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012 旦那様の理想は*
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レイル達はこれからどうするべきか。それをそれぞれ考えていた。
そして、何よりも警戒しなくてはならないのは、ベリスベリー伯爵家だと思い、侯爵はキリルに尋ねる。
「彼女が伯爵家に連れ戻される可能性はないのか?」
実の姉が呪術師を差し向けたくらいだ。誓約を、知らず結ばれてはいないか心配したのだ。だが、それに答えたのはキリルではなかった。
「ありませんよ。メイド達を返した時点で、ベリスベリー伯爵家から私に一切干渉しないという内容で誓約を交わしてきましたので」
「っ、シルフィ!」
シルフィスカが帰ってきたのだ。
「シルフィ様っ、お出迎えできず申し訳ありません」
キリルが頭を下げた。それをシルフィスカは笑みを浮かべて手で制する。
「構わないよ。客人を放って出迎えるほどのことではない」
「はい……」
否定はしないが、納得はしていないようだ。それに苦笑を浮かべる。
「私はお前が仕えてきた貴族とは違う。予定を把握できる仕事ではないんだ。だから、見送りだけしてくれれば充分だよ」
「っ、承知しました。ですが、ユキト様はできるのです。努力いたします!」
「ふふ。アレを目指すとは、キリルは目標が高いな。だが、努力する姿勢は好ましい」
「っ! ありがとうございますっ」
シルフィスカはキリルを微笑ましげに見つめた。それから、改めてレイル達に目を向け、挨拶をする。
「挨拶もなく失礼いたしました侯爵様、それと旦那様。よくおいでくださいました。ご案内できず、申し訳ありません」
「い、いや……留守中に失礼していたのは、こちらの方だ。それと……申し訳なかった!」
「……」
侯爵は立ち上がり、わざわざシルフィスカの前に来てから深く頭を下げた。
「謝っていただくことはございませんが?」
「そんなことはない! 私は君から、君が努力した証を奪ったっ。本当に申し訳ないっ。その上、あのような誓約をっ……」
「おやめ下さい。当時、あなたが王に懇願されてやって来たことは知っています。あなたは仕事をしたに過ぎない」
「しかしっ……」
次に侯爵に続けとばかりに、レイルの補佐達が土下座していた。
「申し訳ございません!! 我々が浅はかでした! あなたのことを一方的に侮辱し……っ」
「そちらもお気になさらず、あの家の血を引いているのは確かなのですから、印象が悪くとも仕方ありません。主人思いの良い仕事振りだと思いこそすれ、不満などありませんよ。こちらの要望はきちんと聞いていただきましたしね」
実家のメイドは帰らせることができたし、何より嬉しいのがこの家だ。この居場所さえ守られれば他は必要ない。
「ではどうかっ。何かお力になれることはありませんでしょうか!」
すがるような目で見られて思案する。レイルに目を留めて思いついた。
「では、旦那様の理想とする結婚相手について教えていただきたい」
「っ、私の?」
レイルはどきりとしながらシルフィスカをはじめて真っ直ぐに見つめていた。
薄い緑がかった金髪。翡翠色の瞳。小さな薄い唇。表情はあまり出ないが、瞳は強い光を宿して意思を伝えてくるようだ。
そんなシルフィスカを見て、レイルは目を離せなくなっていることに気付いた。落ち着いた声音は、苦手とする姦しい貴族の令嬢とは違う。清廉な雰囲気がシルフィスカの周りにはあった。
彼女が妻なのだと認識すると、顔が熱くなっていく気がした。しかし、次の言葉で一気にその熱が冷えた。
「ええ。良い結婚相手を見つけなくてはなりませんでしょう? 将来この侯爵家を支え、後継ぎを産む方です。半端な者ではベリスベリー家に隙を与えかねません」
「いや……私は……っ」
シルフィスカはレイルの事を何とも思っていない。それに気付いてレイルは内心酷く動揺していた。
「ご心配なく。もちろん、本当の正妻となられる方はしっかりと守らせていただきます。誓約にもありました。『当家の名誉を守ること』あの家には手を出させはしません」
「それはっ……いや、君はっ、その……」
不思議そうにするシルフィスカを見て、レイルはどう言えばいいのかわからなくなった。あの誓約がどれほど彼女に不利な内容だったか、今更ながらに思い知る。
「もちろん、ジーナと気が合う女性というのが条件の一つですね?」
「っ……」
レイルの顔は既に真っ青だ。侯爵や補佐達もだった。
「どうかされましたか? あ、昨日のジーナの魔法の後遺症でしょうか。キリル、暖炉を」
「っ、はい……」
キリルはレイル達の心情を察していた。青ざめているのは寒いわけではない。それでも、シルフィスカが言ったように暖炉に火をつけた。あまり暑くならないよう、調整しておく。
「それで、旦那様の理想は……」
そこでユキトがやって来る。
「お話中、失礼いたします。主様。商業ギルドより緊急の伝令が参っております」
「商業ギルドから? わかった。申し訳ありませんが、失礼させていただきます。ここにあるものは可能なだけ好きな時にお持ちください。キリル、ここは頼むよ」
「承知しました」
シルフィスカが上に戻っていく。それを静かに見送った一同は、誰からともなくゆっくりと息を吐いたのだった。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、3日の予定です。
今年もよろしくお願いします!
そして、何よりも警戒しなくてはならないのは、ベリスベリー伯爵家だと思い、侯爵はキリルに尋ねる。
「彼女が伯爵家に連れ戻される可能性はないのか?」
実の姉が呪術師を差し向けたくらいだ。誓約を、知らず結ばれてはいないか心配したのだ。だが、それに答えたのはキリルではなかった。
「ありませんよ。メイド達を返した時点で、ベリスベリー伯爵家から私に一切干渉しないという内容で誓約を交わしてきましたので」
「っ、シルフィ!」
シルフィスカが帰ってきたのだ。
「シルフィ様っ、お出迎えできず申し訳ありません」
キリルが頭を下げた。それをシルフィスカは笑みを浮かべて手で制する。
「構わないよ。客人を放って出迎えるほどのことではない」
「はい……」
否定はしないが、納得はしていないようだ。それに苦笑を浮かべる。
「私はお前が仕えてきた貴族とは違う。予定を把握できる仕事ではないんだ。だから、見送りだけしてくれれば充分だよ」
「っ、承知しました。ですが、ユキト様はできるのです。努力いたします!」
「ふふ。アレを目指すとは、キリルは目標が高いな。だが、努力する姿勢は好ましい」
「っ! ありがとうございますっ」
シルフィスカはキリルを微笑ましげに見つめた。それから、改めてレイル達に目を向け、挨拶をする。
「挨拶もなく失礼いたしました侯爵様、それと旦那様。よくおいでくださいました。ご案内できず、申し訳ありません」
「い、いや……留守中に失礼していたのは、こちらの方だ。それと……申し訳なかった!」
「……」
侯爵は立ち上がり、わざわざシルフィスカの前に来てから深く頭を下げた。
「謝っていただくことはございませんが?」
「そんなことはない! 私は君から、君が努力した証を奪ったっ。本当に申し訳ないっ。その上、あのような誓約をっ……」
「おやめ下さい。当時、あなたが王に懇願されてやって来たことは知っています。あなたは仕事をしたに過ぎない」
「しかしっ……」
次に侯爵に続けとばかりに、レイルの補佐達が土下座していた。
「申し訳ございません!! 我々が浅はかでした! あなたのことを一方的に侮辱し……っ」
「そちらもお気になさらず、あの家の血を引いているのは確かなのですから、印象が悪くとも仕方ありません。主人思いの良い仕事振りだと思いこそすれ、不満などありませんよ。こちらの要望はきちんと聞いていただきましたしね」
実家のメイドは帰らせることができたし、何より嬉しいのがこの家だ。この居場所さえ守られれば他は必要ない。
「ではどうかっ。何かお力になれることはありませんでしょうか!」
すがるような目で見られて思案する。レイルに目を留めて思いついた。
「では、旦那様の理想とする結婚相手について教えていただきたい」
「っ、私の?」
レイルはどきりとしながらシルフィスカをはじめて真っ直ぐに見つめていた。
薄い緑がかった金髪。翡翠色の瞳。小さな薄い唇。表情はあまり出ないが、瞳は強い光を宿して意思を伝えてくるようだ。
そんなシルフィスカを見て、レイルは目を離せなくなっていることに気付いた。落ち着いた声音は、苦手とする姦しい貴族の令嬢とは違う。清廉な雰囲気がシルフィスカの周りにはあった。
彼女が妻なのだと認識すると、顔が熱くなっていく気がした。しかし、次の言葉で一気にその熱が冷えた。
「ええ。良い結婚相手を見つけなくてはなりませんでしょう? 将来この侯爵家を支え、後継ぎを産む方です。半端な者ではベリスベリー家に隙を与えかねません」
「いや……私は……っ」
シルフィスカはレイルの事を何とも思っていない。それに気付いてレイルは内心酷く動揺していた。
「ご心配なく。もちろん、本当の正妻となられる方はしっかりと守らせていただきます。誓約にもありました。『当家の名誉を守ること』あの家には手を出させはしません」
「それはっ……いや、君はっ、その……」
不思議そうにするシルフィスカを見て、レイルはどう言えばいいのかわからなくなった。あの誓約がどれほど彼女に不利な内容だったか、今更ながらに思い知る。
「もちろん、ジーナと気が合う女性というのが条件の一つですね?」
「っ……」
レイルの顔は既に真っ青だ。侯爵や補佐達もだった。
「どうかされましたか? あ、昨日のジーナの魔法の後遺症でしょうか。キリル、暖炉を」
「っ、はい……」
キリルはレイル達の心情を察していた。青ざめているのは寒いわけではない。それでも、シルフィスカが言ったように暖炉に火をつけた。あまり暑くならないよう、調整しておく。
「それで、旦那様の理想は……」
そこでユキトがやって来る。
「お話中、失礼いたします。主様。商業ギルドより緊急の伝令が参っております」
「商業ギルドから? わかった。申し訳ありませんが、失礼させていただきます。ここにあるものは可能なだけ好きな時にお持ちください。キリル、ここは頼むよ」
「承知しました」
シルフィスカが上に戻っていく。それを静かに見送った一同は、誰からともなくゆっくりと息を吐いたのだった。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、3日の予定です。
今年もよろしくお願いします!
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