52 / 185
6th ステージ
052 子どもは素直なもんや
しおりを挟む
リンディエールは、青年が逃げないのを確認しながら改めて口を開いた。
「とりあえず、ジェルラスは引き取らせてもらうよって、納得してくれるやろか」
これに、クゼリア伯爵は頷いた。祖母にも目を向けると、こちらも静かに頷く。
「こんな物言いで申し訳ないけどなあ、ほんに、今まで預かってくれとったことについては感謝すんで。引き取る時はアレやったな。お礼の品を渡すんやったか。何がええかなあ。なんぞ用意しとるか?」
リンディエールは父親であるディースリムへ確認する。
「あ、ああ……お礼金を……」
「っ、い、いや。待って欲しい」
クゼリア伯爵が、お礼のお金を持って来させようとするディースリムを押しとどめる。
「わ、私達は、預かっておきながら、まともな暮らしをさせなかった。それは……間違いないんだ……申し訳ない!」
立ち上がって、クゼリア伯爵は頭を下げた。夫人であるセリンの姉も、座ったままだが、ハンカチを口元に当て、顔を白くして頭を下げていた。
きちんとリンディエールの話を聞いていた証拠だ。祖父母達も俯いている。
「座って、頭を上げてんか。ジェルラスには辛かったかもしれんが、ある意味これが今の貴族の常識の一つや。全部、当たり前のことしとったに過ぎん。せやから、謝るんやったらジェルラスにしたってや。人に謝ることを身をもって教えるんも、大人の義務や。それでウチらは構へん」
ディースリムとセリンに目を向ければ、そうだと頷いた。
「まあ、けどそれは後でええねん。それに、礼は礼や。何より、信頼が本物であったと感謝を示すんがお礼の品や。それは受け取ってもらわなあかん。ただ……金はダメやで。子どもを金で取り引きすなや」
キッとリンディエールはディースリムを睨んでおいた。
「っ、ご、ごめん……」
「はあ……配慮が足りとらんで……こういう場合は失せ物や。食べ物や消耗品な。申し訳ないけども、後日改めて届けさせてもらうわ」
「あ、ああ……お心遣い、感謝する」
多分、この場の大人たちは今、馬鹿みたいに混乱している。当主であるディースリムを差し置いて、たった十歳の少女、リンディエールが口を開いているのを誰も指摘しないのだから。
だが、リンディエールはこれ幸いと続けた。
「さて、ジェルラスのことはとりあえず端に置いとかせてもろおて、もうちょいウチに付き合うてもらうで?」
「なんだろうか?」
もはや普通に聞いてくれるクゼリア伯爵。夫人の方も、幾分か顔色が良くなっていた。
「グラン、アレを」
「はい」
グランギリアに指示を出す。彼が向かったのは、リンディエールの向かいの壁。大きな壺が置かれているそれを、グランギリアは軽く持ち上げて横に退けた。
「っ……」
「あっ……っ」
息を呑んだのは、青年とケルミーナだった。見えた壁には、赤黒いもので魔法陣が描かれていた。それは、盗聴用の魔法陣だ。
「なんでしょう? 娘のいたずら書きでしょうか」
リンディエールが商業ギルドで見つけて発覚した魔法陣。それは調査の結果、多くの貴族の屋敷で確認されたと聞いている。
「これの調査に対応したんは、前クゼリア伯爵で?」
「ああ……もう効果はないと聞いている……」
初めて聞いた声は落ち着いた小さく低い声だった。
クゼリア現当主は、その時にこの屋敷に居なかったのだろう。この屋敷では、恐らく前クゼリア伯爵が一人で対応したはずだ。これは、あまり知られるべきではないのだから。
「せやな。一部欠けた状態では、もう機能せん」
これに、ケルミーナが突然叫ぶように告げた。
「機能しないってどういうことよ! 私とユーア様の繋がりをっ、あなたっ! あなたが使えなくしたの!!」
「ユーア……誰や?」
喚き、睨み付けてくるケルミーナを気にせず、リンディエールはディースリムに確認する。
「……だ、第二王子がユーアリア様という御名前だが……」
「そうよ!! 第二王子のユーア様の寂しさを癒すために、私の言葉を届けているの!! それをよくも!!」
これは面白いことがわかったと、リンディエールはほくそ笑む。
「ははっ。なるほどなあ。子どもなら怪しまれんか」
第二王子が話を望んでいると言われれば、令嬢や子息達も悪気なく、家のことも話すだろう。それが重要なことであっても気付かずに、何気なく話してしまう。
「ほんま、嫌な組織やなあ。どこまでも子どもをコケにしおる……なあ、兄ちゃんもそう思うやろ?」
「っ!!」
リンディエールが目を向けたのは、先ほどから震えていた青年だ。
「テシルゆうたか? 隣のフライン公国の出やそうやな。テシュール・ブフラン……ブフラン侯爵家の次男やったか」
「っ、な、なぜ……っ」
青年は、今や目に見えて震えている。これに周りは驚きながらも黙っていることにしたようだ。
「ウチの優秀な侍従と侍女が、調べてくれてん。追放者達の組織……今は『ブランシェレル』名乗っとるらしいなあ。古代語で『白の誓い』やな。大層な名前付けたもんやわ」
「っ……」
頬杖をついて、ニヤリと意味深な笑みを向ける。どんどん顔色が悪くなっていった。
それを見て、グランギリアが咳払いをする。
「リン様。あまりそのようにいじめるものではありませんよ」
「はは。堪忍え。これはまあ、ジェルラスをええように使おうとしとったことへのお仕置きや」
「っ……ど、どうして……」
「どうして知っとるかって? あの組織のやり方は調査しとったんよ。そっから予想したに過ぎんわ」
リンディエールは立ち上がると、テシルに近付いていく。彼は完全に腰が引けていた。お互いに手が届かない距離で立ち止まり、テシルの顔を見上げた。
「さっきも言うたがなあ……あんたも被害者や。貴族社会が……この世界が憎い思うんも分かる。けどなあ、あんたがジェルラスに言うたこと、かつてのあんたが欲しかった言葉やったか?」
「私が……」
「あんたも組織の者に同じこと言われたんやろ? そんで家を捨てたんやないか? その時の言葉は……ほんまにその時に欲しかった言葉やったか?」
「……欲しかった……言葉……っ」
テシルは助けて欲しいと思っていた。置かれた状況から逃げたいと。自分を見捨てた親が憎いと。だから、連れ出してくれると聞いて嬉しかった。けれどその言葉は、本当に救いの言葉だっただろうかと自問する。
「ジェルラスに同じように声をかけた時。あんたは本当にジェルラスの幸せを考えてくれたか?」
「っ、私は……っ」
「あんたがその時に思うたことを、あんたを連れ出した人も思っとった。分かるやろ?」
「……私は……組織のためにと……ジェルラス様ではなく、組織のために……っ」
テシルは理解した。力なく座り込んだのは、自身がジェルラスの寂しさや辛さを知っていながら放置し、その思いを利用しようと考えていたという浅ましさを自覚したからだ。見方を変えるのは難しいが、彼の場合は容易い。かつて経験したことなのだから。
「あの組織も、元の思想からかなり離れてきとる。だいたい、自分たちを『追放者』やて、どっか悦に浸っとるしなあ。瓦解するんも時間の問題やで。アレらが自覚して、考えを改めるんやったらええ……けど、このまま突き進むんなら、ウチも容赦できん」
テシルは泣きそうな顔でリンディエールを見上げた。
「あんたらのソレは自己満や。不満や、理不尽や言うて癇癪起こしとる子どもと変わらへん。最終的に武力で押し通す気満々やろ?」
「……っ」
「仮に通せたとしても、それやとそん時は一時的にあんたらは満足するやろう。けどなあ……そうゆう無理に通したもんは、簡単にまたひっくり返るで」
相手は納得していないのだ。それでは解決したとはいえず、やはりダメだと元に戻されるだろう。
「根本から変えなあかんねん。不満や主張することが悪いとは言わん。そうゆう意見もあるゆうて声を上げることは悪いことやないで。けどなあ、それで同じ立場の者を利用すんのは、違うやろ? 考えを誘導するんは、おかしいやろ?」
「……はい……っ」
肩を落としたテシルは、座り込んだままジェルラスへ目を向け、頭を床につけるほど深く下げた。
「ジェルラス様……申し訳ありませんでした……」
「っ、え? えっと……?」
「私は、ジェルラス様を利用……しようと……っ」
「りよう?」
ジェルラスは組織のことを知らない。利用と言われても意味が分からないだろう。リンディエールが間に入る。
「ジェルラス。テシルが居って良かったか?」
「あ、うん……じゃない、はい! テシルがそばにいてくれて、うれしかったです!」
「っ、ジェルラス様……っ」
素直に言葉を向けられ、テシルは弾かれたように顔を上げる。そして、涙を流した。こんなにも無邪気な子どもを利用しようとしていたことに、テシルは後悔していた。
「子どもは素直なもんや。それを勝手に自分らの思想に染めたらあかん。最後の最後まで責任取るならまあええわ。親の立場なら、他人がとやかく言うもんやないでな。けど、あんたらは組織や。どうしても個人が埋没する」
その他大勢になる。それでは子どもの可能性が出にくくなってしまう。現れるべき個が確立できなくなってしまう。
「自分の気持ちを代弁され続ければ、一人になった時に考えることができんようになる。個人を殺しとるんや。それは本来、許されへん。ウチが気に入らんのはそこや。まあ、広い目で見れば、国とかもそうなるんやろうけど。程度がなあ」
リンディエールは、未だ睨み付けていたらしいケミアーナと目を合わせた。
「はあ……そっちの姉ちゃんに言っとくで。アレに向けて何を話したか知らんけど……」
「っ、アレですって!? ユーア様になんてこと!」
「……姉ちゃん、いくつや? これだけ話しとっても察せられんのは、ほんまマズイで? はっきり言うとくとなあ、姉ちゃんは犯罪組織へ家の情報を渡しとったんよ」
「は、犯罪組織ですって!? なんて失礼なの! 王子に向かってっ、不敬罪よ!」
ギャンギャンと煩いなとリンディエールは軽く耳を塞いで見せる。目を細めて呆れた表情で続けた。
「せやから、その王子がその組織と繋がっとるんよ。これ、相手が他国やったらどうなるか分からんか? 姉ちゃんがこの言葉知っとるか分からんけどなあ……」
たっぷりとため息を吐いてから、ジロリと睨み付けて告げた。
「『売国奴』言うて処刑されても文句言えへんのやで?」
「っ、は? 何言ってるの? 私はユーア様の寂しさを……」
「せやから、その王子が組織に与しとる可能性大や言うとるんよ。まったく……世間知らずも大概にせえよ。はあ……さっさと宰相さんに連絡するか」
少しは自覚したらしく、青い顔でブツブツと言っているケミアーナは放っておき、リンディエールはクイントへと連絡を取った。
予想通りというか、クイントにとっては当たり前の行動で、しばらくしてそのクイントはここへ駆けつけたのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、1日の予定です!
よろしくお願いします◎
「とりあえず、ジェルラスは引き取らせてもらうよって、納得してくれるやろか」
これに、クゼリア伯爵は頷いた。祖母にも目を向けると、こちらも静かに頷く。
「こんな物言いで申し訳ないけどなあ、ほんに、今まで預かってくれとったことについては感謝すんで。引き取る時はアレやったな。お礼の品を渡すんやったか。何がええかなあ。なんぞ用意しとるか?」
リンディエールは父親であるディースリムへ確認する。
「あ、ああ……お礼金を……」
「っ、い、いや。待って欲しい」
クゼリア伯爵が、お礼のお金を持って来させようとするディースリムを押しとどめる。
「わ、私達は、預かっておきながら、まともな暮らしをさせなかった。それは……間違いないんだ……申し訳ない!」
立ち上がって、クゼリア伯爵は頭を下げた。夫人であるセリンの姉も、座ったままだが、ハンカチを口元に当て、顔を白くして頭を下げていた。
きちんとリンディエールの話を聞いていた証拠だ。祖父母達も俯いている。
「座って、頭を上げてんか。ジェルラスには辛かったかもしれんが、ある意味これが今の貴族の常識の一つや。全部、当たり前のことしとったに過ぎん。せやから、謝るんやったらジェルラスにしたってや。人に謝ることを身をもって教えるんも、大人の義務や。それでウチらは構へん」
ディースリムとセリンに目を向ければ、そうだと頷いた。
「まあ、けどそれは後でええねん。それに、礼は礼や。何より、信頼が本物であったと感謝を示すんがお礼の品や。それは受け取ってもらわなあかん。ただ……金はダメやで。子どもを金で取り引きすなや」
キッとリンディエールはディースリムを睨んでおいた。
「っ、ご、ごめん……」
「はあ……配慮が足りとらんで……こういう場合は失せ物や。食べ物や消耗品な。申し訳ないけども、後日改めて届けさせてもらうわ」
「あ、ああ……お心遣い、感謝する」
多分、この場の大人たちは今、馬鹿みたいに混乱している。当主であるディースリムを差し置いて、たった十歳の少女、リンディエールが口を開いているのを誰も指摘しないのだから。
だが、リンディエールはこれ幸いと続けた。
「さて、ジェルラスのことはとりあえず端に置いとかせてもろおて、もうちょいウチに付き合うてもらうで?」
「なんだろうか?」
もはや普通に聞いてくれるクゼリア伯爵。夫人の方も、幾分か顔色が良くなっていた。
「グラン、アレを」
「はい」
グランギリアに指示を出す。彼が向かったのは、リンディエールの向かいの壁。大きな壺が置かれているそれを、グランギリアは軽く持ち上げて横に退けた。
「っ……」
「あっ……っ」
息を呑んだのは、青年とケルミーナだった。見えた壁には、赤黒いもので魔法陣が描かれていた。それは、盗聴用の魔法陣だ。
「なんでしょう? 娘のいたずら書きでしょうか」
リンディエールが商業ギルドで見つけて発覚した魔法陣。それは調査の結果、多くの貴族の屋敷で確認されたと聞いている。
「これの調査に対応したんは、前クゼリア伯爵で?」
「ああ……もう効果はないと聞いている……」
初めて聞いた声は落ち着いた小さく低い声だった。
クゼリア現当主は、その時にこの屋敷に居なかったのだろう。この屋敷では、恐らく前クゼリア伯爵が一人で対応したはずだ。これは、あまり知られるべきではないのだから。
「せやな。一部欠けた状態では、もう機能せん」
これに、ケルミーナが突然叫ぶように告げた。
「機能しないってどういうことよ! 私とユーア様の繋がりをっ、あなたっ! あなたが使えなくしたの!!」
「ユーア……誰や?」
喚き、睨み付けてくるケルミーナを気にせず、リンディエールはディースリムに確認する。
「……だ、第二王子がユーアリア様という御名前だが……」
「そうよ!! 第二王子のユーア様の寂しさを癒すために、私の言葉を届けているの!! それをよくも!!」
これは面白いことがわかったと、リンディエールはほくそ笑む。
「ははっ。なるほどなあ。子どもなら怪しまれんか」
第二王子が話を望んでいると言われれば、令嬢や子息達も悪気なく、家のことも話すだろう。それが重要なことであっても気付かずに、何気なく話してしまう。
「ほんま、嫌な組織やなあ。どこまでも子どもをコケにしおる……なあ、兄ちゃんもそう思うやろ?」
「っ!!」
リンディエールが目を向けたのは、先ほどから震えていた青年だ。
「テシルゆうたか? 隣のフライン公国の出やそうやな。テシュール・ブフラン……ブフラン侯爵家の次男やったか」
「っ、な、なぜ……っ」
青年は、今や目に見えて震えている。これに周りは驚きながらも黙っていることにしたようだ。
「ウチの優秀な侍従と侍女が、調べてくれてん。追放者達の組織……今は『ブランシェレル』名乗っとるらしいなあ。古代語で『白の誓い』やな。大層な名前付けたもんやわ」
「っ……」
頬杖をついて、ニヤリと意味深な笑みを向ける。どんどん顔色が悪くなっていった。
それを見て、グランギリアが咳払いをする。
「リン様。あまりそのようにいじめるものではありませんよ」
「はは。堪忍え。これはまあ、ジェルラスをええように使おうとしとったことへのお仕置きや」
「っ……ど、どうして……」
「どうして知っとるかって? あの組織のやり方は調査しとったんよ。そっから予想したに過ぎんわ」
リンディエールは立ち上がると、テシルに近付いていく。彼は完全に腰が引けていた。お互いに手が届かない距離で立ち止まり、テシルの顔を見上げた。
「さっきも言うたがなあ……あんたも被害者や。貴族社会が……この世界が憎い思うんも分かる。けどなあ、あんたがジェルラスに言うたこと、かつてのあんたが欲しかった言葉やったか?」
「私が……」
「あんたも組織の者に同じこと言われたんやろ? そんで家を捨てたんやないか? その時の言葉は……ほんまにその時に欲しかった言葉やったか?」
「……欲しかった……言葉……っ」
テシルは助けて欲しいと思っていた。置かれた状況から逃げたいと。自分を見捨てた親が憎いと。だから、連れ出してくれると聞いて嬉しかった。けれどその言葉は、本当に救いの言葉だっただろうかと自問する。
「ジェルラスに同じように声をかけた時。あんたは本当にジェルラスの幸せを考えてくれたか?」
「っ、私は……っ」
「あんたがその時に思うたことを、あんたを連れ出した人も思っとった。分かるやろ?」
「……私は……組織のためにと……ジェルラス様ではなく、組織のために……っ」
テシルは理解した。力なく座り込んだのは、自身がジェルラスの寂しさや辛さを知っていながら放置し、その思いを利用しようと考えていたという浅ましさを自覚したからだ。見方を変えるのは難しいが、彼の場合は容易い。かつて経験したことなのだから。
「あの組織も、元の思想からかなり離れてきとる。だいたい、自分たちを『追放者』やて、どっか悦に浸っとるしなあ。瓦解するんも時間の問題やで。アレらが自覚して、考えを改めるんやったらええ……けど、このまま突き進むんなら、ウチも容赦できん」
テシルは泣きそうな顔でリンディエールを見上げた。
「あんたらのソレは自己満や。不満や、理不尽や言うて癇癪起こしとる子どもと変わらへん。最終的に武力で押し通す気満々やろ?」
「……っ」
「仮に通せたとしても、それやとそん時は一時的にあんたらは満足するやろう。けどなあ……そうゆう無理に通したもんは、簡単にまたひっくり返るで」
相手は納得していないのだ。それでは解決したとはいえず、やはりダメだと元に戻されるだろう。
「根本から変えなあかんねん。不満や主張することが悪いとは言わん。そうゆう意見もあるゆうて声を上げることは悪いことやないで。けどなあ、それで同じ立場の者を利用すんのは、違うやろ? 考えを誘導するんは、おかしいやろ?」
「……はい……っ」
肩を落としたテシルは、座り込んだままジェルラスへ目を向け、頭を床につけるほど深く下げた。
「ジェルラス様……申し訳ありませんでした……」
「っ、え? えっと……?」
「私は、ジェルラス様を利用……しようと……っ」
「りよう?」
ジェルラスは組織のことを知らない。利用と言われても意味が分からないだろう。リンディエールが間に入る。
「ジェルラス。テシルが居って良かったか?」
「あ、うん……じゃない、はい! テシルがそばにいてくれて、うれしかったです!」
「っ、ジェルラス様……っ」
素直に言葉を向けられ、テシルは弾かれたように顔を上げる。そして、涙を流した。こんなにも無邪気な子どもを利用しようとしていたことに、テシルは後悔していた。
「子どもは素直なもんや。それを勝手に自分らの思想に染めたらあかん。最後の最後まで責任取るならまあええわ。親の立場なら、他人がとやかく言うもんやないでな。けど、あんたらは組織や。どうしても個人が埋没する」
その他大勢になる。それでは子どもの可能性が出にくくなってしまう。現れるべき個が確立できなくなってしまう。
「自分の気持ちを代弁され続ければ、一人になった時に考えることができんようになる。個人を殺しとるんや。それは本来、許されへん。ウチが気に入らんのはそこや。まあ、広い目で見れば、国とかもそうなるんやろうけど。程度がなあ」
リンディエールは、未だ睨み付けていたらしいケミアーナと目を合わせた。
「はあ……そっちの姉ちゃんに言っとくで。アレに向けて何を話したか知らんけど……」
「っ、アレですって!? ユーア様になんてこと!」
「……姉ちゃん、いくつや? これだけ話しとっても察せられんのは、ほんまマズイで? はっきり言うとくとなあ、姉ちゃんは犯罪組織へ家の情報を渡しとったんよ」
「は、犯罪組織ですって!? なんて失礼なの! 王子に向かってっ、不敬罪よ!」
ギャンギャンと煩いなとリンディエールは軽く耳を塞いで見せる。目を細めて呆れた表情で続けた。
「せやから、その王子がその組織と繋がっとるんよ。これ、相手が他国やったらどうなるか分からんか? 姉ちゃんがこの言葉知っとるか分からんけどなあ……」
たっぷりとため息を吐いてから、ジロリと睨み付けて告げた。
「『売国奴』言うて処刑されても文句言えへんのやで?」
「っ、は? 何言ってるの? 私はユーア様の寂しさを……」
「せやから、その王子が組織に与しとる可能性大や言うとるんよ。まったく……世間知らずも大概にせえよ。はあ……さっさと宰相さんに連絡するか」
少しは自覚したらしく、青い顔でブツブツと言っているケミアーナは放っておき、リンディエールはクイントへと連絡を取った。
予想通りというか、クイントにとっては当たり前の行動で、しばらくしてそのクイントはここへ駆けつけたのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、1日の予定です!
よろしくお願いします◎
262
お気に入りに追加
2,474
あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜
平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。
だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。
流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!?
魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。
そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…?
完結済全6話

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【7話完結】婚約破棄?妹の方が優秀?あぁそうですか・・・。じゃあ、もう教えなくていいですよね?
西東友一
恋愛
昔、昔。氷河期の頃、人々が魔法を使えた時のお話。魔法教師をしていた私はファンゼル王子と婚約していたのだけれど、妹の方が優秀だからそちらと結婚したいということ。妹もそう思っているみたいだし、もう教えなくてもいいよね?
7話完結のショートストーリー。
1日1話。1週間で完結する予定です。

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる