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037 ありがたがれよ*
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時間的には昼を過ぎた頃。
ユジアに落ち着いて話をしようと言われ、ケルストは最近よく行く馴染みの飲み屋に案内した。
そこは、高ランクの冒険者が使う個室もあるバーで、元パーティメンバーの面々は少し気遅れしていた。
「ほら、行くぞ。というか、いい雰囲気の店を知っているなあ」
「……知り合いの……上級の人に……教えてもらった……」
「へえ」
高ランクの冒険者が使うだけあり、値段もそれなりにする物を置いている。それに、元特級冒険者だったマスターが許可しなければ、個室は使うことができない。
「マスター……部屋借りる」
「ケルストか。いいぞ。この人数だと2番な。飲み物は? 酒は入れない方が良さそうだが……果実水にするか?」
マスターは、ちらりとケルストの連れてきた面々を見て、カウンターに肘を突きながらニヤリと笑った。
「そうする……」
「今用意するから持って行け」
「ん……」
すぐにマスターはよく冷えた果実水を満たしたピッチャー二つと、コップを人数分用意し、トレーに乗せて出してくれた。
「そうだ。お前好みの良い地酒が入ったぞ。今夜に来いよ?」
「分かった……ありがとう……」
ケルストは部屋代と果実水の代金に少しだけ色を付けてカウンターの上に置く。重いはずのトレーを軽く持ち、奥へ向かった。
ユジアや他の面々が、マスターと親しそうな様子に目を丸くしていたが、ケルストは気付かない。ついて来ている事を気配だけで確認して進む。
『2番』と扉に書かれた部屋は、十人が入れる部屋だ。だいたい、一つのパーティにプラス数人が使う。高ランクともなれば顔も広くなり、ギルドを通さない個人的な依頼や交友も増えてくる。そんな時に使う部屋だった。
ユジアは、部屋の中に入ると見回して感心した。
「……ここ、ランク高いのが使う部屋だな。遮音と防御の結界魔法がかかってるぞ……」
「分かるのか……客として……貴族も来るから……これがここの……普通」
「ほお……あのマスターも只者ではないみたいだし?」
「元特級……」
「「「「「特っ……特級!?」」」」」
元メンバーたちが驚愕して固まった。特級の冒険者は現在、引退間近の一人しか居ない。だいたい、五十年に一人と言われている。
マスターはそんな特級の冒険者であったが、足を悪くして五十歳目前で辞めたらしい。とはいえ、足を悪くしたくらいでは揺るがないほど実力はある。引退する時もかなり引き留められたようだ。
この場所で冒険者をサポートすることを約束することで、なんとか引退できたと言っていた。
マスターは、正しく強者を見分けられると有名だった。そこで、冒険者たちが賭けをした。それがケルストのことだ。いきなり現れて日に何個もクエストを受けていくケルスト。その実力が元特級のマスターに認められるかどうか。
自分たちの目は正しいかと、マスターに判定を依頼したというわけだ。これにより、正しく強者となっていたケルストは、マスターに客としても認められた。
お陰で、変に絡まれることが減って助かったというのが本音だ。
それぞれが席につく。ケルストの元メンバーは男三人、女二人の五人。彼らは全員向かい側に並んで座った。
ユジアはケルストとは一つ席を空けてこちら側に座る。距離を取らないと大柄なケルストとは話づらいのだ。
「お前ら勝手に注げ。ケルストは俺がやってやる」
「ありがとう……」
ピッチャーの一つとグラスを五人の方に置き、ユジアはケルストのと自分のグラスにもう一つのピッチャーから果実水を注いだ。
礼を言って受け取り、二口飲む。冷たくてほっとした。仕事の後だ。喉は渇いていたらしい。
同じように二口ほど飲んで、ユジアが呟く。
「美味いな」
「ここは……酒も……料理も……美味い」
「へえ。高そうだがな。まあ、アレか? 稼ぎがいいのか?」
「……それなり……」
「一日平均は?」
「……金貨ニ、三枚……」
「「「「「っ!?」」」」」
向かいの五人が、果実水を吹き出しそうになっていた。四級の冒険者が精一杯やって一日に稼げるのはその十分の一、銀貨二十枚前後が精々だ。一日で金貨が何枚か稼げるのは、中級くらいからと言われている。
冒険者が一人、最低限一日暮らすのに、銀貨一枚で充分だとする中で考えれば破格だった。
ケルストには、シルフィスカからもらったマジックバックがあるので、荷物には困らない。素材となる魔獣もそのまま持って帰って来られるという理由も大きい。
因みに、硬貨は五種類。下から銭貨、銅貨、銀貨、金貨、錬貨とあり、百枚ごとに種類が変わる。
「っ、そりゃあ、すごい! 今、ランクは?」
「四級……でもたぶん……来週には……三級に上がる」
「「「「「はあ!?」」」」」
驚くのは無理もない。
「ん? なんだよお前ら。なんか文句あるのか? お前ら三級だろ」
「そう……だけど……三級になるまで五年かかった。それなのに……半年前まで冒険者でもなかったケルストがなんで……」
当然の疑問だった。だが、彼らはそうして口にしたことをユジアに聞かれたのに気付かなかった。
急に空気が変わった。
「おい……お前ら、今何て言った? 半年前までケルストは冒険者じゃなかったと言ったか?」
そういう意味だよな今の、と続けるユジア。怒っているのは明白だった。
「っ、ち、違っ」
慌てて否定されても、それは肯定するようなもの。
「何がだ? 何が違う? だいたい、おかしいと思ってたんだよ。昔っから、お前らはケルストを貶してやがった。それなのに、仲良くパーティ組んで冒険者になるだあ? 使い潰す気満々だったろっ」
「あ……だ、だけど……っ」
「だけどなんだよ。納得できる理由があるんだろうなあ?」
それから、ユジアに根掘り葉掘り聞き出され、最後はケルストを見捨てて逃げたことまで、正直に話させられていた。貴族に仕えているだけあり、ユジアは会話を誘導するのも上手い。
仕事の時と完全なプライベート時には雰囲気や口調も変えるユジアだ。相手にする者によっても態度はガラリと変わる。
この間、ケルストが口を挟むことはしない。というか、出来なかった。ただでさえ口下手なのだ。割り込むなんてできない。
「こいつらがそこまで落ちたクズだとは……おい、ケルスト。お前もちっとは怒れ」
「……別に……」
怒るのも面倒だし、相手にしたくないというのが本音だ。それが、ユジアには正確に伝わったらしい。ユジアは昔から、ケルストの一言だけで色々と察してくれた。
「お前なあ……で? お前はそれからどうやって生き延びて、どうやって鍛えたんだ?」
「……分かる…….」
なぜ鍛えたと分かるのかとユジアへ尋ねる。
「分かるに決まってんだろ。その体付き。しっかり順に鍛えられなきゃ、そこまでバランスよく肉は付かねえ。なんだ? 良い師匠にでも会ったか?」
「会った」
「お……」
はっきりと即答したケルストに、ユジアは目を丸くする。そして、ゆっくりと破顔した。
「そりゃあ良い。どんな師匠か……いや、二人の時に話そう。こいつらに聞かせてやるのはもったいない気がする」
「ん……ユジアになら……話す」
「「「「「……っ」」」」」
これにより、元パーティメンバーは、はっきりと決別の意思をケルストから感じ取った。とはいえ、それに納得するかどうかは別だ。
「っ、ケルスト……すまなかった!」
「ごめんなさい!」
「もう二度とあんなことしない!」
「許してくれっ」
「ご、ごめん……っ」
立ち上がって頭を下げる五人。ケルストはここで初めて彼らを一人一人認識した。
男達は足や腕に怪我があるらしく、動きが少しぎこちないところがある。女の方は、以前より目に力がなかった。
「俺ら……お前が居なくなって、やっと分かった……お前に……守られてたって……」
「……」
守っただろうか。必死で前に立ったことはある。どちらかといえば、荷物を守っていた。これをシルフィスカに話したら『お前、真面目過ぎ!』と大笑いされたのを思い出す。
「ケルストは戦えないのに……武器もないのに魔獣の前に立ってた。だから私たち、あまり怖いって思ったことなくて……」
薪にしようとしていた枝か、落ちている石しか武器になるようなものはなくて、いつもそれで立ち向かった。これを聞いたシルフィスカに『道具の使い方も知らん古代人か! いいけどな!』と少し褒められた。そのあと、武器がない時に使える物での戦い方や格闘技を教授された。
「仲間なのに……お前にばっかり無茶させてたって……分かった……」
荷物持ちって雑用係じゃなくて、仲間だったんだなと色々なパーティの話を聞いて呟けば『本当にどんなパーティメンバーだったんだ!? 潰すか?』と本気で嫌そうな顔をしたシルフィスカを思い出す。
思わず頷かなくて良かった。
寧ろ、このパーティメンバーにシルフィスカを会わせたくなかった。自分が居ない所で、話なんてして欲しくない。貴重なシルフィスカとの時間を、こいつらに使ってほしくなかった。
「……」
「「「「「っ……」」」」」
「ケルスト。威圧してんぞ」
「ん……すまん……」
感情が出てしまったらしいと知り、少し反省する。
「まあ、これで分かっただろ。お前らのこと、ケルストはこれっぽっちも気にしてねえ。視界に入っててもどうでもいいものになってんだ。これ以上、近付くな」
「っ、で、でも!」
「おい」
ユジアは机に肘を突き、そこに顎を乗せて五人を睨め付ける。それは確かな殺気だ。
「「「「「っ!?」」」」」
「ユジア?」
彼は本当に、貴族にどういう仕え方をしているのか疑問だ。普通にガラが悪過ぎる。
「全部なかったことにしてやろうってんだぞ? ありがたがれよ。これ以上付き纏ってみろ……消すぞ」
「っ、そ、そんな、こと……っ」
「できねえと思ってんの? 俺を誰だと思ってやがる……面倒な貴族を黙らせるより、冒険者やってる奴を消す方が楽に決まってんだろ」
「ひっ……」
ニヤリと笑われ、五人は真っ青になって逃げ出した。それをケルストは見送った。もう近付いて来ないだろう。別れとしては中途半端だが、まあいいかと、果実水を飲む。
「……実力行使……好きじゃない……だろ?」
「ん~、どっちかってえと、情報戦が得意だしな~♪」
完全にただの脅しだったらしい。とはいえ、きっとユジアなら必要があれば実力行使も辞さない。
「……昼……このまま……どうだ」
「いいなっ。食べてなかったんだ。そんで、ついでにお前の師匠の話でも聞こうか。酒もあるんだっけか?」
「ん……でも、それは……夜」
そうして、ユジアとこの場で遅い昼食を取りつつ、だらだらと夜まで食べて、話して、酒も楽しんでまた会おうと言って別れた。
無事に三級になり、シルフィスカと会えた後、次は中級に上がった時にと言われ、一年で中級に上がった。
その時、ユジアともシルフィスカは顔を合わせる。ケルストがそのまた一年後、上級に上がる頃にはシルフィスカも上級目前になっており、誇らしく思った。
そして、そのまた約一年後。シルフィスカとほぼ同時に特級へ上がったのだ。
◆ ◆ ◆
ケルストにとっては、シルフィスカは神よりも上の存在だ。
大切で、誇らしくて、いつでも笑っていて欲しいと思う存在。そして、誰よりも自由で居て欲しいと願う。
その人が両親に虐げられ、姉に呪いを受けていたと知って、何度、腹わたが煮え繰り返る思いを感じたか知れない。
だから、その家から解放されたのなら、すぐにでも迎えに行こうと決めていた。
なのに、次に囚われていると知って、ケルストは許せなかった。
誰かを恨んだり、誰かに怒りを感じることの少ないケルストが、珍しく湧き上がる怒りをそのままに人を殴った。シルフィスカが望まないと知っているから、死なないように手加減するにはしたが、かなり難しかった。
「ケルストっ」
「っ……しっ……しょう……っ」
駆け寄ってくるシルフィスカは、冒険者の時の服装ではなく、簡素なワンピースを着ていた。
護衛の仕事でドレスを着ることもあったシルフィスカだが、あくまで他人の振りをしていた弟子達は、その姿を見たことがない。
初めて見た令嬢としての姿は、衝撃的だった。その上の笑顔だ。恋し過ぎて夢でも見ていると思った。
************
読んでくださりありがとうございます◎
やっと戻ってこれた……
次回、20日の予定です。
よろしくお願いします◎
ユジアに落ち着いて話をしようと言われ、ケルストは最近よく行く馴染みの飲み屋に案内した。
そこは、高ランクの冒険者が使う個室もあるバーで、元パーティメンバーの面々は少し気遅れしていた。
「ほら、行くぞ。というか、いい雰囲気の店を知っているなあ」
「……知り合いの……上級の人に……教えてもらった……」
「へえ」
高ランクの冒険者が使うだけあり、値段もそれなりにする物を置いている。それに、元特級冒険者だったマスターが許可しなければ、個室は使うことができない。
「マスター……部屋借りる」
「ケルストか。いいぞ。この人数だと2番な。飲み物は? 酒は入れない方が良さそうだが……果実水にするか?」
マスターは、ちらりとケルストの連れてきた面々を見て、カウンターに肘を突きながらニヤリと笑った。
「そうする……」
「今用意するから持って行け」
「ん……」
すぐにマスターはよく冷えた果実水を満たしたピッチャー二つと、コップを人数分用意し、トレーに乗せて出してくれた。
「そうだ。お前好みの良い地酒が入ったぞ。今夜に来いよ?」
「分かった……ありがとう……」
ケルストは部屋代と果実水の代金に少しだけ色を付けてカウンターの上に置く。重いはずのトレーを軽く持ち、奥へ向かった。
ユジアや他の面々が、マスターと親しそうな様子に目を丸くしていたが、ケルストは気付かない。ついて来ている事を気配だけで確認して進む。
『2番』と扉に書かれた部屋は、十人が入れる部屋だ。だいたい、一つのパーティにプラス数人が使う。高ランクともなれば顔も広くなり、ギルドを通さない個人的な依頼や交友も増えてくる。そんな時に使う部屋だった。
ユジアは、部屋の中に入ると見回して感心した。
「……ここ、ランク高いのが使う部屋だな。遮音と防御の結界魔法がかかってるぞ……」
「分かるのか……客として……貴族も来るから……これがここの……普通」
「ほお……あのマスターも只者ではないみたいだし?」
「元特級……」
「「「「「特っ……特級!?」」」」」
元メンバーたちが驚愕して固まった。特級の冒険者は現在、引退間近の一人しか居ない。だいたい、五十年に一人と言われている。
マスターはそんな特級の冒険者であったが、足を悪くして五十歳目前で辞めたらしい。とはいえ、足を悪くしたくらいでは揺るがないほど実力はある。引退する時もかなり引き留められたようだ。
この場所で冒険者をサポートすることを約束することで、なんとか引退できたと言っていた。
マスターは、正しく強者を見分けられると有名だった。そこで、冒険者たちが賭けをした。それがケルストのことだ。いきなり現れて日に何個もクエストを受けていくケルスト。その実力が元特級のマスターに認められるかどうか。
自分たちの目は正しいかと、マスターに判定を依頼したというわけだ。これにより、正しく強者となっていたケルストは、マスターに客としても認められた。
お陰で、変に絡まれることが減って助かったというのが本音だ。
それぞれが席につく。ケルストの元メンバーは男三人、女二人の五人。彼らは全員向かい側に並んで座った。
ユジアはケルストとは一つ席を空けてこちら側に座る。距離を取らないと大柄なケルストとは話づらいのだ。
「お前ら勝手に注げ。ケルストは俺がやってやる」
「ありがとう……」
ピッチャーの一つとグラスを五人の方に置き、ユジアはケルストのと自分のグラスにもう一つのピッチャーから果実水を注いだ。
礼を言って受け取り、二口飲む。冷たくてほっとした。仕事の後だ。喉は渇いていたらしい。
同じように二口ほど飲んで、ユジアが呟く。
「美味いな」
「ここは……酒も……料理も……美味い」
「へえ。高そうだがな。まあ、アレか? 稼ぎがいいのか?」
「……それなり……」
「一日平均は?」
「……金貨ニ、三枚……」
「「「「「っ!?」」」」」
向かいの五人が、果実水を吹き出しそうになっていた。四級の冒険者が精一杯やって一日に稼げるのはその十分の一、銀貨二十枚前後が精々だ。一日で金貨が何枚か稼げるのは、中級くらいからと言われている。
冒険者が一人、最低限一日暮らすのに、銀貨一枚で充分だとする中で考えれば破格だった。
ケルストには、シルフィスカからもらったマジックバックがあるので、荷物には困らない。素材となる魔獣もそのまま持って帰って来られるという理由も大きい。
因みに、硬貨は五種類。下から銭貨、銅貨、銀貨、金貨、錬貨とあり、百枚ごとに種類が変わる。
「っ、そりゃあ、すごい! 今、ランクは?」
「四級……でもたぶん……来週には……三級に上がる」
「「「「「はあ!?」」」」」
驚くのは無理もない。
「ん? なんだよお前ら。なんか文句あるのか? お前ら三級だろ」
「そう……だけど……三級になるまで五年かかった。それなのに……半年前まで冒険者でもなかったケルストがなんで……」
当然の疑問だった。だが、彼らはそうして口にしたことをユジアに聞かれたのに気付かなかった。
急に空気が変わった。
「おい……お前ら、今何て言った? 半年前までケルストは冒険者じゃなかったと言ったか?」
そういう意味だよな今の、と続けるユジア。怒っているのは明白だった。
「っ、ち、違っ」
慌てて否定されても、それは肯定するようなもの。
「何がだ? 何が違う? だいたい、おかしいと思ってたんだよ。昔っから、お前らはケルストを貶してやがった。それなのに、仲良くパーティ組んで冒険者になるだあ? 使い潰す気満々だったろっ」
「あ……だ、だけど……っ」
「だけどなんだよ。納得できる理由があるんだろうなあ?」
それから、ユジアに根掘り葉掘り聞き出され、最後はケルストを見捨てて逃げたことまで、正直に話させられていた。貴族に仕えているだけあり、ユジアは会話を誘導するのも上手い。
仕事の時と完全なプライベート時には雰囲気や口調も変えるユジアだ。相手にする者によっても態度はガラリと変わる。
この間、ケルストが口を挟むことはしない。というか、出来なかった。ただでさえ口下手なのだ。割り込むなんてできない。
「こいつらがそこまで落ちたクズだとは……おい、ケルスト。お前もちっとは怒れ」
「……別に……」
怒るのも面倒だし、相手にしたくないというのが本音だ。それが、ユジアには正確に伝わったらしい。ユジアは昔から、ケルストの一言だけで色々と察してくれた。
「お前なあ……で? お前はそれからどうやって生き延びて、どうやって鍛えたんだ?」
「……分かる…….」
なぜ鍛えたと分かるのかとユジアへ尋ねる。
「分かるに決まってんだろ。その体付き。しっかり順に鍛えられなきゃ、そこまでバランスよく肉は付かねえ。なんだ? 良い師匠にでも会ったか?」
「会った」
「お……」
はっきりと即答したケルストに、ユジアは目を丸くする。そして、ゆっくりと破顔した。
「そりゃあ良い。どんな師匠か……いや、二人の時に話そう。こいつらに聞かせてやるのはもったいない気がする」
「ん……ユジアになら……話す」
「「「「「……っ」」」」」
これにより、元パーティメンバーは、はっきりと決別の意思をケルストから感じ取った。とはいえ、それに納得するかどうかは別だ。
「っ、ケルスト……すまなかった!」
「ごめんなさい!」
「もう二度とあんなことしない!」
「許してくれっ」
「ご、ごめん……っ」
立ち上がって頭を下げる五人。ケルストはここで初めて彼らを一人一人認識した。
男達は足や腕に怪我があるらしく、動きが少しぎこちないところがある。女の方は、以前より目に力がなかった。
「俺ら……お前が居なくなって、やっと分かった……お前に……守られてたって……」
「……」
守っただろうか。必死で前に立ったことはある。どちらかといえば、荷物を守っていた。これをシルフィスカに話したら『お前、真面目過ぎ!』と大笑いされたのを思い出す。
「ケルストは戦えないのに……武器もないのに魔獣の前に立ってた。だから私たち、あまり怖いって思ったことなくて……」
薪にしようとしていた枝か、落ちている石しか武器になるようなものはなくて、いつもそれで立ち向かった。これを聞いたシルフィスカに『道具の使い方も知らん古代人か! いいけどな!』と少し褒められた。そのあと、武器がない時に使える物での戦い方や格闘技を教授された。
「仲間なのに……お前にばっかり無茶させてたって……分かった……」
荷物持ちって雑用係じゃなくて、仲間だったんだなと色々なパーティの話を聞いて呟けば『本当にどんなパーティメンバーだったんだ!? 潰すか?』と本気で嫌そうな顔をしたシルフィスカを思い出す。
思わず頷かなくて良かった。
寧ろ、このパーティメンバーにシルフィスカを会わせたくなかった。自分が居ない所で、話なんてして欲しくない。貴重なシルフィスカとの時間を、こいつらに使ってほしくなかった。
「……」
「「「「「っ……」」」」」
「ケルスト。威圧してんぞ」
「ん……すまん……」
感情が出てしまったらしいと知り、少し反省する。
「まあ、これで分かっただろ。お前らのこと、ケルストはこれっぽっちも気にしてねえ。視界に入っててもどうでもいいものになってんだ。これ以上、近付くな」
「っ、で、でも!」
「おい」
ユジアは机に肘を突き、そこに顎を乗せて五人を睨め付ける。それは確かな殺気だ。
「「「「「っ!?」」」」」
「ユジア?」
彼は本当に、貴族にどういう仕え方をしているのか疑問だ。普通にガラが悪過ぎる。
「全部なかったことにしてやろうってんだぞ? ありがたがれよ。これ以上付き纏ってみろ……消すぞ」
「っ、そ、そんな、こと……っ」
「できねえと思ってんの? 俺を誰だと思ってやがる……面倒な貴族を黙らせるより、冒険者やってる奴を消す方が楽に決まってんだろ」
「ひっ……」
ニヤリと笑われ、五人は真っ青になって逃げ出した。それをケルストは見送った。もう近付いて来ないだろう。別れとしては中途半端だが、まあいいかと、果実水を飲む。
「……実力行使……好きじゃない……だろ?」
「ん~、どっちかってえと、情報戦が得意だしな~♪」
完全にただの脅しだったらしい。とはいえ、きっとユジアなら必要があれば実力行使も辞さない。
「……昼……このまま……どうだ」
「いいなっ。食べてなかったんだ。そんで、ついでにお前の師匠の話でも聞こうか。酒もあるんだっけか?」
「ん……でも、それは……夜」
そうして、ユジアとこの場で遅い昼食を取りつつ、だらだらと夜まで食べて、話して、酒も楽しんでまた会おうと言って別れた。
無事に三級になり、シルフィスカと会えた後、次は中級に上がった時にと言われ、一年で中級に上がった。
その時、ユジアともシルフィスカは顔を合わせる。ケルストがそのまた一年後、上級に上がる頃にはシルフィスカも上級目前になっており、誇らしく思った。
そして、そのまた約一年後。シルフィスカとほぼ同時に特級へ上がったのだ。
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ケルストにとっては、シルフィスカは神よりも上の存在だ。
大切で、誇らしくて、いつでも笑っていて欲しいと思う存在。そして、誰よりも自由で居て欲しいと願う。
その人が両親に虐げられ、姉に呪いを受けていたと知って、何度、腹わたが煮え繰り返る思いを感じたか知れない。
だから、その家から解放されたのなら、すぐにでも迎えに行こうと決めていた。
なのに、次に囚われていると知って、ケルストは許せなかった。
誰かを恨んだり、誰かに怒りを感じることの少ないケルストが、珍しく湧き上がる怒りをそのままに人を殴った。シルフィスカが望まないと知っているから、死なないように手加減するにはしたが、かなり難しかった。
「ケルストっ」
「っ……しっ……しょう……っ」
駆け寄ってくるシルフィスカは、冒険者の時の服装ではなく、簡素なワンピースを着ていた。
護衛の仕事でドレスを着ることもあったシルフィスカだが、あくまで他人の振りをしていた弟子達は、その姿を見たことがない。
初めて見た令嬢としての姿は、衝撃的だった。その上の笑顔だ。恋し過ぎて夢でも見ていると思った。
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やっと戻ってこれた……
次回、20日の予定です。
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