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第六章 終わりと始まり
064 剣は再び主の下へ
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司へと声援を送っていた民衆達は、先程までの勢いをすっかり失くしていた。
静かにジェスラートとミリアの前へと降り立った理修は、未だ少しご機嫌斜めだ。
「ふっ、面白い顔をしているぞ?」
普段、理修はそれほど感情を表に出さない。特に、怒る時は静かに怒り手が先に出る。
言い方を変えれば、怒りの表情を出す前には決着を付けているという事だ。
「ほっといてください。恩知らず共が。いっそ綺麗に消し去ってやればスッキリするでしょうけどね」
やはり、珍しく不完全燃焼中らしい。勇者である司がいる手前、理修としてはかなり譲歩したのだ。
「くっ、ははっ、おい司っ。リズがブチ切れる前に、ここのバカ共に現状を教えてやれ」
ジェスラートも、理修をこのままにしておくのは不発弾を持ち運ぶのと同じくらい不安で危険なものだと感じていた。どうにか解消しなければと考えたのだ。
それを受け、エヴィスタに乗った司が降りてくる。
「現状とは……あ、そうでした」
何の現状かと尋ねようとして、エヴィスタの背から飛び降りた司は、先程から民衆の声がなくなった事で聞こえるようになった、森から響く戦いの音に思い至った。
「あの……司様。現状とは、まさか……」
外壁がなくなった事で聞こえるようになった遠く森の方から聞こえてくる音に、ミリアも気付いたようだ。
「ウィル様が、兵を連れてゴブリン退治をしているんだ」
「ウィル……魔王様自らですか?」
そんな司とミリアの声は、民衆達の下へと届いた。しかし、その言葉を理解する事は出来ないようだ。しきりに聞き間違えかと首を捻り、互いに目で語り合う。
これでは意味がないと、ジェスラートが声を張り上げた。
「お前達の国を、お前たちが敵だという魔族が守ろうとしてくれているという事だ。魔王様が先頭に立ってな」
ざわざわとその言葉に反応する。
そんな事があるはずがないと疑う者が大半だった。
その様子に、ミリアは表情を引き締め、大きく息を吸い込むとよく通る声で告げた。
「これは真実です。たった今、わたくし達が……この国が無事でいられるのは、今も懸命に戦ってくださっている魔族の方々のお陰ですっ」
しんと静まり返る民衆達は、聖女の言葉として理解しようと頭を切り替えたのだ。
「魔族の方々は、わたくし達が思っていた存在とは違うのです。魔王様は、わたくし達が心を開く事を、ずっと何百年と待ってくださっていました。愚かにも理解しようとしないわたくし達を、静かに見守ってくださっていたのです……」
ミリアの言葉は、民衆達へと染み込んでいく。
理修は長く、この国の体制を疎ましく思っていた。
民衆一人一人の意思が弱く、上に立つ者に全てを託す。他人に依存する事でしか成り立たなくなってしまった国。それを愚かしく思っていたのだ。
しかし今、それは皮肉にも聖女という、今や数少ない彼らの拠り所である存在の声だからこそ、耳を傾け、理解しようとしていた。
「複雑か?」
「……別に……ですが、これでも理解できないというのなら、問答無用で全て消し去ります。ウィルの為にも、目障りなものは消すに限ります」
ニヤリと笑うジェスラートに、理修は、最後のチャンスだと呟いた。
「ふふっ、まぁ、その場合は仕方がないな。バカは死んでも治らんという。これで理解しようとしないバカならば、治そうと思うだけ無駄だ。消し去って終わりにした方が締まりはいいな」
「はい」
「……」
二人の魔女の言葉に、司はゴクリと喉を鳴らした。これが魔女の認識だ。
しっかりこれを聞いていたミリアの顔から血の気が失せる。ふらりと傾ぎそうになったその体を、咄嗟に司が支えた。
「大丈夫か?」
「……はい……申し訳ありません」
その時、ミリアが手に持っていた剣に司が気付いた。
「それは……」
纏っていた光は失ってしまっているが、それは間違いなく、司が持っていた剣だとわかる。
「あ……どうぞ、お持ちください。司様」
「あ、あぁ……」
ミリアから差し出された剣を、司はゆっくりと慎重に受け取る。その時、剣が拍動するように光を発した。すぐに消えてしまったが、見ていた民衆達やミリアには、剣が司に呼応したように感じられた。
司も同じように感じ、そっと持っていた鞘に納めると、己の手の中にある剣を真摯に見つめる。
「問題なさそうだな」
「ええ。再び剣が、司を主と認めたようですね」
ジェスラートと理修の、そんな言葉に顔を上げた司とミリアは、もう一度改めて剣を見た。そこで再び、拍動を感じる。剣が応と答えたのだ。
「勇者様……」
そんな呟きが、民衆の中から発せられるのは、仕方のない光景だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
静かにジェスラートとミリアの前へと降り立った理修は、未だ少しご機嫌斜めだ。
「ふっ、面白い顔をしているぞ?」
普段、理修はそれほど感情を表に出さない。特に、怒る時は静かに怒り手が先に出る。
言い方を変えれば、怒りの表情を出す前には決着を付けているという事だ。
「ほっといてください。恩知らず共が。いっそ綺麗に消し去ってやればスッキリするでしょうけどね」
やはり、珍しく不完全燃焼中らしい。勇者である司がいる手前、理修としてはかなり譲歩したのだ。
「くっ、ははっ、おい司っ。リズがブチ切れる前に、ここのバカ共に現状を教えてやれ」
ジェスラートも、理修をこのままにしておくのは不発弾を持ち運ぶのと同じくらい不安で危険なものだと感じていた。どうにか解消しなければと考えたのだ。
それを受け、エヴィスタに乗った司が降りてくる。
「現状とは……あ、そうでした」
何の現状かと尋ねようとして、エヴィスタの背から飛び降りた司は、先程から民衆の声がなくなった事で聞こえるようになった、森から響く戦いの音に思い至った。
「あの……司様。現状とは、まさか……」
外壁がなくなった事で聞こえるようになった遠く森の方から聞こえてくる音に、ミリアも気付いたようだ。
「ウィル様が、兵を連れてゴブリン退治をしているんだ」
「ウィル……魔王様自らですか?」
そんな司とミリアの声は、民衆達の下へと届いた。しかし、その言葉を理解する事は出来ないようだ。しきりに聞き間違えかと首を捻り、互いに目で語り合う。
これでは意味がないと、ジェスラートが声を張り上げた。
「お前達の国を、お前たちが敵だという魔族が守ろうとしてくれているという事だ。魔王様が先頭に立ってな」
ざわざわとその言葉に反応する。
そんな事があるはずがないと疑う者が大半だった。
その様子に、ミリアは表情を引き締め、大きく息を吸い込むとよく通る声で告げた。
「これは真実です。たった今、わたくし達が……この国が無事でいられるのは、今も懸命に戦ってくださっている魔族の方々のお陰ですっ」
しんと静まり返る民衆達は、聖女の言葉として理解しようと頭を切り替えたのだ。
「魔族の方々は、わたくし達が思っていた存在とは違うのです。魔王様は、わたくし達が心を開く事を、ずっと何百年と待ってくださっていました。愚かにも理解しようとしないわたくし達を、静かに見守ってくださっていたのです……」
ミリアの言葉は、民衆達へと染み込んでいく。
理修は長く、この国の体制を疎ましく思っていた。
民衆一人一人の意思が弱く、上に立つ者に全てを託す。他人に依存する事でしか成り立たなくなってしまった国。それを愚かしく思っていたのだ。
しかし今、それは皮肉にも聖女という、今や数少ない彼らの拠り所である存在の声だからこそ、耳を傾け、理解しようとしていた。
「複雑か?」
「……別に……ですが、これでも理解できないというのなら、問答無用で全て消し去ります。ウィルの為にも、目障りなものは消すに限ります」
ニヤリと笑うジェスラートに、理修は、最後のチャンスだと呟いた。
「ふふっ、まぁ、その場合は仕方がないな。バカは死んでも治らんという。これで理解しようとしないバカならば、治そうと思うだけ無駄だ。消し去って終わりにした方が締まりはいいな」
「はい」
「……」
二人の魔女の言葉に、司はゴクリと喉を鳴らした。これが魔女の認識だ。
しっかりこれを聞いていたミリアの顔から血の気が失せる。ふらりと傾ぎそうになったその体を、咄嗟に司が支えた。
「大丈夫か?」
「……はい……申し訳ありません」
その時、ミリアが手に持っていた剣に司が気付いた。
「それは……」
纏っていた光は失ってしまっているが、それは間違いなく、司が持っていた剣だとわかる。
「あ……どうぞ、お持ちください。司様」
「あ、あぁ……」
ミリアから差し出された剣を、司はゆっくりと慎重に受け取る。その時、剣が拍動するように光を発した。すぐに消えてしまったが、見ていた民衆達やミリアには、剣が司に呼応したように感じられた。
司も同じように感じ、そっと持っていた鞘に納めると、己の手の中にある剣を真摯に見つめる。
「問題なさそうだな」
「ええ。再び剣が、司を主と認めたようですね」
ジェスラートと理修の、そんな言葉に顔を上げた司とミリアは、もう一度改めて剣を見た。そこで再び、拍動を感じる。剣が応と答えたのだ。
「勇者様……」
そんな呟きが、民衆の中から発せられるのは、仕方のない光景だった。
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