に多くの人が詰めかけてくるのだ。


 開店時間は店舗てんぽによって少し違う。
 まず、朝の七時に一番手前のパン屋が開店。それと同時に、この公爵領都でも有名な食事処しょくじどころであるタンラの店と提携ていけいしたスープ屋台が、四つある外門のそばに向かう。
 このスープ屋台では、蝶々型ちょうちょうがたのファルファッレとペンネの乾燥かんそうパスタを一緒に売っている。フィルズが作り出し、セイスフィア商会の目玉商品の一つであるスープジャーに、スープとパスタを入れて、冒険者達が出掛けていくのだ。
 スープジャーは魔導具で、魔力によって数分で中に入れた物を温めることができる。一週間も実演販売をすれば、口コミで広がり、その美味しさと手軽さの説明をする必要はなくなった。

「マジでっ、これで美味うまい昼メシが食べれるんだぜ? 最高だろ!」
「スープ用のボトルを買う必要があるって聞いた時は、足下見やがってってキレかけたもんだが、これは必要だわ」
「本当よ。最初のセット金額聞いてびっくりしたけどね~。ほぼ毎日使うってこと考えたら、安いくらいよっ。それも魔導具だしっ」

 このスープジャーに先駆さきがけて販売していた水筒すいとうを使っても良いが、飲み口の広さが違うため、食べにくいのだ。改めてこれを弁当用として売ることで受け入れられていった。
 この世界では、硬いパンと煮込み料理が一般的な食事で、パスタは忘れられていた。現在、前世地球での知識を元にフィルズが作った柔らかいパンやこのパスタが、公爵領都では一大ブームとなっている。

「朝食にもいいのよね~。おなべ持って出て行くのが、最初はちょっと恥ずかしかったけど」
「慣れるわよね。それに、毎日違うスープが食べられるのは嬉しいわっ」
「温め直せば、夜にも食べられるしねっ」

 冒険者とは違い、一般の人達は一日に二食が普通だ。その二食さえ取れない時もあったが、今ではその心配はない。
 スープは野菜がゴロゴロ入ったものも用意し、大きな業務用のオタマで一杯を大銅貨六枚。つまり六十円で提供している。その結果、量も質も満足できると、奥様方に人気になった。自分達で作るよりも美味しいし安いということで、彼女達がスープ屋台にお鍋を持って並ぶのも一般的になり始めている。
 だが、それはこの公爵領都に限ってのこと。他領から来た者達には不思議な光景だろう。

「なんだ? これは……スープ屋? 容器の貸し出しもあるなら……四人分もらってもいいだろうか?」

 珍しさにかれてやって来たのは、行商人ぎょうしょうにんの親子とその護衛二人である。

「はい。本日は、クルフのスープとゴロゴロ野菜のターネギスープがあります。クルフのスープはコクのある甘めのスープです。ターネギのスープは野菜の旨味が出ていますよ」

 スープ屋台は、元冒険者がっていた。顔見知りの場合は良いが、きちんと言葉遣いにも気を付けるように指導されている。そして、彼らはそれぞれのスープを必ず味見しているため、説明も分かりやすい。

「ほお……二杯ずつもらおう。そこで食べていけばいいのか?」

 スープ屋台の傍には、休憩所スペースがある。これも、町への貢献こうけんとしてフィルズが作らせた公共の場所だ。井戸代わりの水道、手洗い場も用意されており、何気に女性の冒険者達に人気だった。
 ちなみに、容器は別売または貸出。なので、前述の通り、家からお鍋を持参してもらうか、マイスープジャーを使うのが一般的だ。だが、休憩所が出来たことで、貸出で朝ごはんをここで済ませる者は多い。

「ええ。あそこは、町の共有の休憩所なので、好きにお使いいただけます。食べ終わりましたら、食器はこの横のボックスに入れてください。お待たせいたしました。スプーンもお使いください。熱いのでお気を付けて。トレーごとどうぞ」
「なるほど……ありがとう」
「あ、父さん、私が持ちます」

 行商人風の男性の息子らしき青年がトレーを受け取る。父親と息子は護衛の二人の男性と共に、休憩所に入った。

「屋根もしっかりしていますね」
「ああ……公爵領のうわさはあまり聞かなかったが、こんな所まで作るとは……」

 親子は感心していた。どの領、どの国に行っても、町の人々のための共有の場所などそうそう作られてはいない。一番の理由は、管理できないからだ。

「あれですね。門の傍で、兵も近くにいますし、荒らす者もいなさそうです」
「さっき、住民のかたに聞いたのですが、近所の家の者や、冒険者が自主的に掃除そうじしているのだそうですよ」
「自主的に……」

 領や国のものとなると、一般の者は手を出しにくくなるものだ。変に触って難癖なんくせをつけられたらたまらない。だから、仕事として明確に経費を使って掃除や管理をする必要がある。これが原因で、公共の施設は領費の無駄になるとして、普及ふきゅうしないのだ。
 一般的に公共の施設といえば、お金がかかり、その費用の分をかせげる貴族向けの賭博場とばくばやサロンを指す。一領民が使えるような場所ではないのだ。
 不思議そうにしている彼らの姿が目に入ったのだろう。水をみに来ていた年配ねんぱいの女性が声をかける。

「旅の人かい?」
「ええ……あの……本当にここは、公共の場なのですか?」
「そうだよ。と言っても、この町のとある商会が造って、領に寄付きふしたんだけどね」
「商会が……領地に寄付……? お金にもならないのに?」
「あっはっはっ。そうだねえ。ここは使うのにお金を取らないからね。確かに金にならない場所だよ。けど、ほら……」

 突然、天井と壁に映像が流れ出した。
 そして行商人の親子達は目を奪われる。美しい踊り子の女性がうつされたからだ。

「やった! クーちゃんだ!」
「魔力計いっぱいだったもんなっ」

 子ども達が中央にある石の台を囲んではしゃいでいた。しかし、父親はすぐに映像へと惹き込まれる。お手本のように美しく舞い出した女性。音楽もかすかに聞こえてきた。そして、呆然とつぶやく。

「これ……『と月の舞踏ぶとう』なんじゃ……」

 水道を使いに来ていた年配の女性が笑う。

「よく知ってるねえ。そうさ。これは『陽と月の舞踏』だよ。難しいって有名なね。衣装いしょうもいいよねえ」
「え、ええ……なんと美しい……っ」

 それは、父親にとって、今までの旅の間にたった一度だけ見たことがある思い出深い舞いだった。

「子ども達が触ってる石の台があるだろう? そこに魔石があってね。魔力を溜めていくんだ。朝の七時から夜の八時まで、一時間に一度、魔力の溜まり具合によって違う映像が流れる魔導具なんだそうだよ」
「っ、そんな魔導具が⁉」

 思わず大きな声を出してしまい、口を慌てて押さえる。

「驚くよねえ。お陰で、時間も分かるし、子ども達は面白がって魔力を流しに来るもんだから、いつの間にか魔力操作が上手くなっているんだってさ」
「……」

 もう言葉もない。
 しばらく舞いを見つめていたが、それが終わった。すると、映像の中の踊り子が笑顔で手を振る。

『みなさん、ごきげんよう』
「「「「「ごきげんよう!」」」」」

 子ども達が釣られて挨拶をする。

てくれてありがとう。さあ、今回紹介する商品はコレ!』

 コレと手を向けた先には、魔獣のようなものがいた。行商人達が見たこともない、頭に小さな王冠おうかんを付けたあわいピンクの毛の魔獣が、可愛らしくよいしょっと持ち上げたのは、液体の入ったびん

「ローズちゃんカワイイ!」
「あの王冠の髪飾り、もうすぐ売り出すって聞いたよっ」
「本当⁉ アレカワイイよねっ」

 近くで観ていた女性達が盛り上がる。

『これからの暑い季節に是非使って欲しい【冷却化粧水れいきゃくけしょうすい】です。こうして、布に数滴らして、首元や腕など、体全体に汗をく感覚でお使いいただくと……っ、す~っとしてすずしい上に、うっすらとさわやかな森の香りをまとうことができますっ』

 踊り子は腕に液体の付いた布をすべらせて見せる。

『冒険者の方には嬉しい、虫除むしよけ成分を配合! 汗や日焼けで肌が荒れる季節。その悩みがこの一本で解決! 是非試してみて♪』

 ここで魅力的なウインクを一つ。

「なにそれ! ちょっ、すごい良くない⁉」
「絶対いいよ! 汗でベタベタしたままでいると、肌荒れるもんねっ」
「虫除けもとか最高じゃん!」
「お、俺らもいいかもな」
「暑くなるしなあ」

 これを観るためだけにここにやって来る者もいるらしく、いつの間にか、多くの人が休憩所の中やその周りにいた。
 映像の中では、ローズと呼ばれた魔獣が、立て札を持つ。そこには絵と数字が書かれている。

『今なら、セイスフィア商会特製タオルを一枚プレゼント! ただし、お一人様一本まで。一日百本限定です!』

 ローズの持つ立て札は、絵と数字だけでそれらを分かりやすく図解していた。

『売り場は、緑の屋根の【くすりやさん】で』

 ローズが立て札を持ち替える。そこには、緑の屋根の家と『くすりやさん』の文字。

「ちょっ、今何時⁉」
「くすりやさんって、何時に開くんだっけ?」
「あっ、まだ二時間くらいあるよ。でも……並ぶよねっ」
「百なら、整理券配るもんね。行かなきゃ!」
「あ~……こりゃ二日は無理だな。俺は三日後以降に行くわ」
「俺も。百とかすぐだよな……」

 飛び出していく女性達。その近くで映像を観ていた男性達は日を改めるようだ。

『今日と明日限定で、お試し会もありますよ~♪ 是非、見に来てくださいね~☆ クーとローズの、セイスフィア商会からのお知らせでした! またね♪』
「「「「「またね~♪」」」」」

 踊り子とローズが手を振ると子ども達も手を振り返し、そうしているうちに映像は消えた。

「「「「……え……?」」」」

 初見の商人親子と護衛達は、ただ呆然とするしかなかった。

「おやおや。スープ忘れてるよ」

 先ほどの年配の女性が声をかけたが、その言葉も聞こえたか怪しい。
 商人親子と護衛の二人の男達は、何も映らなくなった天井や壁を見つめながらしばらく身動きしなかった。
 見かねた年配の女性が近付き、また声をかける。

「ちょいと。いくら冷めづらいカップだからって言っても、いい加減冷めるよ?」
「っ‼ はっ」
「大丈夫かい?」
「え、ええ……」

 目が覚めたというようにまばたきを繰り返す男達。

「初めてだと驚くよねえ。商人さんなら、セイルブロードを見てみるといいよ。そのカップとかも売ってるから、旅にもいいしね」
「カップ……? まさか、魔導具?」
「そうだよ。そこの魔石に魔力を少し込めるようにして触れてごらん」

 言われた通り、カップの取っ手の上部にある赤い魔石に触れて、魔力を意識する。そうしてしばらくすると、スープから湯気が出て来た。

「っ、温まった……のか?」
「熱いから気を付けな」
「え……あ、ああ……っ! 熱いっ」
「だから熱いって言ったろ? ふふっ。子どもじゃないんだから、ちゃんと聞きなよ」

 女性は笑いながら、水道の方へ向かっていった。
 それを何となく目で追っていた男達は、女性が慣れた様子で水場にあるレバーを下げ、その横にあるハンドルをクルクルと数回回す様子を、不思議そうに見つめた。女性は最後にレバーを上げ、蛇口じゃぐちひねる。すると、そこから水が出た。これを見て男達は目を丸くする。


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