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第四章 国を渡り歩く狐
090 戦場で出会った
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そこは戦場だった。
別に珍しくはない。小国が犇めく人族の土地では、どこかしらの国が戦争を仕掛けているのだから。
その戦場の只中。一人の兵士が上官らしき者の遺体の前で座り込んでいた。死んだことを受け入れられないのだろう。呆然と、思考することを止めていた。
そこから少し離れた所では、未だ交戦中で、魔術師達の放つ攻撃が光や衝撃音を響かせている。
そんな中を、まるでただの物見のために来たと言わんばかりに散歩を楽しむようにさえ見える様子で歩いてくる人が居た。
「これはまた派手にやったものだな」
「っ……!」
突然近くで聞こえたその声に、ビクリと座り込んだ兵士が肩を跳ねさせる。
恐る恐るそちらを向いた兵士は、その人を見てポカンと口を開けた。
戦場の中に、これほどまで鮮やかな色は存在してはならない。
信じられないほど美しい赤い髪。健康的な肌には、くすみ一つなく、冒険者にしては軽装なその装備は彼女の魅力を更に引き出していた。
「っ、あ……」
目が合った。
殺伐とした人族の国の中で、見たことないほど澄み切った瞳があった。
「お前は生きてるのか。そいつは……大事な人か?」
「っ……はい……」
「なら、きちんと家に持ち帰ってやれ。ここは良い場所ではないからな。弔うには良くない」
「……っ」
周りを見回しながら言われた言葉に、兵士はコクリと頷いた。
そして、再び目が合う。射抜かれるような、全てを見透かすような瞳に、目を離せなくなる。
「……お前なら、こんな戦場でも問題なく抜けられるだろうしな」
「っ……!」
自分でも表情が歪んだのがわかった。しかし、それはどうでも良いというように、彼女は続けた。
「その涙は故人のためか? それとも、能力を偽ったことの後悔のためか?」
「っ、し、知って……っ」
「知らんな。ただ、お前ならばこの戦争のひっくり返せる。それだけの力を隠していることだけは分かる。私がここに来たのも、そんな強い奴がなんでこんな場所に居るのか気になってだ。まあ、ただの好奇心って奴だな」
本気なのだろう。そこに嘘がないのは、能力で分かる。
彼女は視線を外し、顔をしかめてまた戦場へと目を向けた。
「戦場は臭くて敵わん。まったく、生きる糧とするわけでもなく殺し合いなど、よく出来るものだ。戦いたいなら、それを決めた奴らだけでやればいいものを。喧嘩に他人を巻き込むのは馬鹿だ」
心底くだらないと思っているのだろう。その視線は、本隊の方へ向けられていた。
「お前は? なんで戦う?」
「っ……守りたかった……」
直生にその言葉だけが滑り落ちた。
「そうか。守るために戦うのは悪いことじゃない。そいつ……残念だったな」
「……ええ……」
もう動くことはないその人も、戦争なんてと言っていた。軍に入ったのは、民を守るためだと笑った顔を思い出す。自分が戦うことで平穏な暮らしを守れるならと言った献身的な人。
戦うことは嫌いだけど、自分に戦える力があるのならばと努力した人。最期の時も、多くの部下達を守った。その表情はどこか誇らしく微笑んでいるように見える。
彼女にもそう見えたのだろう。
「満足そうな顔だ」
「はい……」
「ならば願ってやらねばな」
「え?」
何をと顔を上げる。その時にはもう、涙も乾いてしまっていた。ヒリヒリと肌が乾いた涙で引きつるのを感じる。
「次が良い人生であるように」
「っ!?」
そうだと思った。
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
目を丸くしていると、そう言って去って行こうとする。だから兵士は慌てて問いかけた。
「あっ……な、名前。あなたの名前は?」
「マティアス。冒険者のマティアス・ディストレアだ」
「っ、ディストレア……」
最強の赤い神獣。彼女に相応しいと思った。
「わ、私、私はカグヤ」
「カグヤか……」
そう呟いて、マティアスは振り返る。じっとカグヤを見つめてふっと笑った。その笑みが魅力的で、思わず見惚れる。だから、その次に続けられた言葉にしばらく反応出来なかった。
「その尻尾、とても魅力的だ」
それだけ言って、マティアスは手を振りながら去って行った。
マティアスの姿が見えなくなってしばらくしてから、カグヤは目を瞬かせた。
「……え? しっぽ……尻尾!? で、出てる!?」
慌てて後ろを見るが、変身は完璧だった。どれだけ呆然としても、眠っていても、解けないようにきちんと修行して身につけた。
この数十年。人族の国で暮らしてきたカグヤが本来の姿に戻ったことはない。
だが、マティアスには見えてらしい。それに驚愕しながら立ち上がる。
「疑問はあるけど、そうよね。このままこの人をここに置いておく訳にはいかないわ。ご両親に返さないとっ」
そして思い出した。獣人としての死者への向き合い方を。長く人として生きていたから忘れていた。
「来世では平穏な暮らしが出来ると良いわね。けど、あなたならまた、誰かを守って戦えるようになりそうだわ」
クスリと笑いながら、カグヤは自分よりも大きなその人を担いだ。途中で見つけた布に包み直し、そうして彼の帰りを待つ人の下へ急ぐ。
「私も、もう一度私らしく生きてみるわ。あなたがあなたらしさを失わずに生き方を貫いたようにね」
そうして会いに行こうと思った。
あの赤く美しい人に。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
また二週空きます。
よろしくお願いします◎
別に珍しくはない。小国が犇めく人族の土地では、どこかしらの国が戦争を仕掛けているのだから。
その戦場の只中。一人の兵士が上官らしき者の遺体の前で座り込んでいた。死んだことを受け入れられないのだろう。呆然と、思考することを止めていた。
そこから少し離れた所では、未だ交戦中で、魔術師達の放つ攻撃が光や衝撃音を響かせている。
そんな中を、まるでただの物見のために来たと言わんばかりに散歩を楽しむようにさえ見える様子で歩いてくる人が居た。
「これはまた派手にやったものだな」
「っ……!」
突然近くで聞こえたその声に、ビクリと座り込んだ兵士が肩を跳ねさせる。
恐る恐るそちらを向いた兵士は、その人を見てポカンと口を開けた。
戦場の中に、これほどまで鮮やかな色は存在してはならない。
信じられないほど美しい赤い髪。健康的な肌には、くすみ一つなく、冒険者にしては軽装なその装備は彼女の魅力を更に引き出していた。
「っ、あ……」
目が合った。
殺伐とした人族の国の中で、見たことないほど澄み切った瞳があった。
「お前は生きてるのか。そいつは……大事な人か?」
「っ……はい……」
「なら、きちんと家に持ち帰ってやれ。ここは良い場所ではないからな。弔うには良くない」
「……っ」
周りを見回しながら言われた言葉に、兵士はコクリと頷いた。
そして、再び目が合う。射抜かれるような、全てを見透かすような瞳に、目を離せなくなる。
「……お前なら、こんな戦場でも問題なく抜けられるだろうしな」
「っ……!」
自分でも表情が歪んだのがわかった。しかし、それはどうでも良いというように、彼女は続けた。
「その涙は故人のためか? それとも、能力を偽ったことの後悔のためか?」
「っ、し、知って……っ」
「知らんな。ただ、お前ならばこの戦争のひっくり返せる。それだけの力を隠していることだけは分かる。私がここに来たのも、そんな強い奴がなんでこんな場所に居るのか気になってだ。まあ、ただの好奇心って奴だな」
本気なのだろう。そこに嘘がないのは、能力で分かる。
彼女は視線を外し、顔をしかめてまた戦場へと目を向けた。
「戦場は臭くて敵わん。まったく、生きる糧とするわけでもなく殺し合いなど、よく出来るものだ。戦いたいなら、それを決めた奴らだけでやればいいものを。喧嘩に他人を巻き込むのは馬鹿だ」
心底くだらないと思っているのだろう。その視線は、本隊の方へ向けられていた。
「お前は? なんで戦う?」
「っ……守りたかった……」
直生にその言葉だけが滑り落ちた。
「そうか。守るために戦うのは悪いことじゃない。そいつ……残念だったな」
「……ええ……」
もう動くことはないその人も、戦争なんてと言っていた。軍に入ったのは、民を守るためだと笑った顔を思い出す。自分が戦うことで平穏な暮らしを守れるならと言った献身的な人。
戦うことは嫌いだけど、自分に戦える力があるのならばと努力した人。最期の時も、多くの部下達を守った。その表情はどこか誇らしく微笑んでいるように見える。
彼女にもそう見えたのだろう。
「満足そうな顔だ」
「はい……」
「ならば願ってやらねばな」
「え?」
何をと顔を上げる。その時にはもう、涙も乾いてしまっていた。ヒリヒリと肌が乾いた涙で引きつるのを感じる。
「次が良い人生であるように」
「っ!?」
そうだと思った。
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
目を丸くしていると、そう言って去って行こうとする。だから兵士は慌てて問いかけた。
「あっ……な、名前。あなたの名前は?」
「マティアス。冒険者のマティアス・ディストレアだ」
「っ、ディストレア……」
最強の赤い神獣。彼女に相応しいと思った。
「わ、私、私はカグヤ」
「カグヤか……」
そう呟いて、マティアスは振り返る。じっとカグヤを見つめてふっと笑った。その笑みが魅力的で、思わず見惚れる。だから、その次に続けられた言葉にしばらく反応出来なかった。
「その尻尾、とても魅力的だ」
それだけ言って、マティアスは手を振りながら去って行った。
マティアスの姿が見えなくなってしばらくしてから、カグヤは目を瞬かせた。
「……え? しっぽ……尻尾!? で、出てる!?」
慌てて後ろを見るが、変身は完璧だった。どれだけ呆然としても、眠っていても、解けないようにきちんと修行して身につけた。
この数十年。人族の国で暮らしてきたカグヤが本来の姿に戻ったことはない。
だが、マティアスには見えてらしい。それに驚愕しながら立ち上がる。
「疑問はあるけど、そうよね。このままこの人をここに置いておく訳にはいかないわ。ご両親に返さないとっ」
そして思い出した。獣人としての死者への向き合い方を。長く人として生きていたから忘れていた。
「来世では平穏な暮らしが出来ると良いわね。けど、あなたならまた、誰かを守って戦えるようになりそうだわ」
クスリと笑いながら、カグヤは自分よりも大きなその人を担いだ。途中で見つけた布に包み直し、そうして彼の帰りを待つ人の下へ急ぐ。
「私も、もう一度私らしく生きてみるわ。あなたがあなたらしさを失わずに生き方を貫いたようにね」
そうして会いに行こうと思った。
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