逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

文字の大きさ
上 下
48 / 54

048 私と彼の師匠の名は

しおりを挟む
『真の聖女』と聞いて、シルフィスカに集まった視線。それがレイルには不快だったようだ。

レイルは名残惜しげにシルフィスカからゆっくりと手を離し、その前に歩み出た。

貴族達の目から隠すように。

これに、スラハ司教は謝罪した。

「っ……あ、失礼いたしました……っ」

そう口にはしたが、スラハ司教にはもう、シルフィスカが聖女であるという事実から目を逸らすことはできなかった。

そして、ここで貴族達が気付く。

「……彼女が妻ということは……ゼスタート家とこの国を出て行くのでは……」
「っ、せ、聖女なのだろう!? 出て行かれては困るではないかっ」
「ま、待てよ……そ、そうだ。彼女はまさか、最年少特級冒険者のシルフィ殿! ならば……間違いない。『武神』……いや、『殺戮の黒き聖女』だ!」
「あの初代聖女様に匹敵するほどの力を持つと言う!」

騒々しくなっていく。『殺戮の黒き聖女』という物騒な二つ名ではあるが、貴族達は知っていた。

その力は欠損さえ瞬く間に再生させ、死の淵にある命さえ救い上げるのだと。冒険者の中でささやかれだした当初は誰も信じなかった。しかし、一年、二年と過ぎれば、それは当たり前のように語られるようになっていた。

信じるしかなかったのだ。

「最年少で最強の冒険者とも聞いたが、それはどうなのだ?」
「本当らしい。聞いた話では誰も踏破できなかった迷宮を、彼女が次々と踏破して回ったとか」
「古代の遺跡の探索も、彼女に依頼すれば集団暴走スタンピードの危機から逃れることができたという国は多いと聞く」
「だが、どう見てもうちの娘よりも年下だぞ」
「確か、十五頃と聞いたが」

色々言っているなあとシルフィスカは呑気に、未だ動かない目の前のレイルの背中を見つめる。

「それで強いなど……信じられん……年齢を偽っているのではないか? そうだ。あの呪術師とも関係があるようだったし……何か特別な術でもあるのでは……」
「そういえば、兄弟子? とか言っていましたなあ」
「呪術師が兄弟子とは……良くないのでは?」

そんな声が聞こえて、アークィードにも視線が向かう。

彼らは『呪術王』のことを正確に理解できていないのだ。スラハ司教とアークィードの会話は聞いていても『呪術王』が元神子であったということさえ、教会の上層部しか知らないのだから。

次第に、シルフィスカの存在に疑問を抱くようになる貴族達。それを感じて、ビスラやケルスト達が動いた。弟子達とジルナリス、ベルタ・ゼスタートがシルフィスカの元へ歩み寄る。

「何も分かっちゃいねえんだな」
「別に分からなくていいんですけどね。師匠のことは私たちが知っていれは良いんですから」

ビスラとフランがレイルの両側に立って、貴族達を睨み付ける。更に壁を作る気らしい。お陰でほとんど貴族達が見えなくなった。だが、確実に威圧しているのが分かって、すかさず二人に注意する。

「ビスラ、フラン。あまり威圧するな」
「いいじゃねえっすか。どうせ、この国からは出てくんだし、なんならムカつく奴の一人か二人ぶっ飛ばしても」
「私も同意見です。師匠のことを何も知らないくせに、決めつけるような者達など、死んでもいいかと」

相当不快だったようだ。

その時、リンティスが喚いた。

「なんでよ……なんであんたが、そんなにモテてるのよ!!」

シルフィスカの周りは、すっかり弟子達に囲まれていた。

これに意見したのは、ヒリアリアとクルチスだ。

「間違いなくあなたのような者より、尊く、美しいですから、不思議ではないでしょう」
ひがむしか能のない、クズビッチが何を意見しているのかしら? 滑稽だわ」
「なっ、なんですって!?」

貴公子のようなヒリアリアに目も向けられず、大人の女性の色香漂うクルチスに臭いモノでも見るような目で見られて、さすがのリンティスも反論を止めた。

ヒリアリアが続ける。

「分からないかな。私たちの今があるのも、この方のお陰です。現在世界に六人しか存在しない特級冒険者の内、彼女を含めた五人が彼女の弟子である私たちだ。それだけの才が、只人にあると思われますか」

しばらくは必死でそのあり得ない情報を誰もが頭で整理する。一人を除く特級冒険者の全てが、シルフィスカの弟子であると言っているのだと理解した貴族達は、徐々にその事実に近付いていく。

「まさか、本当に師弟関係だと……」
「先程、あの二人も師匠だと言っていなかったか? 先日、叙勲された者だろう」

ビスラとフランをよくよく見て、それが先日の叙勲者であると知り動揺する。

「彼らがそれを返上したという噂はまさか……」
「彼女が師匠だというのならば理解できる……国を出て行くというのもただの噂ではないのでは……」

師匠を冤罪で傷付けられたとすれば、弟子である彼らがそのような行動に出たという噂も信じられると納得していく。

「……待てよ……武神……聖女……治癒魔法を最高までに高めた者は、神との謁見が叶うという伝説……」
「それはっ、ただの伝説……真実だというのか?」
「確か……神からこの世の知識、武術、魔法の全てを授けられた真の聖女や神子は……いずれ神となると……っ」
「だから『真の聖女』……」

スラハ司教が言ったはず。シルフィスカを見て『真の聖女』と。それは神の領域に届くほどの力を有した存在を意味する。そういうことだったのかと、動揺しながらも得心した。

ここでリンティスが復活する。彼女は混乱しながらも冷静に、それらの会話を拾っていたのだ。

「嘘よ……あいつが聖女なんて……っ、そうよ! 別人だわ! お前は、私の妹に成りすましているのね! あいつは、治癒魔法を使えないはずだもの!」

これに、レイルが冷えた目で問いかけた。

「なぜそう思う」

注目されたということ。レイルに目を向けられたということで、リンティスは瞬時に気を良くした。だから、言わなくても良いことまで口にしたのだ。

「っ、だって、アークに治癒魔法が使えないように、使えば死ぬように呪ってもらったんだもの! あいつは聖女になれないわ!」
「……」

笑顔で、拘束されているというのに、若干誇らしげにそう口にしたリンティス。これは、ベリスベリー夫妻も知らなかったらしい。

目を丸くして、リンティスを見つめた。そんな非情なことを、自身の妹にしていたのかと貴族達は絶句する。

「ふふん。ほら、そいつは偽者よ。あいつが身代わりを立てたのね。あら。これはいけないわ。レイル様! ごめんなさい。あの出来損ないが、ゼスタート家を騙して別の人を……あ、そうね……依頼したのね? 特級の冒険者にどうやって依頼をしたのかしら。絶対に見つけ出して、頭を下げさせるわ!」
「……」

もう誰も声を上げない。それに気を良くして、リンティスは更に続けた。

「そうなると……国王様! やはり王女誘拐は妹の仕業ですわ! こうして、私やあちらの特級冒険者に罪を着せたんです! 私は妹が犯人だと王子に言いましたわ。それを、騎士が間違えたんですもの。悪いのはその騎士と妹です!」
「……」

よく口と頭が動くものだと誰もが呆れた。既にこの場で、リンティスに騙されるような者はいない。

「騎士が所属している国に多少は責はあっても、王子や国王様に責任はありませんわ! 悪いのは、依頼した妹よ! そこの特級冒険者さん。悪いのは全部妹。だから……この国を許してちょうだい?」
「……」

最後に上から目線で来たなと、視界が遮られている状態で、シルフィスカはいっそ笑った。

「はははっ。本当に、我が姉ながら面白いほどによく回る口と頭をお持ちだ。そこだけは感心するよ」

シルフィスカはゆっくりとレイルや弟子達を退かせて前に進み出る。

「ここまでくると、ただの姉妹きょうだい喧嘩に巻き込まれた国が哀れだよ」
「わ、私はあなたと姉妹ではないわ。あなたのような人が妹であるはずないもの」

少しだけリンティスが臆したように見えるのは、堂々としたシルフィスカが眩しかったからだろうか。

「いや。これは、本当に遺憾……信じたくない事実だが、私はシルフィスカ・ベリスベリーとして生まれた者だ。まあ、お前たちは私の名など覚えてはいまい。かろうじて、出生届けに名があって良かった。私自身、師匠に呼ばれるまで、自分の名を知らなかったのだからな」
「っ……」

目を泳がせるベリスベリー夫妻。今ようやく、シルフィスカの名を思い出したのだろう。忘れていた事実に、動揺しているらしい。どこまでもクズな親だ。

一方で、貴族達はここで改めてシルフィスカが冷遇されていたという事実を実感していた。娘の名前さえ呼ばず、娘本人でさえ、名前を把握出来ていなかったという状況が、いかに異常かを理解したのだ。

「なんてことだ……」
「同じ人の親として考えられん……」
「……彼女の師匠は呪術師か……だが、なぜ親さえも口にしない名が分かったんだ?」

アークィードは呪術師。そのアークィードを兄弟子と呼んだのだ。呪術師が師匠だと思っても仕方がないだろう。だが、次第に落ち着いてきた者達がそれに気付く。

「いや、まさか……神なのではないか?」
「っ、神に謁見が叶うほどの『真の聖女』だというのならば……っ」

貴族達は息を呑む。その答えに辿り着いていても、神と謁見など、多くの神官でさえ信じてはいても、叶うことのない絵空事でしかないのだ。貴族達が本当の意味で信じられるはずがなかった。

シルフィスカも、ここまできたならばと思う。何より、シルフィスカのことではなく、アークィードをただの呪術師のままにしておきたくはなかったのだ。

アークィードは紛うこと無き、神の一番弟子なのだから。

「私と彼の師匠の名はアウルバウス……この世界の創造神にして唯一神。アウルバウス神だ」

ヒクリと喉を鳴らす者が大半だった。それに笑いながらシルフィスカは付け足す。

「だから言っただろう? 『出生届けに名があって良かった』と。神への報告がなければ、私は未だに自身の名を知らずにいたよ」
「っ!!」

シルフィスカにとっては笑い話。だから、今この場でこれに誰も笑ってくれなかったのは残念だなと肩をすくめた。

************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、26日の予定です!
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

処理中です...