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4th ステージ

029 絶対にデートしてや!

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リンディエールはその日、自国の隣。ヒストリアの居る森と接する国へ来ていた。

自国の王都より断然こちらの方が近いのだ。行かないわけがない。

その国はとにかく迷宮が多いと有名で、その分冒険者たちの出入りも激しい。迷宮関係で商業に特化した国で、珍しい迷宮産の魔導具などが見られてリンディエールは気に入っている。

その国の端。森から一番近い迷宮にリンディエールは朝から潜っていた。

「ふわぁぁぁ……」

大きな欠伸をしながら、高難度の迷宮の中をのんびりと歩く。とはいえ、凶暴な魔獣や魔物たちはひっきりなしに襲ってきている。

それらを今日は長剣でなぎ払い、叩き斬り、貫いて進む。

「はぁぁぁ、ついでに品薄になった魔石を回収しよう思おたけど……も~面倒いなあ」

その上、連日の徹夜で眠い。

「あかん……眠過ぎるわ……オババんとこに早うこれ届けて寝よ……」

昼過ぎにはクイントを転移門で移動させるため、王都へ行くことになっている。できればそれまで寝ようと決めた。

「うっし、行くか」

そうして、転移したのは最深部手前の階。ここは、ボス手前の最後の安全地帯らしい。

迷宮には、魔獣や魔物の湧かないセーフティゾーンがある。それは大抵は隠し部屋なんかの一部屋で、迷宮内にいくつかある。

だが、迷宮の中には、一つの階層全てが安全地帯という所がある。特に高難度の迷宮には一つか二つ用意されているのだが、この迷宮には一つ。それも、ボス手前の四十九階層にそれがあった。

ここに辿り着ける者はほとんど居らず、隠れ里のように、かつて辿り着いた俗世から切り離されて生きたいと願う変わり者達がいつの間にか住みついていたらしい。

リンディエールは空も風もあるこの不思議な場所を、可愛らしい白いワンピースを着て歩く。

すると、第一村人に出会った。

「おんやあ? こんなどこさ来るお姫ざま、誰がと思っだら、リンじゃんでねえが?」

普通に畑仕事をする爺ちゃんだ。

「あ、爺ちゃん久し振りやなあ。腰痛治ったん?」
「うんだっ。リンじゃんの薬がよお効いだでなあ。どや? コロイモさ持っでってくんろ」

前回、来たのは半年ほど前。その時に腰痛によく効く湿布薬をプレゼントしたのだ。畑仕事をするのに、腰痛はつきものだ。

このお爺さんが作っているコロイモとは、サツマイモのこと。ただ、見た目は少し大ぶりなじゃがいものような丸型。外は真っ白で最初は何かのタマゴかと思った。だが、中身は甘みがあるのが分かるほど黄色い。

迷宮内で、これの小粒のものが自生しているのを時折見つける。魔力による不調に効き、魔力回復もしてくれるステキ食材ということで、高く取引されるものだ。外では育たない上に、甘味の少ないこの世界では貴重、そして鮮度が命。高くなって当然だろう。

そんな物がここで育てられている。大きさもビックリサイズだ。今のところ、これを手に入れられる外の住人はリンディエールだけ。ここまで来られる実力のある冒険者はごく僅かな上に、これで気難しい人が多く、一つでもこんな気軽に分けてやろうなんて言ってくれはしない。

リンディエールのように気に入られるのは奇跡に近かった。とはいえ、いつもの調子でそれを見て興奮し、褒め称え、それを使った料理の仕方を教えて、一緒に畑仕事を手伝ったのがきっかけ。

ここまで来る冒険者はそんなことしないというだけだ。因みに、無遠慮に『寄越せ』と口にした冒険者は、容赦なく村人達に袋叩きにされ、ボス部屋のある危険な五十階層に投げ捨てられる。普通に処刑コースだった。

ここの村人達は時折り、肉が食べたいと思い立ち上の階層に出かけて魔獣狩りをする。迷宮はゲームと同じ。ドロップ品しか出ないため、肉が出るまでひたすら狩りまくる必要がある。

おばちゃん達は包丁と麺棒で、おじちゃん達はくわなたで立ち向かうのだ。

この里では、成人するまでにおばちゃんとおじちゃんに鍛えられる。そうして成人すると、一度はこの迷宮から出て行くのだ。成人祝いは鍛えたおばちゃんやおじちゃん数人と一緒にボス戦だ。

ここのボスはレベルでいえば三百越えのスコーピオン。大きなサソリさんだ。倒すとカニかエビかと思えるとっても美味しい食材と、最高品質の毒消し薬が人数分、鎧や剣などの武器が一つ手に入る。手に入れた食材が成人祝いの宴会で振舞われる。

死亡率はゼロらしい。恐ろしい強人集団だ。そして、若者達は最下層からの転移権限を使わず、下から第一層までを自力で上っていく。数年世界を見て周り、またここに帰ってくるのだ。ただ、外に居ついてしまう者も若干名いるため、この里の人口はそこまで増減することはない。

「ええのん? 爺ちゃんのコロイモは甘いで大好きや! 帰りに寄らしてもらうわっ」
「お~、グラ様んとこか。気いづげてなあ」

爺ちゃんに見送られ、村の中心を通り、村人達に同じように声をかけられながら村外れの森へと向かう。

木々が生い茂る森は、ヒストリアの居る森よりは明るい。爽やかなハイキングにうってつけの森だ。だが、そのただ中にあったのは、長閑さなど消え失せるほど真っ黒で大きな洋館。

「ほんま……いつ見ても吸血鬼なんかのいそうな呪われた館にしか見えんわ……」

そう言いながらも、リンディエールは躊躇いなく扉のノッカーを二回鳴らす。


ゴツゴツ


見た目も感触もコツコツといいそうなのに、なぜかここのはゴツゴツという。まあ、館の雰囲気には合うかと変に納得するのはいつものこと。

だが、顔を出したのはとってもダンディーな執事さんだ。紅いつぶらな瞳。灰色の髪はいつ来てもしっかり撫でつけられている。シャープな顔立ちで文句なしのいい男だ。

「ようこそ、リン様。お久しぶりでございます。本日はなんとお可愛らしい。森の精が現れたのかと息も止まりそうになりました」

優しく微笑まれ、更にエスコートするように手を差し出されて家に招かれる。リンディエールのテンションも上がるというものだ。

「相変わらず、ええ男やな! グランはんっ。あと十年したら絶対にデートしてや!」
「ふふ。前回もお約束いたしましたよ? 喜んで」

彼はグランギリア。魔族らしい。この大陸とは別の大陸にある魔族の国から出奔し、長くこの迷宮に隠れ住んでいた。この屋敷は元々、彼の持ち物だ。たった一人なのに、執事として生きるのが生き甲斐らしい。

こんなのが執事をやっていたら、毎日楽しくて仕方がないだろうと思う。しかし、この家に住んでいるのは、それにまったく興味を抱かない残念な女だ。

たった一人で執事を極めようとしていたグランギリアに、お飾りでも世話をする相手をと、この屋敷にオババと呼ぶ魔法バカを放り込んだのは六歳になった頃のリンディエールだった。とりあえず、食事と睡眠を取らせて欲しいと頼み込んだのだ。

それが良かったのかどうかは、よく分からない。とはいえ、文句は言われないし、どこか満足そうなので大丈夫だろう。

恭しくエスコートされて辿り着いた部屋。ノックをして、返事が返って来たらロクな事になっていないというのは、今までの経験で得た認識だ。


コンコン。


「……は……い……」
「……」
「……声、聞こえたなあ……」
「聞こえましたね……失礼いたします、ファシード殿?」

部屋の中は崩壊していた。床も机も全てがうず高く積まれた本で埋まっている。

「どこにるん……」
「……あ、あそこですね」
「ほんまや……生足だけとか、ホラーやね……」

本の山に頭から突っ込んだらしい。見事な飛び込みだったようだ。

「はあ……リン様は、こちらでお待ちください。ファシード殿、本を一度浮かせますよ」
「お、お願い……っ」

苦しそうだ。

「いきますよ」

グランギリアは珍しい重力魔法が得意だ。リンディエールも教わった。その人の居る辺りにあった本が全てふわりと重さを感じさせずに天井まで浮き上がる。周りの本が雪崩れを起こさないようにそれらも制御下に置かれており、とても緻密で美しい術だった。それがもう、慣れたもの。

床が見えるポッカリと空いたそこに、家の中だというのに、薄汚れた黒いフードローブを着た老婆が座り込んでいた。

「はぁぁぁ……どうしようかと思った……」
「でしょうねえ。リン様がお見えにならなければ、夕食の時間までそのままでしたよ?」
「……見に来てよ……」
「今日は集中したいから、食事の時とどうしても用がある時以外は来なくて良いと仰ったのはどなたでしたか」
「……すみません……」

か細い声と折れそうなほど細い体は、初めて会った時からそれほど変わらない。

「相変わらず声ちっさ。たまには腹から声出しいゆうとるやろ。あと、筋肉付けえて」
「……肉は付いたし……」
「そりゃあ、こんな完璧な執事付けとるでな。食事も睡眠も問題ないやろ。それで肉付かんかったら、どっか悪いで」
「……感謝してます……」

深く頭を下げた。もう土下座だ。

「ほれ、さっさとこっち来んかい」
「はい……」

グランギリアの魔法で、器用に道を作ってくれていた。ようやく部屋から出ると、グランギリアは本を元に戻す。

「もう少し整理した方がええで? グランはんに頼めば、一日もせんとどうにかなりそうやけどなあ」
「ダメ……どこに何があるか分からなくなっちゃう……」
「それ、典型的な片付けられん人が言うセリフやね。はあ……ほれ、コレ寄付したるわ」

リンディエールは、作り溜めしたマジックバックを五つファシードに差し出す。

「ッ……作れるように……なったの?」

天才と呼ばれる魔法師も、適性の低い属性はあまり伸ばせないでいるらしく、マジックバックを作れるまでには至っていなかった。

「随分前からな。材料が無おて、数作れんかったんよ。コレで整理しい」
「喜んで!」

嬉しそうに受け取ったマジックバックを抱きしめて、部屋に戻って行く。こうなったらもう一直線だ。良い意味でも悪い意味でも研究者とはこういう、一つのことを極める傾向にある。やり終えるまで次に行けないのだ。

「よろしいのですか? ご用がおありだったのでしょう?」
「ん~、まあ、アレが終わったらコレを渡してくれるか? 数日したらまた来るよって。好きにさせたってや」
「これは……また籠りそうですね」
「せやな……グランはんには悪いんやけど。また世話頼むわ」
「お任せください」

胸に手を当て、良い笑顔で応えられると、リンディエールも笑顔で返した。

「頼よりにしとるわ」
「っ、はい!」

ヒストリアがこれを見れば、きっとこう言っただろう。


『お前、気付いてないのか? あの執事、お前に仕えてるぞ……』


グランギリアはリンディエールという主人の命を守っている執事になっている。その証拠に、ファシードに様付けをしない。だが、それにリンディエールが気付くのは、数日後のことだった。

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読んでくださりありがとうございます◎
次は一日空きます!
よろしくお願いします◎
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