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第六章 終わりと始まり
065 理修という名の意味を
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民衆達は、揃って司とミリアを見つめていた。
まだ幼さの残る可愛いらしい聖女と、精悍な青年へと成長が見られる司。その二人が向き合い、見るからに力ある不思議な剣に目を向ける姿は、物語の中の一枚の絵のように見えた。
この場をどうするべきか。そう理修は考えて、すぐにやめた。
「司。行くよ」
「あ、あぁ」
ジェスラートも何も言わない。どうやら、理修がこの場をどうするのかと静観する構えのようだ。
揃って一歩を踏み出したその時。やはりというか、予想通りに民衆達が慌てて司を引き止めにかかった。
「勇者様っ。お待ちください」
「そうです。この国には王が必要ですっ」
「私達の王に!」
「この国の王に!」
そう来るだろうとは、理修もジェスラートも予想していた。予想はしていたが、これを上手く躱す方法は考えていなかった。
よって、少々強引な手段へと出る事になる。
「ふざけるな。司をお前達の王にするだと?いい加減にしろ」
「「「っ……⁉︎」」」
理修は静かに怒るのだ。声を荒げる事もしない。だが、その声は、怒りの感情を充分に含み、民衆達の耳に何故かはっきりと届いていた。
「おぉ。本気で怒ってるなあ、リズのやつ」
「……ど、どうっ……」
暢気に面白がるジェスラートに、司が顔を強張らせて助けを求める。しかし、ジェスラートにはどうする気もなかった。
「司は勇者だ。それは変えられない事実。司を王とした時、相応しくないのはお前達民衆だろうな」
「ど、どうゆう……」
どう言う意味かと、民衆達は呆然と理修を見つめ、答えを求める。そんな様子に、心底呆れながら理修は告げた。
「お前達には、勇者を王に頂く価値などないと言っているんだよ」
「「「……」」」
息をするのも憚れる程、理修の怒気はこの場の空気を支配するように膨らみ、広がっていた。
理修が愛するウィルバートを長年敵視してきた国の王に、司を据えようとしているのだ。理修にはそれが我慢ならなかった。
「目の前にあって、容易に確かめる事の出来る真実を見ようともせず、自分達を先導してくれる者に頼り切る……私の友人を、そんなバカ共の王になどさせるものかっ」
これが理修の偽らざる本音だ。
「理修……っ」
司は、毅然と言い切った理修の横顔を感動しながら見ていた。こんな本音は、中々聞けるものではない。理修を知る銀次がこの場でこの言葉を聞けば、きっと悔しがった事だろうと確信できるほど珍しい事なのだ。
「ふっ、リズにしては本当に珍しいな。正面からわざわざ指摘してやるとは」
ジェスラートも、理修の常には見られない様子に笑みを深める。
「それは、どういった意味なのでしょうか……」
そんなジェスラートの呟きを聞いたミリアは、一触即発の現在の状況を打破する糸口があるのではないかとの望みを抱き、民衆達と理修に交互に目を向けながら尋ねた。
「あれはいつもなら、わざわざ答えなど告げん。言外に察しろと放置するのだよ。一歩間違えたなら、鉄槌を容赦なく下し、相手に考えさせるのさ」
考え、間違えれば身を持って思い知れと、多くを語らない理修は、そうして見守るのだ。
それは恐らく、魔女である事が関係している。力を持っているからこそ、無にする手段を持っているからこそ、自身を戒めているのだ。
「リズ様……リズ様はお優しいのですね……」
「ふっ。あぁ……中々、それに気付く奴はいないがな……」
ミリアは、理修の本当の心を理解した。
「例え憎まれようと、悪魔と呼ばれようと、リズは正そうとするのさ。それを、世界にあるべき姿に変える為にな」
理修は、魔女の中でも最も律を重んじる。それは、律界の魔女と呼ばれるジェスラートも認める程だ。
「理修……理を修める者か……あの名は枷だな。リューの奴、どこまで見えていたんだか……」
かつて、その名を付けたリュートリールは、理修の未来をどこまで見通していたのか。そう思うと、ジェスラートは苦笑する。
「やはり、敵わんな……」
そう呟き、ジェスラートは未だ硬直する民衆達と向き合う理修へと、優しい目を向けるのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
まだ幼さの残る可愛いらしい聖女と、精悍な青年へと成長が見られる司。その二人が向き合い、見るからに力ある不思議な剣に目を向ける姿は、物語の中の一枚の絵のように見えた。
この場をどうするべきか。そう理修は考えて、すぐにやめた。
「司。行くよ」
「あ、あぁ」
ジェスラートも何も言わない。どうやら、理修がこの場をどうするのかと静観する構えのようだ。
揃って一歩を踏み出したその時。やはりというか、予想通りに民衆達が慌てて司を引き止めにかかった。
「勇者様っ。お待ちください」
「そうです。この国には王が必要ですっ」
「私達の王に!」
「この国の王に!」
そう来るだろうとは、理修もジェスラートも予想していた。予想はしていたが、これを上手く躱す方法は考えていなかった。
よって、少々強引な手段へと出る事になる。
「ふざけるな。司をお前達の王にするだと?いい加減にしろ」
「「「っ……⁉︎」」」
理修は静かに怒るのだ。声を荒げる事もしない。だが、その声は、怒りの感情を充分に含み、民衆達の耳に何故かはっきりと届いていた。
「おぉ。本気で怒ってるなあ、リズのやつ」
「……ど、どうっ……」
暢気に面白がるジェスラートに、司が顔を強張らせて助けを求める。しかし、ジェスラートにはどうする気もなかった。
「司は勇者だ。それは変えられない事実。司を王とした時、相応しくないのはお前達民衆だろうな」
「ど、どうゆう……」
どう言う意味かと、民衆達は呆然と理修を見つめ、答えを求める。そんな様子に、心底呆れながら理修は告げた。
「お前達には、勇者を王に頂く価値などないと言っているんだよ」
「「「……」」」
息をするのも憚れる程、理修の怒気はこの場の空気を支配するように膨らみ、広がっていた。
理修が愛するウィルバートを長年敵視してきた国の王に、司を据えようとしているのだ。理修にはそれが我慢ならなかった。
「目の前にあって、容易に確かめる事の出来る真実を見ようともせず、自分達を先導してくれる者に頼り切る……私の友人を、そんなバカ共の王になどさせるものかっ」
これが理修の偽らざる本音だ。
「理修……っ」
司は、毅然と言い切った理修の横顔を感動しながら見ていた。こんな本音は、中々聞けるものではない。理修を知る銀次がこの場でこの言葉を聞けば、きっと悔しがった事だろうと確信できるほど珍しい事なのだ。
「ふっ、リズにしては本当に珍しいな。正面からわざわざ指摘してやるとは」
ジェスラートも、理修の常には見られない様子に笑みを深める。
「それは、どういった意味なのでしょうか……」
そんなジェスラートの呟きを聞いたミリアは、一触即発の現在の状況を打破する糸口があるのではないかとの望みを抱き、民衆達と理修に交互に目を向けながら尋ねた。
「あれはいつもなら、わざわざ答えなど告げん。言外に察しろと放置するのだよ。一歩間違えたなら、鉄槌を容赦なく下し、相手に考えさせるのさ」
考え、間違えれば身を持って思い知れと、多くを語らない理修は、そうして見守るのだ。
それは恐らく、魔女である事が関係している。力を持っているからこそ、無にする手段を持っているからこそ、自身を戒めているのだ。
「リズ様……リズ様はお優しいのですね……」
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「やはり、敵わんな……」
そう呟き、ジェスラートは未だ硬直する民衆達と向き合う理修へと、優しい目を向けるのだった。
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