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第五章 封印の黒い魔人
054 悲しき事実を胸に
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ジェスラートは、時に『律界の魔女』と呼ばれて崇められ、時に『深淵の魔女』と呼ばれて畏怖される。
この二つの名は、ジェスラートの表と裏の顔を表していると言われていた。
世界の律を守る魔女であり、世界の深淵を覗き込む事のできる魔女。何百年、何千年と時を重ね、ジェスラートは多くの事を知り、多くの事を成して来た。
そんなジェスラートでさえ、目の前にいる者が、どうやって地球に干渉してきたのかが今まで分からなかった。しかし、この場に降り立ち、その者の本体と、今現在感じるもう一つのモノを知る事でようやく理解した。
「成る程な……お前の力の源は、この世界に呼び出されたアレの力か」
それは、かつてこの世界に呼び出され、長く封印されていたおぞましい姿の魔人。
「ジェス姐。どういう事です?」
理修には意味がわからなかった。今、ミリアの中にいる者からは、それ程異質なものは感じないのだ。
「お前は見たのだろう?外にいるモノを」
ジェスラートのその言葉で、理修は、それが魔人の事だと思い当たる。
「魔人ですか?」
「あぁ……魔人……いや、あれは、どこぞの世界の神だ」
「神……⁉︎」
さすがの理修でも驚きを隠せない。
「その神が、そこの女の願いを聞いたのさ。ここでは知る事も出来ない魔術の知識と力を与えたんだ。だが、それは神の知識であり、力だ。当然、人の身で受け止められるものではない」
膨大な知識と大きな力。それを、多少の力があるだけの人であった女は、受け止め切れなかったのだ。
「だが、人とは貪欲なものでな。あの女は無意識に受け止められるよう自身を変化させた。それが、今の精神体になった姿だ」
肉体が耐えられないならば、その肉体を脱ぎ捨てる。そんな捨て身の技に出た女は、まんまと全てを手に入れた。
「なら、あの老婆が本来の姿なのですね……」
「そうだ。魔術によって肉体はまだ生きているようだが……もう精神との結合は無理だろう。死んだも同じだ」
精神だけの時間が長過ぎたのだ。ジェスラートには、完全に精神体と肉体が独立してしまっているのが分かった。既に肉体に戻る事は出来なくなっているのだ。しかし、その話を聞いた女は叫ぶように否定した。
「っ、そんな筈ないッ!あの人が迎えに来てくれたなら、私は私に戻り、肉体を若返らせるわっ。既にその術式も考案済みだものっ」
ミリアの姿を借りる者は、縋るように自身の体だという、床のクリスタルに封じられた老婆へと駆け寄る。
「無理だな。お前はこの世界に長く辿り着けなかったのではないか?次元の狭間を彷徨い続けていたのだろう?」
ジェスラートは確信していた。女は、肉体に戻らなかったのではない。この世界に帰れなかったのだ。
「お前が探していたのは、リュートリール。アレに干渉した事で、お前は次元の狭間へと弾かれたはずだ。それでも、その後の干渉は全て仕込んだ術が発動したもの。お前が直接に手を下した訳ではない。手を出したくとも、出来なかったのだろう?」
リュートリールは甘い男ではない。その上、女が干渉したのは、リュートリールが愛した妻だった。その体を、女は乗っ取ろうとしたのだ。
束の間その体を手に入れた女は、しかし、その体が急速に弱っていくのを感じ、更にそのリュートリールに妻がいる事実に衝撃を受け、腹いせとして多くの仕掛けを仕込んだ。
妻の異変に気付いたリュートリールは、女を倒そうとしたが、追い出す事しか出来なかった。それは、妻の体を慮っての事だ。
リュートリールは、女が仕掛けた多くの罠を解除しながら女の気配を追った。しかし、その時妻の体は限界を迎えていた。いくら天才的な魔術師であっても、削りとられてしまった精神を治す事は出来なかったのだ。
リュートリールは、失意のあまり探り当てた女を次元の狭間へと弾く事しかできなかった。
「リュートリールが唯一愛した女を、お前は殺した。それがリュートリールの中で初めて生まれた弱点だ」
リュートリールは愛する者が消える恐ろしさを知り、娘である充花に自身の命を賭して、守護の魔術をかけた。それにより、一気に寿命は縮み、命を落とす事になったのだ。
「お前は、知らないのだろう?いや、知っていて、知らぬ振りをしているのか?それとも、精神体として生き過ぎた弊害で、都合の悪い事は認識しないようにしているのか……」
女は自身の魔術によって、愛する者を死なせる事になったという事実を自覚していないのだとジェスラートには分かった。
「教えてやろう。お前が求めたリュートリールは……」
女、ミリアの姿をした者は、目を見開いてジェスラートを見る。その言葉の先に、絶望があると知っているのだ。それを理解した上で、ジェスラートは告げた。
「リュートリールは死んだ」
「っ、嘘よぉぉぉぉっ!!」
それは、女の魂からの叫び。確信があっても認められなかったその事実に、女は狂ったように泣き叫ぶ事しかできなかった。
*********
読んでくださりありがとうございます◎
この二つの名は、ジェスラートの表と裏の顔を表していると言われていた。
世界の律を守る魔女であり、世界の深淵を覗き込む事のできる魔女。何百年、何千年と時を重ね、ジェスラートは多くの事を知り、多くの事を成して来た。
そんなジェスラートでさえ、目の前にいる者が、どうやって地球に干渉してきたのかが今まで分からなかった。しかし、この場に降り立ち、その者の本体と、今現在感じるもう一つのモノを知る事でようやく理解した。
「成る程な……お前の力の源は、この世界に呼び出されたアレの力か」
それは、かつてこの世界に呼び出され、長く封印されていたおぞましい姿の魔人。
「ジェス姐。どういう事です?」
理修には意味がわからなかった。今、ミリアの中にいる者からは、それ程異質なものは感じないのだ。
「お前は見たのだろう?外にいるモノを」
ジェスラートのその言葉で、理修は、それが魔人の事だと思い当たる。
「魔人ですか?」
「あぁ……魔人……いや、あれは、どこぞの世界の神だ」
「神……⁉︎」
さすがの理修でも驚きを隠せない。
「その神が、そこの女の願いを聞いたのさ。ここでは知る事も出来ない魔術の知識と力を与えたんだ。だが、それは神の知識であり、力だ。当然、人の身で受け止められるものではない」
膨大な知識と大きな力。それを、多少の力があるだけの人であった女は、受け止め切れなかったのだ。
「だが、人とは貪欲なものでな。あの女は無意識に受け止められるよう自身を変化させた。それが、今の精神体になった姿だ」
肉体が耐えられないならば、その肉体を脱ぎ捨てる。そんな捨て身の技に出た女は、まんまと全てを手に入れた。
「なら、あの老婆が本来の姿なのですね……」
「そうだ。魔術によって肉体はまだ生きているようだが……もう精神との結合は無理だろう。死んだも同じだ」
精神だけの時間が長過ぎたのだ。ジェスラートには、完全に精神体と肉体が独立してしまっているのが分かった。既に肉体に戻る事は出来なくなっているのだ。しかし、その話を聞いた女は叫ぶように否定した。
「っ、そんな筈ないッ!あの人が迎えに来てくれたなら、私は私に戻り、肉体を若返らせるわっ。既にその術式も考案済みだものっ」
ミリアの姿を借りる者は、縋るように自身の体だという、床のクリスタルに封じられた老婆へと駆け寄る。
「無理だな。お前はこの世界に長く辿り着けなかったのではないか?次元の狭間を彷徨い続けていたのだろう?」
ジェスラートは確信していた。女は、肉体に戻らなかったのではない。この世界に帰れなかったのだ。
「お前が探していたのは、リュートリール。アレに干渉した事で、お前は次元の狭間へと弾かれたはずだ。それでも、その後の干渉は全て仕込んだ術が発動したもの。お前が直接に手を下した訳ではない。手を出したくとも、出来なかったのだろう?」
リュートリールは甘い男ではない。その上、女が干渉したのは、リュートリールが愛した妻だった。その体を、女は乗っ取ろうとしたのだ。
束の間その体を手に入れた女は、しかし、その体が急速に弱っていくのを感じ、更にそのリュートリールに妻がいる事実に衝撃を受け、腹いせとして多くの仕掛けを仕込んだ。
妻の異変に気付いたリュートリールは、女を倒そうとしたが、追い出す事しか出来なかった。それは、妻の体を慮っての事だ。
リュートリールは、女が仕掛けた多くの罠を解除しながら女の気配を追った。しかし、その時妻の体は限界を迎えていた。いくら天才的な魔術師であっても、削りとられてしまった精神を治す事は出来なかったのだ。
リュートリールは、失意のあまり探り当てた女を次元の狭間へと弾く事しかできなかった。
「リュートリールが唯一愛した女を、お前は殺した。それがリュートリールの中で初めて生まれた弱点だ」
リュートリールは愛する者が消える恐ろしさを知り、娘である充花に自身の命を賭して、守護の魔術をかけた。それにより、一気に寿命は縮み、命を落とす事になったのだ。
「お前は、知らないのだろう?いや、知っていて、知らぬ振りをしているのか?それとも、精神体として生き過ぎた弊害で、都合の悪い事は認識しないようにしているのか……」
女は自身の魔術によって、愛する者を死なせる事になったという事実を自覚していないのだとジェスラートには分かった。
「教えてやろう。お前が求めたリュートリールは……」
女、ミリアの姿をした者は、目を見開いてジェスラートを見る。その言葉の先に、絶望があると知っているのだ。それを理解した上で、ジェスラートは告げた。
「リュートリールは死んだ」
「っ、嘘よぉぉぉぉっ!!」
それは、女の魂からの叫び。確信があっても認められなかったその事実に、女は狂ったように泣き叫ぶ事しかできなかった。
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