上 下
169 / 181
15th ステージ

169 高級品やで!

しおりを挟む
迷宮が農耕地として使えるならば、国としては最高の場所だ。どれだけ上手くやっても、天災には逆らえない。その心配がなくなる。

「まあ、迷宮での農耕は、魔素の影響を受けて変異するものもある。相応しいものを選定するのは中々に時間がかかるぞ」
「っ、そうですよね……後三年ほどでは……」

大厄災が起きれば、それこそ、魔獣達に農耕地を荒らされることになるだろう。それを見越して、この迷宮でと考えたのだ。

「そうだな。そう言うと思って、迷宮の植物について研究している者達にファシードが声をかけていたはずだ」

ファシードは人嫌いな所があるが、研究者仲間や知り合いは多い。同じように人嫌い、貴族嫌いな人も多く、寧ろファシードのような同じ人種でないと近付けない者達もいるので、適材適所だろう。

「あと、迷宮の村には、剣聖のエリクイールが直接訪ねて歩いている」

こちらも同じ人種というか、農家としての知り合いの伝手だ。剣聖として世界をすこしばかり旅したエリクイールだからこそ、安全地帯に村があるような高難度の迷宮で知り合いがいる。

その全ての伝手に繋がるのがリンディエールだ。

「……とリンが言っていたぞ」
「っ、さすがはリンです!」

そう言って、感激しながらソルマルトとなにやらやっていたリンディエールを振り返るクイント。そして、すぐに首を傾げた。

「え? 何してるんです? リン?」

部屋の端、この部屋を円形に囲むように花壇を作っていたのだ。そこに、ソルマルトと共に種まきをしていた。

「ん~? 何って、種まき。そんでもって! 今朝方出来たばかりの促進魔法ぉぉぉぉっ! どや!!」

気合いをこめてうんしょ、うんしょと両手を上げて伸びをすると、リンディエールの目の前にある花壇から何かが急激に生えてきた。

「「はぁ!?」」
「「おおっ!!」」
「素晴らしい!!」

クイントとヘルナはポカンとまた口を開け、ブラムレース王とファルビーラは興奮気味に前のめりになる。そして、リンディエールのやる事をずっと隣で見ていたソルマルトは感激の声を上げたい。

「……リン……何を植えた……」

ヒストリアだけは冷静に、だが呆れたような声で尋ねる。

「ん? これがミリョクマメ! ほんで真ん中がコロイモ! こっちがツチイモや!」

ミリョクマメは枝豆。コロイモがサツマイモのような甘い芋で、ツチイモがジャガイモだ。

「やっぱ、土の状態見るんやったら、おいもさん系やろ? お豆さんは、ウチが急に食べたくなったからや!」
「……うん、まあ、急に来るよな……欲しい時」

ビールのおつまみとして欲しくなる人もいるだろうが、リンディエールはおつまみとは関係なく食べたくなる時がある。

「せやろ!? 誰やの? 魅力豆なんて素敵に的確な名前にしたんは! うっ、あかんっ、ヨダレ出てきた! すぐに茹でるで! 収穫! 収穫! ソルじい! 手伝ってや!」
「はい! しっかりとした実ですねえ」
「絶対に甘いで! 促進魔法で一気に出来たで、虫さんもおらんしな!」
「寄りつく暇もありませんねえ」
「ふっふっふっ。無農薬、虫ナシなんて、高級品やで!!」
「……」

確かに、無農薬で虫もないとなれば、リンディエールの前世では良い値段もついたかもしれないが、この世界ではまだそんな価値は見出されていない。ツッコむのはやめておいたヒストリアだ。

「リンちゃんは、本当にとんでもないことをするわね……」

ヘルナが少し心配そうに言う。これにヒストリアは頷いた。

「ああ……だが、食べてみるのは良いかもしれん。コロイモなどは、土の状態が良くなければ、甘くならないからな」
「まあっ。そうなのですか!? けど、甘くないコロイモ……それはそれで少し興味があります……」
「コロイモ好きだな」

食べたいという欲求を感じたヒストリアは、ヘルナを微笑まし気に見る。見た目は親子ほど離れているが、ヒストリアにとってはヘルナも子どものように見てしまう。

「わたくしたちの年代の冒険者はコロイモ好きが多いですよ。五十年ほど前に、一度流行ったのです。珍しく大量に出回ったことがあって。ただ、あの頃は魔力回復に良い物だということも知られていなくて、更には、芋類は庶民の食べ物とされていたので」
「貴身病の者達の口には入らなかったと?」
「ええ……貴族は見た目に拘りますから」

洗っても見た目が良くない野菜は、あまり貴族達は口にしない。そして、芋類はパンを買えない庶民の主食という認識が高いため食べたがらないのだ。

「ですが、迷宮の作物といえば芋類ですからね。緊急時に好き嫌いなど言っていられませんもの。良い機会かもしれません」
「ついでに農作業を教えるか?」
「ふふふっ。良いですわね。農作業は体力が要りますし、日差しに耐えられない軟弱な貴族にも、ここは良い環境ですわ」
「確かに……」

辛いと思えるほどの日差しはない。作業のしやすい春先の日の柔らかい頃のようなものが、ここでの通常だ。温室よりも過ごしやすいだろう。

「虫もあまり発生しませんし」
「ああ。害虫は発生しないからな。迷宮ならば、魔物として発生するが、それもここはもう出ないとなれば、土の状態だけ気を付ければいい」
「これも会議案件ですわね」
「そうだな」

国際会議で提案できるものだ。これを知れば、迷宮の攻略にまだまだ乗り気でない国も本腰を入れるだろう。

「ところで、リンのあの魔法は良いのか?」
「……」

そうファルビーラに言われ、ヒストリアは口を閉じた。あれだけ急激な成長を促す魔法は良くなさそうだと、静かに頭を抱えるしかなかった。








**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 561

あなたにおすすめの小説

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

今、目の前で娘が婚約破棄されていますが、夫が盛大にブチ切れているようです

シアノ
恋愛
「アンナレーナ・エリアルト公爵令嬢、僕は君との婚約を破棄する!」  卒業パーティーで王太子ソルタンからそう告げられたのは──わたくしの娘!?  娘のアンナレーナはとてもいい子で、婚約破棄されるような非などないはずだ。  しかし、ソルタンの意味ありげな視線が、何故かわたくしに向けられていて……。  婚約破棄されている令嬢のお母様視点。  サクッと読める短編です。細かいことは気にしない人向け。  過激なざまぁ描写はありません。因果応報レベルです。

【完結】王太子に婚約破棄され、父親に修道院行きを命じられた公爵令嬢、もふもふ聖獣に溺愛される〜王太子が謝罪したいと思ったときには手遅れでした

まほりろ
恋愛
【完結済み】 公爵令嬢のアリーゼ・バイスは一学年の終わりの進級パーティーで、六年間婚約していた王太子から婚約破棄される。 壇上に立つ王太子の腕の中には桃色の髪と瞳の|庇護《ひご》欲をそそる愛らしい少女、男爵令嬢のレニ・ミュルべがいた。 アリーゼは男爵令嬢をいじめた|冤罪《えんざい》を着せられ、男爵令嬢の取り巻きの令息たちにののしられ、卵やジュースを投げつけられ、屈辱を味わいながらパーティー会場をあとにした。 家に帰ったアリーゼは父親から、貴族社会に向いてないと言われ修道院行きを命じられる。 修道院には人懐っこい仔猫がいて……アリーゼは仔猫の愛らしさにメロメロになる。 しかし仔猫の正体は聖獣で……。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 ・ざまぁ有り(死ネタ有り)・ざまぁ回には「ざまぁ」と明記します。 ・婚約破棄、アホ王子、モフモフ、猫耳、聖獣、溺愛。 2021/11/27HOTランキング3位、28日HOTランキング2位に入りました! 読んで下さった皆様、ありがとうございます! 誤字報告ありがとうございます! 大変助かっております!! アルファポリスに先行投稿しています。他サイトにもアップしています。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

【完結】妹が欲しがるならなんでもあげて令嬢生活を満喫します。それが婚約者の王子でもいいですよ。だって…

西東友一
恋愛
私の妹は昔から私の物をなんでも欲しがった。 最初は私もムカつきました。 でも、この頃私は、なんでもあげるんです。 だって・・・ね

王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?

時見 靜
恋愛
病弱な妹を虐げる悪女プリシア・セノン・リューゲルト、リューゲルト公爵家の至宝マリーアン・セノン・リューゲルト姉妹の評価は真っ二つに別れていたけど、王太子の婚約者に選ばれたのは姉だった。 どうして悪評に塗れた姉が選ばれたのか、、、 その理由は今夜の夜会にて

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?

西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね? 7話完結のショートストーリー。 1日1話。1週間で完結する予定です。

処理中です...