一匹狼は辞めるつもりです!~赤狼は仲間と気ままに冒険希望~

紫南

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第一章 冒険者の始まりと最初の出会い

001 野に放たれた赤狼

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2018. 1. 3

**********

カサカサとわざと音を立てながら、森の中を駆ける者がいた。

音に反応しながらも、獣達はじっと息を潜めてそれが行き過ぎるのを待っている。それに敵わない事を知っているのだ。だから、従順を示すか、こうして隠れるしか生き延びる術がない。

それは広大な森を外側から渦を巻くように中央の最深部へと向かって駆けていた。次第に獣達が出てくる気がないと知ると、その速度を上げていく。

見送った獣達の目には、赤い残像が見えた気がした。この森で、絶対に手をだしてはならないもの。それが赤い体毛を持つ者達なのだ。

最深部へと辿り着いたそこには、一匹の大きな赤い獣が寝そべっていた。それに、走って来た者が抱き着いていく。

「トヤ、言われた通り走って来たぞっ」

モフモフと、とても気持ちのいい感触に埋もれる。キレイ好きなこの獣……トヤは、今日も陽の光のいい匂いがする。

《早くなったなマティアス。これならば、もう外に出ても大丈夫だろう》
「ああ……やはり、出て行かなくてはダメか?」

トヤの体にもたれかかり、彼の体毛と自身の髪の色と混ぜながら寂しげに言った。数十年前には、少々赤みがかった茶色といった色だったその髪は、もう赤だと確信を持って言える色になっていた。

色が変わりだした時を思い出す。それは十才になった頃。

マティアスは、まだ赤ん坊だった頃に森で猟師に拾われ、彼に育てられた。しかし、彼は六才の時に魔獣にやられて死んでしまったのだ。

魔獣とは、特殊な力を持った獣のことだ。普通の獣と違い、体内に魔核といわれる力の元となる石を生成している。これによって、大気より魔素を集め風や火、水や土など特質した能力を攻撃手段として用いるようになるのだ。

猟師であっても、そんな魔獣と渡り合うには危険が伴う。魔獣には世界で定められたランクがあり、一般的な猟師が倒せるとすれば、F、Eランクまで。

それなのに、Eランクよりも二つ上のCランクの魔獣に出会ってしまったのだ。それは、逃げることさえ困難になってくる。

その頃からだっただろうか。自分に力があったらと思うようになったのがきっかけだったかもしれない。魔術が使えるようになったのだ。

そこから、徐々に髪が赤くなっていった。マティアスは森で猟師として働くようになり、力をつけていく。大人が苦戦する相手も、マティアスには敵ではなかった。

そして、村人達は次第にマティアスから距離を置くようになった。髪の色が人にはあり得ないものになったからとも言える。

その色は、最強の魔獣、神獣といわれるディストレアの色だ。マティアスはそのディストレアの子どもだと言われるようになった。

その頃から、近くにある森に異変が起きた。強い魔獣達が度々現れるようになったのだ。当然のように、村人達の何人かが帰らぬ人となった。そこから、マティアスが呼んでいるのだと根も葉もない噂が立つ。

そして、ある晩、村人達がマティアスの家に火を放った。マティアスは死のうと思った。信じられる者はなく、ただ日々を陰鬱に過ごすしかないのならば、生きる価値がないと思ったのだ。けれどその時、二頭のディストレアが現れた。

「ディ、ディストレア!? やっぱりあいつは!」
「逃げろ!!」
「火だ! 火を焚け!!」

パニックになった村人達は、周りの家にも火をつけ、自身を守ろうとした。その姿は滑稽だ。しかし、二頭のディストレアはそんな村人達の行動を憐れに感じただけで、マティアスを連れて森へと消えていった。

そうしてディストレア……ラダとトヤに育てられ、数十年。戦い方は充分過ぎるほど二頭に教わった。

《いつまでも、幼な子のように甘えていてはいかん。お前はハイヒューマン。我らディストレアの盟友。滅びと戦うものだ。死は必ずやってくるものだが、だからこそ、どう生きたかを問われる。ラダが終わりの地を探しに行ったように、お前も世界を見てこい》

トヤのパートナーであり、同じ血を引くラダは、数年前にこの森を出て行った。一つの森に王者は一頭で良い。何より、個として強さを求めるのがディストレアだ。

いずれ、死が近付いたなら、また再会し子を成す。ディストレアには最初、性はない。自身でパートナーを見つけ、選択するのだ。ラダは母となる事を選んだ。体を徐々に女に変え、その時に備えるのだと聞いた。

《我らに似ていても、お前は人だ。一匹狼になる必要はない。仲間を見つけ、旅をしてみるといい》
「トヤ……けど、人は汚いやつらばかりだ。一緒にいたいとは思えない」

マティアスを受け入れなかった村人達。それを思い出すと、嫌な気分になる。

《そんなやつらばかりではないさ。それに、人族以外にも、魔族やエルフ族などもいる。他にも竜人族は面白い。あれは強さを求める。我らと似た精神を持つ種族だ。獣人族は賢しく、姿を変える。どの種族も、人族と違い長命だからな。付き合い方も変わるだろう》

トヤは既に三百年は生きていると聞く。世界も多く見てきた。この森を住処としたのは、この百年ほどらしい。

《マティアス。我らの愛し子よ。お前にも寿命がある。恐らく生きて後百年。この百年で己が生き様を示してみせよ》
「……トヤ……分かった。私の名がこの森に届くぐらいスゴイ人生にしてみるよ。友人も……作ってみようかな」

トヤが嬉しそうに目を細める。くつくつと笑う振動が伝わってきた。

《やってみせよ。そこにある金を持っていけ。装備もな。それで常識も身につけるのだぞ? あと、少しは女らしくな。このままではパートナーを見つけられん》
「なんだか、急に口うるさくなったな……いや、わ、わかった。ジョウシキだろ? ジョウ……ど、努力しよう」

仕切りに首を捻っては頷きを繰り返すマティアスに、トヤは嘆息する。

《人の国のだぞ? 森の常識ではないからな?》
「んん? どう違うんだ?」
《……早く友人を作れ……できれば人里に入る前にな……》
「分かった」

今更ながらに大丈夫だろうかと首を振るトヤ。

「森の外か……ここでのように、強さを見せつけてやるぞ!」
《マティアス、ここは一応Sランクの森だ……同じ感覚では……》
「誰もが避けて通るくらいにだなっ」
《話を聞かんか、このバカ娘!》
「ブふぉっ」

トヤの前足がマティアスを押しつぶし、地面に押さえつけた。

「お、重い……トヤぁ」
《まったく……育て方を間違えたか? マティアス。いいか、お前は我らに近い力を持っている。自覚はないだろうが、最強のSランクの魔獣と同等ということだ。人で敵うものはそうそうおらん。その事をまず肝に命じて……って、どこへ行きおった!?》

いつの間にか足の下からマティアスはいなくなっていた。

「え~っと、これが靴か。そんで……ナイフに、これはなんだ? 胸当てか。大きいな……ここを縛って……これでいいか。それと金、金~っ」

マティアスは鼻歌混じりでトヤの蓄えていた宝の山を漁っていた。

《……マティアス……》
「なぁ、金って、こんだけあれば足りるのか? 重いからあまり持ちたくないんだが」
《……足りなければ、盗賊でも襲え》

適当に答えたのだが、これにマティアスは納得してしまう。この時点で、常識というものがズレていることにマティアスもトヤも気付かない。

「なるほど。なら、こんだけでいいや。そんじゃ、行ってくる」
《……もう好きにせよ。気をつけてな》
「おうっ。元気でなっ!」

適当に身につけた武具。小さなナイフと少しの金。ディストレアに育てられたその娘は、慣れ親しんだ森を意気揚々と出ていく。そんな背中を見つめながら、トヤは過去に思いを馳せる。

《……ルーフェニア……お前の娘は強くなったぞ》

かつての友人から託された子どもは、時を越え、ハイヒューマンがほんの数えるだけの存在しかいなくなった世界へと旅立っていく。

彼女はきっと、その最後の存在になるだろう。子を成すことが難しい種族だ。彼女が子を成せればと思うが、期待はできない。

《せめて、思いを残せれば良い……強く生きよ。我らの愛し子であり、天使の血を引く稀有な娘よ》

名はマティアス。
年は九十歳。
種族はハイヒューマン。
育ての親は、最強の神獣ディストレア。
実の親はハイヒューマンの女王と天使。
神から愛されし種族の子であり、神に仕える天使の血を引いている稀有な存在。

そんな娘がこれからどんな人生を歩むのか。それは、今は誰にも知るよしもなかった。

**********

舞台裏のお話。


始まりました伝説の幕開けです!

トヤ  《……あんなだったな……》

とっても元気な娘さんですよ。

トヤ  《元気? いや、確かに元気だが……困る元気というか……もうすぐ百でアレとか……》

苦労しました?

トヤ  《寧ろ、これから出会う者達が苦労しそうだ……まったく、もう少し落ち着いて欲しいものだな》

これからに期待ですね?

トヤ  《お主、他人事だと思って……》

他人事として、見守らせていただきます!

トヤ  《逃げおったな……はぁ……早まったかな……》



読んでくださりありがとうございます◎


破天荒な娘さんが野に放たれました。


次回、金曜5日0時です。
よろしくお願いします◎
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