一匹狼は辞めるつもりです!~赤狼は仲間と気ままに冒険希望~

紫南

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第ニ章 王都見学と初めての師匠

035 こんな気持ちは初めてです

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2018. 10. 5

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気絶した男を端に寄せ、その人は椅子に座らされている魔族の男へ近づいた。

「う~ん……君、ラウレスで間違いないかい?」
「っ……はい……」

怯える様子の彼を前に、それは良かったと笑みを浮かべた麗人は、改めてシェリスとマティアスに向き直った。

「挨拶が遅れたね。私はカルツォーネ。彼と同じ魔族だ。国からの要請で、彼を探していたんだけど、見つけてくれて助かったよ」

黒い艶やかな髪を高く結び、一見して男物と思えるような服装。けれど、それがとても良く似合っていた。声の高さは高すぎず、低すぎない中間。けれど、その体つきや仕草を見れば女性だとわかる。

「たまたまです。あなただって、宿からつけてきていたのはたまたまでしょう?」
「はは、やはりバレていたか。それについてはすまなかった。どうしてもそちらの女性が何者なのか気になって仕方がなかったんだ」

エルフが共に行動する人族。魔族でもなく、見た目からドワーフや竜人族でもない。獣人族のように姿を人族に変えているのかとも思ったが、そんな感じも受けなかった。だから気になったらしい。

「なるほど……ですが、マティは人族ですよ。ただ、上位種ではありますが」
「上位種……もしや、ハイヒューマンかい?」

目を丸くしてカルツォーネはマティアスを見つめた。だが、しばらくして納得するように何度か頷く。

「それなら、その魔力にも説明がつく。いやぁ、嬉しいね。もう存在しないと言われている種に出会えるとは」

ハイヒューマンは数百年前に滅んだと言われている。元々、子が生まれにくい種族であったらしく、存続は危ぶまれていた。

他の種族とも違い、上位種ではあるが、寿命も二百年ほどと比較的短い。滅びるのは時間の問題ではあった。

「噂に聞く通り、綺麗で鮮やかな赤い髪をしているんだね。伝説のディストレアと同じって本当なのかな?」
「本当だぞ? トヤやラダと同じだ」
「うん?」
「ん?」

カルツォーネとマティアスは首を傾げ合う。それを見て、シェリスが苦笑した。

「マティはディストレアに育てられたそうなので、間違いないですよ」
「え? うん? ディストレアに?」
「そうだぞ? 見たことないのか?」
「……普通はないものだよね?」

当たり前のように話すマティアス。カルツォーネは笑顔で混乱している。

一方シェリスは、そういえばその常識を教えていなかったなと呑気に考え、少しだけ反省していた。だがそれも一瞬のことだ。

さすがにこのままでは話も進まないので、シェリスはマティアスへと指示を出す。

「マティ、気になっているでしょう。下に行って、そこにいる人達を出してやってください」
「いいのか? よしっ、えっと……入れる所は……」

先程から地下が気になって仕方がない様子に気付いていた。ここで我慢させるよりはいいだろうと判断したのだ。何より、こんな機会でもなければ貴族の屋敷の地下室など気軽に入り込めるものではない。

感覚を頼りに、マティアスが喜々として部屋を出て行こうとする。その背中にシェリスは一応と、注意だけしておく。

「あまり屋敷を壊してはいけませんよ」
「おう。扉とかならいいか?」
「ええ」
「なら問題ない」

そうしてマティアスが出て行ったのを確認すると、カルツォーネはシェリスへ尋ねた。

「君は、この男が一体ここで何をやっていたのか、君は知っているかい?」
「追っていた理由はその奴隷紋ですか?」
「……こっちが質問してるんだけど……うん。まぁいいか。そう。というか、この奴隷紋を施した奴が本命なんだけどね。どちらかっていうと、重要参考人っていうか、保護する意味合いが強い」
「なるほど……」

捕まえる理由として、彼が奴隷契約の上書きをしたことが上がっているのならば、ここを突き止めるのに苦労はないだろう。今まで知られなかったのが不思議なくらい、公爵は間抜けなようだし、ここまでの計画も杜撰に過ぎる。

それなのに、カルツォーネは本当にたまたま出会えたという様子だったのだ。他の要因が理由として上げられているのだろうと予想できた。

「彼は奴隷契約の上書きをしていたようです。どうやるのか気になったのですが……もし分かったら教えてください」
「君……けっこういい性格しているね」
「なんのことでしょう? 私はただ、知りたいと思ったことを追求したいだけです」

綺麗な笑顔を見せるシェリス。けれど、見る人が見れば明らかに黒い笑みだ。今回も『教えてください』と言った。『教えてもらえますか』ではない。こうして捕まえさせてやるのだから、それくらい見返りがあって然るべきだろうという意味があることくらい、カルツォーネも察していた。

「はぁ……いいよ。君は知った所で悪用しなさそうだ。本当にただ知りたいだけでしょう?」
「その通りです。やれるかやれないかではなく、知りたいだけですから」

ちょっと試してみようくらいの実証実験はやっても、悪用することはない。そういう人種だとカルツォーネも見抜いていた。

「ふふ、面白いね君。そういえば、彼女を外した理由は?」

なぜマティアスをこの場から移動させたのか、それが気になったらしい。シェリスの抜け目ない様子から、何らかの意図があると思えたのだろう。だが、残念ながら大した理由ではない。

「特に理由はありませんよ。この男に関して興味があったのは私だけで、マティは魔族という存在を知れただけで満足していました。それよりも興味のある地下の方へ行ってもらっただけです」
「え? それだけ?」
「それだけです。マティは王都観光をしているだけですよ」
「なにそれ……」

この屋敷に来たのも、魔族に会ったのも、今、地下を探索しているのも、全てマティアスにとっては王都観光の一部でしかない。

「因みに、この後は捕まったこの屋敷の主人である公爵を見物するまでが今日の観光予定です」
「……くっ……ふふっ、本当に? それ本当なんだ? あははっ、いいねそれ、私も混ぜてくれない?」
「別に構いませんが……彼はどうするんですか?」

この時、シェリスは自然に受け入れていた。マティアスに出会う前のシェリスならば、一緒に行動するというだけで嫌悪感を覚えていただろう。

どうしてだか、すんなりと構わないと思ったのだ。その違和感に気付くことなく、シェリスはカルツォーネに尋ねていた。

普通に、連れて歩くには邪魔だろうという意見を口にしていたのだ。

「ああ、大丈夫だよ。ちゃんと任せるアテはあるんだ。問題なく国に送り届けてくれるさ」
「それならいいのですけれど」

大丈夫だというのなら心配ないのだろうとシェリスは納得した。

カルツォーネは早速と窓の方へ歩み寄り、腰の小さな鞄から出した小指ほどの笛らしきものを咥える。それを吹くと、高い聞き取ることもできないような音波が響いた。

「それは?」
「ただの呼び笛だよ。ほら来た」
「ああ……魔族の特殊部隊ですか」

やってきた二人の男達を見て、シェリスはその正体を察した。黒い特殊な魔術の施された装束を着て、音もなく窓から部屋に入り込み男を連行していく。

その鮮やかな手並みは、噂に聞く魔族の国の特殊部隊のものだと分かった。

「あれを動かせるということは、あなたは……」
「ふふ、それ以上言うのは今はやめてくれ。さぁ、彼女の方は良いのかな?」
「……そうですね……そういえば、手加減するように言うのを忘れていました」
「ははっ、うん。なんか死にそうになってるね」
「はぁ……仕方ないですね……」

どうやら、地下へは辿り着けたようだが、敵と勘違いされて襲われたらしい。

それを軽くいなせれば問題なかったのだが、どうやらマティアスはその手加減ができなかったようだ。

「盗賊くらいしか相手にしていませんでしたからね……」
「ディストレアに育てられたっていうことに納得しそうだ」
「嘘ではないと思いますよ? マティは嘘つけませんから」
「あはは、いやいや、だってディストレアだよ? 伝説の神獣とも呼ばれる最強の……本当なのかい?」

簡単に信じられるものではないが、シェリスは本当だと思っているし、マティアスが嘘をつけるような性格ではないのも分かっている。とはいえ、実際に考えてみれば、荒唐無稽に過ぎるだろう。

「まぁ、彼女と半日でも一緒にいれば、理解できますよ」
「う、うん……なんだろう……怖いような、楽しみなような……こんな気持ちは初めてだよ」

その気持ちをシェリスも最近知ったなと思ったが、口にはしなかった。

**********

読んでくださりありがとうございます◎


是非、楽しみを分かち合ってもらいたいです。


次回、金曜12日0時です。
よろしくお願いします◎
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