逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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036 行ってこい!

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食事も済み、落ち着くとまだ名乗っていないことに気付いた。

「私はシルフィスカだ。家名もあるが探るな。損しかしない。シルフィと呼んでくれれば良い」
「ケルスト……です……シ……師匠と……呼ばせてください」

そう呼べる存在がいるというのは、嬉しいものらしい。言葉も少し、興奮したようにはっきりと聞こえた。

「ふふ。ああ。良いよ。ただし……私のような子どもが師匠だと知られれば、お前がバカにされるだろう。私はまだ仮登録も済んでいない九つだ。だから、誰も居ない所でだけにしろ。外で……他人が居る所で会ったら知らない振りをしてくれ」
「ですが……それだと……」
「これは、お前を守るためでもあり、私自身を守るためでもある。その内わかる……」
「……承知……しました……」

シルフィスカが何よりも気を付けているのが、実家のベリスベリー伯爵家の介入だけは許してはいけないということ。付け入らせる気はない。今は興味のないシルフィスカという存在が何をしようと目を向けることはないが、用心は必要だ。

この隙に冒険者になり、実績を積んで確かな立ち位置を確保するつもりだった。気取られることがないように、家では言葉もロクに喋れない非力ない子どもを演じている。付けた名前さえもきっと忘れているだろう。

シルフィスカ自身、自分の名前を神と語り合えるようになるまで知らなかったのだから。

シルフィという子どもが冒険者になった所で気付かれることはないし、せめて冒険者ギルドが惜しむ存在になるまでは、派手に動かないつもりだ。貴族相手でもギルドはおもねることはしない。ギルドにとって必要な存在となれば、何もしなくても守ってもらえる。

そうなるまで、ゆっくりと弟子の育成に励むことにしようと決めた。

「さて、本題に入ろう。お前、置いて行った仲間をどう思っている?」
「……無事……かな……と」
「お前っ。それは人が良過ぎるだろうっ。怒れよっ」
「怒る……怒って……いい……?」
「当たり前だろ! 傷付くお前を助けず、置いて行ったんだぞっ。それも、お前は戦う術を持っていなかった。それを承知で置いて行ったのなら、人殺しとそう変わらん!」
「……でも……それぐらいしか……役に……」

ケルストは、自己評価が低過ぎる。そうあれと周りに誘導されていたのだろう。彼を都合よく使うために。多数の方に軍配が上がるのは世の常だ。そうして、仲間に良いように使われてきたというわけだ。

「荷物持ちしている時点で役に立ってるだろ。それも盾役までやらされて……普通はどちらか一つだ。お前、器用なことするな」
「……一つ……」
「冒険者ギルドに登録していたら、他のパーティとかの情報、入ってくるだろ」

当たり前のように魔法で作った特別な亜空間を持っており、失われたといわれている技術でアイテムボックスを自作してしまえるシルフィスカであっても、荷物持ちの大切さは分かっている。

因みに、アイテムボックスは教えられてからさっさと作れるようになったが、亜空間魔法を極めるのは難しく、最近やっと『亜空間収納魔法』を習得できた。その先の『転移魔法』までは、もう少しかかりそうだ。

そんな神に直接手ほどきを受けているシルフィスカでさえ難しいその魔法を、その辺の冒険者達が軽く使えるはずもなく。冒険者達は荷物持ちを特別にパーティメンバーにする。危険な仕事だ。だから、やりたがる者もいない。

「……ギルドに……登録してない……です……弱い荷物持ち……だから……」
「……そこまでか……」

どこまでも彼のパーティは、ケルストを下に見ていたらしい。それも意図して情報さえ渡さない始末。

「はあ……いいか? 荷物持ちってのはな……」

そうして、シルフィスカは腹も落ち着いていいからと、一般的な荷物持ちの情報を教えた。

「分かったか?」
「……何も……知らなかった……」
「お前の場合は、知らされていなかった……だな」

よくここまで生き残れたものだと逆に感心したシルフィスカだ。

「まあ、これで方針は決まった。運良く、ここは上級の迷宮だ。この国には今、上級に挑めるパーティは一つ。だが、ここはあまり旨味がない。修行するにもうってつけ。貸し切りにできるというものだ」

迷宮にも冒険者と同じランクがある。その中でも上から二番目の難易度を誇る上級。しかし、この迷宮、呼び名を『試練の迷宮』という。

強い魔獣や魔物が出るにも関わらず、倒してもあまりドロップしない。辛うじて、隠し部屋や十階毎にある特別強い魔獣や魔物の居るボス部屋は他の迷宮と変わらず、討伐報酬としてドロップ品が出るが、それ以外は五回に一回出ればいい方だ。

そういう理由もあり、上級でありながら人気がない。お陰で踏破周回を目的とするシルフィスカにとっては都合の良い迷宮だった。弟子の修行にもいいだろう。

「……上級……」
「ん? まさか、それも知らなかったのか? というか……そうだよな……あの上級パーティにお前は居ない……おい。お前の入っていたパーティのランクは?」
「……昨日……三級に……」
「……まさかの下から三番目……それも昨日って……調子に乗ったバカか」

分かっていた。予想はできた。

ケルストは死にかけていたが、あの場で生きていた。彼のパーティメンバーらしき者達の気配は、既に迷宮にはなかったはずだ。

ケルストを拾ったこの階は三階。まだまだ浅いとはいえ、それでも、パーティメンバーが完全に撤退するまでの間、生き延びたということ。だから、ここでケルストの話を聞くまでは、中級のパーティの荷物持ちだと思ったのだ。

それくらいの実力がケルストにはあった。まさか、三級のパーティの荷物持ちとは思わない。

「なら、なおのこと。お前のパーティメンバーは、このことをギルドにも報告できないだろう。好都合だ」
「……?……」

ギルドは、パーティランク、または自身の個人ランクよりも一つ上の迷宮までしか推奨していない。ただし、上級以上はダメだ。同じランクでないとキツい。そんな中、三級の冒険者パーティが上級に挑むなど、自殺行為でしかない。

たまたま、この迷宮は浅い階層は準備運動用のもので、本当に奇跡的に三階層まで来れてしまったのだろう。

通常、仲間が取り残された場合、ギルドに報告し、救出と探索の依頼を出される。だが、これを冒険者ギルドに報告すれば、相当ギルドに怒られる。まあ、大目玉を食うだけでランクを落とされるとかはないが、それでも嫌なものだろう。特に、仲間を見捨てるような奴らは。

話を聞く限り、ケルストを自分達で助けに戻るということもなさそうだ。ならば、普通に死んだことにされるか、故郷に帰したとする。姿が見えなくなって気にする者はいないだろう。

「お前には、ここで暮してもらう。金もないなら、宿にも泊まれんしな。まあ、心配するな。食事も運んでやる。魔法も教えてやるから、不自由はしないだろう。言ってしまえばここは、タダで泊まれる宿だ。当分は雨に濡れることも、風にさらされることも、寒くて凍えることもない。いい宿だろう?」

シルフィスカは手を広げる。

「……ここ……ここ?」
「ここだ。この隠し部屋は、もうお前にはこの状態しか見せない。この場所を見つけられる者もいないだろうしな」

隠し部屋は、初見の者が開けばモンスターハウスとしての姿を見せる。だが、それをクリアした本人か綺麗にした後すぐに入った者には、二度とその状態を見せることはない。一度クリアすれば、そこは魔獣や魔物も現れず、外からの侵入もない完全な安全地帯となるのだ。

「人気のある迷宮なら、そうそう滞在は出来ないが、この迷宮ならば問題ない。だから、ある程度強くなるまで、その辺を彷徨いて、またここに帰って来い」
「……分かり……ました……よろしく……お願い……します」
「ん。任せろ。お前ならば、半年としないで上級の冒険者と肩を並べられるくらいになる。そうしたら、外に出て仲間を驚かせてやれ。もちろん、冒険者登録もしてもらう。私が、一人前以上の冒険者にしてやるからな!」
「はい! 師匠」

そうして、密かにケルストの修行が始まった。

シルフィスカは、呪解石を手に入れるため、一緒に迷宮攻略をすることはできない。だから、試練を与えては踏破し、また戻ってきて指導するという形で鍛えた。

修行を始めて半年後。

ケルストはこの迷宮を踏破できるほどの実力を付けた。その日、シルフィスカはケルストと迷宮の入り口に居た。

「さて、卒業試験だ。先ずはコレを」
「っ……この剣……」
「ああ。お前を拾った日に、隠し部屋で手に入れた大剣だ。魔剣『黒蒼剣こくそうけん』というらしい。お前の魔力とも相性が良いだろう」

日の光の下で見ればわかる。ただの黒い大剣ではなく、青みがかっているのだ。そして、魔剣は魔力を纏わせることができる。使い方と相性によっては、普通の剣として使う時の五倍は斬れ味が上がる。主と認めれば、それは手に馴染み、重ささえ使い手に最適なものになるという素敵な剣だ。

「この迷宮を一から攻略し、その過程で、コレにお前を主だと認めさせろ。時間制限は付けない。終わったら町に行って、必ず冒険者登録をしろ。それから、ガンガンランクも上げろよ?」

うんと頷きながらも、ケルストは気になっていた。

「……次、いつ……会えますか」

その目は、捨てられた子犬のようだ。食事もきちんと取ったことと、修行の成果により、ケルストは最初に会った頃より大きくなった。元々、骨格はしっかりしていたため、肉と筋肉が付いたことで大柄な体がもっと大きくなっていた。

彼の前では、シルフィスカは酷く小さく見えるだろう。そんな男が、うるうると目を潤ませて少女を見下ろしているのだ。他人が見たら奇妙な光景だろう。

「こらこら、泣くな。ほら、頭を下げろ」
「……はい……っ」

よしよしと降りて来た頬を撫でてやれば、少し落ち着いたらしい。どちらが子どもかわからない。

「そうだな……お前が、三級に上がったら会いに行こう。どうだ?」
「っ、はい!」
「よしっ。なら、行ってこい! あんまり待たせんなよっ」
「っ、必ず!」

そうして、ケルストはその日の内にこの迷宮を踏破し、冒険者登録をした。

数日、シルフィスカに会えなくなったことを寂しく思いながらも一日にいくつものクエストを受けていく。実績を積めば、それだけ早くシルフィスカに会える日が早くなるのだから。

ひと月もすれば四級に上がり、三級も間近だとギルドにも太鼓判を押された。

そんなある日。再会したのだ。目の前に、元パーティメンバーと、村を出る時に別れた兄や父とさえ思える友人がいた。

友人になるのに年齢など関係ないと言って、手を取ってくれたのは、ケルストが十歳の頃だっただろうか。村の中でも変わり者だと有名だった。今はどこかの貴族に仕えていたはずだ。さすがというか、姿も変わったはずのケルストを一発で本人だと見抜いたらしい。

「ケルスト! お前っ。お前っ、無事でっ……よく生きてっ」
「……ユジア……仕事は?」
「このバカもん! 友人の方が優先されるに決まっているだろうがっ」
「そ、そう……すまない……」

こんな剣幕で怒られたのは初めてで驚いた。彼は、どんなことがあっても飄々としているはずなのだ。声など普段から荒げない。変わったなと思ったら違った。

「たまたま休みができた時にコイツら見つけて、お前が居ないからビックリしてギルドに向かうところだった」
「……休み……」
「はっはっはっ。うん、無事で良かった、良かった」
「……」

変わってなかった。

その後、驚きながらも声をかけて来たのは、元パーティメンバー。幼なじみでリーダーだった男だった。

「ほ、ほんとに……ケルスト……なのか?」

喋り方似てると思って笑いかけた。シルフィスカが時折、ケルストの言葉真似をして笑わせてきたのだ。そのあと必ず、自信を持てと言われた。

こんなことでも思い出し、恋しく思う。それほど、シルフィスカは大切な存在になっていた。目の前の元パーティメンバーとの再会などどうでも良くなるほど。

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読んでくださりありがとうございます◎
終われなかった……
もうほんの少し続きます!
次回、13日です。
よろしくお願いします◎
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