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011 あの子、天才だもの
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一同はキリルからシルフィスカのベリスベリー伯爵家での待遇を聞き、ジルナリスは顔を真っ赤にしてイラついていた。
「うそっ。そんなだったのっ? あの子の言葉なんて気にせずにさっさと引き取るべきだったわ!」
「「……」」
真っ赤なジルナリスとは正反対に、レイル達、メイドや補佐達も合わせて全員が青ざめていた。
「そんな……そんな生き方を……っ」
レイルは真っ白になるほど拳を握りしめている。それほどまでに冷遇された少女を、更にあのような誓約で苦しめようとしている。
それが恥ずかしくて自分をも許せなくなっていた。
「彼女は……だから呪解石を……」
侯爵には特に衝撃だった。どんな思いでシルフィスカが呪解石を手に入れようとしたのかが理解できてしまったからだ。その理由も、致命的なものだった。
「では、今の彼女は治癒魔法を自分には使えないということなのか……」
「やれても治癒力を高める程度って言ってたわね。冒険者の中でも知ってる人はいるけど、口にしたりしないわ。同じように痛覚がなくなってるっていうのも。だから、あまり言いふらさないでよ? こんなことさえ弱点になり得ないほど強いけど、万が一ってことはあるの。本人は知られたら知られたで構わないって思ってるから、身内になるし言っておくけど」
「勿論だっ。これ以上、彼女に迷惑はかけないっ」
これは心からの言葉だろう。侯爵には、もうシルフィスカは守らなくてはならない大切な義理の娘なのだという意識が芽生えていた。
全力でベリスベリー伯爵家から切り放そうと、あらゆる手を考え始めている。
レイルも痛ましそうに部屋の外へ目を向けていた。
「……あの大量の服は彼女がたった一人で努力した結果なのですね……」
「そうね……本当、バカみたいに毎日一人で迷宮に潜ってたわ。こっちがどれだけ心配してたかなんて考えないの。当然よね。心配なんてされたことがなかったんだもの。生きるのに必死だったんだもの」
「……」
親にさえ見放され、使用人達にも辛く当たられて生きてきたのだ。頼るなんてことを知るはずがない。
「なのに、こっちは頼っちゃうのよね~。今回だって、王家からの指名依頼でしょ? あの子、ちゃんと休めてるのかしら……」
「あの、そのことですが……」
補佐の一人がジルナリスへ尋ねる。
「なあに?」
彼も、他の補佐達も、自分達がどれほどバカな八つ当たりを彼女にしたのかを理解した。だからこそ、シルフィスカのことをもっと知りたい、理解したいと思ったのだ。
「ヘスライル国は、この国からかなり離れております。どのように移動しておられるのでしょうか……」
ヘスライル国はこの国の二つ隣。一日やらそこらで移動は出来ない。
「あ、そうよね。普通はおかしいわよね。シルフィは空間魔法が使えて、転移ができるの。一度行った所なら一瞬で移動するわ。その一度の移動も、召喚獣で飛んで行くか自力で飛んで行くのよ。この大陸内の国は制覇したって言ってたわね」
「……そんな……伝説の大魔法師様のようなことが……」
「あの子、天才だもの。それをベリスベリーに知られないようにしてたのは正解よね。これを知ってたら、絶対にシルフィを手放さないわ」
確かにと納得する。ベリスベリー伯爵は強欲だ。利になると知れば絶対に手放しはしなかっただろう。
「他の家にも知られたくなかったんでしょうね。特にこの国の人たちには。それが分かってるから、知ってても私たちは話さなかったの」
「彼女は……冒険者の中で守られていたのだな……」
侯爵はジルナリスという冒険者をしている存在がそばにいるからこそ、情報を大事にする冒険者というものが口を閉ざすことに驚いていた。
「だって、シルフィには沢山の恩があるのよ……冒険者は受けた恩義や借りは必ず返すわ。でも、溜まっていく一方なの」
それはジルナリスにも言えることだ。
「あの子、欲しいものも自分でどうにかできるし、誰の力も必要としないんだもの。それに、あの子自身は貸しにしたなんて思ってないっていうのも問題だわ。治癒魔法だって『感覚を忘れないようにしてるだけだ』って言うのよ……」
「待ってくれ、まさか……対価を求めていないのか? あれほどの治癒魔法の使い手だというのに?」
治癒魔法は一般的に長い詠唱が必要だ。詠唱の長さは、その魔法の難しさを示す。長ければ長いほど、発動することが難しく強力な魔法となるのだ。
だが、シルフィスカは昨晩、詠唱もなしに欠損さえ再生させる治癒魔法を発動させた。それも、屋敷中という広範囲を対象にしてだ。
長い詠唱さえ破棄できるのは、その術の一流の使い手。魔法力と構築する魔法の読解力が高い証拠だ。一貴族ではなく、国さえも大金を積んで契約を結びたがる実力者である証拠。
治癒魔法を使える神官達は、小さな切り傷一つの治癒でも、金銭でもってそれを提供する。しかし、シルフィスカはそれらを全て無視して生きているようなものだ。
「『見ていて痛いから』の一言で終わらせるのよね~。ただ、ギルド経由で気持ち程度のお礼としてお金を振り込む人もいるけどね。『押し売りしてるつもりはない』って不機嫌になるから、借りにしたくないって人しかやらないけど」
付き合いのあるジルナリスや、シルフィスカの思いを知る者たちは、ならばせめて怪我をしないようにと、鍛錬を欠かさない。そして、常にシルフィスカの力になれるようにと情報収集も怠らなくなる。
お陰で、実力は嫌でも上がっていき、それに伴い冒険者としてのランクも上がっていくのだ。よって、シルフィスカの味方となる者たちは揃って上級になり、国さえ容易に手を出せなくなる。それが巡り巡って、シルフィスカの盾となっているのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、来年1日の予定です。
よいお年をお迎えください◎
「うそっ。そんなだったのっ? あの子の言葉なんて気にせずにさっさと引き取るべきだったわ!」
「「……」」
真っ赤なジルナリスとは正反対に、レイル達、メイドや補佐達も合わせて全員が青ざめていた。
「そんな……そんな生き方を……っ」
レイルは真っ白になるほど拳を握りしめている。それほどまでに冷遇された少女を、更にあのような誓約で苦しめようとしている。
それが恥ずかしくて自分をも許せなくなっていた。
「彼女は……だから呪解石を……」
侯爵には特に衝撃だった。どんな思いでシルフィスカが呪解石を手に入れようとしたのかが理解できてしまったからだ。その理由も、致命的なものだった。
「では、今の彼女は治癒魔法を自分には使えないということなのか……」
「やれても治癒力を高める程度って言ってたわね。冒険者の中でも知ってる人はいるけど、口にしたりしないわ。同じように痛覚がなくなってるっていうのも。だから、あまり言いふらさないでよ? こんなことさえ弱点になり得ないほど強いけど、万が一ってことはあるの。本人は知られたら知られたで構わないって思ってるから、身内になるし言っておくけど」
「勿論だっ。これ以上、彼女に迷惑はかけないっ」
これは心からの言葉だろう。侯爵には、もうシルフィスカは守らなくてはならない大切な義理の娘なのだという意識が芽生えていた。
全力でベリスベリー伯爵家から切り放そうと、あらゆる手を考え始めている。
レイルも痛ましそうに部屋の外へ目を向けていた。
「……あの大量の服は彼女がたった一人で努力した結果なのですね……」
「そうね……本当、バカみたいに毎日一人で迷宮に潜ってたわ。こっちがどれだけ心配してたかなんて考えないの。当然よね。心配なんてされたことがなかったんだもの。生きるのに必死だったんだもの」
「……」
親にさえ見放され、使用人達にも辛く当たられて生きてきたのだ。頼るなんてことを知るはずがない。
「なのに、こっちは頼っちゃうのよね~。今回だって、王家からの指名依頼でしょ? あの子、ちゃんと休めてるのかしら……」
「あの、そのことですが……」
補佐の一人がジルナリスへ尋ねる。
「なあに?」
彼も、他の補佐達も、自分達がどれほどバカな八つ当たりを彼女にしたのかを理解した。だからこそ、シルフィスカのことをもっと知りたい、理解したいと思ったのだ。
「ヘスライル国は、この国からかなり離れております。どのように移動しておられるのでしょうか……」
ヘスライル国はこの国の二つ隣。一日やらそこらで移動は出来ない。
「あ、そうよね。普通はおかしいわよね。シルフィは空間魔法が使えて、転移ができるの。一度行った所なら一瞬で移動するわ。その一度の移動も、召喚獣で飛んで行くか自力で飛んで行くのよ。この大陸内の国は制覇したって言ってたわね」
「……そんな……伝説の大魔法師様のようなことが……」
「あの子、天才だもの。それをベリスベリーに知られないようにしてたのは正解よね。これを知ってたら、絶対にシルフィを手放さないわ」
確かにと納得する。ベリスベリー伯爵は強欲だ。利になると知れば絶対に手放しはしなかっただろう。
「他の家にも知られたくなかったんでしょうね。特にこの国の人たちには。それが分かってるから、知ってても私たちは話さなかったの」
「彼女は……冒険者の中で守られていたのだな……」
侯爵はジルナリスという冒険者をしている存在がそばにいるからこそ、情報を大事にする冒険者というものが口を閉ざすことに驚いていた。
「だって、シルフィには沢山の恩があるのよ……冒険者は受けた恩義や借りは必ず返すわ。でも、溜まっていく一方なの」
それはジルナリスにも言えることだ。
「あの子、欲しいものも自分でどうにかできるし、誰の力も必要としないんだもの。それに、あの子自身は貸しにしたなんて思ってないっていうのも問題だわ。治癒魔法だって『感覚を忘れないようにしてるだけだ』って言うのよ……」
「待ってくれ、まさか……対価を求めていないのか? あれほどの治癒魔法の使い手だというのに?」
治癒魔法は一般的に長い詠唱が必要だ。詠唱の長さは、その魔法の難しさを示す。長ければ長いほど、発動することが難しく強力な魔法となるのだ。
だが、シルフィスカは昨晩、詠唱もなしに欠損さえ再生させる治癒魔法を発動させた。それも、屋敷中という広範囲を対象にしてだ。
長い詠唱さえ破棄できるのは、その術の一流の使い手。魔法力と構築する魔法の読解力が高い証拠だ。一貴族ではなく、国さえも大金を積んで契約を結びたがる実力者である証拠。
治癒魔法を使える神官達は、小さな切り傷一つの治癒でも、金銭でもってそれを提供する。しかし、シルフィスカはそれらを全て無視して生きているようなものだ。
「『見ていて痛いから』の一言で終わらせるのよね~。ただ、ギルド経由で気持ち程度のお礼としてお金を振り込む人もいるけどね。『押し売りしてるつもりはない』って不機嫌になるから、借りにしたくないって人しかやらないけど」
付き合いのあるジルナリスや、シルフィスカの思いを知る者たちは、ならばせめて怪我をしないようにと、鍛錬を欠かさない。そして、常にシルフィスカの力になれるようにと情報収集も怠らなくなる。
お陰で、実力は嫌でも上がっていき、それに伴い冒険者としてのランクも上がっていくのだ。よって、シルフィスカの味方となる者たちは揃って上級になり、国さえ容易に手を出せなくなる。それが巡り巡って、シルフィスカの盾となっているのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、来年1日の予定です。
よいお年をお迎えください◎
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