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第七章 思い描いた未来
072 司と由佳子
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「ユウキ君がいないと、やっぱりキツイわねぇ」
そう呟くのは、由佳子だ。ここは、東の経営する会社の社長室だった。
「だから手伝いに来ているんだが?」
「分かってるわよ?いつも手伝ってくれればいいのにぃ」
「俺は本来、派遣部署じゃないんだ。これでも総帥に無理言って来てるんだぞ?」
「ううっ、息子が冷たい……愛が足りないのかしら」
「口を動かす暇があるなら、手を動かすように」
「いやぁん。やっぱり冷たいぃ」
仕方のない人だと苦笑しながら由佳子の補佐をするのは、司だった。
「ねぇ、私の事、どう思ってるの?」
「……下手な恋人同士みたいな会話やめてくれるか?」
「だってぇ」
もう二十数年前になる、二度目のトゥルーベルへと召喚され、無事に帰って来たあの日。由佳子が実の母親だと知った司だが、結局、梶原の姓を捨てる事はなかった。
由佳子としては、息子である司に東を継がせたかったのだが、会社も名も継ぐ気はないと、大学を卒業する時に司にきっぱりと言われてしまったのだ。
ただし、母と息子としての距離はぐんと縮まっていた。
「派遣で来なくったって、司なら無条件で雇うわよ?それなのに、頑なに派遣社員で来るんだもの」
「スジを通しておいた方が、後で問題にならなくていいだろう。俺は、跡取りにはならないんだから」
「それは……そうかもしれないけど」
シャドーフィールドは、様々な企業に優秀な人材を貸し出す事業を行っている。元々、働きたい企業があっても、普通の人ではない事で見た目が何十年と変わらなかったりする社員達の願いを叶える為に設けられた事業だった。
それを利用し、司は時折時間が許す時には、こうして由佳子を手伝いに来ているのだ。
「何より、ユウキは俺より優秀だろう?」
「あの子は……優秀過ぎて怖いわ。全部任せてしまいそうになるんだもの」
司とミリアの第二子であるユウキは、今年で十五。既に海外で大学も卒業し、東の家の次期当主と認められている。
「いいんじゃないか?アイツも、すっかりその気だし」
「そうねぇ。アルマ君も立派に王様してるし……私の孫は、とっても優秀だわ」
「『孫は』に力が入ったな……」
司はあれから、トゥルーベルに何度か足を運んだ。だが、王になる事だけは最後まで拒んだのだ。
自分達の力で国を復興させていくダグストをその目で見て、理修やオルバルト達にも相談し、考えた結果。ダグストの民が再び愚かな思い込みや、勇者である司への依存をしてはいけないとの結論に至った。
そこで、妻となったミリアと、トゥルーベルの冒険者ギルド代表であるザサスと決めたのだ。
子どもができた時、その子どもに可能ならば国を託そうと。その願いのまま育った長男のアルマは、地球の教育も受け、トゥルーベルで冒険者となってあちらの見聞も広めると、納得した上で数年前に王となった。
次男であったユウキにも、トゥルーベルで生きる選択を与えた。だが、ユウキが選んだのは、尊敬する祖母である由佳子の後を継ぐ事だった。
「親としてはどうよ?息子達は既に巣立ったようなもんでしょ?」
息子二人ともが、十代で既に親の手を離れてしまっていたのだ。優秀な息子達と言ってしまえばそれまでだが、親としては微妙だろう。
「特に思う所はないな。息子で良かったとは思うが」
「そうねぇ……娘だったら耐えられないわよね……」
「あぁ……だが、幸い息子だからな。さっさと巣立ってくれて気が楽だ。後は、ミリアの事だけ考えればいい」
「ふふっ、愛してるのね~」
「っ……悪いかっ」
妻となったミリアを、司は心から愛し、大切に思っていた。しかし、ミリアはあの国の聖女で、地球とは異なる世界の住人だ。結婚したのだから、地球へ移住しないかと言って、簡単に連れてこられる訳がない。
反対に、司があちらへ行く事も考えたのだが、そうすると、勇者であるうんぬんが、結局はあの国に影響を与えてしまうことになる。
様々な事情により、ミリアと司は共に暮らす事が未だに出来ずにいる。
「ミリアちゃん。今度は来てくれるかしら」
由佳子の誕生日パーティーが近付いている。今まで、未だ不安定な国だ。一日でも空ける事を考えられなかったミリア。だが、王が立って数年。政務もしっかりと機能している。
「大丈夫だろう。理修にもお墨付きをもらったと言うし、ごねても、ユウキなら頷かせる」
「そうっ。そうよねっ。これが私の娘なのよって自慢出来るわねっ」
「いや……頼むから、そういうのは抑えてくれ。慣れてないんだ……」
深層の令嬢を思わせるミリアに、由佳子の自由奔放さは合わない。どうしてもミリアが押されてしまうのだ。仕方がない事だが、夫としては妻が困る所は見たくない。
「やぁね。分かってるわよ。私だってあんなに可愛い子に嫌われたくないし、理修ちゃんも来てくれるかしら」
「どうかな。別件で揉めてるからな。どうなるか……」
「理修ちゃんも引っ張りだこ、だもんね……」
二人は揃って、異界の地にいる理修へと思いを向けるのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
そう呟くのは、由佳子だ。ここは、東の経営する会社の社長室だった。
「だから手伝いに来ているんだが?」
「分かってるわよ?いつも手伝ってくれればいいのにぃ」
「俺は本来、派遣部署じゃないんだ。これでも総帥に無理言って来てるんだぞ?」
「ううっ、息子が冷たい……愛が足りないのかしら」
「口を動かす暇があるなら、手を動かすように」
「いやぁん。やっぱり冷たいぃ」
仕方のない人だと苦笑しながら由佳子の補佐をするのは、司だった。
「ねぇ、私の事、どう思ってるの?」
「……下手な恋人同士みたいな会話やめてくれるか?」
「だってぇ」
もう二十数年前になる、二度目のトゥルーベルへと召喚され、無事に帰って来たあの日。由佳子が実の母親だと知った司だが、結局、梶原の姓を捨てる事はなかった。
由佳子としては、息子である司に東を継がせたかったのだが、会社も名も継ぐ気はないと、大学を卒業する時に司にきっぱりと言われてしまったのだ。
ただし、母と息子としての距離はぐんと縮まっていた。
「派遣で来なくったって、司なら無条件で雇うわよ?それなのに、頑なに派遣社員で来るんだもの」
「スジを通しておいた方が、後で問題にならなくていいだろう。俺は、跡取りにはならないんだから」
「それは……そうかもしれないけど」
シャドーフィールドは、様々な企業に優秀な人材を貸し出す事業を行っている。元々、働きたい企業があっても、普通の人ではない事で見た目が何十年と変わらなかったりする社員達の願いを叶える為に設けられた事業だった。
それを利用し、司は時折時間が許す時には、こうして由佳子を手伝いに来ているのだ。
「何より、ユウキは俺より優秀だろう?」
「あの子は……優秀過ぎて怖いわ。全部任せてしまいそうになるんだもの」
司とミリアの第二子であるユウキは、今年で十五。既に海外で大学も卒業し、東の家の次期当主と認められている。
「いいんじゃないか?アイツも、すっかりその気だし」
「そうねぇ。アルマ君も立派に王様してるし……私の孫は、とっても優秀だわ」
「『孫は』に力が入ったな……」
司はあれから、トゥルーベルに何度か足を運んだ。だが、王になる事だけは最後まで拒んだのだ。
自分達の力で国を復興させていくダグストをその目で見て、理修やオルバルト達にも相談し、考えた結果。ダグストの民が再び愚かな思い込みや、勇者である司への依存をしてはいけないとの結論に至った。
そこで、妻となったミリアと、トゥルーベルの冒険者ギルド代表であるザサスと決めたのだ。
子どもができた時、その子どもに可能ならば国を託そうと。その願いのまま育った長男のアルマは、地球の教育も受け、トゥルーベルで冒険者となってあちらの見聞も広めると、納得した上で数年前に王となった。
次男であったユウキにも、トゥルーベルで生きる選択を与えた。だが、ユウキが選んだのは、尊敬する祖母である由佳子の後を継ぐ事だった。
「親としてはどうよ?息子達は既に巣立ったようなもんでしょ?」
息子二人ともが、十代で既に親の手を離れてしまっていたのだ。優秀な息子達と言ってしまえばそれまでだが、親としては微妙だろう。
「特に思う所はないな。息子で良かったとは思うが」
「そうねぇ……娘だったら耐えられないわよね……」
「あぁ……だが、幸い息子だからな。さっさと巣立ってくれて気が楽だ。後は、ミリアの事だけ考えればいい」
「ふふっ、愛してるのね~」
「っ……悪いかっ」
妻となったミリアを、司は心から愛し、大切に思っていた。しかし、ミリアはあの国の聖女で、地球とは異なる世界の住人だ。結婚したのだから、地球へ移住しないかと言って、簡単に連れてこられる訳がない。
反対に、司があちらへ行く事も考えたのだが、そうすると、勇者であるうんぬんが、結局はあの国に影響を与えてしまうことになる。
様々な事情により、ミリアと司は共に暮らす事が未だに出来ずにいる。
「ミリアちゃん。今度は来てくれるかしら」
由佳子の誕生日パーティーが近付いている。今まで、未だ不安定な国だ。一日でも空ける事を考えられなかったミリア。だが、王が立って数年。政務もしっかりと機能している。
「大丈夫だろう。理修にもお墨付きをもらったと言うし、ごねても、ユウキなら頷かせる」
「そうっ。そうよねっ。これが私の娘なのよって自慢出来るわねっ」
「いや……頼むから、そういうのは抑えてくれ。慣れてないんだ……」
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「やぁね。分かってるわよ。私だってあんなに可愛い子に嫌われたくないし、理修ちゃんも来てくれるかしら」
「どうかな。別件で揉めてるからな。どうなるか……」
「理修ちゃんも引っ張りだこ、だもんね……」
二人は揃って、異界の地にいる理修へと思いを向けるのだった。
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