逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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020 全く存じ上げないことです

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「ちょっとっ! ふざけないでよ! シルフィがそんなバカなことするはずないでしょっ!」

ジルナリスが近付いてくる騎士に手を上げようとした。それをシルフィスカはやんわりと彼女の肩に手を置いて留める。

「落ち着け。お前は侯爵夫人だろう。行動には気を付けろ」
「そんなこと、今は関係ないでしょ!」

完全にキレ始めていた。シルフィスカはため息をつく。

「関係あるだろ。私のことで侯爵家に不利益が発生するのは、誓約違反になる。ちょっとの間拘束される方が良い」
「っ、バカ! だからあんな誓約するんじゃないって!」
「全部納得してサインしたんだ。お前は気にするな」
「気にするわよ!」

完全に頭に血が上っているジルナリスを見て、仕方なく侯爵へ目を向ける。

「ジーナをお願いします」
「っ、だが君はっ……」
「こんなくだらないことを考えるのは、あのクズな姉っ……失礼、リンティスしか居ないので、気にしないでください。私にとっては、ただの兄弟喧嘩のようなものです。陰湿なのはアレの性格上、仕方ありません。何より、身に覚えのないことですから、この騎士達がまともならばすぐに解放されますよ」

少々苛ついてはいるので、最後に嫌味は忘れない。だが、騎士達が何か言う前に、侯爵が答えた。

「……分かった。すぐにこんなバカげた疑いは晴らしてみせる。お前たち、彼女に……私の義娘に危害を加えることは許さん! いいな」
「っ、いえ、ですが……っ」

侯爵の剣幕に、騎士達がたじろぐ。だが、シルフィスカが犯人であると思い込んでいるため、彼らはすぐにグッと奥歯を噛み締めた後、一礼するに留めていた。

これは面倒な奴だ。解決までに少々、時間が掛かるかもしれないとシルフィスカは覚悟する。

「大人しく来てもらう」
「ええ。反抗はしません」
「っ……来い」

騎士達に囲まれながら、シルフィスカは部屋を出た。向かうのは、どうやら方向から地下牢らしい。

気配を読めば、無事にビスラ達が犯人と思わしき者達と接触したのが分かった。

同時に、とある人物が側まで来ていることを知る。

「……こいつらに手を出すな」

その言葉は、きちんと相手に伝わったらしい。今にもシルフィスカを囲んでいる騎士達を、確かな殺気を感じさせながら倒そうとしていたその人物は、ピタリと動きを止めた。少々、次に動くまで時間がかかったのは、不満だからだろう。だが、やがてビスラ達の方へと方向を変えていた。

「何か言ったか」

騎士が振り返る。呟きが少し聞こえたらしい。

「いえ。踊っておいてよかったなと」
「……ふん」

舞踏会には一応出席したということで、役目は果たせたなと思ったのは本当だ。それで誤魔化せた。

牢に入ってすぐ、両手首に枷を付けられる。それは、魔法を封じるものでもあるようだ。とはいえ、極弱いものだった。リンティスはシルフィスカが魔法をほとんど使えないと思っているのだろう。治癒魔法も封じたのだから、何もできないと思っていても不思議ではない。

よって、シルフィスカにとっては意味がない。だが、逃げ出す気もないので関係はないだろう。

「入れ」

軋む音を立てながら開かれた小さな牢の入り口。体勢を低くしなくては入れない。乱暴に背中を押されながらそこに入る。少しよろめいて見せてやったのはサービスだ。

「ふんっ」

牢に入ったシルフィスカを見て、蔑んだ目を向け、騎士は鍵を掛ける。そして、姿を消した。

「……困ったな……」

枷を見ながら呟いた理由は、捕まったことではなく、リンティスのお遊びに付き合わされることでもなく、弟子達のことだった。

「……キレるだろうな……」

この姿を見られれば、間違いなくビスラとフランはキレる。だが、それよりも先ほど側まで来ていた人物の方が問題だ。

「ミィアのことを忘れていたな……」

シルフィスカは、この国の者だからといって、弟子入りを拒否したりはしなかった。その人の人となりを見て、決めていたのだ。そのため、ビスラ達のように、後からこの国の者だったかと知ることもある。

シルフィスカの弟子の中で、この国に現在も所属しているのは三人。本当はまだ数人居たが、彼らはシルフィスカへこの国が失礼な態度を取ったと知って故郷をあっさり捨てた。

残った三人の弟子達は、上層部に入り、いつかシルフィスカの偉大さを分からせて頭を下げさせるのだと言っていた。今回、二人が功績を上げたのは、そのためらしい。

そして、問題の一人、ミィアはこの国の暗部に所属していた。今や王にも近い位置についているようで『今、次があったなら、すぐに首を刎ねられるから』とわざわざ知らせに来るような、少々過激な人物なのだ。

シルフィスカは、ビスラ達の動きを感じ取る。

「……これは……犯人が気の毒だな……」

相手側の魔法師と呪術師も含め、かなり弱らせられていた。これは半殺し以上行っているだろう。そして、逃亡を図ろうとしていた者も、もれなく後から現れたミィアによって死にかけている。

「残ったのが王女……か。見ていないといいが……」

年齢はどれくらいだっただろうか。シルフィスカと同じくらいと考えると、十代半ば。その年頃の、荒事を知らない令嬢が現場を見ていないと良い。だが、ビスラ達は苛ついている。

シルフィスカがこうして牢に入れられたというのは知らないが、それでも、王女に配慮するかといえば、かなり怪しい。レイルも含め、ビスラとフランも女性の対応など、ほとんどしたことがないのだから。

どうなっているだろうかと少々心配していると、騎士が一人戻ってきた。牢までシルフィスカを連れてきた騎士だ。

「正直に言え。王女をどこへやった」
「どこへやろうとしていたのか、全く存じ上げないことです」

どこにいるのかは把握出来ているので、正直に答える。

「そんなはずあるか!! お前が、怪しげな男達と取引しているらしい現場を見たと、報告を受けている!」

虚偽に決まっているだろうと言いたいのを堪える。

「知りませんが、それはいつですか?」

この決めつけるような態度。はっきり言ってイラっとするが、ここでキレてはいけない。あくまで冷静にと自身に言い聞かせていると、そこに足音が一つ近づいてきた。

「舞踏会が始まってしばらくしてからだと聞いているぞ。夫に相手にされないからと控え室にこもっていたそうだな」
「……」

全く身に覚えがない。リンティスはシルフィスカの姿を見ていても、そうとは気付かなかったのかもしれない。レイルの側に居たのは誰だと思ったのか。

未だ声の主の姿は見えなかったが、この声には聞き覚えがあった。やってきたのは第一王子のようだ。

「聖女である姉に敵わないとはいえ、バカなことをしたもの…………」

ここでようやく姿を確認する。相手もそのようだ。長い沈黙の間、その視線は真っ直ぐにシルフィスカを捉えていた。

「……おい。本当に彼女がベリスベリーの……リンティスの妹なのか!?」
「は、はい! 確かにシルフィスカ・ベリスベリーだと」
「そ、そうか……ま、まあ、性格は見た目には出ないからな」

いや、出るだろうとツッコみそうになる。是非とも、これまで隣にいたであろう自称聖女様の顔を見直してきてもらいたいものだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、21日の予定です。
よろしくお願いします◎
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