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第七章 思い描いた未来
078 最古の魔女は微笑む
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シャドーフィールドの最下層。
そこは、姉やオババと呼ばれて慕われる魔女の屋敷がある次元へと繋がっている。
「お前達も小癪な事をする」
そうオババに称されたのは、ジェスラートとオルバルトだった。
「姉様。『達』ではない。こいつの策だ」
「なっ、何を言うっ。お前も賛成していたではないかっ」
「知らんなぁ」
「くっ」
策とは、理修へと兄弟を差し向けた事だ。小癪な手と自覚していたオルバルトは、少々決まり悪気に顔を顰めた。
そんな様子を、他人事のように面白がるジェスラートに、オババがもう一つの情報を開示する。
「ほほっ、その上、秘策まで与えたようではないか」
「そ、それはこやつだ。私ではないっ」
「ふんっ」
今度はジェスラートが苦々しげな顔を見せる。しかし、すぐにその表情は一転する。
「あの子は夫には弱い。良い判断だ」
「ふっ、当然ですっ」
オババも、理修を守護の魔女とする事に賛成なのだ。そろそろ本気で落としてもらわねば困ると思っていた。
「あの兄弟を仕向けたくらいでは甘いでしょう」
「そうだな。オル。お前も、その詰めの甘さは気をつけるがよいぞ」
「っ、で、ですが姉上っ。そこまでして急かすのもどうかと……何より、今まで悠長に空席を作ったままにしていたのですから、そう切迫したものでもないでしょう」
「ほほっ、確かに。お前も言うのぉ」
長く一つ席を空けていた守護の魔女。重要な役目ではあるが、実際問題、四人でも今まで不都合はなかった。
本来の負荷に加え、一人分の負荷を四人で分けるようなもの。だが、それぞれが何百年と生きた、魔女として一癖も二癖も持った古い魔女達の事。その力は絶大で、負担をそれ程負担と思ってもいなかった。
「まぁ、現状維持ならば四人でも問題はないのだ。だが時代が変わるように、次元の事情も変わる。特に、最近は勇者召喚が頻繁に起きておる故、用心に越した事はない」
そう。なぜか地球から勇者として召喚される者は多い。次元の魔女達の仕事には、これを容易に行えないようにする結界を張ってもいるのだが、防げるものは少なかった。
「人の質が良いんだろうな。お陰で、最近は次元の穴を塞ぐのに大忙しだ」
「悪意ではない事が問題か」
「まったくだ。だからと言って、完全に次元を遮断すれば、世界の理を侵す事になる。忌々しい限りだ」
来訪者を拒みはしない。守護の魔女達の役目は、悪意を持って次元を渡って来ようとする者。この世界に大きな影響を与える事になる者の来訪を阻止する事。
この世界をより良く保つ為の存在でしかない。
勇者召喚に悪意はない。そこにあるのは純粋な想い。それが、自分達の世界を救う為だけの、自分勝手な想いだとしても、そこに悪意は存在しないのだ。
お陰で、召喚の折に次元に小さく空けられる穴を塞ぐ事しか魔女達には出来ない。
「リズがいれば今より効率的に、早急に、不本意に連れて行かれた者達を迎えに行ってもらうことも出来るだろう」
次元を越えられる力を持つ者は少ない。だが、次元を繋ぐ特別な陣を、それぞれの次元の特定の場所に配置すれば、シャドーフィールドの何人かはそれを使い、次元を渡る事が出来る。
拓海と明良がそうだ。二人は、理修というより、リュートリールが設置した陣を発動させる事によって、トゥルーベルと地球の間を行き来出来るようになっていた。
「ジェスラート。リズを使い過ぎるなよ」
「ふんっ、そう過保護にし過ぎると、嫌われるぞ」
「っな、なんだとっ」
動揺が隠せないオルバルトだ。
「オル。あの子はもう、守られる事も、守る事も知っている。我らに今許されるのは、見守る事のみだ」
「姉上……」
「想いを向ける事が悪いとは言わぬ。だが、信頼する事、任せる事も必要なのだ」
「……はい……」
魔女となる事をとうの昔に受け入れていた理修。その力と向き合い、技術を磨き、いつしか愛する者の隣へと、自らの力で到達していった。既に一人前の魔女なのだから。
「ジェス。お前も、これからは対等にあの子と接する事を覚えねばな。我らも不死ではない。次の時代へと繋ぐ事も考えて行かねばならぬのだ」
「……はい。姉様……」
ジェスラートとオルバルトは、目の前に座るオババを見つめる。
その美貌は衰える事を知らない。若々しく、艶やかな姿。だが、その力は年々、少しずつ弱くなっている。
この次元で最古の魔女は、そう遠くない未来、命の尽きる時が近付いてくるのを、確実に感じているのだ。
「そのような顔をするでない。長く多くの魔女を見て来たが、あの子程、才気溢れる者を見た事がない。これで安心して愛するこの世界を託せよう」
「姉上……そのような事を……」
オルバルトが、常にはないオババの雰囲気を感じ取り、不安げに呟く。
「だから、そのような顔をするでないて。喜べ、オル。ジェスよ。あの子は偉大な魔女となる。そして、ゆっくりとこの世界とあちらの世界を変えてゆくだろう。新たな時代はすぐそこまで来ておる。楽しみだのぉ」
オババは、今、未来の世界を幻視していた。それが分かったジェルラートとオルバルトは、悪くない未来の予感に、揃って笑みを浮かべ、静かに頷いたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
最後は一気にラストのおまけまで!
そこは、姉やオババと呼ばれて慕われる魔女の屋敷がある次元へと繋がっている。
「お前達も小癪な事をする」
そうオババに称されたのは、ジェスラートとオルバルトだった。
「姉様。『達』ではない。こいつの策だ」
「なっ、何を言うっ。お前も賛成していたではないかっ」
「知らんなぁ」
「くっ」
策とは、理修へと兄弟を差し向けた事だ。小癪な手と自覚していたオルバルトは、少々決まり悪気に顔を顰めた。
そんな様子を、他人事のように面白がるジェスラートに、オババがもう一つの情報を開示する。
「ほほっ、その上、秘策まで与えたようではないか」
「そ、それはこやつだ。私ではないっ」
「ふんっ」
今度はジェスラートが苦々しげな顔を見せる。しかし、すぐにその表情は一転する。
「あの子は夫には弱い。良い判断だ」
「ふっ、当然ですっ」
オババも、理修を守護の魔女とする事に賛成なのだ。そろそろ本気で落としてもらわねば困ると思っていた。
「あの兄弟を仕向けたくらいでは甘いでしょう」
「そうだな。オル。お前も、その詰めの甘さは気をつけるがよいぞ」
「っ、で、ですが姉上っ。そこまでして急かすのもどうかと……何より、今まで悠長に空席を作ったままにしていたのですから、そう切迫したものでもないでしょう」
「ほほっ、確かに。お前も言うのぉ」
長く一つ席を空けていた守護の魔女。重要な役目ではあるが、実際問題、四人でも今まで不都合はなかった。
本来の負荷に加え、一人分の負荷を四人で分けるようなもの。だが、それぞれが何百年と生きた、魔女として一癖も二癖も持った古い魔女達の事。その力は絶大で、負担をそれ程負担と思ってもいなかった。
「まぁ、現状維持ならば四人でも問題はないのだ。だが時代が変わるように、次元の事情も変わる。特に、最近は勇者召喚が頻繁に起きておる故、用心に越した事はない」
そう。なぜか地球から勇者として召喚される者は多い。次元の魔女達の仕事には、これを容易に行えないようにする結界を張ってもいるのだが、防げるものは少なかった。
「人の質が良いんだろうな。お陰で、最近は次元の穴を塞ぐのに大忙しだ」
「悪意ではない事が問題か」
「まったくだ。だからと言って、完全に次元を遮断すれば、世界の理を侵す事になる。忌々しい限りだ」
来訪者を拒みはしない。守護の魔女達の役目は、悪意を持って次元を渡って来ようとする者。この世界に大きな影響を与える事になる者の来訪を阻止する事。
この世界をより良く保つ為の存在でしかない。
勇者召喚に悪意はない。そこにあるのは純粋な想い。それが、自分達の世界を救う為だけの、自分勝手な想いだとしても、そこに悪意は存在しないのだ。
お陰で、召喚の折に次元に小さく空けられる穴を塞ぐ事しか魔女達には出来ない。
「リズがいれば今より効率的に、早急に、不本意に連れて行かれた者達を迎えに行ってもらうことも出来るだろう」
次元を越えられる力を持つ者は少ない。だが、次元を繋ぐ特別な陣を、それぞれの次元の特定の場所に配置すれば、シャドーフィールドの何人かはそれを使い、次元を渡る事が出来る。
拓海と明良がそうだ。二人は、理修というより、リュートリールが設置した陣を発動させる事によって、トゥルーベルと地球の間を行き来出来るようになっていた。
「ジェスラート。リズを使い過ぎるなよ」
「ふんっ、そう過保護にし過ぎると、嫌われるぞ」
「っな、なんだとっ」
動揺が隠せないオルバルトだ。
「オル。あの子はもう、守られる事も、守る事も知っている。我らに今許されるのは、見守る事のみだ」
「姉上……」
「想いを向ける事が悪いとは言わぬ。だが、信頼する事、任せる事も必要なのだ」
「……はい……」
魔女となる事をとうの昔に受け入れていた理修。その力と向き合い、技術を磨き、いつしか愛する者の隣へと、自らの力で到達していった。既に一人前の魔女なのだから。
「ジェス。お前も、これからは対等にあの子と接する事を覚えねばな。我らも不死ではない。次の時代へと繋ぐ事も考えて行かねばならぬのだ」
「……はい。姉様……」
ジェスラートとオルバルトは、目の前に座るオババを見つめる。
その美貌は衰える事を知らない。若々しく、艶やかな姿。だが、その力は年々、少しずつ弱くなっている。
この次元で最古の魔女は、そう遠くない未来、命の尽きる時が近付いてくるのを、確実に感じているのだ。
「そのような顔をするでない。長く多くの魔女を見て来たが、あの子程、才気溢れる者を見た事がない。これで安心して愛するこの世界を託せよう」
「姉上……そのような事を……」
オルバルトが、常にはないオババの雰囲気を感じ取り、不安げに呟く。
「だから、そのような顔をするでないて。喜べ、オル。ジェスよ。あの子は偉大な魔女となる。そして、ゆっくりとこの世界とあちらの世界を変えてゆくだろう。新たな時代はすぐそこまで来ておる。楽しみだのぉ」
オババは、今、未来の世界を幻視していた。それが分かったジェルラートとオルバルトは、悪くない未来の予感に、揃って笑みを浮かべ、静かに頷いたのだった。
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最後は一気にラストのおまけまで!
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