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6th ステージ

050 彼女にこそ必要な言葉

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それはまだ王都に着く前。両親が弟の話をしたすぐ後だ。

リンディエールは頭を抱えていた。

「ほんなら何か……一度もその弟の顔も見とらんのか……」
「……ああ……その……ジェルラスが十才になるまではお任せすると……」
「だって、お母様が会うなって……」

完全に両親の目は泳いでいた。今更ながらにマズイと気付いたらしい。

「はぁぁぁぁ……こんの、バカ親どもが!!」
「っ!!」
「ひぃっ!」

リンディエールの怒気が正面に座る二人に向けられた。

「子どもの面倒も見れんのやったら産むなや! 人一人育てるん、半端な覚悟でおったらあかんのやぞ! この世にはなあ、欲しくても子どもを産めん人もおるんや。そんな人らあに申し訳ないと思わんか!」
「っ、す、すまない……」
「ごめんなさいっ!」

ちょっとズレたことを言っているのだが、誰も気付かない。

「あぁぁぁっ、もう! 馬車止めてや!」

御者にもきちんと届いたらしい。緩やかに馬車が止まった。当主ではなく子どもであるリンディエールの言葉で止まる馬車もどうかと思うが、これがもうデリエスタ家では当たり前だ。

窓からどうしたのかと護衛長のギリアンが覗き込んでくる。

「お嬢? 何か異変が?」
「ちょい先にお使いに出すんよ。グラン、シュラ」
「はい」
「ここに」

グランギリアとシュラが後ろの馬車からいつの間にか出てきて控えていた。

ヒクリと喉を鳴らすギリアン達を気にせず、リンディエールは指示を出した。

「先に行って弟のジェルラスとその周辺。それと……クゼリア伯爵家のこと調べて来て欲しいねん」
「承知いたしました」

二人は胸は胸に手を当て、了承を示す。ここにフィリクスが割り込んだ。

「シュラさんは分かるけど、彼まで? 過剰じゃない?」

本来、こういった調べ物担当は、シュラと今はセラビーシェルが割り振られる。だから、グランギリアに頼むことに疑問に思ったのだろう。

「王都は今、ちょい警戒が必要なのが居るんや。貴族家は特に気を付けなあかん。せやから、グランも気いつけえな。シュラ、無理せんと判断に迷ったらグランに相談や。分かったか?」
「はい」

シュラは一人で行動することに慣れている。判断も自身でしなくてはならなかった。だが、今回はグランギリアがいる。頼っても良い者が居るという時と使い分けられるようにしていくのが、今後は必要なことだ。

「ほんなら、頼んだ」
「はっ」
「失礼いたします」

二人は再び綺麗に礼をしてから、一瞬で姿を消した。

「はあ……ほんなら行こか。予定通り? クゼリア伯爵の所へ向かってや」
「報告待たなくていいの?」
あにい。シュラとグランをナメたらあかん。そんなもん、ウチらが着く前には終わらすに決まっとるやん」

ゆっくりと馬車が動き出す。窓に肘をかけ、リンディエールが当たり前のようにフィリクスへ説明した。

これにフィリクスだけでなく、両親も目を丸くしていた。

「……すごいんだね……」
「そんな短時間で……?」
「へ? な、何を調べるんだったかしら?」

混乱しているようだが、慣れてもらわなくては困る。そろそろ面倒だというのが本音だった。つまらなさそうにリンディエールは頬杖を突きながら外を眺める。

前世の記憶を探るが、ジェルラス・デリエスタの情報がほとんどない。フィリクスと両親との顔合わせ後、わざわざ記憶玉で取り出して確認していたのだが、それでもピンとこなかったのだ。

「……ジェルラスか……攻略対象やなかったはずや……いや……クゼリア……そうか。名前を変えとったんや。ジェスト・クゼリア」

彼はクゼリア伯爵家を乗っ取り、当主となる時に名を改めたのだ。だから引っかからなかったのだと納得する。

「グランに行かせて正解やった……」

そう呟いて、手遅れになる前であることを願う。ジェスト・クゼリアとなった彼は、かつて『白の集い』と呼ばれた追放者達の組織の者として、主人公と対立する。

選んだルートの相手に関係のある者が、チョロっとだが、敵の頭として立ちはだかるのだ。あまりにもチョロっと過ぎて、気にしていなかった。

フィリクスルートで現れるのがジェスト・クゼリア。だが、今引き取ることが出来れば、彼はジェルラスのままでいられるだろう。

「何かあるの?」

リンディエールの何かを考え込むような表情に気付いたようだ。フィリクスが声をかけてくる。

「ん~……ちょい迷っとるんよ」
「何を?」
「面倒な組織をどないしよかとな」
「組織? 悪いやつ? リンに手を出してきてるの?」

フィリクスがむっとした。彼が気になるのは、そこだ。リンディエールを狙うならば、フィリクスは何をしても良いと思っている。それを気にせず、リンディエールは何気なく続ける。

「直接やないけど、目障りになったらどないしよかと」
「それ、迷う所はどこ?」

リンディエールのことを、しつこく見ているだけのことはある。結論は一つだとわかっているらしい。
 
「一気に潰すか、周りから崩すかや」
「あ~……うん。なら、リンが危なくない方を取って欲しいな。でも、そうすると面倒?」
「それほど面倒やないで。片手間でいけるでな。向こうに気付かれんようにじっく~り手をかけるだけや」

じっくり、ゆっくり外から崩す。頭が気付かんように、山崩ししていくだけのこと。

「ならそっちで。手伝わなくていい?」
「必要な時は言うわ。兄いは兄いらしくおってくれた方が、警戒されんで済むでな」
「そっか。なら、私は私らしく。リンを可愛がるだけだね」
「……さよか……それは程々でええで……」

さて、どんな報告が来るかと少し楽しみに待つことにした。

王都の門に到達する前にグランは合流した。彼が持ってきた情報に目を通す。

「シュラは監視に置いて参りました」
「それでええ。これは予想通りといえば予想通りやけど……しゃあないなあ」

そして、クゼリア伯爵邸に辿り着いたのだ。

はじめに顔を合わせたのは、この王都別邸に住んでいる、前クゼリア伯爵とその妻。リンディエールの母方の祖父母だった。

「義父上、義母上、お久しぶりにございます」
「ああ……」
「久しぶりね」

挨拶はこれだけかと、リンディエールは表情は穏やかに、内心眉を寄せた。祖父母の表情は明らかに迷惑そうだった。確かに、グランギリアの報告では、この訪問を了承してはいなかったらしい。

とはいえ、なんの縁もない貴族の家に行くのは失礼に当たるが、このクゼリア伯爵家は親戚関係にある。だから、あちらも来たならば受け入れるしかなかった。実の娘もいるのだから。

案内された応接室。そこに、普段は領地にいる現クゼリア伯爵とその妻であるセリンの一番上の姉がやって来た。恐らく、彼らも娘のお披露目会のために王都へ来ていたのだろう。

そして、その娘はぽっちゃりさんだった。すごく睨まれている気がする。だが、ふとするとフィリクスに見惚れていた。フィリクスは絶対に目を合わせる気はなさそうだ。ずっとリンディエールの手を握っている。というか撫でているので、地味にこそばゆい。

そして、両親が話を始めた。

「本日、こちらに伺いましたのは、預けておりました私どもの息子のジェルラスを……」

リンディエールは、とりあえず手を出すことはしない。ただし、どうにもならなくなったら口を出すと両親には伝えてあった。

先ずは、自力で頑張ってもらうことにする。

「……兄い……それやめい」
「いいじゃない。だって、気持ち悪い視線が来るんだもの。リンに触れて癒していないと、吐いてしまいそうだよ……」

コソコソと小さな声でリンディエールとフィリクスは話をする。

両親達は次第に『反対する!』とか『なぜ今頃』とか白熱しだしたので、こちらの声は絶対に届かないだろう。

「女の子に初見で気持ち悪い言うんやないで? きちんとお話ししてやめて欲しい言わんとあかん」
「それでもダメなら?」
「きっちり引導を渡すんよ。友人や両親の前でやるんが効果的やで」
「なるほど。覚えておくよ」

気の毒に。クスクス笑うフィリクスの顔に、更に見惚れているようだった。しかし、しばらくして、リンディエールが笑わせたのだと理解したらしい。

丁度、せめてジェルラス本人を連れてきて欲しいとディースリムとセリンがお願いした時だった。彼女が立ち上がって喚いたのだ。

「なんでよ! あいつは捨てられたんでしょ?」
「っ、ケミアっ」

ケミアーナ・クゼリアの言葉に、さすがのクゼリア伯爵も慌てた。

「っ、預けたのだが?」
「そんなの言い訳でしょ? アレはもうこの家のモノよ。ここまで育ててやったんだもの。今更来て、何言ってるのよ」
「……」

彼女の両親も、いつも厳しいらしい祖母も、この場にいる全員が沈黙する。彼女は、言っていいことと悪いことも分からないらしい。フィリクスも驚いて目を丸くしていた。

これに、リンディエールは笑えてきた。

「ふふふ」
「っ、なによ。本当のことでしょ?」
「そうですね。本当のことです」

リンディエールは穏やかに、令嬢としての振る舞いを見せつける。

「ですが、子どもであろうと、この場で貴族家の当主相手に対して、口にして良い言葉であるかどうかの判断はなさった方が良いですよ」

リンディエールは、余裕を見せつけるように穏やかに告げた。両親が今度はリンディエールに目を丸くしているが気にしない。後でお仕置きだ。

「っ……」
「この先も貴族として生きて行くのでしたら、せめて場所と相手、本音と建前くらいは使い分けられませんと……口にしたことに対して責任を持てない貴族は、破滅するしかありませんもの」
「っ、ば、バカにしないでよ! 年下のくせに!」

完全に、身内さえも引いていることに、ケミアーナは気付いていない。彼女の祖母など、先ほどから怒りで顔を真っ赤にしていた。そんな祖母の血管がキレる前にリンディエールは声をかける。

「『女は黙って夫を立てるもの』と、前伯爵夫人は教育なさったとか」
「っ、え、ええ……そうよ。セリンもケミアーナの母もそう教育しましたわ」

誇らしげにそう告げる祖母に、リンディエールは笑みを向けた。

「彼女にこそ必要な言葉ではありません? 遠い異国の格言に『口は災いの元』というものがあります。不用意な言動が身を滅ぼす要因となるという意味ですわ。このままでは、結婚した方がお気の毒です。最悪の場合、彼女の発言一つで、一族郎党に至るまで処分されてしまいますわ」
「っ、そ、そうね……ええ……本当にそうですわ」
「っ、お、お祖母様……?」

祖母がギロリとケミアーナを睨んだ。これで彼女はリンディエール達が帰った後、必ず説教される。

『女は黙って夫を立てるもの』というのは、究極的に言ってしまえば『人の前では黙っていろ』ということだ。余計な事を口にするなということ。確かに、それだけで十分に役に立つ教えだろう。

特に言って良いこと悪いことを判断できない者にとっては、この上なく正しい対応だ。

祖母は普段から厳しいのだろう。ケルミーナは怯える。しかし、その圧力に耐えるのが限界だったのだろう。肝の小さい彼女は、再び復活し、それを口にしたのだ。

お陰で、リンディエールも本性を見せざるを得なくなった。対応するのに面倒臭くなったとも言う。

そしてそこに、ジェルラスが現れたのだ。あの組織の関係者を伴って。

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次回、17日です!
よろしくお願いします◎
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