異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

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第五章 封印の黒い魔人

061 想い、思われて

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ダクストの民達は、その光景を以降忘れないだろう。

彼らは、勇者という存在を信じていた。その上、森の中でゴブリン達と戦っていた司を見ていた者がいたのだ。更に熱狂的に、その存在はすんなりと受け入れられてしまった。

しかし、讃えられている司自身はそれどころではない。

司が手にしている剣。

魔神を吸収してしまったその剣は、淡い光の光鱗を未だ宿していた。

「……これは……」

司には、剣が強い何らかの想いを宿しているのが感じられていた。しかし、今や魔神の強い力を獲てしまった剣に司では力不足だ。

「理修……この剣が今何を求めているのか……分かるか?」

司に分かるのは、何かを求めているという漠然とした想いだけだった。

先程から剣を静かに見つめて、何かを考えている様子の理修にならば、それが分かるのではないかと司は剣を差し出す。

「……うん……この想いだけは、本当に厄介だね……」

そう言った理修は、司から剣を受け取った。そして、その淡く光る刃を、目を細めてしばし眺める。

魔神の想いを全て感じ取ろうとするかのように見つめた理修には、勇者である司を讃え続けている人々の声など聞こえてはいない。

それ程真剣に、真摯に、理修は今剣と一体となった魔神の想いと向き合っていたのだ。

「理修?」

そうして、剣を見つめ続けていた理修が、やがて一つ溜め息をついた。

「……いいわ……その望みのままに……」

そう呟いた理修は、剣を高く空へ向けて捧げ持った。

「理修。何を……」

司の問いかけと同時に、剣が一際光を放ちながら理修の手から離れ、宙に浮かび上がる。

そして一瞬後。

「あっ」

思わず司が声を上げる。

剣は、今や神殿があった場所の真上に浮かんでいた。

「神でも、誰かを愛する想いは同じなのね……」
「え……?」

理修は、剣を真っ直ぐに見つめる。やがてそれが地面に吸い込まれるように消えても、その場所から目を離す事はなかった。

◆  ◆  ◆

ジェスラートが見守る中、現在の聖女であるミリアの体を乗っ取っていた女は突然、もがき苦しみだしていた。

理由は、どうやら彼女の力の源であった魔神が消えた為だ。

「……戻る……か」

いわば、神の加護によって精神体となり、生き続ける事が出来ていた女は、魔神が消えた事でその効力を失おうとしていた。

そして、女は生存本能だけで残っていた力を使い、咄嗟に対応したのだろう。

ジェスラートには、女の精神体がミリアから抜け、クリスタルに閉じ込められている己の老いた体へと戻って行くのが感じられていた。

だが、肉体は既に死んでいたはずだ。そこで女は最期の力を振り絞り、体の蘇生を試みてそれを成功させた。

「ふん……」

ジェスラートはせめてもの情けと、クリスタルの封じを片手の一振りで解く。

すると、本来の老女の姿となった女が、水から浮き上がるように床のクリスタルから抜け、大きく息を吸った。

「かはっ……っはぁ、はぁ……っ」

女は、呼吸を整えにかかるが、冷えて固まっていた体が思うように動かず小さく震えていた。

「ぅっ……くっ……」

辛そうな女に、ジェスラートは冷めた目を向ける。

その時、ビクリとミリアが身じろいた。

女の支配が解けた為に、床に倒れ伏していたミリアは、覚醒した意識をゆっくりと老女へと向ける。

そして、思わずといった様子で老女の名を呟いた。

「……ミーナ様……」

ミリアにそう呼ばれた老女ミーナは、初代聖女だった。

「そうか。お前が、リュートリールの奴が言っていた魔神を封じた者だな」
「……リュ、リュート、リール、さま……っ」

ミーナは、リュートリールと言ったジェスラートに意識を向けた。

その時、何かを感じたジェスラートが、ミーナから視線を外し、丁度ミーナの真上辺りに目を向けて呟いた。

「愛した者と愛された者……想いとは、神であっても変わらぬのだな……」

そんな言葉は、ミーナに届くことはなかった。

その時彼女は、頭上から降ってきた光る剣に貫かれ、その命を散らしたのだから。

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読んでくださりありがとうございます◎
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