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044 拘束しろ!*
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シルフィスカが眠りについて四日目。
その日、リンティスは朝から上機嫌だった。抑えきれない気持ちが、城に近づくにつれて溢れてくる。
「ようやくだわ! やっと私が王子の婚約者として発表されるのね!」
ベリスベリー伯爵だけでなく、その夫人もリンティスも登城するようにとの指示が来たのは三日前。
これに親娘は『やった!!』と思った。その時が来たのだと喜んだ。決して、婚約発表だなどとは一言も触れていない。だが、彼らはそう思い込んだのだ。今呼ばれるならばそれしかないと。
城は目前。馬車の中で堪らず叫ぶリンティスにつられて、両親の表情も喜色に染まる。
「そうだな! さすがは私の子だ! ゼスタート侯爵が何やらやらかしたと聞くし、もしや私が侯爵に!」
「すごいわ、お父様! あ、ねえ、ならレイル様だけは助けてあげて? あんな素敵な方だったなんて知っていたらあのグズにあげなかったわ。もうっ、本当に厄介な悪魔! きっと、あれを妻になんてしたからお家がなくなるのよ!」
リンティスはあの日、密かに王女が連れ去られていくところを観察していた。予想よりも早く誰かが駆けていくのを見て、さすがに驚いた。
そして、王女を助けるレイルを見て一目で気に入ったのだ。落ち着いた雰囲気で敵から王女を奪い取る。理想とする騎士そのものだった。そして、あの後に聞こえてきたダンスの様子。女性達の誰もが賞賛していたのが決め手になった。
遠くから見た時は無表情に近かったが、たった一人、自分にだけ微笑まれたらと妄想すると、堪らなかった。
「そうか、そうか。リンティスはアレが気に入ったのか。噂によれば、国外追放されるらしいが……私が取りなして息子だけはお前の騎士として側に置かせようか」
「素敵!! そうよね! 私は未来の王妃で、この国の聖女ですもの! 騎士がいてもおかしくないわ!」
こうなるともう止まらない。
「それなら、ビスラ様もフラン様もつけて! 勲章なんか貰うよりも、よっぽど名誉なことよね? ほら、返上したって聞いたもの。あんなものじゃって思ったのね~。きっと、国に仕えるよりも、私に支えたいんだと思うわっ。私とは慣れないダンスも踊りたかったみたいだし!」
王女誘拐は、婚約が決まったと調子に乗っている王女へのお仕置きと同時に、第一王子の株を上げるために仕掛けた。そんな中、下手に騎士が動いたせいで、ビスラとフランも動くことになったと思っている。
「あれは失敗したわ。王子も、もっと上手く立ち回ると思ったのにい」
シルフィスカを犯人にすることで、嫌がらせにもなる。あれでシルフィスカがダメになれば、離婚したレイルも手に入りやすくなっただろう。だが、目論見は外れ、リンティスが雇った男たちは捕らえられ、シルフィスカは解放されたらしい。
「第一王子は愚鈍だ。だからお前が支えねばならん。お前は賢いからできるだろう」
「もちろんよ、お父様。これでこの国は私達のものよ?」
「そうだな。うむ。お前は本当、よくできた娘で嬉しい!」
「でしょ~」
リンティスは国とかどうでもいい。だが、王妃という、国一番の女になることは重要だ。運営は全部父に丸投げする気である。そうすれば、自分は好きに生きられるとこれまでの人生で理解したからだ。
それまで静かにニコニコと笑っていた夫人も話に加わる。
「ねえ、あなた? これが終わったら、聖女としての就任式もするのでしょう? ドレスはどうするの? 私の可愛いリンティスちゃんはこの世界でも一番すごい聖女になるのよ? 聖女としての服も一番でないといけないわよね?」
「もちろんだ。これが終わったら国一番の仕立て屋を呼んでやるからな?」
「嬉しい!」
そんな一家を乗せた馬車の御者の隣には、黒いフードをかぶった者がいる。
リンティスの従僕であるアークィードだ。呪術師は陽の光に弱くなる。よって、外にいる時はフードをかぶっていた。
馬車の中の声を聞きながら、アークィードは口を引き結ぶ。
「……っ」
フードのせいで見えないが、不愉快だと表情が歪んでいた。ただの仲の良い親娘の会話だと、事情や実態を知らなければ思うだろう。だが、アークィードはもう二十年近く彼らを見ている。
「……クズが……」
隣で、唯一この伯爵家に染まっていない御者も同意だと頷いているが、それには気付かない。
城につくとアークィードはフードを取る。
黒い髪に黒い瞳。この国では珍しい。黒い従僕の服がとても似合っていた。男性にしては白い肌で、顔も整っている。背も高く、引き締まった体つき。
彼は女性達だけでなく、男性からも羨望の眼差しで見られる。だからこそ、リンティスは彼を常に従僕として側に置いていた。
「ベリスベリー伯爵御一家はこちらへ! そちらの従僕もご一緒にとのことです!」
「まあ。そうなの? ふふ。ならアーク、エスコートを頼むわ」
「……はい……」
親娘は従僕までもが一緒に行くということの意味を考えなかった。
案内に来た先ほどの騎士も、さっさと離れて先導している。
「このままお進みください!」
そして、謁見の間に入る。
沢山の貴族達が両側に並び、中央の赤い絨毯をリンティス達は笑みを浮かべながら進む。だが、アークィードは気付いていた。
本来ならば当主だけのはずのこの場に、多くの令嬢達が混ざっている。その彼女達は憎らしげにリンティスを睨みつけていた。中には泣きそうに震える者もいるが、瞳の奥に宿るのは恐怖ではなく恨みと怒りだ。
玉座の前で、一家は礼を取る。アークィードは一番後ろだ。彼はこの場に満ちた憎悪をヒシヒシと感じていた。それでも表情を変えないのは、単に表情に出にくくなっているから。
「っ……」
憎悪が、恨みが呪術師としての存在に揺さぶりをかけてくる。呑み込まれそうになるその感情にじっと耐えるしかない。幸い、それらの感情が向けられているリンティス達とは少し離れている。それがせめてもの救いだ。
「面を上げよ」
王の声に、自信満々に親娘は顔を上げた。
「お前たちを呼んだのは他でもない。多くの訴えがあり、その精査を終えたからだ」
「はあ……訴えでございますか?」
ベリスベリー伯爵は意味が分からなかった。それはそうだろう。頭にはもう、リンティスと王子の婚約話しかないのだから。
「うむ……一つ一つ挙げて行くとしようか」
そうして、国王が挙げ連ねたのは、伯爵と夫人の行った不正について。脅して騙し取った金品の証文や、事故として消した者たちの名など、全て事細かく公開された。
「っ、な、な、な、っ」
伯爵はただ『な』を連呼するだけのものとなり、夫人はパクパクと水に打ち揚げられた魚にしか見えなくなっていた。
「これらの証人もそれぞれいる。よくも今まで好き勝手やってくれたものだな」
「っ!!」
ようやくここで、周りからくる殺意の込もる視線に気付いたようだ。
「次に……リンティスといったか。お前についてだ」
「っ……」
リンティスもここにきてやっとヤバいと焦り出す。これは婚約どころではないとようやく気付いたのだ。
「多くの令嬢達への嫌がらせ、脅迫行為……中には自ら命を絶った者もいた……婚約を破談にされたというのも多かったな」
「……っ」
表情が歪む。今まで上手く隠してこれたはずだ。だが、それが隠しきれないほど、自身でもまずいと思っていた。
「ふむ……罪悪感はあると見える」
「わ、私……え、冤罪です! そう。聖女である私を貶めようとする何者かがいるのですわ。あ……そうよ……妹です! 妹が全て悪いのですわ! 私から婚約者まで奪ったのですもの!」
「……ほお……」
今まで表に出てこなかったシルフィスカならば、顔も分からない。性格も分からないのだから。これなら誤魔化せる。表情もいつも通りになった。
悲しげに、こちらに落ち度はないという表情を見せれば、男なんてすぐに落ちる。
そして、もう一つ。
教会で教えてもらった特別な魔法でこの場は全ておさまるはずだ。
それは精神異常を解く『精神浄化魔法』であるはずだった。怒りさえも解く精神安定のための魔法。聖女ならばこの魔法の修得は必須だ。そのため、聖女と認定されたリンティスにも教えられていた。修得できたものとして、聖女認定したのだが、リンティスはこれを正しく修得できていなかった。
気付いて声を上げたのはフランと魔法師長だ。
「これは『魅了魔法』です!」
「拘束しろ!」
フランは正確にそれが『魅了魔法』であると見抜き、咄嗟に打ち消す。魔法師長は速やかに騎士を動かした。
「ちょっ! 何するのよ! なんて酷いこと! 私は聖女なのよ!?」
ジタバタと見苦しく拘束を解こうとする。だが、もう騎士達も手加減などしなかった。王はリンティスを拘束することもあると、騎士達に前もって説明していたのだ。罪人として扱うようにと念を押していた。
「その聖女認定だが……どうするスラハ司教殿?」
呼ばれて前に進み出たスラハという司教は、すぐに跪いて頭を下げた。
「はい……このようなことになって申し訳ございません。この国に所属していた司教以下、愚かにも教義に反した者も全て処分いたしました。よって、認定は白紙とさせていただきたく存じます。ご迷惑をお掛けいたしましたこと、本教会の大司教からも後日、お詫びいたします」
「え……」
リンティスは丁寧に頭を下げた五十代頃の神官の言葉を反芻した。
王は、リンティスのことを調べだしてすぐに、各国にある教会をまとめる創造神アウルバウス神教の総本山の大神官に連絡を取った。聖女の能力に疑惑ありとして、教会内の調査をお願いすると、すぐにこのスラハ司教が派遣されてきた。
二日ほどで調査を終え、密かに、速やかに教会を生まれ変わらせたのだ。
「あなた誰よ! バズ司教はどうしたのよ!」
「アレは投獄いたしました」
「と……投獄……?」
「司祭やほとんどの神官も捕縛し、本部へ移送しております。彼らはこの後、一生外に出ることはないでしょう。あなたも、聖女として教会に入っていたなら、そうなっていたはずです。正式な手続きがされておりませんので、残念ですが国によって裁かれることになります」
「ッ、な……なんで……っ」
スラハは冷静に淡々とそう言ってのけた。その瞳には、怒りがチラついている。
神聖な聖女の立場を利用されていたのだ。許せるものではない。神官達を堕落された原因の一部は、ベリスベリー家にある。それが許せないのだ。
「あなた方は神を侮辱した。それを、我々創造神アウルバウス神教会は忘れません」
「っ!!」
リンティスは初めて恐怖を感じた。カタカタと震える体。それが恐怖のせいだと本能で理解する。
神官はリンティスにとって手足のようなもの。遊びを手助けする従僕で、欲しいといえば何でも手に入れてくれる便利な存在。教会は自分のためにあるとまで考えていた。
だが、それが違うのだと。理解させられる。スラハは今まで見たどの神官よりも神官らしかった。存在自体が違う。わがままを聞いてくれる人ではないと分かる。きっと嘘も見抜かれる。誤魔化しなんて利かない。
ふと、そんなスラハの瞳が和らぐ。少しだけほっとした。
「……あなたに、もっと早くお会いしていれば良かった。このように醜く魂が歪む前に救えたかもしれないのに……残念です……」
「っ……わ、わたし……っ」
心から無念だと、そう言われ、救えないと言われてリンティスは涙が溢れた。未だ騎士達はキツく拘束している。その痛みよりも、遥かにその言葉の方が痛かった。
「いや……っ、いや……っ、助けて。わたし、私、ちゃんとするわっ。わがまま言わないからっ。お願い……っ……お願い助けて……っ、助けてくださいっ」
「……」
スラハは静かに目をそらした。もう見たくないというように。
「っ! いやっ! あ、アーク! アークお願い! この人にわたしをっ……」
どうしたいのか分からなくなった。どうすればいいのか分からない。これまでアークィードの呪術で言うことを聞かせてきた。だから、今回もと思ったのだ。だが、それをしたら二度とスラハは目を合わせてくれないような気がした。
そのスラハはアークィードへ目を向ける。
しばらく見つめ続けるスラハ。そんな彼に王が尋ねた。
「彼が呪術師で間違いないのでしょうか」
「……はい……ですがコレは……まさか……」
スラハは息を呑んだ。目を見開き、アークィードを見つめる。その目を逸らすことができないのだ。
ゴクリと喉が鳴る。そして、喉の渇きを感じながら絞り出すように告げた。
「彼は……『呪術王』……」
「っ!?」
王は驚き、思わず立ち上がり、控えていたジルナリスやケルスト達が身構えてアークィードへ注目した。
************
読んでくださりありがとうございます◎
一週お休みさせていただき
次回、22日の予定です!
よろしくお願いします◎
その日、リンティスは朝から上機嫌だった。抑えきれない気持ちが、城に近づくにつれて溢れてくる。
「ようやくだわ! やっと私が王子の婚約者として発表されるのね!」
ベリスベリー伯爵だけでなく、その夫人もリンティスも登城するようにとの指示が来たのは三日前。
これに親娘は『やった!!』と思った。その時が来たのだと喜んだ。決して、婚約発表だなどとは一言も触れていない。だが、彼らはそう思い込んだのだ。今呼ばれるならばそれしかないと。
城は目前。馬車の中で堪らず叫ぶリンティスにつられて、両親の表情も喜色に染まる。
「そうだな! さすがは私の子だ! ゼスタート侯爵が何やらやらかしたと聞くし、もしや私が侯爵に!」
「すごいわ、お父様! あ、ねえ、ならレイル様だけは助けてあげて? あんな素敵な方だったなんて知っていたらあのグズにあげなかったわ。もうっ、本当に厄介な悪魔! きっと、あれを妻になんてしたからお家がなくなるのよ!」
リンティスはあの日、密かに王女が連れ去られていくところを観察していた。予想よりも早く誰かが駆けていくのを見て、さすがに驚いた。
そして、王女を助けるレイルを見て一目で気に入ったのだ。落ち着いた雰囲気で敵から王女を奪い取る。理想とする騎士そのものだった。そして、あの後に聞こえてきたダンスの様子。女性達の誰もが賞賛していたのが決め手になった。
遠くから見た時は無表情に近かったが、たった一人、自分にだけ微笑まれたらと妄想すると、堪らなかった。
「そうか、そうか。リンティスはアレが気に入ったのか。噂によれば、国外追放されるらしいが……私が取りなして息子だけはお前の騎士として側に置かせようか」
「素敵!! そうよね! 私は未来の王妃で、この国の聖女ですもの! 騎士がいてもおかしくないわ!」
こうなるともう止まらない。
「それなら、ビスラ様もフラン様もつけて! 勲章なんか貰うよりも、よっぽど名誉なことよね? ほら、返上したって聞いたもの。あんなものじゃって思ったのね~。きっと、国に仕えるよりも、私に支えたいんだと思うわっ。私とは慣れないダンスも踊りたかったみたいだし!」
王女誘拐は、婚約が決まったと調子に乗っている王女へのお仕置きと同時に、第一王子の株を上げるために仕掛けた。そんな中、下手に騎士が動いたせいで、ビスラとフランも動くことになったと思っている。
「あれは失敗したわ。王子も、もっと上手く立ち回ると思ったのにい」
シルフィスカを犯人にすることで、嫌がらせにもなる。あれでシルフィスカがダメになれば、離婚したレイルも手に入りやすくなっただろう。だが、目論見は外れ、リンティスが雇った男たちは捕らえられ、シルフィスカは解放されたらしい。
「第一王子は愚鈍だ。だからお前が支えねばならん。お前は賢いからできるだろう」
「もちろんよ、お父様。これでこの国は私達のものよ?」
「そうだな。うむ。お前は本当、よくできた娘で嬉しい!」
「でしょ~」
リンティスは国とかどうでもいい。だが、王妃という、国一番の女になることは重要だ。運営は全部父に丸投げする気である。そうすれば、自分は好きに生きられるとこれまでの人生で理解したからだ。
それまで静かにニコニコと笑っていた夫人も話に加わる。
「ねえ、あなた? これが終わったら、聖女としての就任式もするのでしょう? ドレスはどうするの? 私の可愛いリンティスちゃんはこの世界でも一番すごい聖女になるのよ? 聖女としての服も一番でないといけないわよね?」
「もちろんだ。これが終わったら国一番の仕立て屋を呼んでやるからな?」
「嬉しい!」
そんな一家を乗せた馬車の御者の隣には、黒いフードをかぶった者がいる。
リンティスの従僕であるアークィードだ。呪術師は陽の光に弱くなる。よって、外にいる時はフードをかぶっていた。
馬車の中の声を聞きながら、アークィードは口を引き結ぶ。
「……っ」
フードのせいで見えないが、不愉快だと表情が歪んでいた。ただの仲の良い親娘の会話だと、事情や実態を知らなければ思うだろう。だが、アークィードはもう二十年近く彼らを見ている。
「……クズが……」
隣で、唯一この伯爵家に染まっていない御者も同意だと頷いているが、それには気付かない。
城につくとアークィードはフードを取る。
黒い髪に黒い瞳。この国では珍しい。黒い従僕の服がとても似合っていた。男性にしては白い肌で、顔も整っている。背も高く、引き締まった体つき。
彼は女性達だけでなく、男性からも羨望の眼差しで見られる。だからこそ、リンティスは彼を常に従僕として側に置いていた。
「ベリスベリー伯爵御一家はこちらへ! そちらの従僕もご一緒にとのことです!」
「まあ。そうなの? ふふ。ならアーク、エスコートを頼むわ」
「……はい……」
親娘は従僕までもが一緒に行くということの意味を考えなかった。
案内に来た先ほどの騎士も、さっさと離れて先導している。
「このままお進みください!」
そして、謁見の間に入る。
沢山の貴族達が両側に並び、中央の赤い絨毯をリンティス達は笑みを浮かべながら進む。だが、アークィードは気付いていた。
本来ならば当主だけのはずのこの場に、多くの令嬢達が混ざっている。その彼女達は憎らしげにリンティスを睨みつけていた。中には泣きそうに震える者もいるが、瞳の奥に宿るのは恐怖ではなく恨みと怒りだ。
玉座の前で、一家は礼を取る。アークィードは一番後ろだ。彼はこの場に満ちた憎悪をヒシヒシと感じていた。それでも表情を変えないのは、単に表情に出にくくなっているから。
「っ……」
憎悪が、恨みが呪術師としての存在に揺さぶりをかけてくる。呑み込まれそうになるその感情にじっと耐えるしかない。幸い、それらの感情が向けられているリンティス達とは少し離れている。それがせめてもの救いだ。
「面を上げよ」
王の声に、自信満々に親娘は顔を上げた。
「お前たちを呼んだのは他でもない。多くの訴えがあり、その精査を終えたからだ」
「はあ……訴えでございますか?」
ベリスベリー伯爵は意味が分からなかった。それはそうだろう。頭にはもう、リンティスと王子の婚約話しかないのだから。
「うむ……一つ一つ挙げて行くとしようか」
そうして、国王が挙げ連ねたのは、伯爵と夫人の行った不正について。脅して騙し取った金品の証文や、事故として消した者たちの名など、全て事細かく公開された。
「っ、な、な、な、っ」
伯爵はただ『な』を連呼するだけのものとなり、夫人はパクパクと水に打ち揚げられた魚にしか見えなくなっていた。
「これらの証人もそれぞれいる。よくも今まで好き勝手やってくれたものだな」
「っ!!」
ようやくここで、周りからくる殺意の込もる視線に気付いたようだ。
「次に……リンティスといったか。お前についてだ」
「っ……」
リンティスもここにきてやっとヤバいと焦り出す。これは婚約どころではないとようやく気付いたのだ。
「多くの令嬢達への嫌がらせ、脅迫行為……中には自ら命を絶った者もいた……婚約を破談にされたというのも多かったな」
「……っ」
表情が歪む。今まで上手く隠してこれたはずだ。だが、それが隠しきれないほど、自身でもまずいと思っていた。
「ふむ……罪悪感はあると見える」
「わ、私……え、冤罪です! そう。聖女である私を貶めようとする何者かがいるのですわ。あ……そうよ……妹です! 妹が全て悪いのですわ! 私から婚約者まで奪ったのですもの!」
「……ほお……」
今まで表に出てこなかったシルフィスカならば、顔も分からない。性格も分からないのだから。これなら誤魔化せる。表情もいつも通りになった。
悲しげに、こちらに落ち度はないという表情を見せれば、男なんてすぐに落ちる。
そして、もう一つ。
教会で教えてもらった特別な魔法でこの場は全ておさまるはずだ。
それは精神異常を解く『精神浄化魔法』であるはずだった。怒りさえも解く精神安定のための魔法。聖女ならばこの魔法の修得は必須だ。そのため、聖女と認定されたリンティスにも教えられていた。修得できたものとして、聖女認定したのだが、リンティスはこれを正しく修得できていなかった。
気付いて声を上げたのはフランと魔法師長だ。
「これは『魅了魔法』です!」
「拘束しろ!」
フランは正確にそれが『魅了魔法』であると見抜き、咄嗟に打ち消す。魔法師長は速やかに騎士を動かした。
「ちょっ! 何するのよ! なんて酷いこと! 私は聖女なのよ!?」
ジタバタと見苦しく拘束を解こうとする。だが、もう騎士達も手加減などしなかった。王はリンティスを拘束することもあると、騎士達に前もって説明していたのだ。罪人として扱うようにと念を押していた。
「その聖女認定だが……どうするスラハ司教殿?」
呼ばれて前に進み出たスラハという司教は、すぐに跪いて頭を下げた。
「はい……このようなことになって申し訳ございません。この国に所属していた司教以下、愚かにも教義に反した者も全て処分いたしました。よって、認定は白紙とさせていただきたく存じます。ご迷惑をお掛けいたしましたこと、本教会の大司教からも後日、お詫びいたします」
「え……」
リンティスは丁寧に頭を下げた五十代頃の神官の言葉を反芻した。
王は、リンティスのことを調べだしてすぐに、各国にある教会をまとめる創造神アウルバウス神教の総本山の大神官に連絡を取った。聖女の能力に疑惑ありとして、教会内の調査をお願いすると、すぐにこのスラハ司教が派遣されてきた。
二日ほどで調査を終え、密かに、速やかに教会を生まれ変わらせたのだ。
「あなた誰よ! バズ司教はどうしたのよ!」
「アレは投獄いたしました」
「と……投獄……?」
「司祭やほとんどの神官も捕縛し、本部へ移送しております。彼らはこの後、一生外に出ることはないでしょう。あなたも、聖女として教会に入っていたなら、そうなっていたはずです。正式な手続きがされておりませんので、残念ですが国によって裁かれることになります」
「ッ、な……なんで……っ」
スラハは冷静に淡々とそう言ってのけた。その瞳には、怒りがチラついている。
神聖な聖女の立場を利用されていたのだ。許せるものではない。神官達を堕落された原因の一部は、ベリスベリー家にある。それが許せないのだ。
「あなた方は神を侮辱した。それを、我々創造神アウルバウス神教会は忘れません」
「っ!!」
リンティスは初めて恐怖を感じた。カタカタと震える体。それが恐怖のせいだと本能で理解する。
神官はリンティスにとって手足のようなもの。遊びを手助けする従僕で、欲しいといえば何でも手に入れてくれる便利な存在。教会は自分のためにあるとまで考えていた。
だが、それが違うのだと。理解させられる。スラハは今まで見たどの神官よりも神官らしかった。存在自体が違う。わがままを聞いてくれる人ではないと分かる。きっと嘘も見抜かれる。誤魔化しなんて利かない。
ふと、そんなスラハの瞳が和らぐ。少しだけほっとした。
「……あなたに、もっと早くお会いしていれば良かった。このように醜く魂が歪む前に救えたかもしれないのに……残念です……」
「っ……わ、わたし……っ」
心から無念だと、そう言われ、救えないと言われてリンティスは涙が溢れた。未だ騎士達はキツく拘束している。その痛みよりも、遥かにその言葉の方が痛かった。
「いや……っ、いや……っ、助けて。わたし、私、ちゃんとするわっ。わがまま言わないからっ。お願い……っ……お願い助けて……っ、助けてくださいっ」
「……」
スラハは静かに目をそらした。もう見たくないというように。
「っ! いやっ! あ、アーク! アークお願い! この人にわたしをっ……」
どうしたいのか分からなくなった。どうすればいいのか分からない。これまでアークィードの呪術で言うことを聞かせてきた。だから、今回もと思ったのだ。だが、それをしたら二度とスラハは目を合わせてくれないような気がした。
そのスラハはアークィードへ目を向ける。
しばらく見つめ続けるスラハ。そんな彼に王が尋ねた。
「彼が呪術師で間違いないのでしょうか」
「……はい……ですがコレは……まさか……」
スラハは息を呑んだ。目を見開き、アークィードを見つめる。その目を逸らすことができないのだ。
ゴクリと喉が鳴る。そして、喉の渇きを感じながら絞り出すように告げた。
「彼は……『呪術王』……」
「っ!?」
王は驚き、思わず立ち上がり、控えていたジルナリスやケルスト達が身構えてアークィードへ注目した。
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