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第ニ章 王都見学と初めての師匠
057 夫婦喧嘩ってすごい
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2019. 5. 10
**********
魔族の国に滞在することに決めたマティアスとシェリスは、城からそう遠くない場所にある屋敷を使うことになった。
その屋敷はベラントの実家であるレディレース家の別邸だったらしい。今はほとんど倉庫として使っているだけの屋敷だという。
「……この辺も酷く荒れていますね……」
「盗っ人でも入ったんじゃないのか?」
マティアスとシェリスは、快適に過ごしていた。それなりに屋敷と呼べる広さのものだ。部屋数はたくさんある。
だが、マティアス達はそんなに何部屋もいらない。眠れる部屋一つと、せめて厨房とお風呂くらい使えれば十分すぎる。
そういうことからもここをと言われたのだが、倉庫と呼ぶに相応しいほど、屋敷の中は混沌としていた。
「いやあ、兄貴達が時々ここに放り込んだものを掘り出しにきたりするんだ。それでこんな感じになるんだけど……」
「あの辺破壊されてるように見えるが?」
確かにひっくり返したような散らかりようは、何かを思い立って探し物をしたようにも見える。
しかし、一方で明らかに破壊するようにめくられた壁や、ぶち抜かれた扉なんかも見られるのだ。
やはり泥棒かと思ったのだが、違うらしい。カルツォーネが首を横に振る。犯人もわかっているようだ。
「あれは父上だよ。小さい夫婦喧嘩の時は母上がどこかに隠れてしまうんだ。それを探してた時にやったんだよ」
「……え? 隠れんの?」
「うん。さすがに毎度毎度力任せに喧嘩してたら国が危ないからね。母上も自制されるんだ」
「へえ……自制ね……」
「自制ですか……」
自制した結果がこれでは、本気の時はどうなのだろうかとマティアスとシェリスは少し震えた。
マティアスは思わず胸ポケットにいるプリシィーラにも忠告しておく。
「お前、絶対に離れるんじゃないぞ」
《(コクコクコクっ)》
必死で頷いていた。
「まあ、隠れると言っても母上はこんなところに隠れないんだけどね」
カルツォーネは倒れた低い棚を引き起こして苦笑する。
「は? じゃあどこに隠れるんだ?」
「城の中だよ。出て行ったと思わせて城に潜んでるんだ。それで父上が慌てる所を見て溜飲を下げるんだ」
「……これはもしや、怒って暴れたのではなく、必死で探した跡ですか……?」
「その通り! シェリーは鋭いねえ。喧嘩しても城を出ていかれるほどってのは父上も嫌らしくて。まったく、仲が良いんだか悪いんだかはっきりして欲しいよ」
それはそういう問題なのかとマティアスはふむふむと頷く。
これが常識として変にマティアスが覚える前にと、シェリスは少し慌てたように話を変える。
「それにしてもすごいですし、ちょっとずつ片付けましょうか」
「いいのかい?」
「お世話になっているんですから、これくらいはいいですよ。何より、面白いものが出てきそうです」
「あ、もしかして結構期待してる?」
「……気にはなってます」
魔族が長年集めてきた物だ。きっととびきりの危険物も含めて何かすごいものがありそうだ。
マティアスの気もしっかり引けたようだ。
「これってあれか! 宝探しか!!」
「そうですね。寧ろその辺に転がっているのが既にお宝同然なのですけど、もっとすごい物も埋まっているでしょうね」
「おおっ。やるぞっ。掘り当てる!」
《(コクコク)》
プリシィーラも右手の拳を上げてやる気満々だ。
そうして、午前中は屋敷の整理。午後は王都の外へ出たりして体を動かすという日常が始まった。
もちろん、その午後にはマティアスはベラントから稽古も受けていた。
それから数日後。
噂の夫婦喧嘩というのを経験したのだ。
カンカンカンっと町中から甲高い音が響く。
「なっ、なんだ?」
その時、マティアスとシェリス、それとこの屋敷で一緒に過ごすと決めたカルツォーネの三人とプリシィーラで午前の屋敷整理を進めていた。
「おや。これはいけないね。シェリー、結界張れるよね」
「え? ええ……」
「この屋敷を覆うように頼むよ。その上から私も張るから」
「は? え? はあ、分かりました……」
そこで拡張された声が響いてきた。
『警報発令。警報発令。直ちに各所結界を作動させてください』
感情のない。慣れた様子の言葉に、マティアスにはこれが良くあることなのだということが分かった。
対応する方も、実にスムーズに結界を張っているようだ。マティアスの目には、一軒一軒の家が傘を被るように結界を張っていくのが見えていた。
「こうやって見ると、結界の強度によって色が微妙に違うのか? 綺麗なもんだ」
《(パチパチパチっ)》
プリシィーラも感心したように手を叩いた。
「本当ですね……こんなに違うものですか……」
隣に来たシェリスもこれには驚いたようだ。屋敷の二階ということもあって、町の様子がよく見えた。
「こんな風に沢山の結界を見ることは普通はないからね。因みに得意属性によっても色が変わることがわかっているよ。今度その検証論文を見せようか」
「是非お願いします。それで? これはどういう……」
何が起きるのかとシェリスが尋ねようとすると、唐突に砲撃が始まった。
「っ、こ、攻撃されている? どこから?」
「城からだな。めっちゃ飛んでくる」
「はい!?」
マティアスはこの屋敷を覆う結界が強固なのを感じ取り、安心しながら城の方を見ていた。
まるで花火が打ち上がるようにも見える。
「あ、壁が吹っ飛んだ」
「今回はまた派手だなあ……まあ、ちょっと長く空いた反動かな」
「だから、一体これはなんなのですか!?」
シェリスは気が気ではない。
だって、カルツォーネの結界がシェリスの結界の上を覆っているとはいっても、それが揺らいでいるのだから。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
また一週空きます。
よろしくお願いします◎
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魔族の国に滞在することに決めたマティアスとシェリスは、城からそう遠くない場所にある屋敷を使うことになった。
その屋敷はベラントの実家であるレディレース家の別邸だったらしい。今はほとんど倉庫として使っているだけの屋敷だという。
「……この辺も酷く荒れていますね……」
「盗っ人でも入ったんじゃないのか?」
マティアスとシェリスは、快適に過ごしていた。それなりに屋敷と呼べる広さのものだ。部屋数はたくさんある。
だが、マティアス達はそんなに何部屋もいらない。眠れる部屋一つと、せめて厨房とお風呂くらい使えれば十分すぎる。
そういうことからもここをと言われたのだが、倉庫と呼ぶに相応しいほど、屋敷の中は混沌としていた。
「いやあ、兄貴達が時々ここに放り込んだものを掘り出しにきたりするんだ。それでこんな感じになるんだけど……」
「あの辺破壊されてるように見えるが?」
確かにひっくり返したような散らかりようは、何かを思い立って探し物をしたようにも見える。
しかし、一方で明らかに破壊するようにめくられた壁や、ぶち抜かれた扉なんかも見られるのだ。
やはり泥棒かと思ったのだが、違うらしい。カルツォーネが首を横に振る。犯人もわかっているようだ。
「あれは父上だよ。小さい夫婦喧嘩の時は母上がどこかに隠れてしまうんだ。それを探してた時にやったんだよ」
「……え? 隠れんの?」
「うん。さすがに毎度毎度力任せに喧嘩してたら国が危ないからね。母上も自制されるんだ」
「へえ……自制ね……」
「自制ですか……」
自制した結果がこれでは、本気の時はどうなのだろうかとマティアスとシェリスは少し震えた。
マティアスは思わず胸ポケットにいるプリシィーラにも忠告しておく。
「お前、絶対に離れるんじゃないぞ」
《(コクコクコクっ)》
必死で頷いていた。
「まあ、隠れると言っても母上はこんなところに隠れないんだけどね」
カルツォーネは倒れた低い棚を引き起こして苦笑する。
「は? じゃあどこに隠れるんだ?」
「城の中だよ。出て行ったと思わせて城に潜んでるんだ。それで父上が慌てる所を見て溜飲を下げるんだ」
「……これはもしや、怒って暴れたのではなく、必死で探した跡ですか……?」
「その通り! シェリーは鋭いねえ。喧嘩しても城を出ていかれるほどってのは父上も嫌らしくて。まったく、仲が良いんだか悪いんだかはっきりして欲しいよ」
それはそういう問題なのかとマティアスはふむふむと頷く。
これが常識として変にマティアスが覚える前にと、シェリスは少し慌てたように話を変える。
「それにしてもすごいですし、ちょっとずつ片付けましょうか」
「いいのかい?」
「お世話になっているんですから、これくらいはいいですよ。何より、面白いものが出てきそうです」
「あ、もしかして結構期待してる?」
「……気にはなってます」
魔族が長年集めてきた物だ。きっととびきりの危険物も含めて何かすごいものがありそうだ。
マティアスの気もしっかり引けたようだ。
「これってあれか! 宝探しか!!」
「そうですね。寧ろその辺に転がっているのが既にお宝同然なのですけど、もっとすごい物も埋まっているでしょうね」
「おおっ。やるぞっ。掘り当てる!」
《(コクコク)》
プリシィーラも右手の拳を上げてやる気満々だ。
そうして、午前中は屋敷の整理。午後は王都の外へ出たりして体を動かすという日常が始まった。
もちろん、その午後にはマティアスはベラントから稽古も受けていた。
それから数日後。
噂の夫婦喧嘩というのを経験したのだ。
カンカンカンっと町中から甲高い音が響く。
「なっ、なんだ?」
その時、マティアスとシェリス、それとこの屋敷で一緒に過ごすと決めたカルツォーネの三人とプリシィーラで午前の屋敷整理を進めていた。
「おや。これはいけないね。シェリー、結界張れるよね」
「え? ええ……」
「この屋敷を覆うように頼むよ。その上から私も張るから」
「は? え? はあ、分かりました……」
そこで拡張された声が響いてきた。
『警報発令。警報発令。直ちに各所結界を作動させてください』
感情のない。慣れた様子の言葉に、マティアスにはこれが良くあることなのだということが分かった。
対応する方も、実にスムーズに結界を張っているようだ。マティアスの目には、一軒一軒の家が傘を被るように結界を張っていくのが見えていた。
「こうやって見ると、結界の強度によって色が微妙に違うのか? 綺麗なもんだ」
《(パチパチパチっ)》
プリシィーラも感心したように手を叩いた。
「本当ですね……こんなに違うものですか……」
隣に来たシェリスもこれには驚いたようだ。屋敷の二階ということもあって、町の様子がよく見えた。
「こんな風に沢山の結界を見ることは普通はないからね。因みに得意属性によっても色が変わることがわかっているよ。今度その検証論文を見せようか」
「是非お願いします。それで? これはどういう……」
何が起きるのかとシェリスが尋ねようとすると、唐突に砲撃が始まった。
「っ、こ、攻撃されている? どこから?」
「城からだな。めっちゃ飛んでくる」
「はい!?」
マティアスはこの屋敷を覆う結界が強固なのを感じ取り、安心しながら城の方を見ていた。
まるで花火が打ち上がるようにも見える。
「あ、壁が吹っ飛んだ」
「今回はまた派手だなあ……まあ、ちょっと長く空いた反動かな」
「だから、一体これはなんなのですか!?」
シェリスは気が気ではない。
だって、カルツォーネの結界がシェリスの結界の上を覆っているとはいっても、それが揺らいでいるのだから。
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