逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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021 お強いのですね……

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第一王子は気を取り直し、鉄格子ごしにシルフィスカと向かい合った。

「では、確認するぞ。お前が怪しげな男達に指示したのは間違いないな?」
「いえ。指示もしておりませんし、城へ来て話をした男性は、旦那様と義父様、それと今回の功労者である騎士と魔法師だけです。どなたが怪しい男なのでしょうか」
「……ん?」

シルフィスカは正直に話す。レイルの友人達とも、こう言ってはなんだが、話をしていない。大人しく控えて淑女を演じて見せたのだ。挨拶ぐらいはしたが、それは話に入らないだろう。

「嘘をつくな!」

騎士が叫ぶように言うが、表情は変えないように気を付ける。煩いなと眉を寄せそうになったのだ。

代わりのように、そこにもう一人、青年がやってきて注意してくれた。

「煩いぞ」
「っ、なぜお前が……」

第一王子が苦々し気にそちらへ目を向ける。

「私が来るのは当然でしょう。大事な妹を攫った犯人が捕まったというのですから。なぜと言いたいのは私の方ですよ……兄上」
「っ……捕まえられたのは、私が得た情報のお陰だ。感謝ぐらいしたらどうだ」
「本当にその方が犯人なのですか? 先程聞こえましたが、彼女の言っていることが本当ならば、かなり問題ではありませんか?」
「っ……」

これは、兄弟喧嘩に巻き込まれたと考えるべきだろう。迷惑な話だ。

その間も、騎士はどこか狂ったように追及を続けていた。呆れたようにそれに返す。

「控え室に居たのだろう!」
「控え室に入ったのは、先程です。ダンスを五曲踊った後に、旦那様や義父様達とですが?」
「踊った? おい。控え室にずっと居たのではなかったのか?」

第一王子が騎士へ確認する。第二王子は眉を寄せて、ただ見ていた。すると、騎士はおもむろに牢の鍵を開けると、中に入ってきてシルフィスカの頬を殴りつけた。張り倒す勢いでやられたため、シルフィスカは口の中を切る。

「おいっ」

倒れたシルフィスカに、第一王子が少し慌てる。

シルフィスカは何をされても抵抗する気はなかった。抵抗すれば、侯爵家に迷惑がかかると懸念したからだ。だからこそ、今は素直に張り倒されてやった。

「言え!! きさまは、何をした!」
「……何もしておりません。あなたこそ、何を根拠に私が犯人だと決めつけているのですか?」

ちょっと腹が立ったのは仕方がない。恐らく、頬が腫れてくるだろう。今から治したとしても、数時間かかる。痛みは感じないため、どれだけ腫れるかは予想できない。

「っ、聖女様が仰ったのだ! 自分の妹は、夫ばかりか、男に相手にされないことで、今度婚約が決まった王女に嫉妬したのだと!」
「……」
「図星だろう」
「いいえ。あまりにも荒唐無稽な話に、呆れたのです」

シルフィスカは体を起こす。そして、ドレスについた埃を払うようにして立ち上がった。

このドレス、迷宮品の最高品質のため、少々のことでは汚れないし傷付かない。ワインをこぼしたとしても綺麗に弾くし、刃物も通らない。さすがだと状態を確認して続ける。

「今仰っているのは、全て姉が言ったことであり、何一つ証拠もない。それでこの扱いというのは……この国の程度が知れますね。旦那様に、このような者が騎士なのかとお聞きすることにします」
「っ、なんだとっ! ふざけるな!」
「おい!!」

第一王子が叫んだのは、騎士が剣を抜いたからだ。そして、騎士はシルフィスカを蹴り倒した。

「っ、お前! 何をしている!」

再び倒れたシルフィスカを見て、第一王子が慌てている。この時も第二王子は黙ったままだ。ここでようやく、第一王子はクズでもそれなりに常識は持っているのかとちょっと感心した。

そこで騎士が剣を振り上げるのを見る。

「言い逃れして逃げるつもりだろうが、それだけは許さん!」

そうして、シルフィスカの右足に剣を突き刺したのだ。

「っ……」
「ふん。これで正直に話す気になっただろう」

シルフィスカには痛覚がない。おかしな感触があったように感じるだけだ。

「……刺さるとさすがに気持ち悪い……」
「何を言っている! さっさと白状しろ!」
「では、申し上げます。あなたは呪術を受けている」
「何だ……と?」

シルフィスカは血を流す足など気にすることなく、刺されたままの剣を抜きながら騎士の目にある狂気を見つめる。

体を起こしざま、騎士の足を蹴り、絡ませるようにしてすくい上げると、騎士が倒れた。背が上になるように上手く倒すなど、シルフィスカにはお手のものだ。

「へえ……」

第二王子が感心の声を上げる。こいつもロクな奴じゃない。

「なっ、何をするか!!」
「何と言われましても。あなたがおかしいので、確認するだけです」

シルフィスカは、起き上がろうとする騎士の膝裏を踏みつけ、動けなくすると。剣を取って騎士に振り下ろす。

「っ、おい? っ、あっ、それはっ」

第一王子が呆然とそれを見ていたのだが、見えたそれに気付いて牢に入ってきた。それに続いて第二王子もゆったりとした足取りで入ってくると、それを確認した。

切ったのは騎士の服だ。素肌には一切傷はついていない。その切れ目から、背中にある紛れも無い呪印が見えた。剣先で服をめくり、呪印を読み取る。

「間違いありませんね。指示された事を成せば、死ぬというもののようです。術者名は『アークィード』ですか。姉の側にいる術者ですね。相変わらず腹が立つくらい腕が良い」
「っ、あ、アークが呪術師だと……っ、本当か!?」

呪術師となった者は、生まれた時に得た名を名乗ることができなくなる。神に背く行いだからだ。呪術が読めれば、そこにある呪術師の名も分かるのだ。とはいえ、正直に普段からその名を名乗る者は少ない。

アークィードは、かつてシルフィスカに呪術を施した者でもある。呪術の才能ある者は、影響を受けながらも十年ほどは生きる。シルフィスカから見ても、アークィードは特別才能があり、未だ弱った様子を見せてはいなかった。

「連れて行って魔法師長に見てもらってください。私はここに居りますので」
「わ、わかった……だが、その足と頬が……っ」
「気にせずどうぞ。あなた方にとっては、私は犯人なのでしょう。気遣いなど不要です」
「そっ……すぐに戻る……っ」

意外とこの王子はまともなのだろうか。対応が普通な気がした。少なくとも、ただ眉をひそめて見ているだけの第二王子より人間味がある。うっかり見直してしまいそうだ。

騎士は呪術をかけられていたと知って放心状態だった。それだけ、解けない呪術とは怖いものなのだ。

騎士を連れて第一王子が出て行く。それを見送ることなく、シルフィスカはせめて血が止まるように治癒力を上げるのに集中していた。そのため、第二王子が残っていることを気にしていなかった。

「……あなたは、お強いのですね……」

不意に話しかけられ、仕方なく顔を上げる。

「相当痛むでしょうに……」

第二王子は先程とは違い、痛そうな顔をしていた。

「それほどでもありませんから」
「……そうですか……」

何を求めていたのか知らないが、第二王子は傷付いた表情をして出て行った。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、29日の予定です。
よろしくお願いします◎
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