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第五章 封印の黒い魔人
050 その影は再び
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由佳子の様子から、理修は氷坂に司の資料を渡されているのだと察した。
それは、明るく、強く、多くの者をまとめ、なんでも一人でこなす由佳子が今まで見せたことのない顔。不安げな、子どもの身を案じる親の顔だ。
「まだ司に言っていないんですか?」
「え、あ、ええ。理修ちゃんは知っていたの?」
「はい……と言うか私の場合、親子関係は魔力の質で大抵分かってしまうんです」
魔力の質はその血筋によって少しずつ異なってくる。とは言え、微細な違いを感知する事は、並の魔術師には出来ない。感知能力の高い理修だから出来る特殊技能だ。
理修は、司に出会ったその時、違和感を感じた。司の魔力の波動が、よく知っている者に似ていると思ったのだ。それが由佳子だと気付いたのは、司をシャドーフィールドに引っ張り込んだ数日後だったと思う。
「そう……勝手よね。今まで気にも留めなかったのに、突然母親面をするなんて……」
「知らなかったのですから、仕方がないのでは?」
「そうね……でも、もっとあの時、必死にあの人を探せば良かった。姿を消した事情を聞いて、問い詰めればよかった。もう自分の事で『仕方がない』なんて諦めたくないのよ」
由佳子は当時、東家を継げと言われながら要と逃げ回っていた。あの時、要が傍に居なくなった事で心が折れた。本当に愛した人に捨てられた。そのせいで『疲れた』と思ってしまった。追うことにも、追われることにも疲れ果てていたのだ。『仕方がない』と諦めてしまった。
「あの子に、本当の事を話したい。それで嫌われてしまうのは怖いけど、逃げたくないわ」
由佳子の真っ直ぐな視線に理修も折れた。信念を貫く者の目を、理修はこれまで沢山見てきた。このトゥルーベルではもちろん、地球でも、シャドーフィールドにいれば、そんな人は沢山いる。
シャドーフィールドーー影で生きる事になったとしても、その場所で自分らしく強く生きる。そんな強い信念を持った人達が集まる場所。
理修はそんな人々を見て、そんな人々の中で育ったのだ。
「分かりました。司に死なれては困りますから。それに、ウィルの事を考えれば、この機会を利用しない手はない」
後半が、一番の本音だ。そう言って、理修は通信具を手に取る。
『どうした?』
「うん。状況が変わった。ゴブリンがダグストに向かって侵攻中」
『なに?分かった。すぐに向かう』
通信が切れると、理修は家族を振り返る。
「ここに居て。すぐに片付けるけど、ゴブリンと魔人の影響で、森が騒ついてるから」
「理修……大丈夫なのか?」
明良が少し不安げに訊ねる。生死に関係があると聞いて、どこか現実離れしていた意識がはっきりと現実のものと認識できたのだろう。
「問題ないよ。ウィルも来るし……一緒に近衛達も向かって来てる」
理修が気配を探ると、ウィルと共に向かってくる、よく知る気配に思わず笑みがこぼれた。しかし、すぐにその笑みを消す。
《主……これは……》
エヴィスタもそれに気付いたようだ。
「エヴィ。司の方を頼むわ」
《王には?》
「ウィルなら気付いてる。でも、この状況なら、きっと人を取る」
ウィルバートは優しい。自分の事よりも、他人の、民や周りの人々の為になる行動を優先してしまう。王としての素質がそうさせるのだろう。だからこそ、理修がウィルバートの代わりに、ウィルバートの為に動く事で、バランスが取れている。
突然、緊張気味に話をしだした理修とエヴィスタを、由佳子や家族達が不審に思わないはずもなく、義久が尋ねた。
「何かあったのかい?」
義久は、理修が今浮かべている表情を見たことがあると思った。それも、つい最近。今と同じようにエヴィスタを肩に乗せ、真剣に何かを思案する表情をだ。
「……あいつがいる……」
「あいつ?」
理修の目は、家の壁を通り越し、それを感じようと、それを捉えようと目を凝らす。そんな理修の代わりに、そっと理修の肩から飛び立ち、エヴィスタが義久の肩に止まる。そして、静かに言った。
《あの黒い影だ》
「影……もしかして、ブレスレットの……?」
そう呟いたのは、それまで理修の前でどんな態度でいれば良いのかが分からず、身を固くしていた充花だった。
《そうだ。そして、同じ気配を、我はリュートリールが亡くなった時に感じた》
「え……」
それを聞いた由佳子も、義久もはっと息を詰める。
《間違いない。リュートリールを殺した奴だ》
確信を持った声は、理修の耳にも届いていた。
「……気に入らない……」
そう呟いた理修は、静かな殺気を纏い、そのまま外へと飛び出した。
◆ ◆ ◆
ミリアは、司の後を追いながら、ざわつく己の心に戸惑っていた。
「何か……よくないものが……」
誰かに見られている。そんな感じがするのだ。体がゆっくりと冷えていくようで、徐々に強張っていく。そして、その時不意に頭に声がひびいた。
《ふふっ、見つけた……》
それは、まとわりつくような、何かを壊そうとする悪意を持った声。
「っ!!」
ミリアはその悪意にビクリと一度身を震わせた。そして、そのまま意識が急激に遠ざかり、それ以降何も分からなくなった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
本日より2話ずつです!
それは、明るく、強く、多くの者をまとめ、なんでも一人でこなす由佳子が今まで見せたことのない顔。不安げな、子どもの身を案じる親の顔だ。
「まだ司に言っていないんですか?」
「え、あ、ええ。理修ちゃんは知っていたの?」
「はい……と言うか私の場合、親子関係は魔力の質で大抵分かってしまうんです」
魔力の質はその血筋によって少しずつ異なってくる。とは言え、微細な違いを感知する事は、並の魔術師には出来ない。感知能力の高い理修だから出来る特殊技能だ。
理修は、司に出会ったその時、違和感を感じた。司の魔力の波動が、よく知っている者に似ていると思ったのだ。それが由佳子だと気付いたのは、司をシャドーフィールドに引っ張り込んだ数日後だったと思う。
「そう……勝手よね。今まで気にも留めなかったのに、突然母親面をするなんて……」
「知らなかったのですから、仕方がないのでは?」
「そうね……でも、もっとあの時、必死にあの人を探せば良かった。姿を消した事情を聞いて、問い詰めればよかった。もう自分の事で『仕方がない』なんて諦めたくないのよ」
由佳子は当時、東家を継げと言われながら要と逃げ回っていた。あの時、要が傍に居なくなった事で心が折れた。本当に愛した人に捨てられた。そのせいで『疲れた』と思ってしまった。追うことにも、追われることにも疲れ果てていたのだ。『仕方がない』と諦めてしまった。
「あの子に、本当の事を話したい。それで嫌われてしまうのは怖いけど、逃げたくないわ」
由佳子の真っ直ぐな視線に理修も折れた。信念を貫く者の目を、理修はこれまで沢山見てきた。このトゥルーベルではもちろん、地球でも、シャドーフィールドにいれば、そんな人は沢山いる。
シャドーフィールドーー影で生きる事になったとしても、その場所で自分らしく強く生きる。そんな強い信念を持った人達が集まる場所。
理修はそんな人々を見て、そんな人々の中で育ったのだ。
「分かりました。司に死なれては困りますから。それに、ウィルの事を考えれば、この機会を利用しない手はない」
後半が、一番の本音だ。そう言って、理修は通信具を手に取る。
『どうした?』
「うん。状況が変わった。ゴブリンがダグストに向かって侵攻中」
『なに?分かった。すぐに向かう』
通信が切れると、理修は家族を振り返る。
「ここに居て。すぐに片付けるけど、ゴブリンと魔人の影響で、森が騒ついてるから」
「理修……大丈夫なのか?」
明良が少し不安げに訊ねる。生死に関係があると聞いて、どこか現実離れしていた意識がはっきりと現実のものと認識できたのだろう。
「問題ないよ。ウィルも来るし……一緒に近衛達も向かって来てる」
理修が気配を探ると、ウィルと共に向かってくる、よく知る気配に思わず笑みがこぼれた。しかし、すぐにその笑みを消す。
《主……これは……》
エヴィスタもそれに気付いたようだ。
「エヴィ。司の方を頼むわ」
《王には?》
「ウィルなら気付いてる。でも、この状況なら、きっと人を取る」
ウィルバートは優しい。自分の事よりも、他人の、民や周りの人々の為になる行動を優先してしまう。王としての素質がそうさせるのだろう。だからこそ、理修がウィルバートの代わりに、ウィルバートの為に動く事で、バランスが取れている。
突然、緊張気味に話をしだした理修とエヴィスタを、由佳子や家族達が不審に思わないはずもなく、義久が尋ねた。
「何かあったのかい?」
義久は、理修が今浮かべている表情を見たことがあると思った。それも、つい最近。今と同じようにエヴィスタを肩に乗せ、真剣に何かを思案する表情をだ。
「……あいつがいる……」
「あいつ?」
理修の目は、家の壁を通り越し、それを感じようと、それを捉えようと目を凝らす。そんな理修の代わりに、そっと理修の肩から飛び立ち、エヴィスタが義久の肩に止まる。そして、静かに言った。
《あの黒い影だ》
「影……もしかして、ブレスレットの……?」
そう呟いたのは、それまで理修の前でどんな態度でいれば良いのかが分からず、身を固くしていた充花だった。
《そうだ。そして、同じ気配を、我はリュートリールが亡くなった時に感じた》
「え……」
それを聞いた由佳子も、義久もはっと息を詰める。
《間違いない。リュートリールを殺した奴だ》
確信を持った声は、理修の耳にも届いていた。
「……気に入らない……」
そう呟いた理修は、静かな殺気を纏い、そのまま外へと飛び出した。
◆ ◆ ◆
ミリアは、司の後を追いながら、ざわつく己の心に戸惑っていた。
「何か……よくないものが……」
誰かに見られている。そんな感じがするのだ。体がゆっくりと冷えていくようで、徐々に強張っていく。そして、その時不意に頭に声がひびいた。
《ふふっ、見つけた……》
それは、まとわりつくような、何かを壊そうとする悪意を持った声。
「っ!!」
ミリアはその悪意にビクリと一度身を震わせた。そして、そのまま意識が急激に遠ざかり、それ以降何も分からなくなった。
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