逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

文字の大きさ
上 下
2 / 54

002 どう交渉するかだな

しおりを挟む
「あのクソ姉がっ!」

十五歳となったシルフィスカは、思わずというように暴言を吐いていた。

「何が『私には求められるべき立場とお相手がいるのです』だ……婚約者を妹に押し付けるとかマジで腐ってやがるっ」

そう。シルフィスカはなぜか侯爵家に嫁に来ていた。

あれから順調だった。静かに密かに確実に力を蓄えることに成功したのだ。

空間魔法の最高峰、転移魔法をも早々に会得し、夜には屋敷を抜け出して剣術や魔術を極めた。もう怖いものはない。神でもなんでも『さあ来い!』という所まで仕上げていた。

お金も貯まった。軽く実家の屋敷を三つ買えるくらい貯めた。ちょっと貯めすぎた感はある。

これでいつでも家を破壊……もとい、脱走……ではなく、独立できると決行日を考えていた矢先のことだった。

「マズったなあ……」

失敗した。まさかこんなことになるとは思わなかった。

「あの旦那さん、めちゃくちゃ怒ってるし、しょっぱなから幽閉する気満々じゃん」

当たり前だ。聖女となると目されていた人を婚約者にしていたのだ。それなのに、いざ嫁に来たのはなんの能力もないと思われているその妹。詐欺行為で訴えて良いレベルだ。

「これ、良いのか? 確かに発表されてたのは、うちの伯爵家の娘だけども……気の毒過ぎる……何より、格上の侯爵家に喧嘩を売るとか、マジでクソでクズではないかっ」

思わず自分の境遇を忘れて旦那となった人に同情してしまう。

やはり早いところ灰塵と帰すべきだった。人様にこれほど迷惑をかけるとは。

鏡の前で身なりを整えながら呟いていたシルフィスカは、少々乱暴なノックの音で立ち上がる。この音は、生家である伯爵家から連れてきたクズメイドだ。まったくなっていない。

「どうぞ」
「旦那様がお会いになるそうです」
「どちらで?」
「……確認して参ります」

確認しとけよと叫びたくなるのを我慢し、部屋を出るべく今一度姿見で身なりをチェックしてから歩き出す。

これでもどこに出ても問題がないように礼儀作法などの令嬢が出来て当たり前のことは一通りできる。寧ろ、王女の教育係にもなれるくらい極めた。

当然だが、ゴミのようにシルフィスカを扱う生家で教育を受けたわけではない。これは外で活動する上で必要に迫られてだったのだが、役に立ちまくっていた。

言葉遣いもいつものキレ気味なものばかりではなく、きちんと出来るのだ。

「私が行きます。あなた方は荷解きを続けてください」
「……承知しました」

『このクソガキが』と言いたい顔をしていた。彼女達とはお互い様だ。こちらはクズメイドと見下すし、あちらはクソガキと陰で罵る。ある意味対等な関係だ。

「さて……どう交渉するかだな……」

潔く慰謝料を払って出て行くか。

それとも、バカにしたと怒るのならば、伯爵家を取り潰すのに協力し、一時手を組むか。

侯爵家のメイドに案内された本館。その執務室らしき部屋に入ると、そこでは仕事中の三十代頃の男性がいた。彼が夫となったレイル・ゼスタートだ。

一目でわかる。剣の腕はかなりのものだろう。

冷徹で頑固者。そんな印象の整った美貌。鍛えていても大きくなり過ぎることのない体。均一の取れた筋肉。

さぞかしモテるだろう。

姉はこの顔を見なかったのだろうか。きっと見ていない。絶対に好きそうな見た目だ。

もちろん、間違いなく中身は合わないだろう。真面目で堅実そうなのだから。

「お連れしました」
「ああ」

控える使用人を下げるつもりはないようだ。

男は手元の書類に目を落としたまま顔を上げなかった。仕事の手を止めることなく、補佐なのだろうか。その書類を運び出したり、本棚から新たな資料を出したりと動く者も手を止めない。

補佐達は主人と違い、若干どころかあからさまにこちらを睨み付けてきてはいるが、手は動いていた。

「あなたには、離れで過ごしてもらう。死ぬまで何不自由なく暮らしていける環境は整えるつもりだ。伯爵家に何か言うつもりもない」
「……」

残念なことに、突き返すつもりはないようだ。

「それと、子を作る必要もない。私は、愛せない女とはそういうことはしたくないのでな」

そっちも真面目な方らしい。大変結構なことだ。

「他に妻を迎え入れることを了承してもらおう。その間に子が生まれた場合は、後継と認めてもらう。その代わりに、過剰な散財をしない限りは何をしても構わない。以上だ。異論はあるか? なければこの誓約書にサインをしてくれ」

これに、ようやくシルフィスカは口を開く。目を伏せ、静かに頭を下げた。

「承知しました。ご温情痛み入ります。我が生家の礼を失する対応をお許しいただき、感謝いたします。その上に自由もお約束いただいたのです。これ以上は望みません。ただ一つだけお許しいただきたいことがございます」
「お前っ。これ以上なにも望まないと言っておいてっ……」
「お前たちは黙っていろ」
「はっ……」

そうそう。外野は口を出さないでもらおう。

「申し訳ございません。ご迷惑をお掛けすることではありません。ただ、伯爵家から連れて参りましたメイド達を帰すことをお許しいただきたいのです」

まだ顔は上げない。

「なぜだ?」

男がようやくこちらを見たらしいが、そのままだ。頭のてっぺんだけ見せておく。

「お恥ずかながら、伯爵家のメイド達はこちらのメイドの方々に数十段劣ります。ご迷惑をお掛けする前にこちらから引き上げさせていただきたいのです」
「……」

これには、補佐達や控えていた使用人達も絶句していた。

「面白い冗談だ」
「いえ、真実です」
「……そうか……だが、君は一人でどうするのだ? 迷惑をかけないと言った以上、こちらから使用人を当てがうということも期待してはいまい」
「当然でございます。一人でも一通り以上のことが出来ると自負しております。お構いなく」
「……」

無言な内に畳み掛けてしまえと続ける。

「こちらをご了承いただけましたら、お相手が見つかるまで旦那様の妻として完璧に演じてご覧に入れます。これは契約……あの離れをご提供いただけるのでしたら、一切の援助は無用にございます」

離れの屋敷は、一人で住むには広いが欲しいと思っていた理想の一軒家だ。

いずれ、生家を出たら買おうと思って予定していたベストな大きさだった。

これで使用人も誰もいなければ、家も脱け出し放題。外でやりたい放題だ。食事だって外で問題ないし、作るのも好きだ。寝に帰る場所が約束されればいい。

寧ろ、離れを買い取っても良いと思っていた。

こうして今後の楽しい人生計画を考えている間、誰も何も発しなかった。

危うく完全にトリップするところだ。

どうしたのかと様子を気配察知で感じ取る。どうやらあちらがトリップ中らしい。戻ってきてもらわないと困る。

「お聞き届けいただけますでしょうか」
「あ……ああ……では、誓約書を書き換えさせてもらおう。明日には届ける。使用人達は……好きな時に帰せばいい」
「寛大なお心に感謝を。ありがとうございます」
「っ……!」

そこで初めてシルフィスカは頭を上げ、聖女の微笑みと絶賛された笑みで答えたのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日投稿です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 154

あなたにおすすめの小説

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

処理中です...