異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

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第四章 再びの勇者召喚

037 ハイキングに見えます

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由佳子は、スケジュール調整の末、この日、弟の義久とその家族を伴って、車である場所へと向かっていた。

「本当にこんな事に付き合ってもらっちゃって良いの?」
「何言ってるんだよ。大体、何で今までこんなに重要な事を黙ってたんだい?」

義久は昨日まで、由佳子に恋人がいた事も、ましてや、子どもを産んだ事など知らなかった。

「忘れたかったのよ。子どもは死産だったって言われて、その上、結婚を約束していた人は、知らないうちに行方をくらましていたのだもの」

若干、暗い雰囲気になりながらも、到着したのは都会から随分と離れたキャンプ地のある山の中腹だ。

「お義姉さん。こんな所にお墓が?」
「そうみたい。地図もバッチリよ。山と言っても、ここまで車で登れちゃったし、歩いて十分もしないで着けるらしいわ」
「歩くのか……」

真っ先に車を下りた明良は、上へと緩やかに続く道を見て嫌そうな顔をする。

「だから、ハイキングだと思えって言っただろ?ほら、あそこの売店で飲み物だけ買ってこよう」

義久の提案で、一行は先ず売店に入る。本来はハイキングコースの入り口として賑わっている場所なので、駐車場も完備された立派な売店が並んでいたのだ。

お墓に持っていく花や、水などを運びやすくまとめ、いざ出発と言う時、向かう登り口に見覚えのある姿があった。

「うそ……」

それは、司だった。由佳子が思わず信じられないと言うように呟く。その時、見つめる先で司と目が合った。

「?確か、理修の……」

驚いたのは司も同じようだ。義久は、動かない由佳子に代わり、司に歩み寄って挨拶をした。

「そう。理修がお世話になっているみたいで、この前も姉と妻を助けてくれてありがとう。ちゃんとお礼を言っていなかったよね」
「いえ……今日は、皆さんでハイキングですか?」

そう言う司に、自分達も墓参りに来たのだと言うことを、まだ知られるべきではないと考えた拓海が、逆に尋ねて上手く誤魔化した。

「先輩は、ここへはどうして?」
「あぁ……親父の墓参りだ。この上に墓場があってな。昨日、命日だったんだが、学校があっただろ?だから、今日な」
「バイトは休みなんすか?」

明良が気軽に尋ねる。昼食を何度か一緒にして、銀次に近いものを感じた明良は、この頃、司とよく話をするようになっていたのだ。

「今はトゥルーベルでの仕事だけだからな。理修が留守にしている間は休みなんだ」

そんな子ども達の会話を聞きながら、由佳子は、改めて司の顔立ちを見て確信していた。

「あの目元なんて、本当にそっくり……」

その様子が気になったのだろう。充花が心配そうに由佳子に近付いた。

「お義姉さん……」
「ふふ、大丈夫よ」

そう言った由佳子は、いつもの迷いのない確かな足取りと笑顔で、司に近付いて行った。

「司……君?この前は、助けてくれてありがとう。私ったら、自己紹介もしなくて……東由佳子よ。理修ちゃんの叔母に当たるわ。よろしくね」
「こちらこそ。名乗らずに申し訳ありませんでした。梶原司と申します」

その荒っぽい見た目に反した丁寧な口調と態度が、益々、若い頃の要を思い起こさせた。

「丁寧にありがとう。ご一緒しても良いかしら」
「はい。途中まで道は同じですから」

司は、家族でハイキングをしに来たのだと勘違いしてくれたようだ。花や水の入ったバッグには気付かなかったのだろう。今はあえてハイキングではないと否定する事はしなかった。

そして、司が先導するように先頭に立って登り始める。その両隣りには拓海と明良。その後ろに由佳子。一番後ろに義久と充花が並ぶ。

道は緩やかな登り坂。学校の話などで盛り上がる子ども達を見つめ、由佳子は始終笑みを浮かべていた。

それから五分ほどした頃だ。司を見つめ続けていた由佳子は、あることに気付いた。それは、小さな違和感だった。

「何を、気にしているのかしら?」

司が時々、鋭い目を周囲に向けるのだ。和やかに話す様子とは違い、その目だけが辺りを警戒するように動く。気になった由佳子は、思い切って尋ねてみることにした。

「司君。何をさっきから気にしているの?」
「え……あぁ……声が……」
「声?」

言い辛そうにする司に、それでも先を促す。それに観念したのか、苦笑しながら司が答えた。

「声が聞こえるんです。呼ばれる声が……」
「今も?いったい誰に?」

少なくても由佳子には聞こえない。けれど、司はシャドーフィールドの人間だ。不思議な体験も、日常の一つなのだと理解しているので、それが気の所為ではないのかとは言えなかった。

「呼んでる相手に心当たりはあるので、諦めているんですが、気になる事には変わりがないので……」

その時だ。突然、由佳子は耳鳴りを感じて立ち止まった。少し高い場所へ来たのだから、気圧の変化で起きるものかと思ったのだが、前を歩く拓海と明良が同時に耳を塞いで立ち止まったのを見て不思議に思う。反射的に振り向けば、後ろの二人も同じ様子だった。

「っ、これは……」

そんな焦りを伴った声を司が発した。それが合図であったように、突如として視界が光に覆われていったのだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 8. 11
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