逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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030 防御力が高いので

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シルフィスカがレイル達を連れて転移したのは、ヘスライル国で借りていた借家だった。有事の時は特に転移用にこういった借家を借りておくことにしていた。

「旦那様、その服では目立ちます。上着をこれに替えてください」

レイルに合うジャケットを空間収納から取り出し、差し出した。上級冒険者は時に行方不明者の捜索や救助を依頼される。そんな時のために男性用も女性用もそれなりに用意してあるのだ。空間収納に放り込んでおけば傷まないし、かさ張らない。

「あ、ああ……なんなら、着替えを調達してくるが?」
「この時間では店が開いていません。それに……ペアの契約服はシャツだけでも防御力が高いので」
「……防御力?」

意味が分からなかったらしいレイル。だが、説明している時間は惜しい。それを察したフランが割り込む。

「私が説明しておきます。師匠は着替えるのでしょう?」
「……頼む」

小さな部屋に入り、シルフィスカは着替えはじめる。隣からはレイルに説明するフランの声が聞こえていた。それほど良い物件ではないため壁は薄い。

「そのペアの契約服はかつて、一国の国王夫妻のためにあつらえられたとの記録もあります。そのため、簡単に言えば戦場にそのまま立っていたとしても生き残れるだけの防御術式が組み込まれているのです。纏魔てんま武器でもなければ服の上から剣も矢も貫通しませんよ」
「っ……それほど……」

レイルは自身の着ている服に触れ、そんなに凄い服なのかと驚愕する。確かに、夜会用の服にしてはあり得ない着心地の良さがあり、騎士の制服よりも動きやすい。同じように知らなかったらしいビスラも触れて確認していた。

「マジでそんなすげぇの? 師匠のドレスの方もか?」
「ええ……まあ、出ている足や腕は守られないようですが……」
「そこまでは無理だよな……怪我してたし……」

シルフィスカが足を負傷したことを思い出す。だが、そこでふと現れたメイドが補足した。

「いいえ。ペアの契約服でしたら、着ている魔法師によっては完全に支配下に置くことで出ている頭や手足も防御力を上げることが可能です」
「っ、だ、誰だっ」
「っ!」
「いつの間に……っ」
「……」

ビスラやフラン、ミィアでさえその気配を察知することが出来なかった。

「ご主人様でしたらそれが可能のはず。お怪我をされたのなら、その効果を見せてはならない相手が居たのではないかと。あえてその効果を発揮させなかったと推察いたします」

ご主人様という言葉で、辛うじてシルフィスカの配下であることが察せられる。だが、さすがにここでサクラが人ではないものだということには気付けない。

隣の部屋からシルフィスカが声をかけた。

「サクラか。そこでいい。報告を頼む」
「承知いたしました」

ビスラ達は知らず詰めていた息をゆっくりと吐いた。それを気にすることなく、メイドのサクラが姿勢良く立ち、報告をはじめる。

「現在、スタンピードの発生より三十七分が経過。発生地点はこの首都、北門より北北東8.3キロ。レベル4の誘魔ゆうま装置を確認いたしました」
「なっ、誘魔ゆうま装置ですって!? あの古代の!?」

フランが思わず大きな声を上げた。

誘魔装置とは、周りにいる魔獣や魔物たちの理性を失わせる古代兵器の一つだ。時折、これが遺跡や迷宮に眠っており、魔力が一定量集まると発動すると言われている。だからこそ、見つけたら破壊するのが絶対のルールだ。

もちろん、破壊してギルドに報告すればギルドと国から、かなりの謝礼が出る。発動してしまった時の被害を考えれば謝礼を出すのは当たり前だ。

「……北北東に8キロと少し……その手前には遺跡があったはずだが……」
「はい。何者かがそちらから移動させた痕跡が窺えます」

誘魔装置は、触れた者の魔力を吸収し、発動する仕組みになっている。魔力を持つ魔獣や魔物が触れても同じだ。レベルは下位が10、最上位が1で表される。レベルが高い程に発動する魔力量は多くなり、発動時間は長くなる。

「発動に必要となる魔力にかなりの人数の魔力波動を感じました。今回は故意……ではないでしょうが、あの重さの物を、人が壊さずに移動させていたことから考えますと、使う気ではあったのだと思われます」

あの装置はとても重いのだ。力自慢の大人の男が十人程必要になると言われている。何かに使おうと思わない限り、持ち出そうなどとは考えないだろう。

「っ、そんな……見つかれば世界手配ですよ!?」
「おいおい……かなりの人数とか。それが本当ならどっかの犯罪組織か?」

最もやってはならない犯罪だ。捕まれば処刑の中でも一番上の拷問刑になる。数日間かけてあらゆる拷問により死に至るというものだった。

それだけ、誘魔装置とは触れてはならないものなのだ。ミィアでさえ硬い表情を浮かべていた。

長く続いていた集団暴走スタンピードの兆候は、装置が魔力を吸収し出したために、魔獣達が何かを感じはじめていたのだろう。

「その魔力波動の記録はできるか?」
「個人を特定するまでの精査には時間がかかりますが、既に記録してございます」
「さすがだ」

シルフィスカが着替え終わり、部屋から出てくる。冒険者用の装備を身につけたシルフィスカに、レイルは見惚れていた。一般的な冒険者の服装ではない。上級冒険者の最上級品だ。見た目は騎士服のようにも見える。髪も高く結い上げ、とても凛々しい姿だ。

防具がほとんどないように見えるが、それはペアの契約服と同じ防御術式が組み込まれているから。素材も金貨が何十枚と飛ぶ希少で最上のものだ。もちろん、あの契約服と同等の術式はシルフィスカだから施せるもの。市場には出ていない特別製だった。

「時間はかかっても構わない。精査を頼む。討伐状況はどうなっている?」
「脅威レベル5以上のものの討伐は終えましたが……」
「ん? どうした?」

サクラが言い辛そうに目を伏せた。表情がないとは思っていたが、案外あるのかもしれないと思い直すには十分だった。

シルフィスカは装備の確認をし、空間収納からビスラとレイル用の剣を取り出しながらサクラを見つめた。

「はい……現代の情報が不足していたため、冒険者の実力を見誤ったようです」
「あ~…….なるほど。お前の言う脅威レベル5より下でも冒険者達が対応できなかったと」
「申し訳ありません。目に付いたものは間引きましたが、後十五分ほどで先頭の魔獣が北門へ到達いたします」
「分かった。レベル4の装置ならば、誘導する効果は既に切れているな?」
「はい。発動時間は八分でした。現数がこれ以上増えることはまずありません」

新たな魔獣を誘導し、狂わせる効力は既にない。ならば、現在暴走してこちらへ向かってきている魔獣達を始末すれば終わる。距離的にも発動後の時間からいっても、これ以上増えることはないと考えて良い。

「ビスラ、フランは門の前に陣取れ。門に到達させるな。旦那様もお願いします」
「分かりました……ですが、シルフィは……」

チラリと怪我をしている足へ目を向けるレイル。

「私は転移しながら大型のものを中心に狩っていきます。サクラも……そうだな、脅威レベル7より上を狩っていってくれ。ついでに怪我人を見つけたら救助して欲しい」

サクラには昔よりも基準を二段階程下で考えなくてはならないと予想し、脅威レベル7と指示を出しておく。これで半分は狩られるだろう。

「承知いたしました。怪我人は門の中の救護所へ預けます」
「それでいい」

この時のために、各種薬をギルドの方に託してある。対応を間違えることはないだろう。

「どうしてもダメそうな者が出たら連絡を」
「はい。では、先に参ります」
「ああ。行ってくれ」
「失礼いたします」

サクラは出て行った。

「ミィアはヘスライルの王宮に状況報告を頼む。後三時間ほどで討伐は終わらせるとも伝えてくれ」
「分かった」

ミィアもその言葉を残して消えた。

「では行こう」

シルフィスカはレイル、ビスラ、フランを連れて北門のそばに転移した。

それから三時間。シルフィスカが予想した通り、深夜を過ぎた辺りで向かってくる魔獣や魔物の討伐は終了した。これは異例の早さだった。

それでもそこから怪我人の治療や、魔獣の遺骸の処理などを行い、冒険者達が休息を取れたのは次の日の昼過ぎの事。これもとんでもない早さだ。半分以上はシルフィスカ達の功績だった。

そして少々の仮眠を取り、日が暮れる頃。シルフィスカはレイル達と共に晩餐をとヘスライル王に呼び出されていた。

そこまでは問題ない。しかし、王宮に着き、案内された部屋の前まで来ると、そこから突然この国の王子と王女が飛び出してきて言ったのだ。

「今すぐ、彼女と別れろ!」
「お姉さまをお返しなさい!」
「っ!?」
「……」

レイルはびくりと立ち止まり、シルフィスカはまたかと呆れるしかなかった。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、2日の予定です。
よろしくお願いします◎
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