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4th ステージ
034 願いが一つだけ
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この世界の人族の瞳の色や髪の色は様々だ。だから、リンディエールは特に気にしたことはなかった。自身も有り得ない翡翠のような髪と瞳の色なのだから余計だろう。
ただ、髪や瞳に黒、赤、紫色というのは、人族にはあまり現れないのだという。その色を持つのは生まれつき魔力の高い魔族や竜族だと言われていた。黒髪に黒い瞳が普通だった前世の影響もあり、リンディエールは初めから気にしてはいない。
それもあり、ヒストリアが事前にしつこいほど説明していた。今の時代で、それらの色を見た時。こちらの大陸に住む者たちは嫌悪するかもしれないと。
リンディエールは振り向いて祖父母達を見た。
「なんや。ホンマに驚くんやなあ」
「普通はそうでございます。これで、リン様が特別なのだとお分かりいただけましたか?」
ヒストリアに言われていたとしても、リンディエールにとっては、種族による目や髪の色などやはり気にならない。逆に何の違和感も抱かなかったリンディエールに、グランギリアの方が心配になっていた。
他の人族が居る中でこの様子では、リンディエールが困ることになると心配しているのだ。
「何度言われても納得いかんわ。だいたい、目とか黒っぽないと『ウチの目の黒い内は!』て言えへんやん。こっち流にはどう言うんやろ……ヒーちゃんに聞いてみよ」
リンディエールの瞳は濃い目の緑だ。黒ではないのが変な気がしていた。海外での言い方とか調べておくんだったと、訳の分からない後悔をする。
「リン様、あなたという方は……いいえ、そこがよろしいのです。変わらずいてくださるといいのですが……」
「何言うとん。変わるわけないやん。グランはんこそ、変わらんといてや? ウチとの約束あるんやからな。十年後には絶対にデートするんやで?」
「っ、もちろんでございます。喜んで。ふふ。中へどうぞ」
魔族は寿命が長いのだ。だからこそ、姿が十年で変わることはない。それを少しばかり気にしていたようだ。人族は、そんな見た目が長く変わらない魔族を毛嫌いした歴史がある。だが、それにリンディエールは当てはまらなかった。
リンディエールの答えにほっとしながら、本当に嬉しそうに笑うグランギリア。膝を突いて差し出された手に、そっと添えるようにリンディエールは自身の手を置いた。
そのまま案内された部屋のソファに座る。
「今、お茶をお持ちします。ファシード殿も呼んで参りますね」
笑顔で見送るリンディエール。当然だがそれを良く思わない者がいた。
「リン……私ともデートしてください」
「ん? いややで。不倫だけはあかんわ」
結婚しているやつと、冗談でもデートなんてできるかと続ければ、クイントが笑顔で答えた。
「問題ありませんよ? 今頃、離婚の準備が整っています」
「……は?」
何言ってんだこいつと、隣に腰掛けたクイントを見上げる。
「ふふふ。リンのお陰です。あなたが貴身病の問題を解決してくれたお陰で、やっとあの目障りな女を『妻』という役職から解雇できますよ♪ そろそろ、解雇通知を突きつけたころですね」
「……誰が?」
クイントならば嬉々としてそれを直接突き付けるように思うのだ。誰にそれを任せたのか気になった。
「息子です」
「あ~……あの子じゃなく……あ、長男かっ」
レングというリンディエールの会った三男ではなさそうだと当たりを付ける。何となくだが、長男は目の前の男に似ていそうという予感がした。
そう。リンディエールはもう意識していないが、この世界に酷似した乙女ゲームの世界で、クイントの性格によく似た青年が攻略対象の一人として出てきたのだ。それがクイントの長男、スレインだった。
「おや。分かりますか? そうです。レングは素直過ぎるといいますか……腹芸が出来ないんですよね~。おバカでマヌケな所が可愛いと長男は言いますけど」
「なんか、それだけで理解できたわ。えらい宰相さんに似てそうや……」
「似ているだなんて酷いです。私はあそこまで黒くないはずです。今回のことも、数年前からかなりの情報や証拠を集めていましたよ。あんな徹底的に叩けるだけの情報集めとか、面倒で私ならやりませんね」
「……」
間違いなく同族嫌悪だろうなと、聞いていたヘルナ達も目を逸らす。こんなヤバイのがこの世に二人居るのかとリンディエールも目をそらしかけた。
「まあ、あの女と顔を合わせるのも嫌になっていましたし、長男は頭は良い方なのでヘマはしないでしょう。尊敬できる父親としての顔もきちんと見せていましたし『留守中に消しておきなさい』と言って出てきました」
「消すんかい」
「当然です。長男も怒っていましたからね」
その時の会話がこれだという。
『留守をされている間に、あの女はどうにかしておきます』
『ほお。ようやく動く気になりましたか』
『父上のお陰です。あと体の方の問題は体力だけですから。だいたい、私を利用して侯爵家の実権を握ろうとか、ふざけ過ぎです。どうせアレの実家の方の浅はかな考えでしょうね』
『そうだね……伯爵家はどこもクズばかりのようですから』
『あ、父上も今回一つ潰されるのでしょう? でしたら私もやります。いいですよね?』
『好きにしなさい。私は、あの女が二度と妻として顔を出さなければ構いません』
『父上にしては寛容ですね? 分かりました。私にお任せください』
『いいでしょう。留守中に消しておきなさい』
『はい♪』
どんな教育をしたのだろうか。レングのあの素直さが寧ろ異常な気がした。
「なので、不倫ではないです。デートしましょうね♪」
「……いつか……」
「はい!」
いつと明言するのは避けた。
祖父母がこの人大丈夫かなという目から、リンディエールに大丈夫かという不憫な子を見るような目になった。制御をリンディエールに全て託したのだ。外からの援護射撃はもう期待できない。さすがに表情が引きつった。
そんな中、お茶の用意を持ってグランギリアが戻ってきた。
「お待たせいたしました。お茶のご用意をさせていただきます。それと、ファシード殿が……」
「ん? オババ?」
部屋に入ってきたグランギリアの後ろ。扉の端から覗き見るファシードの姿が確認できた。
「ん、あ……ティン?」
か細く可愛い声が確かに聞こえた。
「お師匠様っ。お久しぶりでございます!」
「っ、ティン……本当にティン? か、可愛いおじいちゃんに……なったね?」
駆け寄って行く魔法師長。ケンレスティンは、ファシードを見てとても嬉しそうだった。
「ウチから見たら二人とも可愛いじいちゃん、ばあちゃんやで」
「ぁ、リンちゃぁん……待ってた……」
「ちゃんと読んだん?」
「ん……すごかった。でも……一般向けには……まだ少し時間……かかっていい?」
「そうやね。三ヶ月くらいまでなら、噂とか流して調整するわ」
「じゃあ……そうして……ティン。おいで」
ファシードは魔法師長の手を引いた。
「いえ……ですが……」
「ええよ。どのみち、今日一日はやることないやん。明日の昼前に迎えにくるわ。ゆっくりしていき。グランはんもええやろ?」
ここはグランギリアの屋敷。リンディエールが許可するのは間違っているが、グランギリアが断らないのはわかっている。
「ええ。構いません。お泊りのお客様とは……嬉しいものです」
「よ、よろしいのですか?」
「構へんて。グランはんは完璧な執事やで?」
「リン様にお認めいただき光栄です。ご遠慮なくご滞在ください」
「はあ……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ティン……行こ」
「はい」
師弟は手を繋いで消えた。
「グランはん。分かっとる思うけど、食事の世話とかきちんと頼むわ。アレは寝食忘れるで」
「承知しました。万事お任せください」
「よろしゅうに」
話をしながらも、グランギリアは手際良くお茶の用意をしてくれた。マドレーヌまであるのはさすがだ。
リンディエールが遠慮なく食べて飲む様子を見て、祖父母とクイントが口を付ける。
「っ、美味しい! 香りも素敵」
「おおっ。これはアレだ。淹れ方上手くないと出ない味だ」
「っ……朝摘みのマラン……? これは、マランシバの……」
「驚いたやろ。グランはんは、他国が自慢するその国独自のお茶も、本場の腕利きのメイドや従者が淹れるんと同じレベルで出せるんやで? 天才やろ」
マランシバ国の特産『朝摘みのマランティー』は淹れるのがとても難しいお茶だ。
茶葉を蒸す時間、温度、お湯との割合。呆れるほど繊細な淹れ方をするのがこのお茶だ。それを、完璧に淹れてみせた。
しばらくそれらを味わう。落ち着いた所で、グランギリアが平らで大きめの箱を持ってきた。しっかりとリボンまでかけられた黒いシックな箱。
リンディエールはソファから飛び降り、近付いていく。相手へ贈るカードなどないかと確認した。
「誰かへのプレゼントか? 手紙やないのが新鮮や。誰宛てや?」
外と全く交流がないということはない。グランギリアも転移で外に出ている。そんな中、ファシードが知り合いへ研究書の融通をしてもらう手紙を用意し、リンディエールが直接持って行って交渉することがあった。
今回もそれ関係だと思ったのだ。しかし、違うらしい。
「あの方にお聞きしまして……リン様は今年十歳。貴族の子息、令嬢は王都でお披露目があるのでしょう?」
「あ~……あるな。行けるかどうかは分からんけど」
リンディエールは気付かなかったが、ヘルナとファルビーラがハッとしていた。
「それでも、毎年祝いの日があるとか。今後機会もあるでしょう。ですのでこちらを……」
開かれた箱。その中には、淡い黄色を基調とし、濃い緑がアクセントになっているドレス。そして、それと同じデザインの靴があった。
「これ……ウチの?」
「はい。リン様のためにあつらえました。受け取っていただけますか? 靴はあの方がお作りになりました。ドレスも靴も、自動調整魔法が付与してあります」
「……ヒーちゃんが……っ」
グランギリアはヒストリアと知り合いだ。魔族の国ではヒストリアは伝説の偉人のような扱いらしい。そんなヒストリアと出会い、グランギリアはこの場所を隠れ家として勧められた。
時折、グランギリアも転移で外に買い物に出かける。その時にヒストリアに挨拶するようだ。そこで聞いたのだろう。
リンディエールが家族にお披露目用のドレスを用意してもらえないかもしれない。せめて自分たちがと考え、今回用意してくれたのだ。
「このドレスもグランはんの手作りやな。相変わらず、デザインもウチ好みや! けど、ホンマに貰ってええの?」
「はい。リン様のためだけにしか私は作る気はありませんから」
リンディエールは時折グランギリアに服を作ってもらっていた。普段着るワンピースも、ほとんどグランギリアがくれたものだ。ただし、中には自分で作った物もある。
手がかからない子と認識されているリンディエールは、知らない間に服も新しい物がクローゼットに入っているし、使用人達は他の使用人の誰かが用意したのだなと勝手に思い込んでいた。両親はそんなことさえ既に頭になかった。
「グランはんの服好きやで? このワンピースとかな!」
「気に入っていただけているとは……っ、嬉しいです」
「当然や!」
リンディエールは、この屋敷を訪ねる時、必ずグランギリアの作った服を着てきた。それが意図してのものであると思っていたのだろう。だが、リンディエールは純粋に気に入って外出用として着ることにしていただけだ。これに気付き、グランギリアは目を潤ませた。
「っ、ありがとうございます」
「礼を言うんはこっちやん。こんな素敵なもん貰おて……どう礼しようなあ。なんかウチにできることないか? これやと貰ってばっかや」
「そのようなことは……ですが……そうですね。願いが一つだけ」
これは珍しいとグランギリアを見つめる。はっきりとコレが欲しいとは言わないのがグランギリア。遊びに来てくれるだけで充分だと言われ続けてきたのだから。
「なんや? ウチにできることか?」
「はい……」
グランギリアは、ドレスの入った箱をソファの上に置いてからリンディエールに近付き、膝を突いて手を取った。
「わたくしを、リン様の侍従にしてください」
「「「っ……!?」」」
祖父母とクイントが息を呑んだのが分かった。
************
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます。
よろしくお願いします!
ただ、髪や瞳に黒、赤、紫色というのは、人族にはあまり現れないのだという。その色を持つのは生まれつき魔力の高い魔族や竜族だと言われていた。黒髪に黒い瞳が普通だった前世の影響もあり、リンディエールは初めから気にしてはいない。
それもあり、ヒストリアが事前にしつこいほど説明していた。今の時代で、それらの色を見た時。こちらの大陸に住む者たちは嫌悪するかもしれないと。
リンディエールは振り向いて祖父母達を見た。
「なんや。ホンマに驚くんやなあ」
「普通はそうでございます。これで、リン様が特別なのだとお分かりいただけましたか?」
ヒストリアに言われていたとしても、リンディエールにとっては、種族による目や髪の色などやはり気にならない。逆に何の違和感も抱かなかったリンディエールに、グランギリアの方が心配になっていた。
他の人族が居る中でこの様子では、リンディエールが困ることになると心配しているのだ。
「何度言われても納得いかんわ。だいたい、目とか黒っぽないと『ウチの目の黒い内は!』て言えへんやん。こっち流にはどう言うんやろ……ヒーちゃんに聞いてみよ」
リンディエールの瞳は濃い目の緑だ。黒ではないのが変な気がしていた。海外での言い方とか調べておくんだったと、訳の分からない後悔をする。
「リン様、あなたという方は……いいえ、そこがよろしいのです。変わらずいてくださるといいのですが……」
「何言うとん。変わるわけないやん。グランはんこそ、変わらんといてや? ウチとの約束あるんやからな。十年後には絶対にデートするんやで?」
「っ、もちろんでございます。喜んで。ふふ。中へどうぞ」
魔族は寿命が長いのだ。だからこそ、姿が十年で変わることはない。それを少しばかり気にしていたようだ。人族は、そんな見た目が長く変わらない魔族を毛嫌いした歴史がある。だが、それにリンディエールは当てはまらなかった。
リンディエールの答えにほっとしながら、本当に嬉しそうに笑うグランギリア。膝を突いて差し出された手に、そっと添えるようにリンディエールは自身の手を置いた。
そのまま案内された部屋のソファに座る。
「今、お茶をお持ちします。ファシード殿も呼んで参りますね」
笑顔で見送るリンディエール。当然だがそれを良く思わない者がいた。
「リン……私ともデートしてください」
「ん? いややで。不倫だけはあかんわ」
結婚しているやつと、冗談でもデートなんてできるかと続ければ、クイントが笑顔で答えた。
「問題ありませんよ? 今頃、離婚の準備が整っています」
「……は?」
何言ってんだこいつと、隣に腰掛けたクイントを見上げる。
「ふふふ。リンのお陰です。あなたが貴身病の問題を解決してくれたお陰で、やっとあの目障りな女を『妻』という役職から解雇できますよ♪ そろそろ、解雇通知を突きつけたころですね」
「……誰が?」
クイントならば嬉々としてそれを直接突き付けるように思うのだ。誰にそれを任せたのか気になった。
「息子です」
「あ~……あの子じゃなく……あ、長男かっ」
レングというリンディエールの会った三男ではなさそうだと当たりを付ける。何となくだが、長男は目の前の男に似ていそうという予感がした。
そう。リンディエールはもう意識していないが、この世界に酷似した乙女ゲームの世界で、クイントの性格によく似た青年が攻略対象の一人として出てきたのだ。それがクイントの長男、スレインだった。
「おや。分かりますか? そうです。レングは素直過ぎるといいますか……腹芸が出来ないんですよね~。おバカでマヌケな所が可愛いと長男は言いますけど」
「なんか、それだけで理解できたわ。えらい宰相さんに似てそうや……」
「似ているだなんて酷いです。私はあそこまで黒くないはずです。今回のことも、数年前からかなりの情報や証拠を集めていましたよ。あんな徹底的に叩けるだけの情報集めとか、面倒で私ならやりませんね」
「……」
間違いなく同族嫌悪だろうなと、聞いていたヘルナ達も目を逸らす。こんなヤバイのがこの世に二人居るのかとリンディエールも目をそらしかけた。
「まあ、あの女と顔を合わせるのも嫌になっていましたし、長男は頭は良い方なのでヘマはしないでしょう。尊敬できる父親としての顔もきちんと見せていましたし『留守中に消しておきなさい』と言って出てきました」
「消すんかい」
「当然です。長男も怒っていましたからね」
その時の会話がこれだという。
『留守をされている間に、あの女はどうにかしておきます』
『ほお。ようやく動く気になりましたか』
『父上のお陰です。あと体の方の問題は体力だけですから。だいたい、私を利用して侯爵家の実権を握ろうとか、ふざけ過ぎです。どうせアレの実家の方の浅はかな考えでしょうね』
『そうだね……伯爵家はどこもクズばかりのようですから』
『あ、父上も今回一つ潰されるのでしょう? でしたら私もやります。いいですよね?』
『好きにしなさい。私は、あの女が二度と妻として顔を出さなければ構いません』
『父上にしては寛容ですね? 分かりました。私にお任せください』
『いいでしょう。留守中に消しておきなさい』
『はい♪』
どんな教育をしたのだろうか。レングのあの素直さが寧ろ異常な気がした。
「なので、不倫ではないです。デートしましょうね♪」
「……いつか……」
「はい!」
いつと明言するのは避けた。
祖父母がこの人大丈夫かなという目から、リンディエールに大丈夫かという不憫な子を見るような目になった。制御をリンディエールに全て託したのだ。外からの援護射撃はもう期待できない。さすがに表情が引きつった。
そんな中、お茶の用意を持ってグランギリアが戻ってきた。
「お待たせいたしました。お茶のご用意をさせていただきます。それと、ファシード殿が……」
「ん? オババ?」
部屋に入ってきたグランギリアの後ろ。扉の端から覗き見るファシードの姿が確認できた。
「ん、あ……ティン?」
か細く可愛い声が確かに聞こえた。
「お師匠様っ。お久しぶりでございます!」
「っ、ティン……本当にティン? か、可愛いおじいちゃんに……なったね?」
駆け寄って行く魔法師長。ケンレスティンは、ファシードを見てとても嬉しそうだった。
「ウチから見たら二人とも可愛いじいちゃん、ばあちゃんやで」
「ぁ、リンちゃぁん……待ってた……」
「ちゃんと読んだん?」
「ん……すごかった。でも……一般向けには……まだ少し時間……かかっていい?」
「そうやね。三ヶ月くらいまでなら、噂とか流して調整するわ」
「じゃあ……そうして……ティン。おいで」
ファシードは魔法師長の手を引いた。
「いえ……ですが……」
「ええよ。どのみち、今日一日はやることないやん。明日の昼前に迎えにくるわ。ゆっくりしていき。グランはんもええやろ?」
ここはグランギリアの屋敷。リンディエールが許可するのは間違っているが、グランギリアが断らないのはわかっている。
「ええ。構いません。お泊りのお客様とは……嬉しいものです」
「よ、よろしいのですか?」
「構へんて。グランはんは完璧な執事やで?」
「リン様にお認めいただき光栄です。ご遠慮なくご滞在ください」
「はあ……では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ティン……行こ」
「はい」
師弟は手を繋いで消えた。
「グランはん。分かっとる思うけど、食事の世話とかきちんと頼むわ。アレは寝食忘れるで」
「承知しました。万事お任せください」
「よろしゅうに」
話をしながらも、グランギリアは手際良くお茶の用意をしてくれた。マドレーヌまであるのはさすがだ。
リンディエールが遠慮なく食べて飲む様子を見て、祖父母とクイントが口を付ける。
「っ、美味しい! 香りも素敵」
「おおっ。これはアレだ。淹れ方上手くないと出ない味だ」
「っ……朝摘みのマラン……? これは、マランシバの……」
「驚いたやろ。グランはんは、他国が自慢するその国独自のお茶も、本場の腕利きのメイドや従者が淹れるんと同じレベルで出せるんやで? 天才やろ」
マランシバ国の特産『朝摘みのマランティー』は淹れるのがとても難しいお茶だ。
茶葉を蒸す時間、温度、お湯との割合。呆れるほど繊細な淹れ方をするのがこのお茶だ。それを、完璧に淹れてみせた。
しばらくそれらを味わう。落ち着いた所で、グランギリアが平らで大きめの箱を持ってきた。しっかりとリボンまでかけられた黒いシックな箱。
リンディエールはソファから飛び降り、近付いていく。相手へ贈るカードなどないかと確認した。
「誰かへのプレゼントか? 手紙やないのが新鮮や。誰宛てや?」
外と全く交流がないということはない。グランギリアも転移で外に出ている。そんな中、ファシードが知り合いへ研究書の融通をしてもらう手紙を用意し、リンディエールが直接持って行って交渉することがあった。
今回もそれ関係だと思ったのだ。しかし、違うらしい。
「あの方にお聞きしまして……リン様は今年十歳。貴族の子息、令嬢は王都でお披露目があるのでしょう?」
「あ~……あるな。行けるかどうかは分からんけど」
リンディエールは気付かなかったが、ヘルナとファルビーラがハッとしていた。
「それでも、毎年祝いの日があるとか。今後機会もあるでしょう。ですのでこちらを……」
開かれた箱。その中には、淡い黄色を基調とし、濃い緑がアクセントになっているドレス。そして、それと同じデザインの靴があった。
「これ……ウチの?」
「はい。リン様のためにあつらえました。受け取っていただけますか? 靴はあの方がお作りになりました。ドレスも靴も、自動調整魔法が付与してあります」
「……ヒーちゃんが……っ」
グランギリアはヒストリアと知り合いだ。魔族の国ではヒストリアは伝説の偉人のような扱いらしい。そんなヒストリアと出会い、グランギリアはこの場所を隠れ家として勧められた。
時折、グランギリアも転移で外に買い物に出かける。その時にヒストリアに挨拶するようだ。そこで聞いたのだろう。
リンディエールが家族にお披露目用のドレスを用意してもらえないかもしれない。せめて自分たちがと考え、今回用意してくれたのだ。
「このドレスもグランはんの手作りやな。相変わらず、デザインもウチ好みや! けど、ホンマに貰ってええの?」
「はい。リン様のためだけにしか私は作る気はありませんから」
リンディエールは時折グランギリアに服を作ってもらっていた。普段着るワンピースも、ほとんどグランギリアがくれたものだ。ただし、中には自分で作った物もある。
手がかからない子と認識されているリンディエールは、知らない間に服も新しい物がクローゼットに入っているし、使用人達は他の使用人の誰かが用意したのだなと勝手に思い込んでいた。両親はそんなことさえ既に頭になかった。
「グランはんの服好きやで? このワンピースとかな!」
「気に入っていただけているとは……っ、嬉しいです」
「当然や!」
リンディエールは、この屋敷を訪ねる時、必ずグランギリアの作った服を着てきた。それが意図してのものであると思っていたのだろう。だが、リンディエールは純粋に気に入って外出用として着ることにしていただけだ。これに気付き、グランギリアは目を潤ませた。
「っ、ありがとうございます」
「礼を言うんはこっちやん。こんな素敵なもん貰おて……どう礼しようなあ。なんかウチにできることないか? これやと貰ってばっかや」
「そのようなことは……ですが……そうですね。願いが一つだけ」
これは珍しいとグランギリアを見つめる。はっきりとコレが欲しいとは言わないのがグランギリア。遊びに来てくれるだけで充分だと言われ続けてきたのだから。
「なんや? ウチにできることか?」
「はい……」
グランギリアは、ドレスの入った箱をソファの上に置いてからリンディエールに近付き、膝を突いて手を取った。
「わたくしを、リン様の侍従にしてください」
「「「っ……!?」」」
祖父母とクイントが息を呑んだのが分かった。
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