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5th ステージ

040 令嬢に見えるぞ

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晩餐は予定通りに始まる。

リンディエールは、祖父母の後をしずしずと付いて行った。それだけで祖父母には驚きだったようだ。

「り、リンちゃん。ちゃんと出来るのね……メイド長が心配していたのだけど、大丈夫そうだわ……」
「リン。令嬢に見えるぞ。その姿もびっくりしたけどな」

チラリと振り返っては、そんなことを言いう祖父母に、リンディエールの目も半眼になる。

「なんや、ちっとも褒められとる気がせえへんで……まぁ、これでメイド長が朝から青い顔しとった理由が分かったわ。マナーとか教えとらんて焦ったんやな。シュルじいが何度もすれ違う度に何か言いたそうにしとったのもそれか。悪いことしたなあ。胃に来とらんか、後で確認しとくわ」
「そ、そうね……」
「頼んだぞ……」
「任せえ」

そんなに、普段から行儀悪くしてもいないし、分かりそうなものだが、リンディエールの初めての両親とのまともな顔合わせに動揺しているのは、使用人の方らしい。

「これでも、ヒーちゃんにみっちり指導受けててん。厳しい先生やったで……グランにも付き合うてろおたことあったなあ」
「はい。突然宮廷料理をご注文されるなど、どうしたのかと、あの時はさすがに驚きました」
「グランなら作れるうゆうもんでな。試験官としても不足あらへんし」
「最初からリン様は完璧でしたね」
「ヒーちゃんと将来ええ店に行く時のためや。努力は惜しまんで」

リンディエールの行動の全ては、ヒストリアを解放した後のことまでを考えたもの。そのために必要なことは全て身に付ける。

それが令嬢としての立ち居振る舞いに関わることになっていたのは、本当にたまたまだと思っている。

「リンちゃん……すごいのね。もしかして、ダンスも出来たりして」

ヘルナがクスクスと冗談のように笑った。

「出来るで?」
「……え?」
「……は? お、おいリン……今……何が出来るって?」

きちんと言葉が耳に入って来なかったらしい二人は、足を止めて振り返る。

「ダンスやろ? ヒーちゃんと、きちんと今の時代の教本も確認したでな。出来るで?」
「……あの方に教わったの?」
「せやで?」
「……何でもありだな……」

何を当然のことをとリンディエールは首を傾げた。

「それより、遅れるで?」
「そ、そうね」
「悪い……」

そうして、部屋に辿り着いた。

中には、明らかに緊張しているらしい三人の親子。その隣にヘルナとファルビーラの間に立って並ぶ。視線が寄越されるのを感じたが、すぐにクイントと魔法師長、それとファシードが入ってきた。

どうやら、ファシードは客分として迎えられたようだ。

当主が挨拶するのを、何となく聞き、その後席につく。

並びはヘルナとファルビーラの間。多分、気を遣ってくれたのだろう。ファルビーラは若返ったこともあり、体格も元々良いため、十歳の小柄なリンディエールには壁になった。幸か不幸かその向こうにいる両親や兄の姿は目に入らない。

「こちらの食事は本当に素晴らしいですね」
「気に入っていただけたようで何よりです」

表面上は穏やかに、和やかに食事が進む。リンディエールの様子を使用人達の多くが注目しているのに気付いて呆れた。

「……そんなに心配かいな……おかしないよな?」

小さく呟くと、後ろに控えていたグランギリアが耳元で囁いた。

「どこにも問題ありませんよ」

相変わらず悶絶しそうになるほど声が良い。

「っ、さよか。なら、メイド長達を頼むわ」
「かしこまりました」

今や、涙ぐんでいるメイド長をはじめとした数名のメイド達。彼女らにグランギリアがさりげなく歩み寄り、落ち着くまで部屋を出るようにと告げたようだ。その間の対応は、グランギリアが完璧にこなしてくれた。

初め、グランギリアが魔族であると気付いた当主ディースリムや妻のセリンは、一度ビクリと身動きを止めていたようだ。

だが、クイントが特に気にしていないのに気付き、自分達も何でもないことのように慌てて装った。

そんな辺境伯夫妻には少々心臓に悪い食事中、突然クイントがリンディエールに声をかけた。

「そういえばリン、ドレスや靴はありましたが、装飾品はどうされるんですか?」
「……いくつか持ち合わせがありますので」
「ふふ。せっかくですので、私に見立てさせていただけませんか?」
「宰相様にそのようなこと……」
「そろそろクイントと名前で呼んではいただけませんか?」
「……畏れ多いことです……」

こいつは楽しんでいる。睨みそうになるのを必死で堪えていれば、クイントの方が堪らなかったのだろう。笑い始めた。

「ふふっ、ふふふっ。リン、その喋り方も素敵ですけど、やっぱり合いませんね。初めての両親との顔合わせと聞きましたから仕方ないですけれど」
「……人が悪いです」
「良いではないですか。でも、愉快ですね。本当の貴女を知らないとは」
「っ……フレッツリー卿……娘は……」
「何も言わずとも結構ですよ。言い訳しか用意できないでしょうし。なので、はっきり言います。お嬢さんを私にください」
「「「っ!?」」」

両親と兄だけでなく、使用人達も息を止めていた。

「もちろん、リンの意思は尊重します。養女としてでも、妻としてでも構いません。どうですか? リン」
「……ホンマ、心のまま生きとるのな……そうゆうの嫌いやないけど、侯爵家とか遠慮するわ」
「おや、貴族位が嫌でしたか。分かりました。即刻帰り次第、長男に家督を譲ってきますね」

物凄く爽やかな笑みで告げられた内容はダメなやつだ。

「せめて王様の許可取ってからにしいや。あの人過労で倒れるで……」
「では、すぐに許可を取ります」

速攻ですと言いながら、通信の魔導具を起動させようとしていた。

「待ちいてっ。ちょっ、ケンじいちゃん。止めてや! 完全に暴走しとるやんかっ」
「止め方が分からないんですが……」
「そんな弱気でどうすんねん! 国が傾くでっ。宰相さんみたいな優秀な人が突然抜けるとかあかんて!」

この国、かなりこの宰相に頼っている部分があると思うのだ。そんな人が抜けたら国が間違いなく傾く。

どうにかしてくれと魔法師長に言う間にも、既に王へ通信を繋げたようだ。辞めるから許可をと迫っている。

そんなクイントを横目で見て、魔法師長が真面目な顔で問い掛けてきた。

「そうですねえ……リンさん。つかぬことをお聞きしますが、仕事の出来る男性をどう思われますか?」
「は? 好きやで? ヒーちゃんやグランを見てみい。デキる男しかおらんやろ。だいたい、地位だけとか、実力に見合わん上に努力もせんやつは嫌いやでな。噂を聞くだけでも不快やて近付きもせえへんわ」
「なるほど。因みに、仕事を投げ出そうとする方は?」
「論外や。視界に入れん」

これを聞いた両親と兄が一層顔色を悪くしていたが、ファルビーラが隣にいてそちらの方の様子は一切リンディエールからは見えなかった。

「だそうですけど、クイント。宰相、辞めます?」

魔法師長の視線を追うようにクイントへ目を向けると、真っ直ぐにこちらを見つめていた。そして、宣言する。

「辞めません! 私は一生、宰相です。誰にも代わりません!」
「……それはそれで問題やけど……まあ、ええわ」

通信も切ったようだ。多分、一方的に。付き合わされた王が少し心配になった。

「では、とりあえず仕事がデキて、お金も持っている私が、リンのお披露目会の時の装飾品を用意しますねっ」
「……おおきに……もう、好きにしたってや」
「はい!」

ついていくのも大変だ。もう勝手にしろと色々諦めた。クイントはまた唐突に機嫌が良くなっている。

「ふふ。今日のリンは本当に可愛いですね」
「グランが頑張ってくれてん」
「そうでしたか。ですが……やはりこの先、早急に侍女も必要なのでは?」

また少し機嫌が悪くなっただろうか。どこか牽制けんせいするような、そんな視線をグランギリアに向けていた。

「候補は居るで、近いうちに連れてくるわ」
「どんな方です?」
「あの里の里長の孫娘や。グランの教え子でな。今は、伯爵領の向こうのリフス伯爵のとこでメイドしとる。そろそろ辞め時やゆうてたからなあ」
「あの伯爵の……メイドの入れ替えが激しいと聞きますし、早く引き取るべきでは? あそこは、廃人になるメイドや使用人が多いんですよ?」

リフス伯爵家のメイドや使用人達は、ひと月も保てばその先、どこに奉公に出ても大丈夫だと揶揄されるくらいに厳しい場所だ。主に、他家で問題を起こした者たちが引き取られる。そんな人材しか寄り付かないともいう。

「ん? ああ……あそこは特別やんか。なんや、まさかフレッツリーの血を引いとる宰相さんが知らんのか?」
「何がです? あの脳筋一族がどうか……」
「脳筋て……確かにあそこの男は脳筋かもしれんが……あかん……まさか御三家の話、伝わっとらんのか?」
「どういうことですか?」

リンディエールは顔色を変えた。怪訝な顔をするクイントを見て予想が正しいと確信した。

空間収納から本を一冊取り出す。すると、グランギリアがさり気なく受け取り、クイントに手渡した。

「これは?」
「歴史書の一つや。三百年とちょい前のでな。この国で現在残っている最古の血筋は宰相さんの所のフレッツリー家と今のリフス家やゆうんは知っとるか?」
「……いいえ……」

クイントは首を横に振りながら、ゆっくりとその本の表紙をめくった。

「……『御三家の盟約』……』
「せや。フレッツリー家、リシャーナ家、フリュース家を御三家と呼んだんよ。リフス家は、リシャーナ家とフリュース家が盟約を守るために百年ほど前に一つになったらしいわ」
「……」

聴きながら二ページ目をめくるクイント。そこに御三家の名前が並んでいるはずだ。

「フレッツリー家は文官を。リシャーナ家は武官を。フリュース家は使用人を育成し、より良い国のために人材を確保するというのが、盟約らしいねん。守れば国は富み繁栄し、破れば災いを呼ぶんやと」
「……」

また一ページめくると、小難しくそれが書いてあるのが確認できたようだ。

「まあ、ゆうても人族の盟約や。そこまで強制力もないわ。既に正しい意味であの家が使用人達に対しているかと聞かれれば違うしな。性質として辛うじて残っとるだけやろ。伝えていくはずだった長男が育たんでは、仕方ないで」

こんな所にも貴身病の影響が出ていたようだ。

「……これ、お借りしても?」
「ええで。寧ろ、知っとかなあかんやろ。まったく、記録は大切にせなあかんで」

この世界の人は、後世に残すというのを疎かにしているような気がする。読めないからと保管するだけでどうするつもりなのか。

後で部屋に届けるとグランギリアが本を預かっていた。

「リンは……本当に色々知っているんですね」
「ただの趣味や。ヒーちゃんとはそれが特に合ってなあ」
「あの方には、素直に負けを認めますよ」
「そもそも張り合うだけムダやで」

そんな話をしながら食事を続け、デザートをまったりと食べている時だった。

「っ……失礼」

クイントに通信が入ったらしい。難しい顔でそれを受けるクイント。誰もがそれに注目していた。

「何があったのですか?」

魔法師長が声をかける。

「どうやら、護送車が入った町が魔獣の襲撃を受けているようです」

町がと聞いて、ヘルナとファルビーラも動揺していた。

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読んでくださりありがとうございます◎
また三日空きます。
よろしくお願いします◎
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