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第五章 封印の黒い魔人
058 魔神
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神殿の外へ出た理修の前には、多くの荷物をまとめた人々が外門へ向けてひしめき合う情景が広がっていた。
人々が口にする言葉の端々から、どうやらゴブリンがこの国へと向かって来ている事に気付いたのだと分かった。
皆、ゴブリンが向かって来ている方向とは逆の外門へと殺到していたのだ。
聞こえる怒号の中には、この国の騎士達が国の重鎮である大司教や、王達を連れていち早く国を出ようとしているというものもあった。
このダグストには貴族は少ない。元々、教会から成り立つ国だ。国の重鎮と言えば名ばかりの国王と神官達の事だった。
人数が少ない為、行動も素早かったのだ。
理修は、外門へ出ようとする民衆達を押し退け、先に行かせろと強引に列を割っていく数台の馬車へ目を向けた。
「愚か者とは、あいつらのような者を言うのね」
その事実を確認し、侮蔑の視線を向けると、手にしていた杖を一振り。
すると、数名の既に外門を抜けていた者達が突風で押し戻され、門の中へと飛ばされてくる。
それに悲鳴を上げて驚いた人々はこの後、更に混乱の声を上げることになる。
この国の者が、全員門の内側に納まった事を確認した理修は、ふっと笑い杖を地面に音を立てて突き立てた。
その直後、全ての外門が閉じられ、完全にダグストの国民を閉じ込めてしまったのだ。
当然、民衆は大混乱を起こす。しかし、そんな事など理修はお構いなしだ。
「いい気味ね」
そう言って、ついでというように、ジェスラートとミリアが居る神殿に結界を張った。
今まで理修が居た場所は神殿の奥。高位の神官以外が入れない地下だが、誰にも邪魔をさせる気はないのだ。
その後、理修は人目も気にせず杖に乗り、上空へ舞い上がった。
さすがに気付いた人々が叫ぶが、それに振り返る事もなく、理修は魔神の目の前へと辿り着くと、杖の上で器用に立ち上がった。
「私は、この結界を張った魔術師です。この世界の者への干渉を防ぐ為、止むを得ず張らせていただきました」
そう告げた理修の頭にそれは響いてきた。
《ワレは、コトなるセカイからヨバれてキた。ナンジ、チカラあるモノ。ジャマをするか》
魔神は、黒い霧をローブのように纏っている為、その体の全容を見る事はできない。だが、人型と見るには足があるべき所には無数の触手が蠢いているようであるし、腕らしき長いものはあるが、地面に着くほど長い。
その腕らしきものも、四つ程関節があるようだ。
魔神の顔は黒い鎧を着けているかのようで、目があるべき隙間からは、三つの赤い光が怪しく光っていた。
(あれが目……でよさそうね)
理修も、伊達に世界を渡ってはいない。こんなにも異様な姿の魔神であっても、おぞましいと思う事もなく、冷静に分析できるのだ。
「邪魔……ですか……」
《ワレがマモりしモノ。そのネガい。カナえる》
呼吸音や心音が聞こえない。時折、その目らしき三つの赤い光が点滅するのを、理修は静かに観察する。
《ネガい。ヤきハラうコト》
「それは、本当にあなたが護る者の願いなのですか?」
理修には分かった。魔神が守護しているのは、ミリアの中に居る女とそれに連なる聖女達の事だ。当然、ミリアも含まれている。
「あなたが誓約した者は、それを望んではいませんよ?それを望んだのは、卑しくも歴代の聖女達の血を使い、あなたを目覚めさせた者達です」
《………》
迷いを見せるように、赤い光が突如消える。自身の力と繋がる者を辿っているのだ。
理修は、静かにその様子を見守っていた。
すると次第に魔神の纏う空気が変わっていったのだ。
◆ ◆ ◆
理修が魔神の前へ舞い上がった時、それがウィルバートにはしっかりと見えていた。
「リズ……」
心配気に見上げるウィルバートの目には、理修が何事かを魔神と話している様子が映る。
「ウィル様。ここはあらかた片付きました。行かれますか?」
そう訊ねるのは近衛隊長のキュリアだ。
「いや……完全に討伐するまでは安心できん。ザサス殿まで出向いて来られてしまったからな……手は抜けん」
ウィルバートは、理修を信頼している。その力も、行動も、考え方も、リュートリールとほどんど変わらないために理解もしやすい。
その時、一瞬理修と目が合った。
「っ、キュリア。ここを任せる。私は、司を連れてリズの所へ行く」
「え、あ、はっ。承知いたしました」
たった今、この場から離れないと言っていたウィルバートが突然考えを変えたのだ。驚くのは当然だった。
「リズが呼んでいる」
「あ……成る程……お気を付けて」
「あぁ」
理修と目が合った瞬間。ウィルバートは理修が求めていることが分かったのだ。
「司と剣を……」
それが、理修が必要とするものだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
人々が口にする言葉の端々から、どうやらゴブリンがこの国へと向かって来ている事に気付いたのだと分かった。
皆、ゴブリンが向かって来ている方向とは逆の外門へと殺到していたのだ。
聞こえる怒号の中には、この国の騎士達が国の重鎮である大司教や、王達を連れていち早く国を出ようとしているというものもあった。
このダグストには貴族は少ない。元々、教会から成り立つ国だ。国の重鎮と言えば名ばかりの国王と神官達の事だった。
人数が少ない為、行動も素早かったのだ。
理修は、外門へ出ようとする民衆達を押し退け、先に行かせろと強引に列を割っていく数台の馬車へ目を向けた。
「愚か者とは、あいつらのような者を言うのね」
その事実を確認し、侮蔑の視線を向けると、手にしていた杖を一振り。
すると、数名の既に外門を抜けていた者達が突風で押し戻され、門の中へと飛ばされてくる。
それに悲鳴を上げて驚いた人々はこの後、更に混乱の声を上げることになる。
この国の者が、全員門の内側に納まった事を確認した理修は、ふっと笑い杖を地面に音を立てて突き立てた。
その直後、全ての外門が閉じられ、完全にダグストの国民を閉じ込めてしまったのだ。
当然、民衆は大混乱を起こす。しかし、そんな事など理修はお構いなしだ。
「いい気味ね」
そう言って、ついでというように、ジェスラートとミリアが居る神殿に結界を張った。
今まで理修が居た場所は神殿の奥。高位の神官以外が入れない地下だが、誰にも邪魔をさせる気はないのだ。
その後、理修は人目も気にせず杖に乗り、上空へ舞い上がった。
さすがに気付いた人々が叫ぶが、それに振り返る事もなく、理修は魔神の目の前へと辿り着くと、杖の上で器用に立ち上がった。
「私は、この結界を張った魔術師です。この世界の者への干渉を防ぐ為、止むを得ず張らせていただきました」
そう告げた理修の頭にそれは響いてきた。
《ワレは、コトなるセカイからヨバれてキた。ナンジ、チカラあるモノ。ジャマをするか》
魔神は、黒い霧をローブのように纏っている為、その体の全容を見る事はできない。だが、人型と見るには足があるべき所には無数の触手が蠢いているようであるし、腕らしき長いものはあるが、地面に着くほど長い。
その腕らしきものも、四つ程関節があるようだ。
魔神の顔は黒い鎧を着けているかのようで、目があるべき隙間からは、三つの赤い光が怪しく光っていた。
(あれが目……でよさそうね)
理修も、伊達に世界を渡ってはいない。こんなにも異様な姿の魔神であっても、おぞましいと思う事もなく、冷静に分析できるのだ。
「邪魔……ですか……」
《ワレがマモりしモノ。そのネガい。カナえる》
呼吸音や心音が聞こえない。時折、その目らしき三つの赤い光が点滅するのを、理修は静かに観察する。
《ネガい。ヤきハラうコト》
「それは、本当にあなたが護る者の願いなのですか?」
理修には分かった。魔神が守護しているのは、ミリアの中に居る女とそれに連なる聖女達の事だ。当然、ミリアも含まれている。
「あなたが誓約した者は、それを望んではいませんよ?それを望んだのは、卑しくも歴代の聖女達の血を使い、あなたを目覚めさせた者達です」
《………》
迷いを見せるように、赤い光が突如消える。自身の力と繋がる者を辿っているのだ。
理修は、静かにその様子を見守っていた。
すると次第に魔神の纏う空気が変わっていったのだ。
◆ ◆ ◆
理修が魔神の前へ舞い上がった時、それがウィルバートにはしっかりと見えていた。
「リズ……」
心配気に見上げるウィルバートの目には、理修が何事かを魔神と話している様子が映る。
「ウィル様。ここはあらかた片付きました。行かれますか?」
そう訊ねるのは近衛隊長のキュリアだ。
「いや……完全に討伐するまでは安心できん。ザサス殿まで出向いて来られてしまったからな……手は抜けん」
ウィルバートは、理修を信頼している。その力も、行動も、考え方も、リュートリールとほどんど変わらないために理解もしやすい。
その時、一瞬理修と目が合った。
「っ、キュリア。ここを任せる。私は、司を連れてリズの所へ行く」
「え、あ、はっ。承知いたしました」
たった今、この場から離れないと言っていたウィルバートが突然考えを変えたのだ。驚くのは当然だった。
「リズが呼んでいる」
「あ……成る程……お気を付けて」
「あぁ」
理修と目が合った瞬間。ウィルバートは理修が求めていることが分かったのだ。
「司と剣を……」
それが、理修が必要とするものだった。
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