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第五章 封印の黒い魔人
057 それを運命と
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理修は先ほどから感じるある気配が気になっていた。
それは人の気配ではない。力ある『物』の気配だ。
「ジェス姐……」
ミリアの中に居る女は、未だ泣き叫びリュートリールの死を認められないと狂った様子で頭を抱えている。
それをジェスラートは、呆れたように見つめているだけだった。その為、理修の言わんとする事は分かっていた。
「お前も気付いたか?」
「はい……同じ……ですね」
理修が感じた物の気配は、異世界から来た魔人ーー『魔神』と非常によく似ていた。
「同じ世界から来たものだという事だな。だから、アレの力を利用して召喚されたのが司だったという事だ」
「司の持つ魔力の波動は、あの剣を扱う者として最も適していました。それが影響したと……」
魔神と酷似した気配を持つ『物』とは、ウィルバートから司が受け取った剣だ。
ダグストが勇者召喚の儀式をしたのは司の時だけではない。今までも歴代の聖女達が挑戦してきていた。しかし、ミリア以外一度として成功しなかった。
ミリアが成功出来たのは、条件が幾つも重なった為だったのだ。
「歴代の聖女達は、恐らく全てあの魔神の加護を受けていたのだろう。力も、あの女程ではないにしろ、魔神から受け取っていたはずだ」
「全ては偶然……司という勇者の資質を持つ者が、魔神の力と感応しやすい魔力波動を持っていた為に、ここに召喚されたと……」
奇妙な縁が生んだ奇跡。
魔神がこの世界に召喚されなければ、聖女も生まれず、司も召喚される事はなかった。
もっと言えば、リュートリールが今も健在だったかもしれない。
「こういうのが運命と呼ばれるものだ。そう認めるのは癪だが、楽になれる。巡り合わせだったのだと諦めが付くからな」
「はい……」
理修は、それでも納得はいかなかった。そんな理修の心情を声音から感じ取ったジェスラートは、理修を振り返って嬉しそうに口角を上げた。
「ふっ」
突然笑ったジェスラートに、理修は眉間に皺を寄せて憮然とする。
「なんですか……?」
「いや、お前もまだ子どもだったんだなと思ったら可笑しくてな」
「子ども……」
不愉快だと言わんばかりの理修の表情を、もう一度確認したジェスラートは、顔を正面に戻し、ミリアの方を見てから言った。
「私らなんかは『運命だった』で大抵済ませる。諦めれば余計なエネルギーを使わなくて済むし、きっぱり忘れて頭を切り替える癖がついているのさ」
ジェスラートでさえどうにも出来ない事がある。それを後悔し、いつまでも引きずるよりも、終わった事としてしまった方が楽だと、永年の経験から分かってしまっているのだ。
「長く生きてると『もしも』を考えるのが嫌になるのさ。頭の中でさえ、時を戻す事に抵抗を覚える。だから考えない。そうなると、物事に対する情熱ってぇのが、希薄になっていくんだよ」
これが、長く生きる事の弊害。
「お前はまだ、そこまで到達していないんだね……ついつい、忘れちまうよ。お前は、あのバカに良く似ているからさ……」
ジェスラートは、少し寂しそうに肩を竦めた。
アイツとは、リュートリールの事だ。理修の考え方はリュートリールと似ている。それは、ジェスラートのような長く生きた者達と同じだという事。
「お前は、諦める必要はない。自分を納得させられるまで突き詰めな」
その言葉で理修は、何かを託されたような気がした。
「……はい」
理修の返事を聞いたジェスラートは、それから短く溜め息を吐いた。
「らしくない事を言ったな。まったく、あの女の辛気臭さが移ったか。理修、このままでは埒が明かん。先ずは、あの神をどうにかするべきだな」
ミリアに入っている女は、声を枯らして叫び、自身の本来の体が眠るクリスタルの床を激しく叩いていた。
「こいつの相手は私がしよう。あの少女が死ぬ事になれば、司の奴が泣くだろうしな」
「ええ……」
現状、ミリアの魂と精神を保護しながら、女を相手にする事は理修には難しい。いくら魔女と呼ばれる程の力を持っていたとしても、これを相手にするには、経験と知識が足りないのだ。
「これだけ感情が昂ぶっていると、完全に消滅もさせられんからな。とりあえず、こっちの存在を無視してる内に、切り離せるかやってみよう」
「お願いします」
精神体とは厄介な事に、世界へと影響を及ぼす。それは、負の力となって天災を呼んだり、人心を惑わせる事さえ出来る。捕らえる事は難しく、その想いは強ければ強い程、世界へと伝播するのだ。
ミリアという体へと宿った今でも、その想いが溢れ出そうとしていた。
「任せろ。伊達に律界などと呼ばれてはおらんからな。お前は、少しでも女とあの神との繋がりを離せ」
ジェスラートは、世界の律を正す事が出来る能力を持っている。溢れ出ようとする女の激情を堰き止め、在るべき形を保つ事が出来る。
世界へと影響を及ぼさないよう、調律するのだ。
「わかりました」
理修は、自身が今やるべき事が分かっていた。
ジェスラートならば、この場を安心して任せられる。そして、家族の所にはザサスが。司の所にはウィルバートがいる。
理修は、そんな心強い者達の気配を一度感じ取ると、外へ駆け出したのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
それは人の気配ではない。力ある『物』の気配だ。
「ジェス姐……」
ミリアの中に居る女は、未だ泣き叫びリュートリールの死を認められないと狂った様子で頭を抱えている。
それをジェスラートは、呆れたように見つめているだけだった。その為、理修の言わんとする事は分かっていた。
「お前も気付いたか?」
「はい……同じ……ですね」
理修が感じた物の気配は、異世界から来た魔人ーー『魔神』と非常によく似ていた。
「同じ世界から来たものだという事だな。だから、アレの力を利用して召喚されたのが司だったという事だ」
「司の持つ魔力の波動は、あの剣を扱う者として最も適していました。それが影響したと……」
魔神と酷似した気配を持つ『物』とは、ウィルバートから司が受け取った剣だ。
ダグストが勇者召喚の儀式をしたのは司の時だけではない。今までも歴代の聖女達が挑戦してきていた。しかし、ミリア以外一度として成功しなかった。
ミリアが成功出来たのは、条件が幾つも重なった為だったのだ。
「歴代の聖女達は、恐らく全てあの魔神の加護を受けていたのだろう。力も、あの女程ではないにしろ、魔神から受け取っていたはずだ」
「全ては偶然……司という勇者の資質を持つ者が、魔神の力と感応しやすい魔力波動を持っていた為に、ここに召喚されたと……」
奇妙な縁が生んだ奇跡。
魔神がこの世界に召喚されなければ、聖女も生まれず、司も召喚される事はなかった。
もっと言えば、リュートリールが今も健在だったかもしれない。
「こういうのが運命と呼ばれるものだ。そう認めるのは癪だが、楽になれる。巡り合わせだったのだと諦めが付くからな」
「はい……」
理修は、それでも納得はいかなかった。そんな理修の心情を声音から感じ取ったジェスラートは、理修を振り返って嬉しそうに口角を上げた。
「ふっ」
突然笑ったジェスラートに、理修は眉間に皺を寄せて憮然とする。
「なんですか……?」
「いや、お前もまだ子どもだったんだなと思ったら可笑しくてな」
「子ども……」
不愉快だと言わんばかりの理修の表情を、もう一度確認したジェスラートは、顔を正面に戻し、ミリアの方を見てから言った。
「私らなんかは『運命だった』で大抵済ませる。諦めれば余計なエネルギーを使わなくて済むし、きっぱり忘れて頭を切り替える癖がついているのさ」
ジェスラートでさえどうにも出来ない事がある。それを後悔し、いつまでも引きずるよりも、終わった事としてしまった方が楽だと、永年の経験から分かってしまっているのだ。
「長く生きてると『もしも』を考えるのが嫌になるのさ。頭の中でさえ、時を戻す事に抵抗を覚える。だから考えない。そうなると、物事に対する情熱ってぇのが、希薄になっていくんだよ」
これが、長く生きる事の弊害。
「お前はまだ、そこまで到達していないんだね……ついつい、忘れちまうよ。お前は、あのバカに良く似ているからさ……」
ジェスラートは、少し寂しそうに肩を竦めた。
アイツとは、リュートリールの事だ。理修の考え方はリュートリールと似ている。それは、ジェスラートのような長く生きた者達と同じだという事。
「お前は、諦める必要はない。自分を納得させられるまで突き詰めな」
その言葉で理修は、何かを託されたような気がした。
「……はい」
理修の返事を聞いたジェスラートは、それから短く溜め息を吐いた。
「らしくない事を言ったな。まったく、あの女の辛気臭さが移ったか。理修、このままでは埒が明かん。先ずは、あの神をどうにかするべきだな」
ミリアに入っている女は、声を枯らして叫び、自身の本来の体が眠るクリスタルの床を激しく叩いていた。
「こいつの相手は私がしよう。あの少女が死ぬ事になれば、司の奴が泣くだろうしな」
「ええ……」
現状、ミリアの魂と精神を保護しながら、女を相手にする事は理修には難しい。いくら魔女と呼ばれる程の力を持っていたとしても、これを相手にするには、経験と知識が足りないのだ。
「これだけ感情が昂ぶっていると、完全に消滅もさせられんからな。とりあえず、こっちの存在を無視してる内に、切り離せるかやってみよう」
「お願いします」
精神体とは厄介な事に、世界へと影響を及ぼす。それは、負の力となって天災を呼んだり、人心を惑わせる事さえ出来る。捕らえる事は難しく、その想いは強ければ強い程、世界へと伝播するのだ。
ミリアという体へと宿った今でも、その想いが溢れ出そうとしていた。
「任せろ。伊達に律界などと呼ばれてはおらんからな。お前は、少しでも女とあの神との繋がりを離せ」
ジェスラートは、世界の律を正す事が出来る能力を持っている。溢れ出ようとする女の激情を堰き止め、在るべき形を保つ事が出来る。
世界へと影響を及ぼさないよう、調律するのだ。
「わかりました」
理修は、自身が今やるべき事が分かっていた。
ジェスラートならば、この場を安心して任せられる。そして、家族の所にはザサスが。司の所にはウィルバートがいる。
理修は、そんな心強い者達の気配を一度感じ取ると、外へ駆け出したのだった。
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