逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

文字の大きさ
上 下
46 / 54

046 私は妹か

しおりを挟む
シルフィスカが目を覚ましたのは、ジルナリス達が城へ向かってからしばらくした頃だった。

「っ、ご主人様! お目覚めになられたんですねっ」
「……サクラか……」

起動した時も、ヘスライルの防衛を頼んだ時も表情を動かしはしなかったサクラは、心からよかったというほっとした表情を見せていた。それに驚きながらも、シルフィスカは体を起こし、怪我をしていた足の具合を確かめる。

「……何日か眠っていたようだな……」

今までは、あちらで何日か経っていても、こちらでは一晩だった。ただ、今回は修得する術の関係でどうなるか分からないと聞いていたのだ。

「はい。お眠りになった日から合わせて四日目でございます」
「そんなに? 動きにくいのはそのせいか……」

筋が固まっているような感覚は、気のせいではないようだと自覚する。

そこに、ユキトとキリルが駆け込んできた。

「シルフィ様! はあ……お加減はいかがですか?」

ユキトがベッドの横で膝を突き、見上げてくる。その瞳が潤んでいるように見えた。人形だということを忘れてしまいそうだ。同じように目を潤ませて扉の前から見つめてくるキリルを見れば、やはり良く出来ていると思う。

「もう少しすれば問題なく動けるようになる」
「では、お食事をご用意いたします。そのあと浴室も使えるよう整えておきますね」
「ああ。ありがとう。頼む」
「承知いたしました」

ユキトがキリルへ目を向ける。キリルは頷いて部屋を出て行った。

「お目覚めになったばかりで申し訳ありませんが、一つお耳に入れたいことが」
「なんだ?」

足の具合を確かめようとベッドから降りて立ってみる。一瞬ふらついたのは、血の巡りがまだ悪いためだろう。咄嗟に手を差し伸べてきたユキト。その手を取り、少し歩いて一人掛けの椅子に座る。

ユキトは名残惜しそうに手を離すと、その手を胸に当てて報告した。

「本日、これより一時間後、ベリスベリー伯爵家へ国王が引導を渡されます」
「っ……急……でもないのか……何より『呪術王』の名が出たなら、認識ができるようになったのだろうし……」

ケルスト達が来たということは、うやむやになっていたベリスベリーの所行も表に出てきたということ。『呪術王』があの場を諦めたのだろう。

『呪術王』はその特質から、存在が希薄になっている。そこへきて、あの場所の特異性が合わさり、『呪術王』が関わる者、関わったことに対しての情報の認識がし辛くなってしまうのだ。

不自然なほど、ベリスベリーの悪行が出てこなかった理由がこれだった。

突然、これらが明るみに出るようになったのは『呪術王』が離れることを決意したからに他ならない。

「いかがされますか?」
「そうだな……」

悩んでいれば、サクラがぬるめのお湯をコップに持ってきてくれた。

「どうぞ、ご主人様。お飲みください」
「ん、ああ……ありがとう」

それをコクリコクリとゆっくり飲み干す。急激に空腹感を感じた。丸三日も飲まず食わずならば当然だろう。

「……じじいにも頼まれたし……軽く食事を取って動けるようになったらアレの所に行くとしよう」
「承知いたしました」

そうして、慌てることなくシルフィスカは出かける支度を始めた。もちろん、浴場で体を温めることも忘れない。凝り固まった筋がほぐれていくのが分かった。

「さて、出かける。留守を頼むぞ」
「はい」

ユキト達にエントランスまで見送ってもらい、転移する。シルフィスカは特級冒険者として城に入るつもりだ。服装も冒険者のそれだった。

転移したのは城門の近く。

本当は『呪術王』であるアークィードが一人になった所でとも思っていたのだが、そうもいかなくなった。戻ってきて認識したのは、リンティスとアークィードの繋がり。

アークィードは恐らく、呪術を掛けた時の後遺症をリンティスへ流していた。呪術師は同じ復讐相手を持つ者に雇われる。手を下す暗殺者と同じ扱いだ。

しかし、暗殺者と違うのはその能力が一人の復讐相手以外には使えないということ。共闘するのも、本当の復讐相手を一人に絞るためだ。

呪術は神が認めていない手段。だからこそ、制限がかかる。術者一人に対して力を行使できるのは一人だけ。それも必ず術者は対価として数年とせずに死ぬことになる。行使すれば最後の諸刃の剣。

何度も行使できる『呪術王』でさえ、その代償を払わないということは不可能だ。もちろん、神としての存在が、本来ならば必須の死という代償を打ち消している。だが、それ以外は退けられない。

その退けられない部分を命じたリンティスへと送っていたのだ。これによる繋がりが、アークィードとリンティスを離れないものにしている。

シルフィスカは、舞踏会の時に見たリンティスを思い出して吐き気を覚えた。爛れた魂が見えたのだ。黒く変色した醜い色だった。

「っ……あんな腐った臭いをさせた者と繋がりを持つなど……辛かったろうに……」

アークィードがあの地に居ようとした理由を神から聞いた。神となった彼は求めずにはいられないのだ。神界との繋がりを。敬愛する師との繋がりを。

呪術という許されない力を行使してしまう自身の弱さを嘆きながらも、いつかはと願っているのだ。呪術を願わない時代が、呪術を捨てられる時がくると信じている。

「……不憫なやつだ……まったく、じじいも素直になって直接力を貸せばいいものを」

シルフィスカはこの数日。神の呪術王への想いも呪術王となった者の想いも痛いほど理解させられた。

完全に巻き込まれたというのがシルフィスカの現状だ。

「あれではどこからどう見ても家出息子を心配する不器用な親父にしか見えんわ」

これが神への感想だ。それもお互いが素直になれない面倒なやつ。さながら、シルフィスカはその間を取り持つ母親か姉妹かというところ。

「兄弟子なら、私は妹か。手のかかる親父と兄を持ったものだ……」

小さくため息を吐く頃、門にたどり着く。門兵にギルドカードを見せた。

「特級のシルフィだ。今行われている謁見にお邪魔する。通してくれ」
「え? あ、ちょっ、少しだけお待ち下さい。上に確認して参ります!」

特級という看板は偉大で、すぐに城に通された。もちろん、案内は付いている。

「申し訳ありません……既に謁見は始まっておりまして……場合によってはお入れできないことも……」

案内してくれるのは幼さの残る従僕の少年。まだ十代だろう。体が弱そうなのが気になるが、そんな彼は大変恐縮していた。

シルフィスカには、弟子達より下の者は可愛らしく映るので、とても微笑ましく見える。歩き方はとても洗練されており、品が良い。

「遅参したのはこちらだ。状況によっては待機させていただく。ただ、用があるのは今回呼ばれている方なのでな」
「あ、王にではないのですか……」
「ああ」

城は広い。こちらが退屈しないように一生懸命話をしようとしてくれているのがわかった。

「まさか……ベリスベリーの……はっ、このような邪推……失礼いたしましたっ」
「いや。間違いではない。用があるのはあそこの従僕だからな」
「は……あ、とても見目の良い方が謁見の間に入っていったと聞きました……こ、恋人ですか?」

気まずそうに、けれど目はこちらを窺うように見ていた。それがなんだか可愛い。

そこでふと既視感を覚えた。

「ん? いや、兄弟子だ。ベリスベリーにいいように使われていたようでな。一発殴って目を覚まさせてやろうと思っているんだ」
「そうでしたか。あ、この先です……っ」
「これ以上は近付かない方がいい」
「あっ……すみません……」

謁見の扉の方から、明らかな殺気が滲み出てきていた。扉の前にいる騎士達も膝が笑っている。

シルフィスカはふらついた少年の体を支えて座らせてやる。震えており、とても軽い体だった。

「大丈夫だ。これはお前達に向けられたものではないよ」
「っ……」

怯えてすがりついてくる少年の背を撫で、青くなった顔に苦笑する。シルフィスカはついでだと、全ての少年の不調を治すように治癒魔法を発動する。体の震えも止まったようだ。

「え……」
「ここまで案内してくれた礼だ」
「っ……」

泣きそうな顔で感動する少年。彼は第三王子だ。王女とは母が違うらしいが、どこか似ていると思ったのが気付くきっかけだった。

「お前達、王子を部屋に送って行ってやってくれ」

騎士に伝えると、今気付いたというように驚いて歩み寄ってくる。駆けてこないのは足がまだ笑っているからだろう。

「お、王子……っ、なぜここにっ」
「あ……気になって……っ、僕が王子だって、気付いていたんですか?」
「勘ですよ。さあ、少し離れて。通してもらいます」

騎士に王子を任せ、シルフィスカは扉の前に立つ。

「い、今は危険です。中には近衛も居りますが……っ」
「戦闘にはなりませんよ。アレが少し苛ついているだけでしょう」
「あっ」

シルフィスカは躊躇いなく扉を開けた。大きな扉は、本来片側の扉だけでも二人から三人で開けるもの。それを小さな部屋の扉と同じ感覚で開いてしまったシルフィスカに、騎士達は腰を抜かしていた。

************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、5日予定です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです

珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。 その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。 それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。

処理中です...