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026 選んでもらいましょう*

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ビスラとフランは、とても王の居る部屋に入って来る様子には見えなかった。実に気楽に二人は入ってきたのだ。

見ると、胸元につけてあった勲章が取り外されているし、服装も規定の物ではなくなっている。本当に返してきたようだ。

「お、丁度いいな」
「ですね」

ここに居たのかと、二人はそれぞれの父親ではなく、上司であった二人の前に立つ。

「今日をもって、騎士を辞めます。勲章も剣も置いてきたんで、問題ないっすよね」
「師長。お世話になりました。ローブも全て、こちらで受け取った物は返却いたしましたので、問題はないかと。では、失礼いたします」
「「「っ……はあ!?」」」

騎士団長と魔法師長、それと王が思わずというように声を上げる。だが、ビスラとフランは気にせず背を向けた。止めるように手を伸ばす彼らなど、もう存在ごと忘れたかのようだ。

「師匠。お待たせいたしました。ヘスライルに急ぐのですよね? 行きましょう」
「よっしゃ、師匠。とりあえず、俺に剣をくれ」
「……お前たち……」

なんともマイペースな奴らだ。呆れるしかない。無視された王達が気の毒に思える。ビスラに至っては当然のように手を出していた。とはいえ、既にシルフィスカの中ではビスラに渡そうと思う剣が決まっている。だがそれでも、もう少しあるだろうと口にしようとした時だった。

「……ビスラ、フラン……後片付けは最後までやれ」
「おっ、兄貴じゃん! なにそいつら」
「お久しぶりです兄さん。それ、何したやつらですか?」

ミィアが数人の男達を両手で引き摺りながら現れたのだ。明らかに瀕死だったため、フランは少しだけ治癒魔法で助けておく。

「……コレが城を出た後の運び屋。こっちが似非聖女に転がされて警備体制を乱したバカ共だ」

それぞれの手に二人ずつ引き摺ってきていた男達を、ゴミのように王達の前に放り投げる。フランも心得たもので、瀕死から半殺し状態までしか回復させていない。

「へえ。やっぱまだ内通者が居たんか。けど珍しいな。兄貴が殺さなかったなんて」
「殺したらお様と関係ないと証明するのに、無駄な時間がかかるだろう。急いでおられるようだし、手間だが時短のためだ。自供させてから殺せば良い」
「なるほど。さすがは兄さんです! でも……今でも充分……鉄臭いですよ?」

ミィアは暗殺者としての能力が高い。そんなミィアが臭いを感じるほど血を浴びたらしい。因みに、浄化の作用がある迷宮産の魔導具の腕輪をしているため、汚れても一瞬でキレイに落ちてしまう。それでも臭いを感じるということは相当だ。染み付いてしまったのだろう。

「……勲章なんかを投げ捨てて、一言辞めると言うだけで良いお前達とは違うのでな」
「あ~、なるほど。同僚っスか」

同僚や上司が口で言って了承を得られる人種ではないからと、力でねじ伏せてきたようだ。ミィアは昔から、そういうところがある。話しを付けるよりも、拳で黙らせた方が楽だと考えがちだ。師匠であるシルフィスカがどちらかというとそちら寄りなので、誰も特になにも言わない。

「兄さんも出て行くんですか?」
「ああ……今回ので、ここに居るのが無駄だと思い知った」
「っスよね~。でも、師匠がレイルと結婚してる以上は滞在先がこの国になるんスけど」
「形だけの結婚だろう。そんなものなんとでもなる。お師様を正妻として迎える気がないのは、不利な誓約を結ばせた時点で明らかだからな」

ミィアには筒抜けらしい。こんな会話を、王達は呆気に取られながらも聞いているが、シルフィスカだけは、ミィアが珍しく喋るなと感心していた。

「まあ、そうですねえ。師匠のためにならないのは間違いないですからね。レイルには、誓約を破棄して離婚するか死ぬかを選んでもらいましょう」
「おうっ。それがいい」
「すぐに選べ」
「っ……」

三人の世界に、唐突にレイルが巻き込まれた。

「そ、それは……選択にはならない」

レイルが反論する。どうあっても、ビスラとフランだけでなくミィアもシルフィスカと別れさせたいというのは理解した。

三人はいい加減イラついているため、当たりが強い。

「あぁん? それは、師匠の幸せを考えられないってことだろが。ナメてんのか?」
「っ……違います。誓約は破棄します! ですが……離婚はしません。私がシルフィを幸せにしてみせます!」

強く宣言するレイルに、侯爵が大きく頷いて見せるが、隣に居るジルナリスは苦笑するに留めた。

「できるわけないでしょう。こんな国に縛られている身でよく言いましたね……殺しますよ?」

フランが殺気立つ。

「っ、な、ならばっ、私は家を捨てる!!」
「ほお……できると?」

ミィアが鋭い視線を向けた。レイルの全てを見透かすようだ。

「っ……」

気圧される息子のレイルに代わり、今度は侯爵が口を開いた。その表情は、覚悟を決めたものだった。

「できる。私も決めた。領地もあってないようなもの。民に迷惑をかけることもなかろう」
「あなた?」

ジルナリスも驚いている。

確かに、ゼスタート侯爵家の領地の一つは未開拓の地。魔獣の多い国境近くの森一帯だけだ。元々は王都の護りが重視の家。未開拓の地だけでは、当然だが税収はない。そこで、王都の運営を任されていた。

高位貴族として多くの事業に参入しているため、金銭的な余裕はかなりあるし、その他、没落してしまった貴族の領地を仮に受け持ったりと、便利に使われてきていたらしい。

そうなったのも、もう一つの侯爵家であるフランの生家のマリエス家が昔からゼスタート家の力を削ごうと暗躍してきたためだ。二代前には古くからの領地も手放すことになり、今の状況になった。

ゼスタート家は誠実に国に尽くすことだけを考えてきた。権力がどうのというのもあまり拘りがない。ただ、国を守るためにその地位が必要だっただけだ。

「侯爵家が二つあることに、何かと気にされてきたマリエス卿との衝突もなくなり、諍いが減りましょう。侯爵の地位を返上させていただきたい」
「なっ、何を言って……っ」

驚愕して立ち上がる王。だが、侯爵の目には決然とした決別の意思が見えた。

これまで何をおいても優先し、尽くしてきたからこそ、見限るのは早かった。

「ジーナ、すまんな」
「あら。いいのよ。私なんて今までも家なんて関係なくフラフラしてきたもの。心配しないで。どこでも、あなたを養っていく力はあるわ。シルフィも一緒なら、きっと未開の地で城を建てるくらいできてしまうわよ」
「そうか。それは楽しみだ」
「……」

確かに、ユキトのために城は必要だと思っていたし、どの国にも持て余されている未開の土地だって開拓可能だろう。とはいえ、そんな簡単に決めていいものではない。

「どうして……」

どうしてこんなことをと義父である侯爵を見つめれは、今までに見たこともないくらい、穏やかな笑みを向けられた。

ゆったりとした歩みで近付いてきて、椅子に座るシルフィスカの前で膝をつく。そして、そっと手を取った。

「大事な義娘を傷付けられて、正式な謝罪どころか、更に疑いの目を向けられるなど、許せるものではない。何より、君のその体質にずっと苦しまなくてはならなくなった原因を作ったのは、王家のためにとなんの疑問も抱くことなく生きてきた私だ。どうか、償わせてほしい。父親として、これからは君を守っていきたいのだ。そのためには……この国から離れるべきだろう。ベリスベリーの手の及ばぬ場所へ、私は君を連れて行く義務がある」
「……私は……一人でも……」
「いいや。君はどうも、一人でいることに慣れてしまっている。全てを一人で解決しようとするようだ。そんな危うい生き方をする君を、私は放っておけないんだ。だから……家族として、別の土地で生きよう」
「家族……」

シルフィスカには不思議で仕方がなかった。今ほど『家族』という言葉を意識したことはない。

義父は目を細め、楽しそうに続けた。

「きっと、何人かは使用人達もついてくるだろう。どこに住もうか……君が生きやすい国がいいな」
「……っ」

思われているのだと、ようやくシルフィスカは理解したのだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、3日の予定です。
よろしくお願いします◎
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