上 下
52 / 80
第五章 封印の黒い魔人

052 転移する者

しおりを挟む
ジェスラートは守護の魔女の一人だ。もう何百年とこの次元を守ってきた。

魔女の中でも実力はトップクラス。だが、そんなジェスラートでさえ、敵わないと思った者が存在した。


『リュートリール』


一般的に魔力は男よりも女の方が高く、受け継がれやすい事が分かっていた。魔女が多いのはその為だ。しかし、リュートリールは異質だった。その魔力も知識も全てにおいて、どの魔女達より優れていた。

「次元を渡ってきたのか」
「あぁ。お邪魔する。ここの次元は、素晴らしい結界があるな。危うく弾かれる所だったよ」

リュートリールは地球に降り立つと、真っ先にジェスラートの下へと挨拶にやって来た。ジェスラートは日本のとある山の中にいた。そこへリュートリールは、過たず真っ直ぐにやって来たのだ。

リュートリールには、守護の結界が誰によって張られているのか、その中で誰が最も実力ある者なのかが分かったようだ。

そして、結界に弾かれれば転移が失敗となり、次元の狭間へと弾き飛ばされる。それを危なかったと笑い飛ばしてしまっている事にジェスラートは驚いた。

「それで? 何をしに来た?」

全ての世界、次元に守護者が存在している訳ではないが、別の次元に移動する事はリスクを伴う。転移に失敗する事がないとは言えないのだ。

そもそも、転移の為には何らかの目標となるモノや場所がなくてはならない。

リュートリールは、この次元に初めて来た。何を目標にし、何を目的としてきたのかをジェスラートは知りたいと思った。

「別に。ここには力ある者が極端に集まっていたから気になって」
「は?」

リュートリールには、ジェスラートが警戒しているのが分かっていた。だからこそ、嘘偽らざる本心を臆面もなく告げた。

ジェスラートにもそれが分かった。だからこそ、次元を渡るという危険を犯してまで『気になった』というだけで行動したリュートリールが分からなくなった。

「バカか?隣り近所の家を訪問するとは訳が違うんだぞ?」
「そうか?私にはあまり変わらんのだがな」
「………」

ここで、リュートリールはジェスラートを絶句させるという偉業を成し遂げた。ジェスラートが全く二の句が継げないなどという事は、後にも先にもこの時だけだった。

「なんだ?何かおかしな事を言ったか?」
「あ……あぁ……お前みたいなバカを初めて見たよ……」
「はっはっはっ、それは誉め言葉だ。前例がないとは素晴らしいな」
「いや……ま、まぁいい……」

ジェスラートは、これほど理解出来ない思考の持ち主も珍しいと、逆に少しだけ印象が好転した。

「それで?何がしたいんだ?」

今度はどんな応えが返ってくるのだろうと、内心期待しながら待った。

「そうだなぁ……私も仲間に入れてくれ」
「な、仲間だと?」
「そうだ。数カ所だが、強い力を持った者だけで固まって生活しているのだろう?その里に私も入れてくれ。転移についてのリスクを知っているという事は、こちらでも転移魔術を使える者がいるという事だ。私は、これまでいくつもの次元を渡り、沢山の世界を見て来たが、転移を知る者はいなかった」

それが、リュートリールには寂しかったのだ。自分と同じ世界を見る事が出来る者がいない。それは、トゥルーベルで理解していた。だから次元を渡り、探していたのだ。同じ孤独を知る者を。

「……いいだろう。だが里ではない。組織だ。会社とも言うがな。仲間になるならば、お前にも何か役目を担ってもらうぞ」
「あぁ。お安い御用だ」

こうして、リュートリールがシャドーフィールドへ入った。

後に、このジェスラートと出会った山と一帯の森をリュートリールは購入する。そして、やがて家を建て、家族を得る事になるのだ。

◆  ◆  ◆

ミリアは一人、誰にも気付かれる事なく神殿の奥へと来ていた。

「ふっ、ふふふ……」

その声は間違いなくミリアのもの。しかし、ミリアが本来持つ雰囲気とは響きが違う。

「ふっ、あはははは……遂に、遂に見つけたっ」

大人しく、伏せがちになる普段のミリアからは考えられない恍惚とした瞳。可笑しくて、嬉しくて仕方がないといった様子で両手を広げて、その場でクルクルと回る。

どの表情も仕草も、ミリアではあり得ないと示す。

「ふふふ、不満があるとすれば、この貧相な体ね。でも、いいわ。きっと、きっとあの人なら気付いてくれるもの」

立ち止まると、うっとりとした表情で手を胸の前で組む。

まるで乞い願うように、恋人の来訪を待ち望む者のように。そして、それは間違いではない。

「ここよ。私はここにいるわ」

愛する人が自分を見つけ、会いに来てくれるのを待っているのだ。

「早く……早く……」

焦れる事さえ楽しんで、ミリアではあり得ない何者かは囁き続ける。

「待っても来ないかもしれないわよ」
「っ、誰っ?」

そこに現れたのは、理修。そして、少し遅れてその人も現れた。

「そうだな。貴様の待ち人は永遠に来ない。理由は……最期に教えてやろう」
「な、に?」

ジェスラートは、いつも通りの不敵な笑みを浮かべ、ソレに言った。

「ジェス姐……」

ジェスラートの登場に驚いたのは、理修も同じだ。全く気配を感じなかったのだ。

「ふっ、お前を目当てに転移したからな。久し振りにそんな顔を見たぞ」

そう言って、ジェスラートは理修を追い越しざま、頭を乱暴に撫でていった。

カツカツと靴音を響かせながら、ジェスラートはソレに近付いていく。

「その体は乗っ取ったのか。本体は……あぁ、そこにあるな」
「やっ、やめろっ、触るな!」

ジェスラートが目を向けた先。そこに、クリスタルがはめ込まれた床がある。そして、その中に、年老いた老婆が眠っていたのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

浮気癖夫が妻に浮気された話。

伊月 慧
恋愛
 浮気癖夫の和樹は結婚しているにも拘わらず、朝帰りは日常的。  そんな和樹がまた女の元へ行っていた日、なんと妻の香織は家に男を連れ込んだ。その男は和樹の会社の先輩であり、香織の元カレでーー。

天才手芸家としての功績を嘘吐きな公爵令嬢に奪われました

サイコちゃん
恋愛
ビルンナ小国には、幸運を運ぶ手芸品を作る<謎の天才手芸家>が存在する。公爵令嬢モニカは自分が天才手芸家だと嘘の申し出をして、ビルンナ国王に認められた。しかし天才手芸家の正体は伯爵ヴィオラだったのだ。 「嘘吐きモニカ様も、それを認める国王陛下も、大嫌いです。私は隣国へ渡り、今度は素性を隠さずに手芸家として活動します。さようなら」 やがてヴィオラは仕事で大成功する。美貌の王子エヴァンから愛され、自作の手芸品には小国が買えるほどの値段が付いた。それを知ったビルンナ国王とモニカは隣国を訪れ、ヴィオラに雑な謝罪と最低最悪なプレゼントをする。その行為が破滅を呼ぶとも知らずに――

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

シルバーヒーローズ!〜異世界でも現世でもまだまだ現役で大暴れします!〜

紫南
ファンタジー
◇◇◇異世界冒険、ギルド職員から人生相談までなんでもござれ!◇◇◇ 『ふぁんたじーってやつか?』 定年し、仕事を退職してから十年と少し。 宗徳(むねのり)は妻、寿子(ひさこ)の提案でシルバー派遣の仕事をすると決めた。 しかし、その内容は怪しいものだった。 『かつての経験を生かし、異世界を救う仕事です!』 そんな胡散臭いチラシを見せられ、半信半疑で面接に向かう。 ファンタジーも知らない熟年夫婦が異世界で活躍!? ーー勇者じゃないけど、もしかして最強!? シルバー舐めんなよ!! 元気な老夫婦の異世界お仕事ファンタジー開幕!!

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

ソロキャンパー俺、今日もS級ダンジョンでのんびり配信。〜地上がパニックになってることを、俺だけが知らない〜

相上和音
ファンタジー
ダンジョン。 そこは常に死と隣り合わせの過酷な世界。 強力な魔物が跋扈し、地形、植物、環境、その全てが侵入者を排除しようと襲いかかってくる。 ひとたび足を踏み入れたなら、命の保証はどこにもない。 肉体より先に精神が壊れ、仮に命が無事でも五体満足でいられる者は、ほんのごく少数だ。 ーーそのはずなのだが。 「今日も一日、元気にソロキャンプしていきたいと思いま〜す」 前人未到のS級ダンジョン深部で、のんびりソロキャンプ配信をする男がいる。 男の名はジロー。 「え、待って。S級ダンジョンで四十階層突破したの、世界初じゃない?」 「学会発表クラスの情報がサラッと出てきやがった。これだからこの人の配信はやめられない」 「なんでこの人、いつも一方的に配信するだけでコメント見ないの!?」 「え? 三ツ首を狩ったってこと? ソロで? A級パーティでも、出くわしたら即撤退のバケモンなのに……」 「なんなんこの人」 ジローが配信をするたびに、世界中が大慌て。 なのになぜか本人にはその自覚がないようで……。 彼は一体何者なのか? 世界中の有力ギルドが、彼を仲間に引き入れようと躍起になっているが、その争奪戦の行方は……。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...