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053 覚悟はある?
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マーティウィンは今更ながらにここに来た目的の一つを思い出した。
「へスライル王家の者としてお伝えする。我が師であり国の恩人であるシルフィスカ様への仕打ちは許しがたい。よって、罪人として捕えた原因となった親子には、死を乞うても許さぬ罰を与えてもらいたい」
その姿や声には、平伏したくなるような威厳があり、王は冷や汗を流しながら声が震えぬように気合いを入れる。
「っ、し、承知いたしました。後日、改めまして、貴国にはご報告と謝罪をさせていただきます」
これに、マーティウィンはしばらく王の表情から、真意を読み取ろうと睨む。そこに偽りはないと確信すると雰囲気を一変させた。
「うむ……では失礼する。師匠、待ってくだされ」
呼び止められ、シルフィスカは呆れて頭を抱える。
「お前は……せめてこの部屋を出るまでは王族としての威厳を保て」
「それは面倒ですな!」
「面倒でもやれ。まったく、これだから魔法師の才能があっても脳筋だと言われるんだぞ」
「それはどこがダメですかな?」
「脳筋ってとこに決まってるだろ……」
マーティウィンは王族としての威厳も出せるのに、それをあまり使いたがらない。自身の兄が王となると決まった時から、王宮を抜け出して冒険者をしていたこともあるだろう。
他国の王族も冒険者の視点から見ていることで、すっかり王族らしくというのが嫌になったとは聞いていた。それでも、時にはこうした王族らしさも使い分けることができるのは、ただの脳筋ではない証拠だろう。
「師匠は、筋肉好きではなかったですかな?」
「っ……」
唐突な告白。シルフィスカは反射的に、少し目を逸らしてしまった。この反応に弟子たちが衝撃を受ける。
「な、し、師匠……っ、俺はどうっすか!?」
ビスラが興奮気味に問いかけてくる。
「い、いいんじゃないか? というか、別に重要じゃない。好きか嫌いかと言われれば、まあ……好きかもしれんが……っ、おい! お前ら、こんな所で服を脱ごうとするな!」
揃って胸を裸出す弟子達。女性であるクルチスまでも、腹筋や腕を確認していた。
「誰が一番ですか!?」
「鍛え方も戦い方も違うんだぞ。決められるかっ」
「俺らには重要なんすよ!」
「喧しい! さっさと帰るぞ!」
「師匠っ」
スタスタと少し足を速めていくシルフィスカに、弟子たちは慌てて追いすがっていた。
シルフィスカたちが謁見の間から出て行くそんな様子を、誰もが黙って見送った。先ほどまでの緊迫感は完全に払拭されたようだ。声が聞こえなくなった頃。ジルナリスが正気に戻る。
「ふふ。いやだわ。シルフィったら、私たちのこと、忘れて行ったわね」
「そのようだな……では行くか」
「そうね」
ジルナリスは、手を夫であるベルタ・ゼスタートの腕に絡ませる。
ベルタとジルナリスは、並んで王の方へ向き直ると、静かに礼をする。
「これにて失礼させていただきます」
「ベルタ……っ、ああ……これまで、ご苦労であった……」
もう一度静かに頭を下げると、落ち着いた足取りで二人は開け放たれたままの扉へと向かう。
それに続いて、ようやく正気に戻ったレイルも礼をして両親の後を追った。
謁見の間を出てしばらく歩くと、ジルナリスは少し振り返ってレイルの様子を確認する。酷く憔悴したような表情を見て声をかけた。ただし、それは労る言葉ではなかった。
「……レイル。あなた……まだシルフィの夫でいる覚悟はある?」
「っ……私、は……っ」
動揺し、声が詰まって答えが出なかった。もちろん、普通に声が出たとしても、答えられたとは思えない。それが、ジルナリスにも察せられていた。
「今日の事は私も驚いたわ。けど、それがなくても、シルフィは沢山のものを背負ってる。なのにあの子、支えてもらうことを知らないのよ。一人では支え得ないものでも、支えきれないのは、自分が弱いからだって思ってしまうの」
「……あの、弟子たちにも、手を借りないのですか……」
「当たり前よ。弟子だもの。余計に強がっちゃうわ」
困ったものよねのジルナリスはため息をついた。頼って欲しいと、ジルナリスもずっと思ってきた。けれど、一度として満足に手を貸せたことがないのだ。
「知ってる? レイル。師弟ってね。まともに向き合うことができるのは、たった二回だけなのよ」
「それは、どうゆう……」
ジルナリスは、隣からも不思議そうに向けられる視線を感じながら、クスリと笑う。
「弟子にしようって、手を差し伸べる最初。そして、巣立ちを決める最後。その二回だけ。あとは前に立って背中を見せ技を教え、後ろに立って修得するのを見守るの……」
「……」
ジルナリスは少しだけ目を伏せる。
「あの子は……シルフィは、隣に並んで手を取り合うことを学ぶよりも先に、決して弱みを見せられない師匠という立場を知ってしまったの」
外に出ると、そこでシルフィスカと弟子達がゼスタート家の馬車の前に集まっているのが見えた。
それにジルナリスは嬉しそうに目を細める。
「だから、あの子たちは必死で己を磨いて、巣立って、シルフィの元に戻って来たのよ」
「……っ」
全てはシルフィスカの隣に立つためだとレイルにも分かった。
シルフィスカが目を向ける。そこには、酷く困惑した表情があった。
ユジアが一人、レイルたちの方へと向かってくる。そして、辿り着く前にシルフィスカたちは馬車ごと消えた。転移したのだ。
「さて、旦那様方はわたくしが」
「帰るの待っててくれたの?」
「シルフィ様に、家族というものを知っていただきたいですから」
「家族……」
レイルは、自身の左手を見る。そこには誓約の指輪がある。シルフィスカを縛りつける指輪だ。
女性は右手の小指。男性は左手の小指にはめるのが一般的だ。
「行きますぞ」
指輪を見ている内に、レイルたちはユジアの力で屋敷の前に転移していた。
顔を上げると、シルフィスカはまだ待っていてくれたらしい。
決して、自分を待っていたのではないと分かっている。それでも、レイルは嬉しかった。目が合うことはなくても、きちんと自分を含めたこちらを見てくれていることが分かったから。
歩き出す父母。和やかに言葉を交わす様子を見て、レイルから迷いが消えた。
一人その場に離れて取り残されていたレイルは、スラリと剣を抜いた。そして、躊躇いなく自身の左の小指を切り落としたのだ。
顔を向けると、驚きに目を瞠るシルフィスカと目が合った。それがとても嬉しくて、レイルは思わず笑っていた。
*********
読んでくださりありがとうございます◎
また一週空けさせていただきます。
よろしくお願いします◎
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その姿や声には、平伏したくなるような威厳があり、王は冷や汗を流しながら声が震えぬように気合いを入れる。
「っ、し、承知いたしました。後日、改めまして、貴国にはご報告と謝罪をさせていただきます」
これに、マーティウィンはしばらく王の表情から、真意を読み取ろうと睨む。そこに偽りはないと確信すると雰囲気を一変させた。
「うむ……では失礼する。師匠、待ってくだされ」
呼び止められ、シルフィスカは呆れて頭を抱える。
「お前は……せめてこの部屋を出るまでは王族としての威厳を保て」
「それは面倒ですな!」
「面倒でもやれ。まったく、これだから魔法師の才能があっても脳筋だと言われるんだぞ」
「それはどこがダメですかな?」
「脳筋ってとこに決まってるだろ……」
マーティウィンは王族としての威厳も出せるのに、それをあまり使いたがらない。自身の兄が王となると決まった時から、王宮を抜け出して冒険者をしていたこともあるだろう。
他国の王族も冒険者の視点から見ていることで、すっかり王族らしくというのが嫌になったとは聞いていた。それでも、時にはこうした王族らしさも使い分けることができるのは、ただの脳筋ではない証拠だろう。
「師匠は、筋肉好きではなかったですかな?」
「っ……」
唐突な告白。シルフィスカは反射的に、少し目を逸らしてしまった。この反応に弟子たちが衝撃を受ける。
「な、し、師匠……っ、俺はどうっすか!?」
ビスラが興奮気味に問いかけてくる。
「い、いいんじゃないか? というか、別に重要じゃない。好きか嫌いかと言われれば、まあ……好きかもしれんが……っ、おい! お前ら、こんな所で服を脱ごうとするな!」
揃って胸を裸出す弟子達。女性であるクルチスまでも、腹筋や腕を確認していた。
「誰が一番ですか!?」
「鍛え方も戦い方も違うんだぞ。決められるかっ」
「俺らには重要なんすよ!」
「喧しい! さっさと帰るぞ!」
「師匠っ」
スタスタと少し足を速めていくシルフィスカに、弟子たちは慌てて追いすがっていた。
シルフィスカたちが謁見の間から出て行くそんな様子を、誰もが黙って見送った。先ほどまでの緊迫感は完全に払拭されたようだ。声が聞こえなくなった頃。ジルナリスが正気に戻る。
「ふふ。いやだわ。シルフィったら、私たちのこと、忘れて行ったわね」
「そのようだな……では行くか」
「そうね」
ジルナリスは、手を夫であるベルタ・ゼスタートの腕に絡ませる。
ベルタとジルナリスは、並んで王の方へ向き直ると、静かに礼をする。
「これにて失礼させていただきます」
「ベルタ……っ、ああ……これまで、ご苦労であった……」
もう一度静かに頭を下げると、落ち着いた足取りで二人は開け放たれたままの扉へと向かう。
それに続いて、ようやく正気に戻ったレイルも礼をして両親の後を追った。
謁見の間を出てしばらく歩くと、ジルナリスは少し振り返ってレイルの様子を確認する。酷く憔悴したような表情を見て声をかけた。ただし、それは労る言葉ではなかった。
「……レイル。あなた……まだシルフィの夫でいる覚悟はある?」
「っ……私、は……っ」
動揺し、声が詰まって答えが出なかった。もちろん、普通に声が出たとしても、答えられたとは思えない。それが、ジルナリスにも察せられていた。
「今日の事は私も驚いたわ。けど、それがなくても、シルフィは沢山のものを背負ってる。なのにあの子、支えてもらうことを知らないのよ。一人では支え得ないものでも、支えきれないのは、自分が弱いからだって思ってしまうの」
「……あの、弟子たちにも、手を借りないのですか……」
「当たり前よ。弟子だもの。余計に強がっちゃうわ」
困ったものよねのジルナリスはため息をついた。頼って欲しいと、ジルナリスもずっと思ってきた。けれど、一度として満足に手を貸せたことがないのだ。
「知ってる? レイル。師弟ってね。まともに向き合うことができるのは、たった二回だけなのよ」
「それは、どうゆう……」
ジルナリスは、隣からも不思議そうに向けられる視線を感じながら、クスリと笑う。
「弟子にしようって、手を差し伸べる最初。そして、巣立ちを決める最後。その二回だけ。あとは前に立って背中を見せ技を教え、後ろに立って修得するのを見守るの……」
「……」
ジルナリスは少しだけ目を伏せる。
「あの子は……シルフィは、隣に並んで手を取り合うことを学ぶよりも先に、決して弱みを見せられない師匠という立場を知ってしまったの」
外に出ると、そこでシルフィスカと弟子達がゼスタート家の馬車の前に集まっているのが見えた。
それにジルナリスは嬉しそうに目を細める。
「だから、あの子たちは必死で己を磨いて、巣立って、シルフィの元に戻って来たのよ」
「……っ」
全てはシルフィスカの隣に立つためだとレイルにも分かった。
シルフィスカが目を向ける。そこには、酷く困惑した表情があった。
ユジアが一人、レイルたちの方へと向かってくる。そして、辿り着く前にシルフィスカたちは馬車ごと消えた。転移したのだ。
「さて、旦那様方はわたくしが」
「帰るの待っててくれたの?」
「シルフィ様に、家族というものを知っていただきたいですから」
「家族……」
レイルは、自身の左手を見る。そこには誓約の指輪がある。シルフィスカを縛りつける指輪だ。
女性は右手の小指。男性は左手の小指にはめるのが一般的だ。
「行きますぞ」
指輪を見ている内に、レイルたちはユジアの力で屋敷の前に転移していた。
顔を上げると、シルフィスカはまだ待っていてくれたらしい。
決して、自分を待っていたのではないと分かっている。それでも、レイルは嬉しかった。目が合うことはなくても、きちんと自分を含めたこちらを見てくれていることが分かったから。
歩き出す父母。和やかに言葉を交わす様子を見て、レイルから迷いが消えた。
一人その場に離れて取り残されていたレイルは、スラリと剣を抜いた。そして、躊躇いなく自身の左の小指を切り落としたのだ。
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