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第五章 封印の黒い魔人

056 家族は任せます

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ザサスは、ログハウスの中へと入ると、中央のテーブルへと向かった。

「突然押しかけてすまないねぇ」
「いいえ~。ですが、この場所は今、大変な事になっているようですよ?」

由佳子は、魔人を一瞥しただけで、何事もないかのようなザサスの態度に首を傾げた。

「いやぁ。さすがにこうも色々と出てこられては、ジッとしていられなくてねぇ」

ザサスは、ギルドで上がってくる報告の処理に追われていたのだが、最後のゴブリンの群れがダグストへ向かったと聞き、ウィルバートへ連絡を取ろうとしたのだ。

しかし、ウィルバートはダグストが喚び出した勇者を見に行ったと言う。どういう事だと、たまたま気配を読んだ所、司の気配に気付いたのだ。

「その後すぐに、リズちゃんがこっちに来たもんだから、何事かと思ってねぇ。これは、ダグストも年貢の納め時かと、様子を見に来たんだよ」

もう更地になってるかと思ったねと言いながら笑うザサスに、全員が表情を引きつらせていた。

「その……理修って、本当にそんな事をするんですか?」

そう訊ねたのは拓海だ。少し前にも聞いたようなと、気になったのだ。

「あぁ。リズちゃんならやるよ?大丈夫。人は全員ちゃんと移動させてからだからね。人的被害はないよ。ただ、精神的衝撃は計り知れないんだけどね」
「……それは、大丈夫の内に入らないような……」

義久が、泣きそうな顔をして言ったのだが、ザサスは笑っていた。

「こっちの世界では大丈夫なんだから、良いんじゃないかな」
「い、良いのかしら……」

由佳子が、痙攣しそうになる頬を押さえて言った。

「リズちゃんの制裁は、この世界では天災レベルの認識だからね。泣き寝入りするしかないよ?」
「……どんなレベルだよ……」

色々と信じられない常識を知って、明良は混乱中だった。

「だって、リューがそうだったからねぇ。『大魔術師警報』ってのが、大抵の国にはあるんだよ。ギルドが発信するんだけどね。リューもリズちゃんも、人力で直せる物は壊しても良いって思ってるんだよね。本当、迷惑な人種だよ」
「「「………」」」

もう誰も話について行けなかった。

「あぁ。昔話より今だよね。どれ……」

そう言ったザサスは、テーブルの中央へと手を翳す。するとそこに球体の何かが出現した。

「う~ん……リズちゃんの方を見るには調整が難しそうだねぇ……とりあえず、司君の方かな」
「司……」

由佳子が不安気にザサスの出現させた球体に目を向けた。

「やっぱり息子が気になるかね?」
「ええ……えっ?」

驚きに目を見開いた由佳子が、ザサスを見る。その視線を受けたザサスは、笑いながら言う。

「そっか。普通は分かんないんだったねぇ。いやぁ。長く生きてると、血筋とか知るのが楽しみの一つでねぇ。あはは」

この場に理修が居れば、少しいつもよりもテンションが高いなと気付いただろう。

ザサスは、まだ慣れないこの世界に、理修の家族を放置している状況が不安であったのだが、それと同じくらい、面倒な事を仕出かしたダグストに乗り込みたくてうずうずしていたのだ。

「あ、映ったね」
「すごい……」

それまでテーブルの隅で小さくなって黙っていた充花が、映像を映し出した事に思わず感嘆の声を上げた。

「君の父親なら、同時に数箇所の映像と声を出せたよ。今のリズちゃんにも出来るかもね」
「理修も……?」

充花は、父であるリュートリールのかつての姿を知るらしいザサスに、どう接していいのかが分からなかった。

そんな充花の思いを、ザサスはその不安気な表情と声から正確に読み取っていた。

「ぶつかる事を怖がっていてはいけないよ?知りたいなら、向かっていく。伝えたいなら、正面から当たっていく。君達には、僕らのような悠長に待っていられる時間は無いんだからね」
「「………っ」」

その言葉に、充花と由佳子が息をのむ。まさに、二人に向かって告げられた言葉だ。それを聞いてドキリとする。

「間に合いますか……?」
「うん?」

充花は、先ほどとは打って変わったしっかりとした表情で、ザサスを真っ直ぐに捉えて言った。

「今からでも、あの子と……お父さんと向き合えるでしょうか?」

それは、ようやく決まった覚悟だった。その言葉にザサスは満足気に大きく頷く。

「勿論だよ。リューの昔話も、君のお母さんと出会った時の逸話も、僕が教えてあげよう。リズちゃんの方は、親子だからね。大丈夫だよ」
「……っ、はい……」
「充花さん……」

ザサスの浮かべた優しい笑顔と言葉に、充花は静かに涙を流す。その隣で義久はそっと肩を抱いた。

「君もね。なんだか複雑な事情がありそうだけど、司君は悪い子じゃないし、何より勇者って人種だからねぇ。いつまでも誤魔化すより、正面から話した方が良い」
「はい。ありがとうございます」

由佳子は、晴れ晴れとした表情を浮かべた後、ザサスに頭を下げたのだった。

◆  ◆  ◆

理修は、目の前で泣き叫ぶ女を見ながら、ザサスの気配を感じていた。

「あの人はもう……」

ついに我慢できなくて出撃して来てしまったかと、内心頭を抱えていた。だが、真っ直ぐにダグストへと向かって来ていたザサスの気配が、家族達の傍に留まった事に気づき、思わずそちらの方向へと頭を向ける。

ザサスの性格から、きっと家族達に今の状況を説明してくれているだろうと予想できた。

理修は一度目を閉じると、充花の気配を感じ取る。そこにいつもあった張り詰めたものがない事に思わず笑みが零れた。

ザサスなら、頑なになった充花の心を解す事が出来る。理修には、ザサスがその役を買って出てくれると分かっていた。

「感謝しますよ……」

これで目の前の敵に集中できると、理修はミリアへ目を向けるのだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
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