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15th ステージ
169 高級品やで!
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迷宮が農耕地として使えるならば、国としては最高の場所だ。どれだけ上手くやっても、天災には逆らえない。その心配がなくなる。
「まあ、迷宮での農耕は、魔素の影響を受けて変異するものもある。相応しいものを選定するのは中々に時間がかかるぞ」
「っ、そうですよね……後三年ほどでは……」
大厄災が起きれば、それこそ、魔獣達に農耕地を荒らされることになるだろう。それを見越して、この迷宮でと考えたのだ。
「そうだな。そう言うと思って、迷宮の植物について研究している者達にファシードが声をかけていたはずだ」
ファシードは人嫌いな所があるが、研究者仲間や知り合いは多い。同じように人嫌い、貴族嫌いな人も多く、寧ろファシードのような同じ人種でないと近付けない者達もいるので、適材適所だろう。
「あと、迷宮の村には、剣聖のエリクイールが直接訪ねて歩いている」
こちらも同じ人種というか、農家としての知り合いの伝手だ。剣聖として世界をすこしばかり旅したエリクイールだからこそ、安全地帯に村があるような高難度の迷宮で知り合いがいる。
その全ての伝手に繋がるのがリンディエールだ。
「……とリンが言っていたぞ」
「っ、さすがはリンです!」
そう言って、感激しながらソルマルトとなにやらやっていたリンディエールを振り返るクイント。そして、すぐに首を傾げた。
「え? 何してるんです? リン?」
部屋の端、この部屋を円形に囲むように花壇を作っていたのだ。そこに、ソルマルトと共に種まきをしていた。
「ん~? 何って、種まき。そんでもって! 今朝方出来たばかりの促進魔法ぉぉぉぉっ! どや!!」
気合いをこめてうんしょ、うんしょと両手を上げて伸びをすると、リンディエールの目の前にある花壇から何かが急激に生えてきた。
「「はぁ!?」」
「「おおっ!!」」
「素晴らしい!!」
クイントとヘルナはポカンとまた口を開け、ブラムレース王とファルビーラは興奮気味に前のめりになる。そして、リンディエールのやる事をずっと隣で見ていたソルマルトは感激の声を上げたい。
「……リン……何を植えた……」
ヒストリアだけは冷静に、だが呆れたような声で尋ねる。
「ん? これがミリョクマメ! ほんで真ん中がコロイモ! こっちがツチイモや!」
ミリョクマメは枝豆。コロイモがサツマイモのような甘い芋で、ツチイモがジャガイモだ。
「やっぱ、土の状態見るんやったら、おいもさん系やろ? お豆さんは、ウチが急に食べたくなったからや!」
「……うん、まあ、急に来るよな……欲しい時」
ビールのおつまみとして欲しくなる人もいるだろうが、リンディエールはおつまみとは関係なく食べたくなる時がある。
「せやろ!? 誰やの? 魅力豆なんて素敵に的確な名前にしたんは! うっ、あかんっ、ヨダレ出てきた! すぐに茹でるで! 収穫! 収穫! ソルじい! 手伝ってや!」
「はい! しっかりとした実ですねえ」
「絶対に甘いで! 促進魔法で一気に出来たで、虫さんもおらんしな!」
「寄りつく暇もありませんねえ」
「ふっふっふっ。無農薬、虫ナシなんて、高級品やで!!」
「……」
確かに、無農薬で虫もないとなれば、リンディエールの前世では良い値段もついたかもしれないが、この世界ではまだそんな価値は見出されていない。ツッコむのはやめておいたヒストリアだ。
「リンちゃんは、本当にとんでもないことをするわね……」
ヘルナが少し心配そうに言う。これにヒストリアは頷いた。
「ああ……だが、食べてみるのは良いかもしれん。コロイモなどは、土の状態が良くなければ、甘くならないからな」
「まあっ。そうなのですか!? けど、甘くないコロイモ……それはそれで少し興味があります……」
「コロイモ好きだな」
食べたいという欲求を感じたヒストリアは、ヘルナを微笑まし気に見る。見た目は親子ほど離れているが、ヒストリアにとってはヘルナも子どものように見てしまう。
「わたくしたちの年代の冒険者はコロイモ好きが多いですよ。五十年ほど前に、一度流行ったのです。珍しく大量に出回ったことがあって。ただ、あの頃は魔力回復に良い物だということも知られていなくて、更には、芋類は庶民の食べ物とされていたので」
「貴身病の者達の口には入らなかったと?」
「ええ……貴族は見た目に拘りますから」
洗っても見た目が良くない野菜は、あまり貴族達は口にしない。そして、芋類はパンを買えない庶民の主食という認識が高いため食べたがらないのだ。
「ですが、迷宮の作物といえば芋類ですからね。緊急時に好き嫌いなど言っていられませんもの。良い機会かもしれません」
「ついでに農作業を教えるか?」
「ふふふっ。良いですわね。農作業は体力が要りますし、日差しに耐えられない軟弱な貴族にも、ここは良い環境ですわ」
「確かに……」
辛いと思えるほどの日差しはない。作業のしやすい春先の日の柔らかい頃のようなものが、ここでの通常だ。温室よりも過ごしやすいだろう。
「虫もあまり発生しませんし」
「ああ。害虫は発生しないからな。迷宮ならば、魔物として発生するが、それもここはもう出ないとなれば、土の状態だけ気を付ければいい」
「これも会議案件ですわね」
「そうだな」
国際会議で提案できるものだ。これを知れば、迷宮の攻略にまだまだ乗り気でない国も本腰を入れるだろう。
「ところで、リンのあの魔法は良いのか?」
「……」
そうファルビーラに言われ、ヒストリアは口を閉じた。あれだけ急激な成長を促す魔法は良くなさそうだと、静かに頭を抱えるしかなかった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「まあ、迷宮での農耕は、魔素の影響を受けて変異するものもある。相応しいものを選定するのは中々に時間がかかるぞ」
「っ、そうですよね……後三年ほどでは……」
大厄災が起きれば、それこそ、魔獣達に農耕地を荒らされることになるだろう。それを見越して、この迷宮でと考えたのだ。
「そうだな。そう言うと思って、迷宮の植物について研究している者達にファシードが声をかけていたはずだ」
ファシードは人嫌いな所があるが、研究者仲間や知り合いは多い。同じように人嫌い、貴族嫌いな人も多く、寧ろファシードのような同じ人種でないと近付けない者達もいるので、適材適所だろう。
「あと、迷宮の村には、剣聖のエリクイールが直接訪ねて歩いている」
こちらも同じ人種というか、農家としての知り合いの伝手だ。剣聖として世界をすこしばかり旅したエリクイールだからこそ、安全地帯に村があるような高難度の迷宮で知り合いがいる。
その全ての伝手に繋がるのがリンディエールだ。
「……とリンが言っていたぞ」
「っ、さすがはリンです!」
そう言って、感激しながらソルマルトとなにやらやっていたリンディエールを振り返るクイント。そして、すぐに首を傾げた。
「え? 何してるんです? リン?」
部屋の端、この部屋を円形に囲むように花壇を作っていたのだ。そこに、ソルマルトと共に種まきをしていた。
「ん~? 何って、種まき。そんでもって! 今朝方出来たばかりの促進魔法ぉぉぉぉっ! どや!!」
気合いをこめてうんしょ、うんしょと両手を上げて伸びをすると、リンディエールの目の前にある花壇から何かが急激に生えてきた。
「「はぁ!?」」
「「おおっ!!」」
「素晴らしい!!」
クイントとヘルナはポカンとまた口を開け、ブラムレース王とファルビーラは興奮気味に前のめりになる。そして、リンディエールのやる事をずっと隣で見ていたソルマルトは感激の声を上げたい。
「……リン……何を植えた……」
ヒストリアだけは冷静に、だが呆れたような声で尋ねる。
「ん? これがミリョクマメ! ほんで真ん中がコロイモ! こっちがツチイモや!」
ミリョクマメは枝豆。コロイモがサツマイモのような甘い芋で、ツチイモがジャガイモだ。
「やっぱ、土の状態見るんやったら、おいもさん系やろ? お豆さんは、ウチが急に食べたくなったからや!」
「……うん、まあ、急に来るよな……欲しい時」
ビールのおつまみとして欲しくなる人もいるだろうが、リンディエールはおつまみとは関係なく食べたくなる時がある。
「せやろ!? 誰やの? 魅力豆なんて素敵に的確な名前にしたんは! うっ、あかんっ、ヨダレ出てきた! すぐに茹でるで! 収穫! 収穫! ソルじい! 手伝ってや!」
「はい! しっかりとした実ですねえ」
「絶対に甘いで! 促進魔法で一気に出来たで、虫さんもおらんしな!」
「寄りつく暇もありませんねえ」
「ふっふっふっ。無農薬、虫ナシなんて、高級品やで!!」
「……」
確かに、無農薬で虫もないとなれば、リンディエールの前世では良い値段もついたかもしれないが、この世界ではまだそんな価値は見出されていない。ツッコむのはやめておいたヒストリアだ。
「リンちゃんは、本当にとんでもないことをするわね……」
ヘルナが少し心配そうに言う。これにヒストリアは頷いた。
「ああ……だが、食べてみるのは良いかもしれん。コロイモなどは、土の状態が良くなければ、甘くならないからな」
「まあっ。そうなのですか!? けど、甘くないコロイモ……それはそれで少し興味があります……」
「コロイモ好きだな」
食べたいという欲求を感じたヒストリアは、ヘルナを微笑まし気に見る。見た目は親子ほど離れているが、ヒストリアにとってはヘルナも子どものように見てしまう。
「わたくしたちの年代の冒険者はコロイモ好きが多いですよ。五十年ほど前に、一度流行ったのです。珍しく大量に出回ったことがあって。ただ、あの頃は魔力回復に良い物だということも知られていなくて、更には、芋類は庶民の食べ物とされていたので」
「貴身病の者達の口には入らなかったと?」
「ええ……貴族は見た目に拘りますから」
洗っても見た目が良くない野菜は、あまり貴族達は口にしない。そして、芋類はパンを買えない庶民の主食という認識が高いため食べたがらないのだ。
「ですが、迷宮の作物といえば芋類ですからね。緊急時に好き嫌いなど言っていられませんもの。良い機会かもしれません」
「ついでに農作業を教えるか?」
「ふふふっ。良いですわね。農作業は体力が要りますし、日差しに耐えられない軟弱な貴族にも、ここは良い環境ですわ」
「確かに……」
辛いと思えるほどの日差しはない。作業のしやすい春先の日の柔らかい頃のようなものが、ここでの通常だ。温室よりも過ごしやすいだろう。
「虫もあまり発生しませんし」
「ああ。害虫は発生しないからな。迷宮ならば、魔物として発生するが、それもここはもう出ないとなれば、土の状態だけ気を付ければいい」
「これも会議案件ですわね」
「そうだな」
国際会議で提案できるものだ。これを知れば、迷宮の攻略にまだまだ乗り気でない国も本腰を入れるだろう。
「ところで、リンのあの魔法は良いのか?」
「……」
そうファルビーラに言われ、ヒストリアは口を閉じた。あれだけ急激な成長を促す魔法は良くなさそうだと、静かに頭を抱えるしかなかった。
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