上 下
90 / 100
第四章 国を渡り歩く狐

090 戦場で出会った

しおりを挟む
そこは戦場だった。

別に珍しくはない。小国がひしめく人族の土地では、どこかしらの国が戦争を仕掛けているのだから。

その戦場の只中。一人の兵士が上官らしき者の遺体の前で座り込んでいた。死んだことを受け入れられないのだろう。呆然と、思考することを止めていた。

そこから少し離れた所では、未だ交戦中で、魔術師達の放つ攻撃が光や衝撃音を響かせている。

そんな中を、まるでただの物見のために来たと言わんばかりに散歩を楽しむようにさえ見える様子で歩いてくる人が居た。

「これはまた派手にやったものだな」
「っ……!」

突然近くで聞こえたその声に、ビクリと座り込んだ兵士が肩を跳ねさせる。

恐る恐るそちらを向いた兵士は、その人を見てポカンと口を開けた。

戦場の中に、これほどまで鮮やかな色は存在してはならない。

信じられないほど美しい赤い髪。健康的な肌には、くすみ一つなく、冒険者にしては軽装なその装備は彼女の魅力を更に引き出していた。

「っ、あ……」

目が合った。

殺伐とした人族の国の中で、見たことないほど澄み切った瞳があった。

「お前は生きてるのか。そいつは……大事な人か?」
「っ……はい……」
「なら、きちんと家に持ち帰ってやれ。ここは良い場所ではないからな。弔うには良くない」
「……っ」

周りを見回しながら言われた言葉に、兵士はコクリと頷いた。

そして、再び目が合う。射抜かれるような、全てを見透かすような瞳に、目を離せなくなる。

「……お前なら、こんな戦場でも問題なく抜けられるだろうしな」
「っ……!」

自分でも表情が歪んだのがわかった。しかし、それはどうでも良いというように、彼女は続けた。

「その涙は故人のためか? それとも、能力を偽ったことの後悔のためか?」
「っ、し、知って……っ」
「知らんな。ただ、お前ならばこの戦争のひっくり返せる。それだけの力を隠していることだけは分かる。私がここに来たのも、そんな強い奴がなんでこんな場所に居るのか気になってだ。まあ、ただの好奇心って奴だな」

本気なのだろう。そこに嘘がないのは、能力で分かる。

彼女は視線を外し、顔をしかめてまた戦場へと目を向けた。

「戦場は臭くて敵わん。まったく、生きる糧とするわけでもなく殺し合いなど、よく出来るものだ。戦いたいなら、それを決めた奴らだけでやればいいものを。喧嘩に他人を巻き込むのは馬鹿だ」

心底くだらないと思っているのだろう。その視線は、本隊の方へ向けられていた。

「お前は? なんで戦う?」
「っ……守りたかった……」

直生にその言葉だけが滑り落ちた。

「そうか。守るために戦うのは悪いことじゃない。そいつ……残念だったな」
「……ええ……」

もう動くことはないその人も、戦争なんてと言っていた。軍に入ったのは、民を守るためだと笑った顔を思い出す。自分が戦うことで平穏な暮らしを守れるならと言った献身的な人。

戦うことは嫌いだけど、自分に戦える力があるのならばと努力した人。最期の時も、多くの部下達を守った。その表情はどこか誇らしく微笑んでいるように見える。

彼女にもそう見えたのだろう。

「満足そうな顔だ」
「はい……」
「ならば願ってやらねばな」
「え?」

何をと顔を上げる。その時にはもう、涙も乾いてしまっていた。ヒリヒリと肌が乾いた涙で引きつるのを感じる。

「次が良い人生であるように」
「っ!?」

そうだと思った。

「じゃあな。気を付けて帰れよ」

目を丸くしていると、そう言って去って行こうとする。だから兵士は慌てて問いかけた。

「あっ……な、名前。あなたの名前は?」
「マティアス。冒険者のマティアス・ディストレアだ」
「っ、ディストレア……」

最強の赤い神獣。彼女に相応しいと思った。

「わ、私、私はカグヤ」
「カグヤか……」

そう呟いて、マティアスは振り返る。じっとカグヤを見つめてふっと笑った。その笑みが魅力的で、思わず見惚れる。だから、その次に続けられた言葉にしばらく反応出来なかった。

「その尻尾、とても魅力的だ」

それだけ言って、マティアスは手を振りながら去って行った。

マティアスの姿が見えなくなってしばらくしてから、カグヤは目を瞬かせた。

「……え? しっぽ……尻尾!? で、出てる!?」

慌てて後ろを見るが、変身は完璧だった。どれだけ呆然としても、眠っていても、解けないようにきちんと修行して身につけた。

この数十年。人族の国で暮らしてきたカグヤが本来の姿に戻ったことはない。

だが、マティアスには見えてらしい。それに驚愕しながら立ち上がる。

「疑問はあるけど、そうよね。このままこの人をここに置いておく訳にはいかないわ。ご両親に返さないとっ」

そして思い出した。獣人としての死者への向き合い方を。長く人として生きていたから忘れていた。

「来世では平穏な暮らしが出来ると良いわね。けど、あなたならまた、誰かを守って戦えるようになりそうだわ」

クスリと笑いながら、カグヤは自分よりも大きなその人を担いだ。途中で見つけた布に包み直し、そうして彼の帰りを待つ人の下へ急ぐ。

「私も、もう一度私らしく生きてみるわ。あなたがあなたらしさを失わずに生き方を貫いたようにね」

そうして会いに行こうと思った。

あの赤く美しい人に。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
また二週空きます。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 74

あなたにおすすめの小説

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
 もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。  誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。 でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。 「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」  アリシアは夫の愛を疑う。 小説家になろう様にも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

太夫→傾国の娼妓からの、やり手爺→今世は悪妃の称号ご拝命〜数打ち妃は悪女の巣窟(後宮)を謳歌する

嵐華子
キャラ文芸
ただ1人だけを溺愛する皇帝の4人の妻の1人となった少女は密かに怒っていた。 初夜で皇帝に首を切らせ(→ん?)、女官と言う名の破落戸からは金を巻き上げ回収し、過去の人生で磨いた芸と伝手と度胸をもって後宮に新風を、世に悪妃の名を轟かす。  太夫(NO花魁)、傾国の娼妓からのやり手爺を2度の人生で経験しつつ、3度目は後宮の数打ち妃。 「これ、いかに?」  と首を捻りつつも、今日も今日とて寂れた宮で芸を磨きつつ金儲けを考えつつ、悪女達と渡り合う少女のお話。 ※1話1,600文字くらいの、さくさく読めるお話です。 ※下スクロールでささっと読めるよう基本的に句読点改行しています。 ※勢いで作ったせいか設定がまだゆるゆるしています。 ※他サイトに掲載しています。

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火・金曜日に更新を予定しています。

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

処理中です...