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014 わたくしもお名前で*

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夜会の日がやって来た。

今回の夜会の主旨は、二ヶ月ほど前に停戦を結んだ隣国との戦いにおいて活躍した騎士や、魔法師の叙勲式の付属的なものらしい。

幸い、式には出席義務がないため、有意義に夜会の時間までを過ごすことができた。ギリギリの時間までヘスライル国にいたのだ。

帰ってきたシルフィスカは、当然のようにジルナリス達が選んだドレスを一人で着て、髪も驚くほど複雑に編み込んでいた。普通ならば数人のメイドの手を借りなければならないが、これをシルフィスカは魔力操作によって可能にしている。

他人が見れば、誰であっても驚くだろう。なにせ、ドレスも、櫛も、髪飾りも全て宙に浮いて動くのだから。訓練の一環として、家にいる間の暇つぶし感覚で極めてしまった特殊過ぎる技だった。だが、他人の手を借りることを厭うシルフィスカにとっては、結果的に有用な技となった。

「こんなものか」

華美にし過ぎる気はない。髪も上げてしまうのではなく左側に流して編み込んだ。ドレスは白に青の大きなリボンが縁取っている。そのため、髪にも白のレースのリボンを編み込んでいた。シルフィスカの薄い緑がかった金髪によく映える。

「そろそろ時間だな」

玄関ホールには、見送るためにユキトとキリルが待ってくれていた。

「すまん。待たせたな」
「「っ……」」

二人は、目が合った途端におかしな顔をした。相変わらずユキトも表情豊かだ。

「どうした? どこか不備があるか?」
「あ、いえ。申し訳ありません。主様の美しさに我を忘れておりました」

ユキトは眩しそうに笑みを向けながら告げた。

「シルフィ様……とてもお美しいです。言い寄る者達もいるでしょうが……お気をつけて」

少し不安そうにキリルが頭を下げた。

「ああ。行ってくる。ん?」

そうして一人で出て行こうとするシルフィスカにユキトが手を差し出した。

「馬車までエスコートさせていただきます」
「そうか? 分かった」

いざという時には、モードを切り替えられるシルフィスカだが、こうして出がけからというのは今までないため、戸惑った。

差し出された手を取れば、令嬢仕様の所作に変わる。

あるじ様……僭越ながら、わたくしもお名前で呼ばせていただいてもよろしいでしょうか……」
「ん? 別に構わないぞ?」

突然どうしたのかと、ほんの少しだけ高い場所にある瞳へ目を向ければ、喜色に染まった笑みが見えた。

「っ、ありがとうございます」
「あ、ああ……?」

握られた手に少し力が入ったように感じられた。あまりにも嬉しそうで、シルフィスカも少し照れてしまった。それを誤魔化すように告げ忘れていたことを口にする。

「そ、そうだ。ヘスライルの方は、サクラを置いてきたから心配はないと思うが、そろそろマズイかもしれない。もしも連絡があれば知らせてくれ」
「承知しました。ですがすぐに向かわれることは難しいでしょう」
「何とかして出るさ。ただ……いや、邪魔が入る可能性があるようだからな。サクラには私が行くまで持ち堪えるように伝えてくれ」
「はい」

嫌な予感があるのだ。夜会で何かが起きる予感が。そういう予感は外れたことがない。これは使徒としての力も関係している。とはいえ、どれだけ嫌な予感がしていても、結局はどうにかできてしまうので、気にし過ぎないことにしている。

そうして、色々と考えて歩いていれば、そこにシルフィスカとペアの夜会の衣装に身を包んだレイルが駆けてきた。

「旦那様?」

通常は式には参加した者達はそのまま城に残り、パートナーを待つ。だが今回、レイルと侯爵はわざわざ一度帰宅していたらしい。

レイルは真っ先にユキトへ視線を向け、次にシルフィスカを見て固まった。

「っ、シル……フィスカっ……嬢……っ」
「はい……?」

上手く喋れなくなるほどの衝撃的な酷い出来だったろうかと、部屋を出る時に姿見で確認した自身の姿を思い出す。

「どこかおかしいでしょうか? この国での夜会は初めてなので、何か礼儀に反するような間違いが?」

その国によって多少はルールが違う。手袋をしなくてはならないとか、髪型が既婚者と未婚者で違うとかだ。だが、この国では特に気になるようなルールはなかったはずだ。これに答えたのはユキトだった。

「こちらの国では、既婚者はダンスを最低二回パートナーと踊るというものだけで、特に服装などに指定はございません」
「そう。ダンスね。確認できて良かった。助かったよユキト」
「いえ、確認が遅くなり申し訳ありません」

そう言ってはいるが、馬車に乗るまでには教えてくれていただろう。

ここでようやくレイルが復活した。

「っ、も、申し訳ない。あまりにもその……美しくっ……と、とても似合っているので……っ」

レイルは女性に自ら進んで声を掛けたことがなかった。そのため、咄嗟に出てくるのは、ありふれたものばかりだ。それに本人が少しばかり落ち込んでいても、シルフィスカは気付かない。

「迷宮産のドレスは最高級品ですからね。この青い色合いは現代では中々出せないでしょう。生地もシルクのようでそうではない……この着心地の良さは他にはありません」
「え、ああ……そうですね……」

シルフィスカは他国で幾度も夜会に出席していた。それは上級の冒険者としてという場合が多かったが、そのために夜会での対応などは慣れたものだ。

その際、日常的に『お美しい』だの『結婚を』などと言われることがあった。だが、貴族相手からの冒険者への言葉としては、絶対にそのまま受け取ってはいけない。

そう。全てお世辞だと思えというのが常識で、それが通常だと思っているために本気で言われても、シルフィスカにはお世辞だとしか思えなくなっていた。

ユキトやキリルに言われたのも定型句のようなものだし、レイルに至っては、今までに出会ってきた有象無象と同じ、挨拶のようなものとしか受け取れなかったのだ。相手に恥をかかせないようにうやむやにするのは慣れている。今回もドレスの話に、自然とすげ替えたシルフィスカだった。

「ユキト、もうここでいいよ。留守を頼む」
「名残惜しいですが、承知いたしました。旦那様(仮)くれぐれもシルフィ・・・・様をよろしくお願いいたします」
「っ、あ、ああ。もちろんだ」

旦那様という言葉に何かを感じながらも、ユキトの気迫に押されて頷くしなかなったレイルだ。それに気付いて、レイルは悔しげに背を向ける。その表情を真っ直ぐに射抜くように見つめてくるユキトに見られたくなかったのだ。

これにより、レイルはシルフィスカに手を差し出すタイミングを失った。しまったと思った時には、シルフィスカはごく自然に、レイルから一歩離れて斜め後ろに付き従っていた。これもユキトの計算だ。それに思い至り、更にレイルは気落ちした。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、11日の予定です。
よろしくお願いします◎
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