逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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050 何年生きるか楽しみだよ*

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艶やかな黒い色彩から、光を放つ銀に変わったアークィード。

それが後ろ姿しか見えなくても、美しいと誰もが見惚れていた。神子としての、人心を惹きつけてしまう力だ。

リンティスも床に座り込みながら、そんなアークィードの後ろ姿を見上げていた。

「綺麗……」

その頬には涙が流れている。

心底綺麗だと思う。そして、同時にリンティスの中には、焦りのような感情が溢れてきていた。

「なに……? なんで……」

不意にアークィードが視線を向ける。射抜かれたようにドクリと心臓が不自然に跳ねた。

感じたことのない感情は大きく膨れ上がる。リンティスは気付かない。同じ思いを、伯爵夫妻も感じていた。それは、自身が近付いてはならない神聖なものだと警告からくる焦りと畏怖の感情だった。

その答えに辿り着く前に、リンティス達には変化が訪れていた。

「っ、うっ……なんっ……なに!? い、痛いっ……ッ」
「ううっ」
「ぐうっ」

アークィードの姿に見惚れていたリンティスとベリスベリー伯爵夫妻が、突然胸の辺りを押さえて苦しみだす。

「なっ、にっ、これ……っ」

次第にリンティスは、自身の体から黒いモヤのようなものが出ているのが見え始めていた。腐ったような臭いも少ししている。

「何これ!」
「うわ!」
「い、いや!」

それは、伯爵夫妻も同じ。見たこともない現象に、押さえていた兵たちもさすがに手を離した。

黒いモヤは床に溜まっていく。座り込んでいる三人の下にそれが渦巻くと、そのモヤによって紫色の魔法陣が描かれた。

「な、なんだというのだ!?」

痛みや臭いを忘れるほど、彼らはそれに驚く。次の瞬間、その魔法陣から何かが飛び出してきた。

それは魔法陣と同じ色の光る鎖だ。シャラシャラと金属より少し高い音を立てて幾本もの鎖が高く長く飛び出し、生き物のように動くと、それが三人の手足、腕、腰や首などに巻き付いた。

「きゃぁぁぁっ」
「う、うわぁぁっ」
「ひっ」

拘束し終わると、魔法陣は消える。だが、妖しく淡く光る鎖はそのままだ。床から生えているように見える。

「な、なんなの……っ」

胸の痛みは消えていた。鎖に拘束されたことでの、キツイとか痛いとかはないようだ。引っ張れば長さは変わるが、たるむことなく繋がっていた。

彼らの姿を確認するため、改めて振り向いたアークィードが呆然とそれを口にする。

「『地縛魂鎖』……っ」
「私と兄弟子殿の神子としての力のせいだな。普段は私も気をつけているが……まあ、こいつらは仕方ない。兄弟子殿もこれならば安心だろう?」
「……っ」

アークィードは目を丸くして、再びシルフィスカを見下ろした。だが、当のシルフィスカは鎖で地に繋がれたリンティス達を見ている。

「あの地縛魂鎖じばくこんさは可視化したままになりそうだな。かなり強力だ。それだけ魂がけがれている証拠だろう」

静かに見つめ、冷静に口にする。シルフィスカにとって、リンティス達は血の繋がりがあったとしても、ただの他人としか思えない存在になっていた。

ここで、スラハ司教が口を挟む。

「あれが『地縛魂鎖』……記録では神子のみに許された刑術とありましたが……」

教会にはそれが伝わっている。神官や神子が近くに居る間は、誰にでもあの鎖が見えるようになる。普段は繋がれた者にしか見ることのできない特殊な鎖とあるらしい。

これに、シルフィスカは補足する。

「刑術か……術というほどのものではないよ。本来、神子は穢れた魂さえ浄化し、正しく魂を巡らせることができる」

神子とは、この世界の浄化をする歯車の一つだ。

「だが、神子も人だ。感情がある。神の下へやるには気に入らないと思う者もいる。そうして、神子に嫌われた存在へ、世界が排除行動を取ったものがコレだ。だから『神子の術』ではなく、これは『世界の術』だ。最終的に世界が害悪と認めなければ発動しない」

神子がかけようとしてかけられる術ではないのだ。

「で、ですが、神子の意思も確かに必要なのでしょう? 先ほど、気をつけていると仰っていましたし……」
「ああ……最終的に世界が判断するとはいえ、いわば一度目の審判は我々に委ねられる。だから、嫌悪は抱いてもそれを明確にしないように気を付ける必要があるんだ。他事ほかごとで気を紛らわすとか、殴って終わりにするとかな」
「……な、なるほど……」

シルフィスカはずっと気を付けていた。どれだけ虐げられようとも、怒っても仕方がないと。時には愚痴を言って、迷宮で発散する。そうして誤魔化してきたのだ。だが、さすがにこの場では穢れのせいで近付きたくないという思いもあった。

不快だなと思った所に、拒絶の意思を持ったままのアークィードが神子の力を取り戻した。これにより、あっさり審判が下ってしまったのだ。

「元々、世界が目を付けていたんだろう。あれだけ腐った臭いを纏っていればな……これは仕方がない」
「……もう神子様でも浄化が出来ないのですね」
「手を出すことが許されないからな。審判は下った。魂が消滅すまで地に縛り付けられる。救いはない」
「っ……」

改めて救いがないと聞いて、この場にいる貴族達も、息を呑んだ。

「後の審判は任せる。とはいっても、処刑は出来ない。死因は老衰……というか、魂の消滅だけだ。残念ながら、こちらから手を出すことはできなくなった」

これには、王が反応した。

「手を出せないとは……では、牢に繋ぐしかないのでは?」
「別に労働させてもいい。食事を与えなくても死なないし、毒を飲ませても苦しむだけで死ぬことはない。心も死ぬことができない。狂えないのはキツイだろうな。それで、死ぬ時……魂が消滅する時に浄化の炎が現れる。肉体も残らない。それくらいか?」

リンティス達はカタカタと震えていた。それは処刑よりも恐ろしい未来だ。

「なんにせよ、完全に世界から切り離されてしまったということだ。だから、この世界に生きる我々は、関わることができない。関わる必要がない」
「世界から切り離された……なるほど……」

スラハ司教は少々青ざめながらもこの事実を受け入れたようだ。

「私から言えるのは以上だ。後は好きにしてもらえばいい」
「しょ、承知した。衛兵! 地下牢へ連れていけ」
「「「はっ!」」」

一旦離れた兵達が再び拘束し、リンティスと伯爵夫妻を立ち上がらせる。引きずるようにして移動し始めた。しかし当然だが、彼らは諦めが悪い。

「っ、ま、待って! 許して! 私っ、あなたが聖女だって知らなかったのよ!」
「そ、そうだ! わ、私はお前の父親だぞ!」
「助けてちょうだい! 謝るわっ。だからっ」

喚く三人に、シルフィスカは目も向けない。だが、言い忘れていたことを思い出した。

「そうだ。大事なことを忘れていた。残された時間は早くて一年から五年と言われている。だが、心からの反省もなく神子を……世界を怨み続けた者は五十年生きたと聞く。要は反省できなければ終われないということだ」
「っ……は、はんせい……っ」

リンティスは震える声で呟いた。これにふっと笑みを溢す。

「お前たちは『反省』なんて生まれてこの方やったことがないだろうからな。何年生きるか楽しみだよ」
「っ、い、いや……っ、いやよ!! 助けてぇぇぇっ」

三人は引きずられるようにして謁見の間を出て行った。

「他人に頼ってるようじゃ、当分楽にはなれんだろうな……」

そのシルフィスカの呟きがよく響いた。

誰もが分かっていた。彼らは他人を頼って生きることしか知らない。反省さえも他人に押し付けて生きてきた。そんな彼らが『反省』を知るのは容易なことではないだろう。

そして、自分たちも同じではないかと考える者も少なからず居るようだ。

誰もが自問する中、アークィードだけがシルフィスカを静かに見つめていた。

「……良かったのか……?」

その声は申し訳なさそうで、悔しそうにも聞こえた。

*********
読んでくださりありがとうございます◎
そろそろ区切りが付きそうです!
次回、一週休ませていただきます。
17日頃の予定です。
よろしくお願いします◎
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