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1巻
1-2
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冒険者ギルドを出たフィルズは、時刻を確認する。公爵領の領都なだけはあり、中央にある広場には大きな時計塔が建っている。
時計は高価で、一家に一台なんてことは無理。常に発動させたままにする魔導具だからだ。聞けば、一つ何百万円もするらしい。一人一つの腕時計なんて夢のまた夢ということになる。
時計を持っていることは、お金を持っていることを示す。だから、持っているのは、爵位を持った者や大きな商会くらいのもの。それも、小型化されておらず、壁掛け用の大きなものしかない。ゴツくて重くて、本当に大きいのだ。魔石を替えるのも、男手が何人も要る。
「……不便だな……」
時間で管理されていた記憶があるフィルズにとっては、不便で仕方がない。どうにかしたいという欲求は日に日に募っていく。
その時不意に、何かに呼ばれたような感覚があった。声ではない。惹かれるような感覚だ。これは、町に出ると以前からよく感じていた。
「っ……また教会か……今日は強いな……」
目を向けた先にあるのは教会だ。この感覚は、教会の前まで行かないと中々消えない。ずっと首の後ろの辺りがムズムズするのだ。
「……仕方ない……」
食事処の女将さんとの約束の昼までは、まだ少しだけ時間がある。ならばと、諦めて教会へと向かった。どのみち、この状態では落ち着いて昼食を取れそうにない。
町の中央付近にある立派な教会。他の町のものの三倍はあるだろう、さすがは公爵領だ。ただ、その見た目に実態が伴っているかどうかは別だ。黒い意味ではない。主に孤児や浮浪者達を養うための運営費が足りているかどうかということ。大きな町には、浮浪児や浮浪者が多くなる。
この世界の教会は、権力がどうのという黒い噂が少ない。ただ、金銭の取り引きが可能な世界であれば、お金による問題は起きるもの。これに執着する神官がいないわけではない。というより、問題をお金で解決できるならそれで良いというのが、神の教えの一つでもある。争い事をお金で解決というのは悪いことではないのだ。
ただし、騙し取ることや冤罪は当然だが許していない。貧しい者から無理な額を搾り取ることも良しとはしていなかった。お金は持っている者から取る、というのが鉄則らしい。教会は公正で、けれど潔癖過ぎることもないため、フィルズも嫌いではなかった。
そこに、白い服を着た一人の男がやって来た。
「おやおや。フィル君じゃないですか」
「……また神殿長か……」
「またとはなんです。またとは」
教会は嫌いじゃない。だが、宗教に関心のなかった前世の記憶のせいもあり、どうしても入り辛い場所だった。それに、フィルズは貴族の子息が受ける七歳の祝福を受けていない。
フィルズが七歳となる日、その年にあった隣国との小競り合いによって、父が領地に戻れず、祝福の儀式に立ち会うことができなかった。もちろん、その場合は母親が同行すれば良い。というか、必ずしも親が立ち会う必要はないのだが、貴族の子息としては、第一に父親、第二に母親となる。
その日、父が戻ってこられなかったのを良いことに、第一夫人の嫌がらせで母が寝込んだ。実の母が立ち会えないならば、他の夫人が代わりとなるが、フィルズもさすがに大事な日に母親を傷付けられて腹が立ち、祝福自体を拒んだのだ。
それに、貴族の子息としての立場を少しでも落とすことで、第一夫人が落ち着くのではないかとも考えていた。彼女は自分の息子を、何の憂いもなく次期当主にしたいのだろう。因みに、貴族以外は、七歳以降ならばいつ受けても問題ないとされ、それ以降の都合の良い時に、ほんの少しの小銭を持って祝福を受けに来るのが普通だ。
神殿長は微笑みながらフィルズに言う。
「まあ、君が来るのを、私はいつでも待っているけれどね。いい加減、祝福を受けたまえ」
「……あんたもいい加減、しつこい」
父は、当然フィルズが七歳の時に祝福を受けたと思っている。フィルズは執事であるカナルにも、行っていないことを黙っておくようにと頼み込んだのだ。父が第一夫人達を制御し切れていないことを責めながら告げたことで、カナルは何も言えなくなった。
町に出るようになってからも、併設される孤児院に顔を出したとしても、教会には足を踏み入れなかった。
だが、前を通る度、あるいは、孤児院を気にして寄進する度に、気配でも感じているのか、ここの教会をまとめる神殿長が出迎えてくるのだ。最初の頃は、この神殿長が自分を呼び寄せようと何か特殊な術を使っていると思っていた。だが、そんな術はない。
「いいじゃないか。痛いことはないよ。それと……別に七歳の時にしなくてはならないという決まりは教会にはない」
「……」
この神殿長は曲者だ。細い糸目。どれだけ嫌味を言われようと、微笑みを絶やさない。そして、何もかもを見透かしたような言動をする。フィルズは身分を明かしていないのに、貴族の血を引いていることも知っているようなのだ。
神殿長になれる高位神官は、神の声が聞こえるらしい。そして、神から与えられる祝福も強い。この祝福により魔力が強くなり、特別な加護により、怪我や病の治癒ができる神術が使えるようになる。この神殿長は、特にこの力が強いらしい。教会本部でも高い地位を約束されているという。
「それにね、そろそろこちらも、せっつかれ過ぎて耳が痛いんだよ」
「……何のことだ……」
神殿長はふっと笑みを深くした後、足取り軽くフィルズに近付くと、唐突にフィルズを抱き上げた。
「よいしょっと」
「は……?」
予想外の事態に、フィルズは咄嗟に振り払うこともできなかった。
「うんうん。よく鍛えてるねえ。細いのにこれだけ重さもあるということは、力もある証拠だ」
フィルズはもうじき十二歳になる男子だ。成長期に入っておらず、まだ身長も低かった。女顔で母似ということもあり、なんとなく、あまり背は伸びないかもしれないと察している。
神殿長は、ニコニコと機嫌良く笑いながら、フィルズを半ば肩に担ぎ上げるようにしてしっかりと抱えると、神殿に向かって歩き出していた。
しばらくしてフィルズは、自分の状態を理解し、体を強ばらせる。
「ちょっ、何しやがるっ」
「はいはい。いい子にしててね。君が暴れたら、私まで転んで怪我をするよ?」
「っ……」
冒険者として、暴力によって向かってくる相手には、容赦なく手を下せるフィルズだが、前世の感覚のせいもあり、武力を持たない者に怪我をさせることに抵抗がある。だから、こう言われると動けなくなった。そうして抱きかかえられたまま、初めて教会の礼拝堂の扉をくぐった。
後ろ向きになっているため、全容は見えない。しかし、見回す気にもなれなかった。なぜなら、中にいた神官達やポツポツといる参拝客などが、目を丸くしてこちらを見てくるのだ。恥ずかし過ぎる。
神殿長は、型破りなこともすると有名なので、子どもを抱えてくることは、特に驚くことではない。抵抗する浮浪児達と追いかけっこをして、神官服を泥だらけにして帰って来ることも多い人なのだ。
だから、皆が目を丸くしているのは、フィルズが誰かに抱えられているという状況に対してなのだろう。いつも凛としていて美人で、少女のような強い少年冒険者。それが『フィル』という少年の評価なのだ。
「ふふふ。皆、羨ましそうだねえ」
「……何が……」
「いや、だって、フィル君は懐かない美人猫さんみたいなものだろう? それを抱っこしてるんだ。羨ましいに決まってるよ」
「……は?」
フィルズは、自分がそんな風に思われているとは知らなかった。だが、その通りなのだ。頭を撫でたいけど撫でさせてもらえない。そういう雰囲気がフィルズにはあった。
「さ、て、とっ。連れて来ましたよ~」
「……っ」
トンと優しく降ろされ、フィルズは仕方なくそこに立つ。そして、自然に祭壇の方を振り返った。
「っ……」
フィルズはこの時、素直に綺麗だと思った。ある程度金をかけた祭壇だからというわけではない。金に光っているわけでもない。美しい壮大な景色を見て、目を見開くような、惹かれて仕方のない感覚が胸に湧いた。
「「「おおっ……」」」
「「「はぁ……」」」
いつもはそうではないのだろうか。この場に居合わせた神官や参拝客達が、思わず感嘆の声を上げる。いつの間にか、礼拝堂内に小さな光の粒が降り注いでいた。そして、光の多くは、フィルズに降り注いで、その体に染み込んでいく。
「祝福……」
「こんな光……見たことない……」
普通、祝福ならば一つ、多くて二つの光の玉が体に染み込む様が見えるという。それが祝福だ。しかし、フィルズのこれは明らかに多い。光が淡くフィルズを浮かび上がらせていく。
光はフィルズを少し持ち上げようとするように重力を軽くする。そのせいで、後ろで一つに結んでいた髪がふわりと浮き上がり、服の裾がはためく。
そして、フィルズがかけていた魔法を打ち消した。まず、髪と瞳の色が元に戻る。着けていた革鎧などの冒険者としての軽い装備服は、真っ白な神官の着る儀式服に変わっていた。
「は?」
「これは凄い」
側に立つ神殿長は呑気に笑い、感心する。輝くほどの白と金糸は天上を示す色。高位神官でも、年に数度の大きな儀式の時にしか着ることが許されない。当然だが、一般の人間がこの衣を纏うなどあり得なかった。
光が収まる。服は神殿長より豪華な神官服のまま。髪や瞳も本来の色だ。呆然とするフィルズに、神殿長がいつの間に用意していたのか、祭壇の上にあった水晶を持ってくる。
「さあ、フィル君。これに手を当てて」
「……」
わけも分からず、無理やり祝福を受けさせられている。それにムッとしているフィルズに、神殿長は和やかに勧める。ここでそのまま無視して帰るという考えが頭を過ったが、それはダメだと、フィルズの中の何かが訴えた。
仕方なく、小さくため息のような息を吐き、半歩踏み出して右手でその水晶に触れた。すると、強烈な光が溢れた。思わず目を細める。
「くっ……」
「おお、やっぱり凄い。十神のみでなく、いくつかの眷属神も祝福をお与えになったようだ」
「……え……十神……眷属神……?」
「そう。十神全てと、眷属神」
「……全て……」
「そうそう。十神全て。世界初だね~。早速、神子として本部に報告しないと。貴族にバレたら一大事だ」
「神子……」
おかしなワードばかり並べられ、フィルズも混乱する。凄いと驚くより先に、ヤバい、マズいという考えがグルグルと頭を駆け巡った。
はっと振り返れば、神の光に感動して、その場で祈りを捧げる神官達と、何が起きたのか分からない様子の参拝客達。『ただちに情報規制!』という言葉が浮かんだ。それよりも先にこの場から逃げなくてはとも思う。
混乱して、結局動けずにいたフィルズの腕を取り、歩き出したのは神殿長だった。
「いい子だから、奥に行こう。祈りの間へね。大丈夫。ここにいた人達は何も話さないよ。神の奇跡はね、言い触らさずにいると、幸運に恵まれ、幸せになれると言われているんだ」
呆然としていた参拝客達も、今や祈りを捧げていた。それらを確認して、フィルズは神殿長に導かれるまま、神殿の奥へ向かった。そこは、神官が神と対話をするための祈りの間。礼拝堂の祭壇の裏側に当たる場所にある。丸い円形の部屋だ。
神殿長はフィルズに入るように促すと、自分は部屋には入らずドアを閉めようとする。
「中央で祈りの形を取ってね。語らいが終わったら、帰らずにここを出て左、一番奥の突き当たりにある私の部屋に来て欲しいな。裏口から出たいだろう?」
「……分かった……」
「ふふふ。では、ごゆっくり~」
それがフィルズにだけ向けたものではないことには気付いている。やはり彼は只者ではない。
閉まったドアをしばらく見つめた後、覚悟を決めて部屋の中央へ向かう。そして、その場で膝を突き、フィルズは祈りを捧げた。
そこは美しい場所だった。
色とりどりの花々が咲き乱れる小島。その中央にある、白い石で出来た東屋の中にフィルズは膝を突いていた。
立ち上がって、東屋を出る。そして、周りを見回すと、手前には湖があり、その向こうには森が広がっているのが見えた。東屋と森とを隔てる湖はとても不思議で、そこには、深い夜空が映っていたのだ。
湖面であるのは、風で揺れることから間違いない。しかし、上を見ればそこにあるのは、澄み渡った明るい昼の空。昼と夜の空が上下にあった。
静かにそれを眺めていると、後ろから声をかけられた。それは、フィルズがいた東屋の方。
「ようやく来たね。我らの愛し子よ」
「っ!」
慌てて振り向くと、その東屋に、見た目も年齢も様々な十人が座ってこちらを見ていた。
「こちらへ来て座って。話をしよう」
「……」
フィルズは素直にそれに従った。
正面で、席を勧めた銀髪、金目の青年が改めて口を開く。
「まずは自己紹介かな。私は主神リザフト」
次に、彼の右側に座る妙齢の美しい金髪の女性。
「私は命の女神、第二神のリューラよ」
以降、右回りに男性、女性と交互になっており、順に【武技】【知恵】【陽】【月】【商い】【技巧】【魔法】【恵み】の神。先の主神と命の女神を合わせたのが十神だ。彼らの下にそれぞれ眷属の下位神がついている。
因みに、この体制が教会にも適用されており、主神の位置の第一神徒が教皇、第十神徒までが教会をまとめている。フィルズを連れてきた神殿長は、そうは見えないが、本部では第二神徒になれる器だと言われている人だった。
十神の自己紹介が終わり、再び主神と名乗った青年が話す。
「もう分かっていると思うけど、君を別の世界からこの世界に連れてきたのは私だ」
「……なぜ、俺だったんです……」
選ばれる理由が分からない。それは、とても気持ち悪いことだ。たまたまだったという理由でも良い。フィルズは知りたかった。理由も分からず、迷いながら生きるのは嫌なのだ。
この思いを見透かすように、主神リザフトは、微笑みを浮かべて答えた。
「後悔しながらも、逃げ出すことなく最後まで悩み、必死で生きていたから」
「……そんなこと……」
普通のことではないかとフィルズは思った。誰だって、苦しくても、辛くても、生きなくてはならない。嫌なことがあっても、いつかは何とかなる。忘れられる。答えが見つかると信じて生きていく。それは当たり前のことだ。
これに、リザフトは静かに首を横に振った。やはり、考えを読めるのかもしれない。
「君には当たり前だったのかもしれない。けど、それはあの世界の誰もに当てはまる考えではなかった。戦いで理不尽に命を散らすことのない、あの社会に生きていて、そう思える者は意外にも少なかったんだ」
「……」
誰もが同じように、大なり小なり悩み、それでも諦めずに生きるものだ。そう思っていた。
中には、気持ちをきっぱり切り替えて処理してしまう者もいる。それはそれで良いことだ。あるいは、他人など気にせず、自分勝手に事を進めることが当たり前になっている人もいるだろう。自分が傷付かなくていいように、考え方を変えてしまった人達だ。相手の気持ちを考えなくて良いなら、何も悩むことはない。
逆に、悩んで、悩んで、どうにも答えが見つからなくて、諦めてしまう者もいる。自分を狭い世界に閉じ込めて、閉じこもって、出口を自分で塞いでしまう者もいるだろう。
何があっても諦めず、もがき続け、それでも壊れることなく他人に迷惑をかけないようにと気を張って生き続ける。それは決して幸せな生き方ではない。人によってはバカな生き方だと思うだろう。けれど、そういう生き方しかできない人もいるのだ。フィルズの前世は恐らく、そうした不器用な生き方しかできなかった人だった。
「私は、最後まで悩んで、悩み抜いて、生き抜ける強靭で我慢強い魂を探していた。もちろん、この世界に順応できる素質も必要だ。だから、余計に候補は少なかったんだよ」
他にも候補はいたのだろう。けれど、フィルズが選ばれた。
「私達との相性も大事よ」
リューラがウインクして付け足した。その通りだと、他の神も頷く。更にリザフトが続けた。
「それと、決め手になったのは、君の趣味」
「趣味……?」
まさかの最終判断が趣味だった。
「そう。パズル、プラモデル、プログラミング。発明好きで、とにかく細かいのが大好き。修行僧のように集中してやっていただろう?」
「……はあ……」
確かに好きだった記憶がある。最近は暇になると、無性にパズルがやりたくなる時があるのも確かだ。それだけ強い記憶として残っている証拠だろう。設計図なんかも見るのが好きで、ただ見るだけでも満足だった。恐らく、そうした記憶があるから、幼い頃から魔導具を作ることに興味を持ったのだと思う。
「そういうことができないと、魔導具とか作れないからね。今のより、難しくて複雑な古代の魔導具なんて特に」
「古代の魔導具……」
「ふふっ。興味あるだろう?」
「……はい……っ」
物凄く興味が出た。
「この世界はねえ。まだ出来た当初は地球からの転生者ももっと受け入れて、召喚術も許可して、発展させていたんだ」
勇者召喚ではなく、知識を与える賢者召喚だったそうだが、召喚術があったらしい。
「けど、ある程度の発展が見えたところで、それらを切った。元々、他の世界から連れてくるっていうのは良いことではなくてね。召喚術は、還すことも約束した上で行使しないと、世界に歪みを生む。魂は生まれた世界で巡るのが正しい在り方だからね」
そうでないと、魂の処理が上手くできず、前世の記憶が残ってしまったり、欠けたりするようだ。
「世界として安定した後は、特に他から魂を連れてくると、逆に穴を空けてしまったりするんだ。けど、例外はある。私達神との相性が良く、魂が柔軟で、その世界に馴染みやすいもの。そうした特別な素質を持つ魂は、世界を渡っても、その世界に魂が定着するから問題ないんだ」
それが神子、または神の愛し子と呼ばれる。その世界の神の力に染まりやすい存在。その世界のものになりやすいということ。
「だから、君を選んだ。もう君は、この世界の魂になった。けれど、異世界の知識がある。それをこの世界に広めて欲しい。かつての召喚された賢者達のように……この世界の改革をお願いしたい」
「……っ」
晴れやかな笑顔でそう宣言されたのだった。
それからは、なぜか神々の愚痴を散々聞かせられた。
「しばらくは良かったのよね~。賢者が還って、更に転生者達の魂もきっちり、元の世界に返した後が問題よ」
「せっかく発展したのに、権力争いで利権を取り合って、お互いに大事な資料を焼きやがったの」
「知識も受け継ぐ者がいなければ、なかったものと同じだ」
「召喚は国単位でやっていたからな」
「使えもしない奴らが権利だけガッチガチに守って、最終的に自爆」
「権力者って嫌よね~」
「それで、我々も嫌になって、魔法や技術などの恩恵も少なくしてやったのだ」
「金が回る世界になれば、ある程度以上の技術や力は、権力と金のある者が先導せんとどうにもならん。今更権力は取り上げられんのでな」
そんなことがあって、勝手にやれと、神々は直接の干渉を避け、素質ある神官のみに声を届けるようにしたらしい。祝福も最低限にしたという。
主神リザフトは、苦笑しながら、まだまだ愚痴の止まりそうのない神々の間に口を挟んだ。
「まあ、そういうことで、教会の権威とか、祝福の目安の見極めとかも含めて、世界がある程度、再び安定するのを待っていたんだ。その間に我々も力を溜めて、あちらの世界との交渉をしてね」
「……その時が来た……と」
「そう。私達の愛し子という爆弾を投下する時を待っていたんだ」
世界は、何度も転換期を迎える。そうして、安定していくのだという。
「今生きている者達は、かつての繁栄を話でも実感できない。例えば……時計」
「っ……」
「うん。君は目覚まし時計や腕時計がないことに不満を感じた。落ち着きなく思える。時間というのは、人の行動を制御するものだ。それには悪い面もあるけど、それによる恩恵は計り知れない」
多くの無駄を排除できる道具であり、生活にメリハリを付けることもできる。時には誠意を示すために必要なものにもなるだろう。
「道具だけじゃない。この世界には魔力が存在する。それを活用してこその世界だ。私達は、人々がこの世界にあるものを活用し、考え、意見を交わし、暮らしを発展させていく様を見たい」
「……それのきっかけ作りを俺にやれと」
「そういうことだ。私達の愛し子よ。分かってくれるかい?」
事情は分かったが、世界をどうこうしろと言われても、フィルズにはどうすれば良いのか分からない。
「……世界を動かすとかは無理だ……」
「ああ。もちろん、君の人生だ。好きに生きて良い。ただ、君が生きていく中で、前の記憶から、これが欲しいと思う時はあるだろう? パズルとかやりたくない?」
「……」
とてもやりたいことだ。
「けど、パズルって、ほら、簡単なのは良いけど、難しいものだと、きちんと同じものを見本として印刷しておかないとダメだろう? 印刷技術……どうにかしないとダメだよね?」
「……」
「あ、もちろん、最初から発明しろなんて言わないよ。そんなことしてたら寿命があっという間に尽きてしまう。特に、君みたいに、一つのことにとことん打ち込める者はね」
始めたことは、できるまで諦めずに続ける。そうした我慢強さを認められたのだから、打ち込んで良いなら死ぬまでやる。
時計は高価で、一家に一台なんてことは無理。常に発動させたままにする魔導具だからだ。聞けば、一つ何百万円もするらしい。一人一つの腕時計なんて夢のまた夢ということになる。
時計を持っていることは、お金を持っていることを示す。だから、持っているのは、爵位を持った者や大きな商会くらいのもの。それも、小型化されておらず、壁掛け用の大きなものしかない。ゴツくて重くて、本当に大きいのだ。魔石を替えるのも、男手が何人も要る。
「……不便だな……」
時間で管理されていた記憶があるフィルズにとっては、不便で仕方がない。どうにかしたいという欲求は日に日に募っていく。
その時不意に、何かに呼ばれたような感覚があった。声ではない。惹かれるような感覚だ。これは、町に出ると以前からよく感じていた。
「っ……また教会か……今日は強いな……」
目を向けた先にあるのは教会だ。この感覚は、教会の前まで行かないと中々消えない。ずっと首の後ろの辺りがムズムズするのだ。
「……仕方ない……」
食事処の女将さんとの約束の昼までは、まだ少しだけ時間がある。ならばと、諦めて教会へと向かった。どのみち、この状態では落ち着いて昼食を取れそうにない。
町の中央付近にある立派な教会。他の町のものの三倍はあるだろう、さすがは公爵領だ。ただ、その見た目に実態が伴っているかどうかは別だ。黒い意味ではない。主に孤児や浮浪者達を養うための運営費が足りているかどうかということ。大きな町には、浮浪児や浮浪者が多くなる。
この世界の教会は、権力がどうのという黒い噂が少ない。ただ、金銭の取り引きが可能な世界であれば、お金による問題は起きるもの。これに執着する神官がいないわけではない。というより、問題をお金で解決できるならそれで良いというのが、神の教えの一つでもある。争い事をお金で解決というのは悪いことではないのだ。
ただし、騙し取ることや冤罪は当然だが許していない。貧しい者から無理な額を搾り取ることも良しとはしていなかった。お金は持っている者から取る、というのが鉄則らしい。教会は公正で、けれど潔癖過ぎることもないため、フィルズも嫌いではなかった。
そこに、白い服を着た一人の男がやって来た。
「おやおや。フィル君じゃないですか」
「……また神殿長か……」
「またとはなんです。またとは」
教会は嫌いじゃない。だが、宗教に関心のなかった前世の記憶のせいもあり、どうしても入り辛い場所だった。それに、フィルズは貴族の子息が受ける七歳の祝福を受けていない。
フィルズが七歳となる日、その年にあった隣国との小競り合いによって、父が領地に戻れず、祝福の儀式に立ち会うことができなかった。もちろん、その場合は母親が同行すれば良い。というか、必ずしも親が立ち会う必要はないのだが、貴族の子息としては、第一に父親、第二に母親となる。
その日、父が戻ってこられなかったのを良いことに、第一夫人の嫌がらせで母が寝込んだ。実の母が立ち会えないならば、他の夫人が代わりとなるが、フィルズもさすがに大事な日に母親を傷付けられて腹が立ち、祝福自体を拒んだのだ。
それに、貴族の子息としての立場を少しでも落とすことで、第一夫人が落ち着くのではないかとも考えていた。彼女は自分の息子を、何の憂いもなく次期当主にしたいのだろう。因みに、貴族以外は、七歳以降ならばいつ受けても問題ないとされ、それ以降の都合の良い時に、ほんの少しの小銭を持って祝福を受けに来るのが普通だ。
神殿長は微笑みながらフィルズに言う。
「まあ、君が来るのを、私はいつでも待っているけれどね。いい加減、祝福を受けたまえ」
「……あんたもいい加減、しつこい」
父は、当然フィルズが七歳の時に祝福を受けたと思っている。フィルズは執事であるカナルにも、行っていないことを黙っておくようにと頼み込んだのだ。父が第一夫人達を制御し切れていないことを責めながら告げたことで、カナルは何も言えなくなった。
町に出るようになってからも、併設される孤児院に顔を出したとしても、教会には足を踏み入れなかった。
だが、前を通る度、あるいは、孤児院を気にして寄進する度に、気配でも感じているのか、ここの教会をまとめる神殿長が出迎えてくるのだ。最初の頃は、この神殿長が自分を呼び寄せようと何か特殊な術を使っていると思っていた。だが、そんな術はない。
「いいじゃないか。痛いことはないよ。それと……別に七歳の時にしなくてはならないという決まりは教会にはない」
「……」
この神殿長は曲者だ。細い糸目。どれだけ嫌味を言われようと、微笑みを絶やさない。そして、何もかもを見透かしたような言動をする。フィルズは身分を明かしていないのに、貴族の血を引いていることも知っているようなのだ。
神殿長になれる高位神官は、神の声が聞こえるらしい。そして、神から与えられる祝福も強い。この祝福により魔力が強くなり、特別な加護により、怪我や病の治癒ができる神術が使えるようになる。この神殿長は、特にこの力が強いらしい。教会本部でも高い地位を約束されているという。
「それにね、そろそろこちらも、せっつかれ過ぎて耳が痛いんだよ」
「……何のことだ……」
神殿長はふっと笑みを深くした後、足取り軽くフィルズに近付くと、唐突にフィルズを抱き上げた。
「よいしょっと」
「は……?」
予想外の事態に、フィルズは咄嗟に振り払うこともできなかった。
「うんうん。よく鍛えてるねえ。細いのにこれだけ重さもあるということは、力もある証拠だ」
フィルズはもうじき十二歳になる男子だ。成長期に入っておらず、まだ身長も低かった。女顔で母似ということもあり、なんとなく、あまり背は伸びないかもしれないと察している。
神殿長は、ニコニコと機嫌良く笑いながら、フィルズを半ば肩に担ぎ上げるようにしてしっかりと抱えると、神殿に向かって歩き出していた。
しばらくしてフィルズは、自分の状態を理解し、体を強ばらせる。
「ちょっ、何しやがるっ」
「はいはい。いい子にしててね。君が暴れたら、私まで転んで怪我をするよ?」
「っ……」
冒険者として、暴力によって向かってくる相手には、容赦なく手を下せるフィルズだが、前世の感覚のせいもあり、武力を持たない者に怪我をさせることに抵抗がある。だから、こう言われると動けなくなった。そうして抱きかかえられたまま、初めて教会の礼拝堂の扉をくぐった。
後ろ向きになっているため、全容は見えない。しかし、見回す気にもなれなかった。なぜなら、中にいた神官達やポツポツといる参拝客などが、目を丸くしてこちらを見てくるのだ。恥ずかし過ぎる。
神殿長は、型破りなこともすると有名なので、子どもを抱えてくることは、特に驚くことではない。抵抗する浮浪児達と追いかけっこをして、神官服を泥だらけにして帰って来ることも多い人なのだ。
だから、皆が目を丸くしているのは、フィルズが誰かに抱えられているという状況に対してなのだろう。いつも凛としていて美人で、少女のような強い少年冒険者。それが『フィル』という少年の評価なのだ。
「ふふふ。皆、羨ましそうだねえ」
「……何が……」
「いや、だって、フィル君は懐かない美人猫さんみたいなものだろう? それを抱っこしてるんだ。羨ましいに決まってるよ」
「……は?」
フィルズは、自分がそんな風に思われているとは知らなかった。だが、その通りなのだ。頭を撫でたいけど撫でさせてもらえない。そういう雰囲気がフィルズにはあった。
「さ、て、とっ。連れて来ましたよ~」
「……っ」
トンと優しく降ろされ、フィルズは仕方なくそこに立つ。そして、自然に祭壇の方を振り返った。
「っ……」
フィルズはこの時、素直に綺麗だと思った。ある程度金をかけた祭壇だからというわけではない。金に光っているわけでもない。美しい壮大な景色を見て、目を見開くような、惹かれて仕方のない感覚が胸に湧いた。
「「「おおっ……」」」
「「「はぁ……」」」
いつもはそうではないのだろうか。この場に居合わせた神官や参拝客達が、思わず感嘆の声を上げる。いつの間にか、礼拝堂内に小さな光の粒が降り注いでいた。そして、光の多くは、フィルズに降り注いで、その体に染み込んでいく。
「祝福……」
「こんな光……見たことない……」
普通、祝福ならば一つ、多くて二つの光の玉が体に染み込む様が見えるという。それが祝福だ。しかし、フィルズのこれは明らかに多い。光が淡くフィルズを浮かび上がらせていく。
光はフィルズを少し持ち上げようとするように重力を軽くする。そのせいで、後ろで一つに結んでいた髪がふわりと浮き上がり、服の裾がはためく。
そして、フィルズがかけていた魔法を打ち消した。まず、髪と瞳の色が元に戻る。着けていた革鎧などの冒険者としての軽い装備服は、真っ白な神官の着る儀式服に変わっていた。
「は?」
「これは凄い」
側に立つ神殿長は呑気に笑い、感心する。輝くほどの白と金糸は天上を示す色。高位神官でも、年に数度の大きな儀式の時にしか着ることが許されない。当然だが、一般の人間がこの衣を纏うなどあり得なかった。
光が収まる。服は神殿長より豪華な神官服のまま。髪や瞳も本来の色だ。呆然とするフィルズに、神殿長がいつの間に用意していたのか、祭壇の上にあった水晶を持ってくる。
「さあ、フィル君。これに手を当てて」
「……」
わけも分からず、無理やり祝福を受けさせられている。それにムッとしているフィルズに、神殿長は和やかに勧める。ここでそのまま無視して帰るという考えが頭を過ったが、それはダメだと、フィルズの中の何かが訴えた。
仕方なく、小さくため息のような息を吐き、半歩踏み出して右手でその水晶に触れた。すると、強烈な光が溢れた。思わず目を細める。
「くっ……」
「おお、やっぱり凄い。十神のみでなく、いくつかの眷属神も祝福をお与えになったようだ」
「……え……十神……眷属神……?」
「そう。十神全てと、眷属神」
「……全て……」
「そうそう。十神全て。世界初だね~。早速、神子として本部に報告しないと。貴族にバレたら一大事だ」
「神子……」
おかしなワードばかり並べられ、フィルズも混乱する。凄いと驚くより先に、ヤバい、マズいという考えがグルグルと頭を駆け巡った。
はっと振り返れば、神の光に感動して、その場で祈りを捧げる神官達と、何が起きたのか分からない様子の参拝客達。『ただちに情報規制!』という言葉が浮かんだ。それよりも先にこの場から逃げなくてはとも思う。
混乱して、結局動けずにいたフィルズの腕を取り、歩き出したのは神殿長だった。
「いい子だから、奥に行こう。祈りの間へね。大丈夫。ここにいた人達は何も話さないよ。神の奇跡はね、言い触らさずにいると、幸運に恵まれ、幸せになれると言われているんだ」
呆然としていた参拝客達も、今や祈りを捧げていた。それらを確認して、フィルズは神殿長に導かれるまま、神殿の奥へ向かった。そこは、神官が神と対話をするための祈りの間。礼拝堂の祭壇の裏側に当たる場所にある。丸い円形の部屋だ。
神殿長はフィルズに入るように促すと、自分は部屋には入らずドアを閉めようとする。
「中央で祈りの形を取ってね。語らいが終わったら、帰らずにここを出て左、一番奥の突き当たりにある私の部屋に来て欲しいな。裏口から出たいだろう?」
「……分かった……」
「ふふふ。では、ごゆっくり~」
それがフィルズにだけ向けたものではないことには気付いている。やはり彼は只者ではない。
閉まったドアをしばらく見つめた後、覚悟を決めて部屋の中央へ向かう。そして、その場で膝を突き、フィルズは祈りを捧げた。
そこは美しい場所だった。
色とりどりの花々が咲き乱れる小島。その中央にある、白い石で出来た東屋の中にフィルズは膝を突いていた。
立ち上がって、東屋を出る。そして、周りを見回すと、手前には湖があり、その向こうには森が広がっているのが見えた。東屋と森とを隔てる湖はとても不思議で、そこには、深い夜空が映っていたのだ。
湖面であるのは、風で揺れることから間違いない。しかし、上を見ればそこにあるのは、澄み渡った明るい昼の空。昼と夜の空が上下にあった。
静かにそれを眺めていると、後ろから声をかけられた。それは、フィルズがいた東屋の方。
「ようやく来たね。我らの愛し子よ」
「っ!」
慌てて振り向くと、その東屋に、見た目も年齢も様々な十人が座ってこちらを見ていた。
「こちらへ来て座って。話をしよう」
「……」
フィルズは素直にそれに従った。
正面で、席を勧めた銀髪、金目の青年が改めて口を開く。
「まずは自己紹介かな。私は主神リザフト」
次に、彼の右側に座る妙齢の美しい金髪の女性。
「私は命の女神、第二神のリューラよ」
以降、右回りに男性、女性と交互になっており、順に【武技】【知恵】【陽】【月】【商い】【技巧】【魔法】【恵み】の神。先の主神と命の女神を合わせたのが十神だ。彼らの下にそれぞれ眷属の下位神がついている。
因みに、この体制が教会にも適用されており、主神の位置の第一神徒が教皇、第十神徒までが教会をまとめている。フィルズを連れてきた神殿長は、そうは見えないが、本部では第二神徒になれる器だと言われている人だった。
十神の自己紹介が終わり、再び主神と名乗った青年が話す。
「もう分かっていると思うけど、君を別の世界からこの世界に連れてきたのは私だ」
「……なぜ、俺だったんです……」
選ばれる理由が分からない。それは、とても気持ち悪いことだ。たまたまだったという理由でも良い。フィルズは知りたかった。理由も分からず、迷いながら生きるのは嫌なのだ。
この思いを見透かすように、主神リザフトは、微笑みを浮かべて答えた。
「後悔しながらも、逃げ出すことなく最後まで悩み、必死で生きていたから」
「……そんなこと……」
普通のことではないかとフィルズは思った。誰だって、苦しくても、辛くても、生きなくてはならない。嫌なことがあっても、いつかは何とかなる。忘れられる。答えが見つかると信じて生きていく。それは当たり前のことだ。
これに、リザフトは静かに首を横に振った。やはり、考えを読めるのかもしれない。
「君には当たり前だったのかもしれない。けど、それはあの世界の誰もに当てはまる考えではなかった。戦いで理不尽に命を散らすことのない、あの社会に生きていて、そう思える者は意外にも少なかったんだ」
「……」
誰もが同じように、大なり小なり悩み、それでも諦めずに生きるものだ。そう思っていた。
中には、気持ちをきっぱり切り替えて処理してしまう者もいる。それはそれで良いことだ。あるいは、他人など気にせず、自分勝手に事を進めることが当たり前になっている人もいるだろう。自分が傷付かなくていいように、考え方を変えてしまった人達だ。相手の気持ちを考えなくて良いなら、何も悩むことはない。
逆に、悩んで、悩んで、どうにも答えが見つからなくて、諦めてしまう者もいる。自分を狭い世界に閉じ込めて、閉じこもって、出口を自分で塞いでしまう者もいるだろう。
何があっても諦めず、もがき続け、それでも壊れることなく他人に迷惑をかけないようにと気を張って生き続ける。それは決して幸せな生き方ではない。人によってはバカな生き方だと思うだろう。けれど、そういう生き方しかできない人もいるのだ。フィルズの前世は恐らく、そうした不器用な生き方しかできなかった人だった。
「私は、最後まで悩んで、悩み抜いて、生き抜ける強靭で我慢強い魂を探していた。もちろん、この世界に順応できる素質も必要だ。だから、余計に候補は少なかったんだよ」
他にも候補はいたのだろう。けれど、フィルズが選ばれた。
「私達との相性も大事よ」
リューラがウインクして付け足した。その通りだと、他の神も頷く。更にリザフトが続けた。
「それと、決め手になったのは、君の趣味」
「趣味……?」
まさかの最終判断が趣味だった。
「そう。パズル、プラモデル、プログラミング。発明好きで、とにかく細かいのが大好き。修行僧のように集中してやっていただろう?」
「……はあ……」
確かに好きだった記憶がある。最近は暇になると、無性にパズルがやりたくなる時があるのも確かだ。それだけ強い記憶として残っている証拠だろう。設計図なんかも見るのが好きで、ただ見るだけでも満足だった。恐らく、そうした記憶があるから、幼い頃から魔導具を作ることに興味を持ったのだと思う。
「そういうことができないと、魔導具とか作れないからね。今のより、難しくて複雑な古代の魔導具なんて特に」
「古代の魔導具……」
「ふふっ。興味あるだろう?」
「……はい……っ」
物凄く興味が出た。
「この世界はねえ。まだ出来た当初は地球からの転生者ももっと受け入れて、召喚術も許可して、発展させていたんだ」
勇者召喚ではなく、知識を与える賢者召喚だったそうだが、召喚術があったらしい。
「けど、ある程度の発展が見えたところで、それらを切った。元々、他の世界から連れてくるっていうのは良いことではなくてね。召喚術は、還すことも約束した上で行使しないと、世界に歪みを生む。魂は生まれた世界で巡るのが正しい在り方だからね」
そうでないと、魂の処理が上手くできず、前世の記憶が残ってしまったり、欠けたりするようだ。
「世界として安定した後は、特に他から魂を連れてくると、逆に穴を空けてしまったりするんだ。けど、例外はある。私達神との相性が良く、魂が柔軟で、その世界に馴染みやすいもの。そうした特別な素質を持つ魂は、世界を渡っても、その世界に魂が定着するから問題ないんだ」
それが神子、または神の愛し子と呼ばれる。その世界の神の力に染まりやすい存在。その世界のものになりやすいということ。
「だから、君を選んだ。もう君は、この世界の魂になった。けれど、異世界の知識がある。それをこの世界に広めて欲しい。かつての召喚された賢者達のように……この世界の改革をお願いしたい」
「……っ」
晴れやかな笑顔でそう宣言されたのだった。
それからは、なぜか神々の愚痴を散々聞かせられた。
「しばらくは良かったのよね~。賢者が還って、更に転生者達の魂もきっちり、元の世界に返した後が問題よ」
「せっかく発展したのに、権力争いで利権を取り合って、お互いに大事な資料を焼きやがったの」
「知識も受け継ぐ者がいなければ、なかったものと同じだ」
「召喚は国単位でやっていたからな」
「使えもしない奴らが権利だけガッチガチに守って、最終的に自爆」
「権力者って嫌よね~」
「それで、我々も嫌になって、魔法や技術などの恩恵も少なくしてやったのだ」
「金が回る世界になれば、ある程度以上の技術や力は、権力と金のある者が先導せんとどうにもならん。今更権力は取り上げられんのでな」
そんなことがあって、勝手にやれと、神々は直接の干渉を避け、素質ある神官のみに声を届けるようにしたらしい。祝福も最低限にしたという。
主神リザフトは、苦笑しながら、まだまだ愚痴の止まりそうのない神々の間に口を挟んだ。
「まあ、そういうことで、教会の権威とか、祝福の目安の見極めとかも含めて、世界がある程度、再び安定するのを待っていたんだ。その間に我々も力を溜めて、あちらの世界との交渉をしてね」
「……その時が来た……と」
「そう。私達の愛し子という爆弾を投下する時を待っていたんだ」
世界は、何度も転換期を迎える。そうして、安定していくのだという。
「今生きている者達は、かつての繁栄を話でも実感できない。例えば……時計」
「っ……」
「うん。君は目覚まし時計や腕時計がないことに不満を感じた。落ち着きなく思える。時間というのは、人の行動を制御するものだ。それには悪い面もあるけど、それによる恩恵は計り知れない」
多くの無駄を排除できる道具であり、生活にメリハリを付けることもできる。時には誠意を示すために必要なものにもなるだろう。
「道具だけじゃない。この世界には魔力が存在する。それを活用してこその世界だ。私達は、人々がこの世界にあるものを活用し、考え、意見を交わし、暮らしを発展させていく様を見たい」
「……それのきっかけ作りを俺にやれと」
「そういうことだ。私達の愛し子よ。分かってくれるかい?」
事情は分かったが、世界をどうこうしろと言われても、フィルズにはどうすれば良いのか分からない。
「……世界を動かすとかは無理だ……」
「ああ。もちろん、君の人生だ。好きに生きて良い。ただ、君が生きていく中で、前の記憶から、これが欲しいと思う時はあるだろう? パズルとかやりたくない?」
「……」
とてもやりたいことだ。
「けど、パズルって、ほら、簡単なのは良いけど、難しいものだと、きちんと同じものを見本として印刷しておかないとダメだろう? 印刷技術……どうにかしないとダメだよね?」
「……」
「あ、もちろん、最初から発明しろなんて言わないよ。そんなことしてたら寿命があっという間に尽きてしまう。特に、君みたいに、一つのことにとことん打ち込める者はね」
始めたことは、できるまで諦めずに続ける。そうした我慢強さを認められたのだから、打ち込んで良いなら死ぬまでやる。
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