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第ニ章 王都見学と初めての師匠
034 尋問でしょうか
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2018. 9. 28
**********
シェリスには、目の前の執事らしき男が、本来この屋敷を切り盛りする者ではないのは分かっていた。
いくら主人が愚か者とはいえ、公爵家の使用人としては明らかに質が悪い。
ただ、この男がシェリス達に報復を考え、手を出してきたということは確信している。先程のわざとらしい会話で、その確証も取れた。
ここへ来たのは、王都観光ついでにこちらに喧嘩を売ってきた者の顔を見てやろうと考えたのが一つ。奴隷契約の上書きについての資料や痕跡が残っていないかという期待もあった。
そしてもう一つが、引き合わされた魔族の男に会ってみたかったというものだ。
奴隷を引き渡した時、一度だけ、路地から感じた魔族の気配。その時はそれが魔族のものだと思ったわけではなかったのだが、後から思い返してみてとても歪な気配であったと感じた。その理由が知りたかったのだ。
だから、この家で何が起きているのかは興味はない。少しばかり特殊な場所に人の気配があり、外からその気配が感じ取れなかったことに少々驚きはしたが、例えそこに本来の家令をはじめとした数人が閉じ込められているだろうと予想できたとしても気にしない。
マティアスも気付いたらしく、先程から不思議そうに、シェリス曰く『特殊な場所』である地下を探っていた。
「家の下? 変な空間だなぁ……洞窟か?」
そんな呟きを聞きながら、シェリスはこういう大きな屋敷には地下室があるのだと教えてやるべきだったかと苦笑した。
「う~ん……六人……外からは感じなかったな……認識し辛いのはなんでだ? あ~、なんか妙な魔力が……」
独り言をぶつぶつと言いながらも、マティアスは魔族の男を威圧しているらしい。別のことを思考しながらそれを継続させるとは恐れ入る。
もうこの屋敷に入って、魔族の男と引き合わされた時点で、シェリスもマティアスもほとんど満足している。しかし、国に送り届けるという建前を使い、利用していた魔族を処分しようとしている理由を聞ければ、外にいる者も満足するだろうと考えた。
回りくどいことは時間の無駄だろう。ならばと、直球で尋ねることにするシェリスだ。
「彼に術をかけた挙句、毒を盛った理由はなんですか?」
「っ……」
シェリスは、魔族の男の症状を見て、一目でとある毒の可能性を看破した。その見立ては正しく、マティアスに飲ませるように手渡した解毒薬が間違いなく作用している。
彼に絡まりつくように感じる魔術が歪な気配の正体のようで、それは行動を制御するものらしく、前後不覚にするようなものではないと思われる。
「一度、屋敷から出て行ったのなら、追う必要はなかったはずです。魔族である彼ならば、送り届ける必要もなく自国へと帰ったでしょう。罪を感じているのならば、この国から脱出したはずです。感じる魔力量からも彼が人族の追っ手に捕まるようなやわな者ではないのは明らか……仮に自国からも追っ手が出ているのならば、自らの力を売り込み、他の国への亡命も可能なはずです」
魔族の国から追っ手がかかるような罪人ならば、ここでの所業が知れたことで居場所を特定されるのを恐れ、逃走を図るだろう。
魔力の大きさ、奴隷契約の上書きを可能とする知識、それらを持つ彼ならば、手を貸さずとも亡命できるはずなのだ。
「彼が屋敷から消えれば、それであなた方に不都合はなくなるでしょう?」
「……っ」
本来ならばそれで問題ないはずなのだ。だが、彼は捕らえられていた。それもおそらく魔術で行動を制御されたのだろう。そうする理由として考えられるとすれば、一つだけ。
「もし不都合があるとすれば……彼自身が何かの証明になってしまうから……でしょうか?」
シェリスの視線に気付いたマティアスは、先程から感じていた魔力の滞っている場所へと手を伸ばす。
それは、彼の胸元だった。そこには、拳大の大きさの赤く爛れた焼印のようなものがあった。
「奴隷紋……と呼んでいいのでしょうかね? 直接肌に焼き付けるなんてことを考える者がいるとは、随分と野蛮ですね」
「っ、し、知らん」
「ふふっ、わざわざこのような問いかけに『知らん』と返す者が知らないはずがないでしょう? 常識ですよ?」
「っ、俺は知らん!」
身を翻し、部屋を飛び出そうとする男。しかし、それを阻む者がいるのはわかっていたので、シェリスもマティアスもあえて動かなかった。
男がドアへと手を伸ばしたその時、ドアが勝手に開く。
「邪魔するよ?」
「っ、な、何者っ……うっ」
手刀で男を昏倒させたその人は、首を傾げて苦笑し、次にシェリス達を見て肩をすくめる。
「何者と問われてすぐに名乗る者はいないというのは常識だろう? そうだよね?」
「普通に名乗ったら相当自意識過剰な人物です」
「あはは、だなっ。推理物では定番のセリフだが、素直に答える奴は普通いないよなっ」
つい先ほどまで屋敷の外にいたその麗人は、そんな二人の答えに一緒になって愉快そうに目を細めたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
いらっしゃいました。
次回、金曜5日0時です。
よろしくお願いします◎
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シェリスには、目の前の執事らしき男が、本来この屋敷を切り盛りする者ではないのは分かっていた。
いくら主人が愚か者とはいえ、公爵家の使用人としては明らかに質が悪い。
ただ、この男がシェリス達に報復を考え、手を出してきたということは確信している。先程のわざとらしい会話で、その確証も取れた。
ここへ来たのは、王都観光ついでにこちらに喧嘩を売ってきた者の顔を見てやろうと考えたのが一つ。奴隷契約の上書きについての資料や痕跡が残っていないかという期待もあった。
そしてもう一つが、引き合わされた魔族の男に会ってみたかったというものだ。
奴隷を引き渡した時、一度だけ、路地から感じた魔族の気配。その時はそれが魔族のものだと思ったわけではなかったのだが、後から思い返してみてとても歪な気配であったと感じた。その理由が知りたかったのだ。
だから、この家で何が起きているのかは興味はない。少しばかり特殊な場所に人の気配があり、外からその気配が感じ取れなかったことに少々驚きはしたが、例えそこに本来の家令をはじめとした数人が閉じ込められているだろうと予想できたとしても気にしない。
マティアスも気付いたらしく、先程から不思議そうに、シェリス曰く『特殊な場所』である地下を探っていた。
「家の下? 変な空間だなぁ……洞窟か?」
そんな呟きを聞きながら、シェリスはこういう大きな屋敷には地下室があるのだと教えてやるべきだったかと苦笑した。
「う~ん……六人……外からは感じなかったな……認識し辛いのはなんでだ? あ~、なんか妙な魔力が……」
独り言をぶつぶつと言いながらも、マティアスは魔族の男を威圧しているらしい。別のことを思考しながらそれを継続させるとは恐れ入る。
もうこの屋敷に入って、魔族の男と引き合わされた時点で、シェリスもマティアスもほとんど満足している。しかし、国に送り届けるという建前を使い、利用していた魔族を処分しようとしている理由を聞ければ、外にいる者も満足するだろうと考えた。
回りくどいことは時間の無駄だろう。ならばと、直球で尋ねることにするシェリスだ。
「彼に術をかけた挙句、毒を盛った理由はなんですか?」
「っ……」
シェリスは、魔族の男の症状を見て、一目でとある毒の可能性を看破した。その見立ては正しく、マティアスに飲ませるように手渡した解毒薬が間違いなく作用している。
彼に絡まりつくように感じる魔術が歪な気配の正体のようで、それは行動を制御するものらしく、前後不覚にするようなものではないと思われる。
「一度、屋敷から出て行ったのなら、追う必要はなかったはずです。魔族である彼ならば、送り届ける必要もなく自国へと帰ったでしょう。罪を感じているのならば、この国から脱出したはずです。感じる魔力量からも彼が人族の追っ手に捕まるようなやわな者ではないのは明らか……仮に自国からも追っ手が出ているのならば、自らの力を売り込み、他の国への亡命も可能なはずです」
魔族の国から追っ手がかかるような罪人ならば、ここでの所業が知れたことで居場所を特定されるのを恐れ、逃走を図るだろう。
魔力の大きさ、奴隷契約の上書きを可能とする知識、それらを持つ彼ならば、手を貸さずとも亡命できるはずなのだ。
「彼が屋敷から消えれば、それであなた方に不都合はなくなるでしょう?」
「……っ」
本来ならばそれで問題ないはずなのだ。だが、彼は捕らえられていた。それもおそらく魔術で行動を制御されたのだろう。そうする理由として考えられるとすれば、一つだけ。
「もし不都合があるとすれば……彼自身が何かの証明になってしまうから……でしょうか?」
シェリスの視線に気付いたマティアスは、先程から感じていた魔力の滞っている場所へと手を伸ばす。
それは、彼の胸元だった。そこには、拳大の大きさの赤く爛れた焼印のようなものがあった。
「奴隷紋……と呼んでいいのでしょうかね? 直接肌に焼き付けるなんてことを考える者がいるとは、随分と野蛮ですね」
「っ、し、知らん」
「ふふっ、わざわざこのような問いかけに『知らん』と返す者が知らないはずがないでしょう? 常識ですよ?」
「っ、俺は知らん!」
身を翻し、部屋を飛び出そうとする男。しかし、それを阻む者がいるのはわかっていたので、シェリスもマティアスもあえて動かなかった。
男がドアへと手を伸ばしたその時、ドアが勝手に開く。
「邪魔するよ?」
「っ、な、何者っ……うっ」
手刀で男を昏倒させたその人は、首を傾げて苦笑し、次にシェリス達を見て肩をすくめる。
「何者と問われてすぐに名乗る者はいないというのは常識だろう? そうだよね?」
「普通に名乗ったら相当自意識過剰な人物です」
「あはは、だなっ。推理物では定番のセリフだが、素直に答える奴は普通いないよなっ」
つい先ほどまで屋敷の外にいたその麗人は、そんな二人の答えに一緒になって愉快そうに目を細めたのだった。
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